ヒューマノイドロボットが、人に代わって工場や物流倉庫で働く。その実現に欠かせないのが、ロボットが作業を学習するための大量のデータだ。
2026年8月26日、ヒューマノイドロボットの社会実装を推進するコンソーシアム「J-HRTI(Japan Humanoid Robot Training & Implementation/ジェイハーティ)」は、千葉県習志野市で「J-HRTI関東データファクトリー」の本格稼働を開始した。

約1,400平方メートルの施設には35台のヒューマノイドロボットが導入され、オペレーターが物をつかむ、移す、道具を使うといったさまざまな作業を繰り返している。ここで作られているのは製品ではない。ヒューマノイドを実際の現場で働かせるための「フィジカルAI学習データ」だ。

ロボスタでは本格稼働を開始したデータファクトリーを取材した。ヒューマノイドは何を繰り返し、そこで得られたデータはどのようにAIの学習データへと変わっていくのか。実際の現場を紹介する。
■35台のヒューマノイドが並ぶ「データファクトリー」
J-HRTI関東データファクトリーに入って、まず目を引くのがヒューマノイドロボットの数だ。
広いフロアにヒューマノイドロボットと作業台が整然と並び、その横には青いユニフォームを着たオペレーターが立っている。現在導入されているヒューマノイドは35台で、今後は最大40台まで拡充する計画だ。施設の敷地面積は約1,400平方メートルとなっている。


J-HRTIは2026年3月に設立された民間企業によるコンソーシアムで、「学習データの生成・共有」「実証環境の共同利用」「社会実装モデルの設計」を柱に、ヒューマノイドの現場への実装を目指している。
今回のデータファクトリーは、その中でもヒューマノイドを実際に動かし、学習に必要なデータを大量に生成するための拠点となる。

施設は、模倣学習の元となるデータを生成する「ロボットエリア」、取得した動作映像や関節データを学習データに変換する「アノテーションエリア」、参画企業の産業現場を再現し、導入に向けた検証や調整を行う「テストエリア」等で構成されている。

では、「データを作る」とは具体的に何をするのだろうか。そして、それはどのようなプロセスで行われるのだろうか。
■人が操作し、ヒューマノイドに作業を経験させる
ロボットエリアで行われていたのは、一見すると非常にシンプルな作業だ。
物をつかんで別の場所に移す。箱から取り出す。両腕を使って物を持ち替える。

容器を使って物をすくい、別の容器へ入れる。


ただし、ここではロボットがすべて自律的に作業しているわけではない。オペレーターがロボットを遠隔操作するテレオペレーションによって、人が行う作業の動きをロボットに経験させ、そのデータを収集している。
ここで重要なのは、一度作業させれば終わり、というわけではないことだ。
J-HRTIの事務局として全体設計やデータ基盤の運営を担うINSOL-HIGHの資料では、個別企業がゼロから取り組む場合、数千回から数万回単位のトレーニングが必要になるとしている。J-HRTIでは、データファクトリーで複数のロボットとオペレーターを使ってデータを蓄積し、それを参画企業で共有する仕組みを構築する。
実際、内覧時には複数台のロボットが同じ種類のタスクを並行して実行していた。物流現場を想定したピッキング作業では、すでに数千件規模のデータを収集しているという。
一見すると同じ「物を取る」という作業でも、上段にある物を取る動きと下段から取る動きでは身体の使い方が異なる。こうした条件の違いも含めて作業を分解し、繰り返しデータを蓄積していく。


■物をつかむだけではない、道具を使う作業もデータ収集
現場で特に興味深かったのが、スコップ形状の道具を使って、白い粒状の「ホットメルト」をすくい上げ、容器へ移す作業だ。


白い粒は「ホットメルト」と呼ばれる、加熱して溶かして使用する接着剤を想定したもの。製造現場などで、こうした材料を装置へ補充する作業のデータを収集している。
INSOL-HIGHの代表取締役、磯部宗克氏は内覧時、こうした材料を装置へ補充する作業が製造工程では発生すると説明した。現在、人が一定時間ごとに行っているような作業をロボットに任せることができれば、人はより生産性の高い仕事に注力できる。
ここでポイントになるのが、ロボットが物を直接つかむだけでなく、道具を使って作業することだ。
人の仕事には、つかむ、運ぶだけでなく、道具を持ち、その形や用途に合わせて操作する動作が数多く存在する。データファクトリーでは、こうした作業もヒューマノイドに経験させている。

