AMDは2026年8月28日、「フィジカルAI」および「ロボティクス市場」に向けた戦略について、限られた報道関係者向けにラウンドテーブルを開催した。
同社は、CPU、GPU、NPUを統合した「AMD Ryzen(ライゼン) AI Embedded X100」シリーズをAIロボットの頭脳となるコンピューティング基盤として展開するとともに、「Xilinx」(ザイリンクス)の技術を継承する「FPGA」や「Adaptive SoC」をセンサー、関節、リアルタイム制御などに活用する。

さらに「AMD Kria AI System on Module(SOM)」やロボティクス開発プラットフォーム、ROCmを中心としたソフトウェア環境、パートナーエコシステムまでを整備。AMDはシリコン単体ではなく、開発環境、製品化向けハードウェア、ソフトウェア、エコシステムまで含めた「フルスタック」でフィジカルAI市場を狙う。
説明にはAMD Japan カントリーマネージャーの杉山功氏と、技術本部 部長の古屋憲吾氏が登壇した。AMDはフィジカルAI向けシリコン市場が2035年までに約2000億ドル規模に成長すると予測している。

■「フィジカルAIは最も難しい技術課題のひとつ」
AMDのリサ・スーCEOは2026年のCESで、フィジカルAIについて「テクノロジーにおける最も困難な課題のひとつ」と位置付け、その実現にはフルスタックのアプローチが必要との考えを示した。
杉山氏は、従来のAIが主にデジタル空間で情報を処理してきたのに対し、フィジカルAIではセンサーから環境を認識し、判断し、物理システムをリアルタイムに制御する必要があると説明する。
ロボットで考えれば、「Perceive(認識)」「Reason(推論)」「Decide(判断)」「Act(行動)」を高速に繰り返さなければならない。しかも周囲では人や物が動き、環境そのものが刻々と変化する。
そのため、単純にAIの演算性能を高めれば解決するわけではないというのがAMDの考えだ。

AMDはフィジカルAI向けシリコン市場について、ロボティクスだけでなく、産業機器、ヘルスケア、自動車、航空宇宙、スマートシティなどへ広がり、2035年には約2000億ドル規模になると予測している。なお、この数字はAMDの内部推計と外部情報に基づく予測値だ。

■CPU、GPU、NPUを1チップに AMDの回答が「X100」
AMDがフィジカルAI向けの中核製品として投入するのが「Ryzen AI Embedded X100」シリーズだ。X100は、Zen 5ベースのCPU、RDNA 3.5 GPU、XDNA 2 NPUを統合する。
ここで重要なのが、それぞれの演算器に異なる仕事を担当させるヘテロジニアスコンピューティングだ。
CPUはナビゲーションやプランニング、AIモデルのオーケストレーション、システム制御などを担当する。GPUはビジョン認識やAI推論など大量の並列演算を処理し、NPUは物体追跡や環境認識など、常時動作するAI処理を低消費電力で担う。
そして3つの演算器が同じメモリープールを共有する「Unified Memory」を採用することで、CPU、GPU、NPU間でデータをコピーする必要を減らし、遅延を抑える。杉山氏は、フィジカルAIではこの低遅延化と動作時間の予測可能性が重要になると説明した。

最上位のX199ではCPU最大16コア/32スレッド、GPU最大40CU、NPU最大50TOPS、最大128GBのUnified Memory、最大273GB/sのメモリ帯域を備える。TDPは45~120Wで設定可能。産業用途を想定してマイナス40~105度の動作温度、10年間の製品ライフサイクル、24時間365日の稼働にも対応する。
■VLA推論でNVIDIA Orinとの性能比較も提示
AMDは競合製品との性能比較も示した。
ロボティクス向けでは、VLA(Vision-Language-Action)モデルの推論性能について、Ryzen AI Embedded X199の性能を想定したプロキシ環境で、NVIDIA Jetson AGX Orinに対して幾何平均1.3倍とする測定結果を示した。
ただし、この比較には注意が必要だ。実際のX199製品そのものではなく、Ryzen AI Max+ 395をX199相当の仕様に設定したプロキシ環境を使用している。AMDはGR00T N1.5、SmolVLA、Pi0 DROID、Pi0.5 DROID、OpenVLAをFP16で実行し、その結果をJetson AGX Orinと比較したとしている。

