人と共存するヒューマノイドに何が必要か Honda・川崎重工・早稲田大・アールティが日本の課題を議論

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人と共存するヒューマノイドに何が必要か Honda・川崎重工・早稲田大・アールティが語る日本の課題

前頁では、Honda「P2」「ASIMO」開発の中心メンバーである竹中透氏が、フィジカルAIによってヒューマノイドの身体能力は飛躍的に向上した一方、今後の競争軸は「人との共存」に移っていくとの考えを示した。
では、その未来を実現するために、日本はどう取り組み、何を乗り越えていかなければならないのか。

パネルディスカッションでは、「量産」「エコシステム」「人材」、そして「人間そのものを理解すること」という、日本のロボット開発が直面する本質的な課題が議論された。

■日本に足りないのは「量産のエコシステム」

議論が技術論から産業論へ移ると、登壇者の多くが口をそろえたのが、「量産」の難しさだった。
早稲田大学の高西淳夫教授は、AIソフトウェアが急速にオープン化している現状を例に挙げる。

高西 淳夫氏 WUA会長 早稲田大学 理工学術院 教授 ヒューマノイド研究を切り拓く第一人者

NVIDIAがAIライブラリを無償公開し、開発環境を広く提供していることや、電子回路設計ツールや3Dプリンターなどが低価格化したことで、試作品を作るハードルはかつてないほど下がった。しかし、その一方で「試作と量産はまったく別の世界です」と指摘する。

メーカーズムーブメントによって個人やスタートアップでもロボットを作れる時代になったが、多くの企業が量産段階で壁にぶつかってきたという。

「ハードウェアを開発し、生産まで含めて事業化する技術は、依然として極めて重要な競争力です」と高西氏は語った。

■「100台」が作れない日本

この課題は、実際に製品化を進める企業からも語られた。
Hondaで一人乗りモビリティ「UNI-ONE」の事業化を担当する小橋慎一郎氏は、研究開発から事業化へ移る過程で最も苦労したのが、「200~300台規模を作れる国内の製造企業探しだった」と振り返る。

小橋 慎一郎氏 本田技研工業株式会社 新規事業開発部 UNI-ONE事業ドメイン チーフエンジニア Hondaのモビリティ技術を社会へ展開

試作品は作れても、その先の少量量産を支える企業が国内には極めて少ない。部品によっては中国や台湾メーカーに頼らざるを得ず、トラブル時の対応や品質管理にも苦労が伴うという。

アールティ代表の中川友紀子氏も深くうなずく。「20台、30台までは国内でも何とかなる。でも100台を超えると、一気に難しくなる」(中川氏)
同社では海外企業からヒューマノイド開発を受託することも多いが、日本国内だけでサプライチェーンを完結させることは依然として難しいという。

中川氏は「製造のエコシステムがないことが、日本の一番大きな課題です」と率直に語った。

■世界は「市場を待たない」

川崎重工業でヒューマノイド開発を担当する掃部雅幸氏は、海外と日本の意識の違いにも触れた。

ヒューマノイドサミットに参加した際の事例をあげて、海外の調査会社の調査では「2030年には150万台、2050年には数億台規模のヒューマノイドが社会で稼働する」という将来予測を前提に議論が進んでいるという。

掃部(かもん)雅幸氏 川崎重工業株式会社 技術開発本部 イノベーションセンター ソーシャルロボット開発部 基幹職。産業用ヒューマノイド開発の第一線で活躍

「本当に売れるのか」「社会実装できるのか」と慎重に考える日本とは対照的だ。「世界は、その未来を前提に今動いています。日本だけが『本当に実用化するのか』と議論しているように感じます」(掃部氏)

この発言を受け、モデレーターの田中純氏も、ドラッカーの「企業の目的は顧客の創造である」という言葉を引用し、「市場ができるのを待つのではなく、自ら市場を創る姿勢が必要」と述べた。

モデレーター 田中 純(きよし)氏 WUA副会長 株式会社ジェイ・ティー・マネジメント代表取締役 産業技術総合研究所人工知能研究センター 客員研究員 (一社)産業技術基盤創新機構 代表理事

■失敗を恐れない文化が重要

中川氏は、開発投資の規模にも大きな違いがあると紹介する。
中国ではプロトタイプを10台、100台単位で製作し、大量の失敗データを蓄積しながら次の世代へ改良していく。一方、日本では1台、2台を慎重に作り込み、「失敗しないこと」が求められる。

しかし、AI時代において失敗は「価値あるデータ」でもある。モデレーターの田中氏は、中国で開催されるロボット競技会等を例に挙げながら、「ロボットが転倒することは、人間から見れば失敗で、嘲笑の対象かもしれませんが、AIにとっては非常に価値のある学習データです」と述べた。

