【森口将之コラム:モビリティの未来 vol.3】先を行く欧米のモビリティ社会、公共交通重視の街づくりへ

「欧米か!」というタカアンドトシのギャグが流行してから約10年。あの頃と比べると中国やインドなどの勢いも増してきて、すべての面でヨーロッパやアメリカが進んでいるとは言えなくなっている。でもモビリティの分野は、今でも見習ったほうがいいという部分も多い。ヨーロッパやアメリカにしばしば足を運んでいる筆者が、いくつか紹介していこう。

自動車の世界ではまず、軽自動車が存在しない。アメリカのトランプ大統領が「日本でアメリカ車が売れないのは日本の閉鎖的な市場のせいだ」という批判が話題になったけれど、新車で販売される車の約3割は軽自動車なのだから、残り7割で勝負しなければいけない輸入車はたしかに大変だ。

では自転車の上はすぐにコンパクトカーになってしまうのか。そんなことはない。ちゃんと間を埋めるモビリティが用意されている。

ひとつは電動車いす。日本のそれは歩道を走行する代わり、スピードは歩くより少しだけ速い6km/hしか出せない。ところが欧米では国によって異なるものの、自転車に近い15〜20km/h出せる国もある。これだけで移動のストレスはぐっと減るはず。日本は介護ロボットの世界では世界的にもトップレベルの地位にあるのに、介護モビリティでは遅れをとっているのが現状だ。


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超小型モビリティ

さらにその上には、軽自動車より小さなエンジンやモーターを積んだ超小型モビリティがある。

この超小型モビリティ、ヨーロッパでは2つのカテゴリーがあり、最高速度が45km/hに制限された軽量クラスは運転免許がなくても乗れるので、高齢者の移動手段として支持されている。高速道路での逆走事故を起こす心配もないし、もちろん環境にも優しい。

日本でも超小型モビリティは存在するが、専用カテゴリーが存在せず、使い勝手の良い2人乗りは軽自動車をベースとした認定制度という中途半端なルールになっている。しかも原付扱いの1人乗りを含め、普通自動車免許が必要。免許を返納したら6km/hの電動車いすしかないのだ。この違いは大きい。

さらにヨーロッパでは、マニュアルトランスミッションに乗っている人が多い。マニュアル車はクラッチをつながないと発進しない。つまりペダル踏み間違い事故は防げる。また加減速のたびにギアを切り替える必要があるなど、考えながら運転することが必須となる。

以前北欧フィンランドの学生に聞いたところ、現地でも認知症が原因の事故はあるそうだが、日本ほど問題になっていないのはマニュアル車が多いからかもしれない。考えながら運転することができなくなったら運転を控えてもらうという判断は、たしかに理に叶っている。

ではその結果、クルマの運転に適さないというジャッジが下ってしまった高齢者はどうするか。欧米では公共交通を充実させ、なるべくその沿線に住んでもらう。つまりコンパクトシティを推し進めることで、歩いて暮らせるまちづくりを実践しているのだ。


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ポートランドの路面電車

今年1月に訪れたアメリカのポートランドもそうだった。市の中心部にはなんと路面電車が8路線も走り、総延長は110kmにもなる。日本最大の路面電車ネットワークを持つ広島の約3倍だ。でもポートランド市の人口は約15万人と、広島市の8分の1にすぎない。だから車内はかなり空いている。

これで採算が取れるのか、不思議に思う人もいるだろう。でも心配無用。公立学校や図書館と同じように、税金主体で運営されているからだ。

2016年度の資料を見ると、運賃収入は約2割に留まり、税金収入が半分以上を占めていた。一方広島電鉄が運行する路面電車の2015年度の状況を見ると、収入の9割以上を運賃で占めている。収支で見ればトライメット、広島電鉄の鉄軌道部門ともにやや赤字なのだが、内容は大きく異なっている。

税金を投入してまで公共交通を整備する理由は、環境対策や高齢化対策だ。こうした問題は日本よりヨーロッパやアメリカのほうが早くから顕在化した。ゆえに1970〜80年代あたりから、行き過ぎた自動車優先社会を見直して公共交通重視のまちづくりに転換していったのだ。


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サイクルシェア

環境対策だけでなく健康維持にも効果があるという自転車はオランダが有名だけれど、それ以外の欧米各国も都市部を中心に専用レーンやサイクルシェアの整備が進んでいる。さらに多くの国で電車やバスに自転車を乗せられる。


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欧米では、電車内にも自転車を持ち込むことができる

日本は危ないので袋に入れないと持ち込めないが、考えてみれば車いすやベビーカーに近いわけで、空いている時間帯なら乗せて良いのではないだろうか。

ライドシェアやカーシェアなどのシェアモビリティも日本より発達している。日本ではタクシー業界の反発でごく一部での導入にとどまっているライドシェアは、アメリカでは当然のように利用可能。


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ウーバーのアプリ画面

筆者も最大手の「ウーバー」を使ったが、スマートフォンで予約から支払いまでできるので、言葉の不自由な外国では便利。しかもアプリは日本語で表示してくれる。IT時代の移動手段という雰囲気を感じさせてくれるモビリティだ。


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オートリブのカーシェア

一方のカーシェアはパリの「オートリブ」が特筆できる。専用設計の電気自動車を使っているので環境に優しいし、スマートフォンのアプリから車載カーナビまで、デザインがフランスらしく素晴らしい。ハイテクを使うだけでなく、それを美しく使いやすく仕立てることも大切なのだと教えられる。

最後にもうひとつ、欧米と日本で大きく違う部分として歩行者優先の考えを挙げておきたい。欧米では横断歩道を歩行者が渡ろうとしているときは、自動車は必ず停まる。アメリカではスクールバスが乗り降りのために停車しているときは、反対車線を含めてすべてのクルマが停止している。


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アメリカの横断歩道の様子

日本も歩行者が横断歩道を渡ろうとしているときは止まらなければいけないのに、それを実践している人は少ないし、スクールゾーンを設置しても通勤のマイカーが暴走気味に駆け抜け、重大事故が起これば集団登校や通学路の設定がやり玉に挙がる。

日本は先進国の中で、交通事故死者に占める歩行中の事故死者の割合が極端に高い。2012年という少し古いデータになるけれど、米国が14.1%、ドイツが14.4%なのに対し、日本は36.4%と倍以上になっている。

超小型モビリティ、公共交通への税金投入、ライドシェア、電車への自転車持ち込みなど、日本にも取り入れてほしいメニューはいくつかあるけれど、もっとも見習うべきなのは歩行者を敬う考え方ではないかと思っている。

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森口 将之

1962年東京都生まれ。早稲田大学卒業。自動車専門誌編集部を経て独立。自動運転からクラシックカーまで幅広いジャンルを担当。新聞、雑誌、インターネット、ラジオ、テレビなどで活動中。自動車以外の交通事情やまちづくりなども精力的に取材。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。著書「パリ流環境社会への挑戦」(鹿島出版会)「これでいいのか東京の交通」(モビリシティ)など。

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