世界46の国と地域に148のグループ法人、21万8,566人の従業員を擁するグローバル企業、矢崎総業グループ。自動車用ワイヤーハーネスで世界トップクラスのシェアを誇る同社が、静岡県裾野市にある研究開発・管理拠点「Y-CITY」にて、新たな挑戦の拠点「Innovation Hub – REN(錬)」を公開した。

労働集約型の代表格とも言えるワイヤーハーネス製造から、2029年に向けたデータドリブンなスマートファクトリーへの変革を目指す同社。本記事では、その最先端の実証実験と、人とロボットが共生する未来像を徹底レポートする。

齋藤センター長が語る「人間力」と「フィジカルAI」の融合ビジョン
イノベーションセンター長を務める齋藤崇人氏は、AI・デジタル化や先端技術探索、生産現場での経験を経て、2023年にワイヤーハーネスの製造を担う鹿児島部品の社長に就任。現在は同社から社名変更したY-TEXIA株式会社の代表取締役社長も務める。

労働集約型で下請けや内職まで含む膨大な人の手によって支えられているワイヤーハーネスの製造現場を経験した齋藤氏は、「人の強さ」と熟練のものづくり技能の価値を深く実感したという。齋藤氏が目指すのは、AIやロボットによる人間の単なる代替ではない。「人の強さ(熟練の職人技)」と「フィジカルAI」を融合させ、新たなものづくり技能をここから発信していくことである。
ヒューマノイドロボットによる単純作業の自動化と熟練データの蓄積
イノベーションハブ内の「スマートラボ」と呼ばれるエリアでは、ヒューマノイドロボットを用いた検証が進められている。同施設では、自ら考え、学習しながら人の動きを再現する自律性を備えたヒューマノイドロボットの活用に向け、体制の構築を目指している。

現段階では、様々な状況判断や微調整が伴う「熟練技能」をロボット(VLAモデルなどを含む)が完全に代替することはまだ困難であると見込んでいる。そのため同社は、ピッキングや部品セット、設備との連携といった単純・繰り返し作業から実証をスタートしている。
一方で、将来的な技術ブレイクスルーに備え、現役の熟練技能者の作業動作をカメラやセンサーでデジタル化し、膨大な「熟練データ」として蓄積している。世界中に多くの作業者を抱える矢崎総業グループにとって、このデータ蓄積量こそが「将来のコアコンピタンス」となる。

ゲームコントローラーで直感操作、誰もが自宅から働ける「人に優しい工場」
スマートラボでは、遠隔ロボット操作技術の検証も行われている。自動車用ワイヤーハーネスの端子圧着工程においてロボットがミスで停止した際、通信しているパソコンとゲーム用コントローラーを使い、現場以外の場所から直感的にロボットの復旧作業やティーチングを行うデモが公開された。専門的な教育を受けずとも、直感的なデバイス操作でロボットを動かせることを目的としている。

この技術の狙いは、単なる復旧作業の効率化にとどまらない。自宅にいながら遠隔で工場業務に参加できる環境を整えることで、工場への出勤が困難な人や、ハンディキャップを持つ人々でも仕事に従事できる「人に優しい工場」の実現を視野に入れている。
AIで作業者の「身体負荷」をリアルタイム可視化
スマートラボでは、カメラ映像とAIを組み合わせ、作業者の身体負荷を測定・可視化するシステムも検証されている。首、肩、肘などの関節の動きをAIで追跡し、理学療法士と共同で設定した閾値を基に「身体への負担(筋肉の使い具合など)」をリアルタイムで数値評価する。作業者の「体の声」を可視化することで、負担の少ない作業姿勢の構築や、より安全で快適な作業環境の改善に役立てられている。

FACTORY Xとの協業:在庫・計画の最適化からチャットGPT風AIまで
スマートファクトリー化は製造現場に留まらない。同社は、顧客ごとの個別ニーズに対応することで肥大化しがちな「間接コスト(オフィス業務など)」の削減にも踏み込んでいる。