ヒューマノイド開発では、成功だけでなく失敗をどれだけ蓄積できるかが競争力につながるという考え方だ。

■二元性一元論が示すヒューマノイドの未来

討論を通じて、モデレーターを務めた田中純氏が繰り返し紹介したキーワードが「二元性一元論」だった。

人間とロボット、ソフトウェアとハードウェア、AIと生命科学、文系と理系――一見すると対立する概念を分けて考えるのではなく、それらを統合し、より高い次元で新しい価値を生み出そうとする考え方である。

田中氏は、人とロボットを「置き換える」「対立する」存在として捉えるのではなく、互いに学び合い、補完しながら進化していく関係こそが、ヒューマノイドの目指すべき姿だと繰り返し語った。

この考え方は、竹中氏が長年一貫して訴えてきたヒューマノイド開発の思想とも重なる。竹中氏はこれまで、「人間とロボットは対立するものではない」「力の世界ではすべてがつながっている」「人間を深く理解することがロボットの進化につながる」と語り、技術だけを追い求めるのではなく、人間そのものを学ぶことの重要性を説いてきた。

つまり、これからのヒューマノイド開発には、人間とロボット、工学と人文科学、AIと生命科学を切り分けて考える時代は終わりつつあるということだ。それぞれの知見を融合し、人間への理解を深めることが、新しいロボットを生み出す原動力になる――。田中氏が「二元性一元論」という言葉で表現したのは、そうしたヒューマノイド開発の新しい方向性だった。

■「ロボット研究は人研究」

こうした考え方を、竹中氏は長年「ロボット研究は人研究」という言葉で表現してきた。竹中氏は、Honda時代から大切にしてきた考え方として、「ロボット研究は、人研究です」と語った。

ロボットを人間らしく動かすには、機械工学だけでは足りない。身体の動き、感覚、心理、振る舞い・・人間を深く理解しなければ、本当に人と共存するロボットは作れないという。

小橋氏もHondaで学んだこととして「Hondaでは、人が何をしているのか、人はどう動いているのかを徹底的に研究する文化がある」と紹介した。

高性能なセンサーを増やす研究よりも、「人間は本当は何を感じ、何を見ているのか」をまず理解することの方が重要だとした。

■人間を理解することが、ヒューマノイドの未来をつくる

高西氏は「大脳と小脳という名称から来る印象が適していない。小脳の方がニューロンの数が多い」として、人間の運動制御を担う小脳の重要性にも言及した。大規模言語モデルは「大脳」に相当する知的処理を担うが、人間が無意識に歩き、姿勢を保ち、物を扱う能力の多くは「小脳」によって支えられている。
人間の知能性は言語だけに帰結するものではない。スマートフォンを操作しながら歩けたり、ガムを噛みながら作業できる身体性は大脳の研究だけでは十分ではなく、小脳の研究も重要になる。
身体性や感覚、無意識の運動制御まで含めて理解して初めて、人間らしいロボットへ近づけるという考えだ。

竹中氏も「文系と理系という境界もこれからはなくなっていく」と述べ、人文学や心理学、生物学まで含めた学際的な視点を持つ人材こそ、これからのヒューマノイド開発をリードすると期待を寄せた。

■日本の強みを、次の時代へ

今回の討論では、フィジカルAIによる技術革新だけではなく、その先にある社会実装の課題が数多く語られた。
量産を支えるエコシステム、失敗を許容する文化、市場を創造する発想、そして何より人間そのものを理解する姿勢。
そのどれもが、日本がかつて「ASIMO」で世界をリードした経験を、次のヒューマノイド時代へつなげるために欠かせない要素だと、登壇者たちは繰り返し訴えていた。

ヒューマノイドの未来は、AIだけでも、ロボティクスだけでも切り拓くことはできない。工学、人文科学、生命科学、人間理解・・。それぞれを融合し、人を深く知ることが、次のロボットを生み出す原動力になる。

竹中氏が語る「ロボット研究は人研究」、そして田中氏が繰り返し紹介した「二元性一元論」は、技術だけでは次のヒューマノイドは生まれないという共通のメッセージだ。人間を理解することこそが、これからのロボット開発の出発点になる。

フィジカルAIによってヒューマノイドは大きく進化した。しかし、人と共存する社会を実現するためには、それだけでは足りない。量産を支えるエコシステム、人間を理解する視点、そして異なる分野を融合する発想。
今回の討論は、ヒューマノイド時代に本当に必要なものを、一つずつ示したセッションだった。



《神崎 洋治》

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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