■「TOPSより重要」ロボット開発者が求める3つのこと
AMDは2026年2月、世界177人を対象としたロボティクス開発者調査を実施した。そこで上位に挙がったのは、ピーク演算性能そのものではなかった。
1位はDeterminism(決定性/予測可能な応答時間)、2位はオープンアーキテクチャとベンダーロックインの回避、3位は1つのプラットフォームを複数のロボットへ展開できることだった。
フィジカルAIでは、AIが「いつか正しい答えを返す」のでは足りない。モーター制御などでは、決められた時間内に確実に処理を終えることが求められる。
古屋氏は、このリアルタイム性とオープン性をAMDのロボティクス戦略の重要な要素として挙げた。

■X100を搭載する「Kria AI SOM」
AMDはX100シリーズを搭載する「AMD Kria AI System on Module(SOM)」も展開する。
120×120mmのモジュールにX100を搭載し、CPU、GPU、NPUとUnified Memoryを利用できる。COM-HPC規格を採用し、製品への組み込みを想定したプラットフォームとなっている。
さらに「Kria AI Robotics Developer Platform」ではKria AI SOMに加え、ベースボード側にFPGAを搭載。カメラや産業ネットワーク、各種センサーとの接続、センサーフュージョン、リアルタイム制御などを行える構成とした。AMDはCPU+GPU+NPU+FPGAを統合したオープンなロボティクス開発プラットフォームとして位置付け、2026年第4四半期の製品化を予定している。

なお、AMDは従来のKriaシリーズをKria AIで置き換えるわけではない。従来のKria/FPGA系はセンサーや関節、リアルタイム制御など身体側の処理に引き続き活用し、X100を搭載するKria AIは主にロボットのBrain側を担うという使い分けを想定している。
■ROCmをロボットへ CUDAからの移行も意識
ハードウェアだけではない。AMDは「AMD Robotics Software Suite」を用意し、データセンターAIで展開してきた「ROCm」をエンベデッド/ロボティクスにも展開する。
ROS 2やMoveIt 2など既存のロボティクス環境を利用しながら、Robotics Core SDK、Physical AI SDKなどを組み合わせる構成を示した。AIモデル、センサー、シミュレーション、デジタルツインなどについてもオープンな標準を利用する方針だ。

NVIDIA CUDAからROCmへの移行も支援
また、NVIDIA CUDAからROCmへの移行も強く意識している。
AMDはCUDAコードをHIPへ変換する「HIPIFY」により、移植作業の70~80%を自動化できるとしている。また、cuBLASに対するrocBLAS、cuFFTに対するrocFFT、cuDNNに対するMIOpenなど、対応するライブラリを用意する。

