【NTTドコモのAI予測技術 (3/3)】スマホでストレスがわかる? 3年後の健康リスクをAIが予測する

NTTドコモ(以下ドコモと表記)のAI関連技術の開発が加速している。
この特集では、第1回でドコモのAI技術が世界最高峰のAIデータ分析競技会「KDD CUP 2019」で第1位を獲得したことを紹介した。第2回では「モバイル空間統計」を活用してタクシーやレンタル自転車の需要をAIが予測する技術を紹介した。第3回の今回は、健康促進やストレスチェックに活用するAI技術を紹介する。

株式会社NTTドコモ 先進技術研究所 プラットフォームシステム研究グループ 研究主任 博士(工学) / ドコモAIスペシャリスト 落合桂一氏


AIを健康促進に活用

編集部

健康促進にAIを活用するというのは具体的にはどういうことでしょうか?

落合氏

健康促進は今年の4月からNTTグループ内でトライアルをはじめました。社員の健康診断(健診)データを分析して、メタボや高血圧等のリスクがどれくらいあるかをAIで予測します。

編集部

一般の健診に加えて、どのような利点があるのでしょうか?

落合氏

一般の健診は、それを受けた時の健康状態を様々な数値で示すものです。私たちが取り組んでいるのはその状態を続けたら2年後、3年後にどのようなリスクがあるかという予測です。予測モデルを作るためには、社員が今までに受診した過去の健診の結果がある程度蓄積されている必要があります。
例えば、ある年の血圧や体重など十数項目の健診データと、その3年後の健診データを使うことで健診の各項目が再検査になるかどうかを学習します。モデルが一度学習できれば、1回の健診データから将来のリスクを予測できるようになります。その予測結果を使って「3年後に高血圧で再検査が必要と診断される可能性が高い」などの注意を促したりします。
一般の健診と比べたメリットとして、将来のリスクが数値で見える化されることで社員が自身の健康を見直すきっかけになりやすいことがあります。また、社員一人一人の健康状態に合わせてdヘルスケアでの「からだ改善ミッション」(ミッションクリアした社員にはdポイントが抽選で当たる)が配信されるようになるので、より自分ごととして健康行動に取り組むことができるようになります。



NTTドコモはドコモ・ヘルスケア株式会社と連携して、法人向けの健康増進をサポートするプログラムのトライアル提供を、2019年4月1日からNTTグループを対象に開始した。
今回導入したプログラムには、ドコモが提供する健康管理アプリ「dヘルスケア」や、ドコモ・ヘルスケアが提供する健康データ管理サービス「健康サポートLink」および健康データ管理アプリ「わたしムーヴ」などの既存のヘルスケアサービスと連携し、スマートフォンやウエアラブルデバイスなどで計測した従業員の健康データを組織ごとに見える化するものなどがある。更に、健診データから従業員の将来の健康リスクをAIが予測するプログラムも盛り込み、これらのサービスと連携させて健康保持・増進に向けたより緻密な指導に利用する考えだ。

落合氏

健康診断はたいてい年に一度行われるだけですが、スマートフォンやウエアラブルデバイスと連携して歩数や運動量などを測定したり、体重計や血圧計などの外部機器と連携することで、日々の行動や健康データを収集し、それをAIの予測に反映させていくことで、より精細で正確な予測につながる可能性があると考えています。



ドコモは、このトライアルを通じて効果や課題を洗い出し、ブラッシュアップした上で、健康経営に取り組む企業や健康保健組合に対してビジネスとして順次展開していく。


スマホでストレスがわかる?

数年前より、改正労働安全衛生法は「ストレスチェック制度」の運用が一定規模の集団や企業に対して義務化されている。組織によっては「ストレス」は具体的に発見や対策に取り組まなければいけない項目になったと言えるが、何をすればわからないというのが多くの組織の実情だろう。ドコモはそんな状況をAIで支援しようと考えた。

編集部

スマホでストレスが測定できるのでしょうか?

落合氏

日常生活でスマートフォンを使う中で、自身のストレス状態を推定できる技術を、慶應大学医学部と東大の人工物工学研究センターの先生たちと共同研究しています。
いつも持ち歩いているスマホの加速度センサー、ジャイロセンサー、気圧センサー、照度センサー、位置情報を使ったり、スマホの利用状況などのデータから様々なことがわかります。例えば、位置情報からユーザーの行動を推測できますが、顧客先をたくさん回ればそれだけストレスが増える傾向にあります。また、内勤でも電話にたくさん出たりかけたりすればストレスが多くなるといったことです。もちろん、ストレスの原因やかかり方は個人によって異なります。

編集部

既にどこかで導入されていますか?

落合氏

これはまだ研究段階です。社内の有志の人に協力してもらってアプリをインストールしてもらい、どれくらいの精度で予測できるかを確認しているところです。実用化やサービスへの反映は今後、検討していく予定です。
ストレスの場合、本人が気づいていないケースや、アンケートなどの回答にも表れにくいこともあって、行動データを分析することで、本人も気づきにくいストレスを早期に発見し、対策できる可能性が高くなると考えています。



「スマートフォンを使ってストレスを推定する技術」は、ドコモと慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室、国立大学法人東京大学人工物工学研究センターとで共同開発していることが、2018年3月に発表されている。組み合わせる知見とデータは次の通りだ。

・スマートフォンから取得できる各種データ
・慶應義塾大学の、ストレス状態における行動特性やストレス状態計測に関する精神医学・心理学の知見
・東京大学の、行動認識に関するセンサーデータ処理の知見
・ドコモがこれまで培ったビッグデータ解析技術やAI(人工知能)技術



スマホだけでストレスがわかるしくみ

通常、ストレスの測定には心拍計を使う。精神医学の分野においては、ストレス状態を客観的に計測する方法のひとつとして「心拍間隔」(R-R間隔)を測るのが一般的だ。心拍間隔は心電図における波形の鋭いピーク(R波)の間隔のこと。
機械学習のしくみはこうだ。まずは心拍計を使ってある利用者を定量的に計測し、ストレス状態を数値化しておく。その一方で併行して、その利用者のスマートフォンから前述の各種データを収集し、行動特徴として数値化する。収集したストレス値と行動特徴データをAIに学習させ、その関係性を解析することで「ストレス推定モデル」ができる。これによって、スマートフォンの使用・行動データを解析することで、心拍計を使うことなくストレス値を予測・測定することができるようになるというしくみだ。


2018年3月に発表されたリリースによれば、研究では正解率約70%の精度でストレス推定を行うことができ、評価の過程において、移動距離やアプリケーションの利用回数などが自律神経バランスの指標と高い関係性を持つことがわかったとしている。


ドコモは「利用者のストレス状態を推定し、定期的にフィードバックすることで、ストレスマネジメントの意識を高めるとともに、心身を健康な状態にする「0次予防」(一人ひとりに合った方法で、健康の維持・向上をめざし、病気を予防しようとする試み)をサポートすることが可能となる」として、この技術の汎用化を検討しており、こころのセルフケアを目的としたアプリケーションの早期実用化をめざす。

AI関連技術は確実に成果を上げ始め、その実用化が拡大している。日本を代表する最先端のAI技術を持つドコモ、今後の活躍にも、より一層注目していきたい。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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