その一環として、パートナー企業の株式会社FACTORY Xと協業し、同社の「在庫戦略モデル」を活用した在庫最適化の取り組みを進めている。鹿児島部品を中心に2024年から実証実験と導入準備を進め、2026年より国内生産工場での本格導入・運用フェーズへ移行する計画だ。経験や勘に依存していた在庫判断を、論理的な根拠に基づく適正在庫の算出やシミュレーションへ転換することを目指す。
さらに、在庫戦略モデルを搭載した新プロダクト「ISData Platform」も展示されている。同プロダクトは、適正在庫の算出やシミュレーション、データの一元管理、AI検索などを通じて、在庫に関する意思決定を支援するものだ。こうした自動化・標準化により、人間はよりクリエイティブな改善業務や新しい価値を生み出す仕事へシフトすることを目指している。
計画変更を躊躇しない「アジャイル管理ルール」と2029年へのロードマップ
イノベーションハブを象徴するもう一つの特筆すべき仕組みが、そのプロジェクト管理である。1年間の固定的な計画に縛られてテーマを継続する従来の手法を改め、日々変化する市場や技術(例えば中国市場などの新技術など)に応じて、テーマや人員、予算を柔軟に変更する「アジャイルなルール(マイルストーン評価)」を設けている。ここで中止や延期となったプロジェクトの予算は、即座に新たな高価値プロジェクトへ再投資される。

同社のロードマップでは、2025~2026年に国内製造拠点のデジタライゼーション確立や製造間接業務の効率化、2027年にタスク/モーションプランニングや即日製造準備・見積り、2028年に一部量産工程への導入などを進め、2029~2030年にかけて製造データ生成AIの活用や、熟練工の作業を再現したフィジカルAIロボティクスの導入を目指すとしている。
人とAIが共創する「血の通った」スマートファクトリーの姿

今回取材した「イノベーションハブ」は、単に「人をロボットに置き換える」だけの自動化とは一線を画している。長年培われた泥臭い「人間力」や熟練技能の価値を認め、それを最大限活かすためのツールとしてAIやロボットを位置づけている点が非常に印象的だった。
伝統的なものづくりの強みを持つサプライヤーが、最先端のフィジカルAIやヒューマノイドを掛け合わせ、いかにして次世代のスマートファクトリーを具現化していくのか。裾野の地から始まるこの挑戦の行方に、今後も注目していきたい。
ロボスタオンラインセミナー情報
ロボットの世界大会「ロボカップ」にもヒューマノイド・フィジカルAIの波
ヒューマノイドとフィジカルAIで変革期を迎える「ロボカップ」の現状を解説するセミナー「ロボカップはヒューマノイド・フィジカルAI時代へ 世界大会2026が示すロボット競技の変革と新潮流」を開催します。

「2050年までにサッカーのFIFAワールドカップ優勝チームに勝てる完全自律型ヒューマノイドチームを実現する」という壮大な目標を掲げて、ロボット競技の世界大会「ロボカップ」は1997年に日本からスタートしました。サッカーは認識、判断、移動、協調行動などAIとロボティクスの要素技術を総合的に必要とするため、研究開発を加速させる共通課題として選ばれました。
その後、レスキュー、ホーム/サービス、産業応用(インダストリー)などへ分野を拡大し、世界中の研究者や学生が参加するロボット・AI研究の国際プラットフォームへと発展しています。
本セミナーでは、ロボカップ日本委員会理事長であり、東京情報デザイン専門職大学教授の岡田浩之先生をお迎えし、ロボカップの歴史と現在地、ヒューマノイド化が進む背景、各リーグの最新動向、そして日本が直面する課題について解説いただきます。
さらに、韓国で2026年7月に開催される「RoboCup 2026世界大会」の現地レポートとして、写真や動画を交えながら、世界大会の最前線で何が起きているのかをご紹介いただきます。
先着50名様を無料でご招待します。詳しくはこちら。