■NVIDIAのIsaac、GR00TにAMDはどう対抗するのか
NVIDIAはフィジカルAI分野で、Jetsonをハードウェア基盤に、CUDA、Isaac、Isaac Sim、Omniverse、さらにヒューマノイド向け基盤モデル「GR00T」まで、自社のソフトウェアとAIモデルを縦に統合したプラットフォームを構築している。
一方、AMDが今回示した構成は異なる。Ryzen AI Embedded X100やKria AI SOMをハードウェア基盤とし、ROCm、ROS 2、AMD Robotics Software Suiteを組み合わせる。その上でAIモデル、センサー、シミュレーション、デジタルツインなどはオープンな標準やパートナーエコシステムを活用する考えだ。AMDの公式情報でも、Robotics Software Suiteは最適化されたROS 2ライブラリ、AI SDK、シミュレーションツール、リファレンスアプリなどで構成されている。
ラウンドテーブルでロボスタは、NVIDIAのIsaacやGR00Tに相当するソフトウェアスタックやAI基盤モデルをAMDとして用意する考えがあるのかを質問した。AMD側はその場では明確な回答を示さず、後日回答するとした。記事執筆時点では、その回答は得られていない。
現時点の公開情報を見る限り、AMDは「AMD Robotics Software Suite」をロボティクス向けのオープンなソフトウェアスタックとして展開している。一方、NVIDIAのGR00Tに直接対応するAMD独自のロボット基盤モデルは明らかにされていない。また、Isaac SimやIsaac Labなどを含めて開発、シミュレーション、学習、実機への展開までを自社ブランドで広くカバーするNVIDIAとは、現時点でスタックの構成や戦略に違いが見られる。
■AMDとNVIDIAの大きな違い FPGAをロボットの「身体」に
今回の説明で特に興味深かったのが、AMDがロボット全体を「Brain」「Spine」「Joint」「Sensors」に分け、それぞれに適したコンピューティング技術を配置する考え方だ。
頭脳となるBrainではX100のCPU、GPU、NPUを使って高度な判断やAI推論を行う。一方、Spine(脊髄)、Joint(関節)、Sensorsでは、低遅延かつリアルタイムな処理が重要になる。そこでAMDが活用するのが、Xilinxの買収によって獲得したFPGAやAdaptive SoCだ。

質疑応答でロボスタは、NVIDIAがGPUを中心としたフィジカルAIプラットフォームを展開する一方、AMDがVersalなどのFPGA/Adaptive SoCを持つことが、ロボティクスでどのような強みになるのかを質問した。
古屋氏は、GPU性能やAI演算性能だけではなく、マシン制御、関節、センサーなどリアルタイム性が要求される部分でFPGAが生きると説明した。

FPGAでは、実行したい処理に合わせてハードウェア回路を構成し、複数の処理を並列に実行できる。ソフトウェアとして順次処理するのではなく、必要な処理をハードウェアとして実装できることが低遅延につながる。また、製品化した後でもハードウェアロジックを書き換え、機能を変更・追加できることもFPGAの特徴だ。
つまりAMDの構想は、「GPUの代わりにFPGAでAIを処理する」というものではない。
高度なAI推論を行うBrainではCPU+GPU+NPUを活用し、より厳密なリアルタイム性が要求される身体側ではFPGA/Adaptive SoCを活用する。異なる種類のコンピューティング技術をロボットの各部位に適材適所で配置できることが、AMDのフィジカルAI戦略の特徴と言える。

■「一社ですべて」ではなくオープンエコシステム
もう一つ、AMDが今回のラウンドテーブルで繰り返し強調したのが「オープン」だ。
杉山氏は、AMD一社ですべてを提供するのではなく、ハードウェア、ソフトウェア、ロボットメーカー、AIモデル、センサー、シミュレーションなどのパートナーとエコシステムを形成し、フィジカルAI全体のソリューションを提供していく考えを示した。
AMDは「AMD Robotics Partner Network」も発表。ODM、ロボットOEM、AIモデル、システムインテグレーター、ミドルウェア、センサー、シミュレーションなど30社以上のパートナーとの連携を進める。

AMDはこれまでPCやデータセンターでIntelやNVIDIAと競争してきた。その競争の舞台が、フィジカルAIやロボティクスにも広がり始めている。
AMDが強調するのは、CPU、GPU、NPUに加え、Xilinx由来のFPGA/Adaptive SoC、ROCmを中心としたオープンなソフトウェア、パートナーエコシステムを組み合わせる戦略だ。
NVIDIAがGPU、CUDA、Isaacを中心にフィジカルAIの垂直統合を進めるのに対し、AMDが示したのはCPU、GPU、NPU、FPGAという異なる演算資源を適材適所で使い、オープンなソフトウェアとエコシステムでつなぐアプローチだ。ロボットのBrainからSpine、Joint、Sensorsまでをカバーするこの構成が、フィジカルAI市場でAMD独自の強みとなるか注目される。