【動画】35 Humanoids Collect Data: Inside the J-HRTI Kanto Data Factory
■収集した映像を「AIが学べるデータ」に変える
ロボットを動かして取得した映像や関節データは、そのままAIの学習に使うのではなく、内容を整理して「何をしているデータなのか」を明確にする必要がある。
そこで行われるのが「アノテーション」だ。
今回使われていたヒューマノイド「G1」では、頭部と左右の手首などにある複数のカメラで作業を撮影する。
アノテーション画面にはそれらのカメラ映像が同時に表示され、その下のタイムライン上で一連の動作を区切り、「どの区間で何をしているのか」という情報を付与していく。
【動画】ヒューマノイドが収集した作業データをアノテーション J-HRTI関東データファクトリー
■成功だけではない 「失敗」も学習データに
アノテーション作業で興味深いのは、正しく作業できたデータだけを集めているわけではないことだ。
たとえば、物を落としてしまった場合には、それもエラーとしてタグを付ける。「やってはいけないこと」も含めて学習させるためだ。
さらに収集したデータは、オペレーター自身の操作ミスなのか、カメラやセンサー、ロボットなど設備側に問題があったのかも区別する。
正常なデータについても一律ではない。たとえば一度つかみ損ねても、その場でつかみ直して作業を続行できるケースは許容する。一方、箱の外へ物を落とし、自力では作業へ復帰できなくなった場合などは異なる評価になる。
つまりデータファクトリーでは、成功した作業を大量に記録するだけでなく、失敗の種類や、そこから復帰できるかどうかまで含めてデータ化している。
J-HRTIが構想するデータ基盤でも、実機で得られた成功・失敗データをデータファクトリーへ還流し、データセットとモデルを継続的に更新する仕組みが示されている。
■片腕から双腕へ より複雑な作業のデータ収集も
フロアの後方では、新しいヒューマノイドを使ったデータ収集も行われていた。

データ収集にはAGIBOTのG1やG2が使われている。新型のG2では可動箇所が増え、両腕を同時に使った作業にも取り組んでいる。


片腕で物をつかんで移すだけでなく、両腕を協調させて作業できれば、ヒューマノイドが対応できる仕事の範囲は広がる。
一方、自由度が増えるほど操作も難しくなる。内覧時には、G2はG1より操作が難しく、G2を扱えるオペレーターを増やしていくことも課題のひとつだと説明された。
つまり、ヒューマノイドの性能が上がれば自動的に良い学習データが増えるわけではない。高度なロボットを適切に動かし、質の高いデータを作るためのオペレーター側の習熟も必要になる。
■2本指から5本指へ 「手」のデータも高度化
さらに奥では、5本指の多指ハンドを装着したG2も稼働していた。


ただし、取材時点では人間のように5本の指を一本ずつ操作していたわけではない。現在使用しているコントローラーでは基本的に開閉による把持を行っており、今後はグローブ型のモーションキャプチャー装置を導入する予定だという。人が指を一本ずつ動かした情報をロボットへ反映できるようになれば、より繊細な「手の使い方」をデータとして収集できるようになる。
製造や物流の現場に残されている仕事を考えると、「手」は重要な要素になる。
物を運ぶだけなら従来の搬送ロボットでも自動化できる。しかし、人が実際に行っている作業には、対象物の形状に合わせて持ち方を変える、両手を使う、道具を扱うといった動作が数多く含まれている。
ヒューマノイドを現場で働かせるには、その膨大な「人の動き」をロボットが学べるデータへ変えていかなければならない。
■データを作って終わりではない 現場から再びデータを戻す
J-HRTIが目指しているのは、この施設だけで学習を完結させることではない。
データファクトリーで作ったデータを使ってロボットを実際の現場へ導入し、そこで成功した動作、失敗した動作、環境の違いなどを収集する。その結果を再びデータファクトリーへ戻して学習データやモデルを改善し、次の現場へ展開する。
INSOL-HIGHはこれを「実装→評価→改善→再収集」という循環として示している。物流の搬送・ピッキング、製造の組立・供給、医療の研究補助・院内搬送、小売の陳列・補充など、異なる環境や作業、失敗事例を横断してデータを蓄積し、将来的には産業分野で利用できる基盤モデルへ発展させる構想だ。

35台ものヒューマノイドが並んで同じような動作を繰り返す光景は、一見すると少し奇妙にも見える。しかし、そこで生産されているのはロボットではなく、ロボットを働かせるためのデータだ。
そして、この取り組みにツムラ、ディーエムエス、芙蓉総合リース、山善など、ロボットメーカーではない企業が参加していることもJ-HRTIの特徴だ。
では、各社はヒューマノイドを自社のどんな仕事に使おうとしているのか。なぜ従来の産業用ロボットではなく、ヒューマノイドに期待するのか。
後編では、J-HRTIに参画する企業各社が語った具体的な課題と、ヒューマノイドを現場へ導入する狙いを紹介する。
■後編につづく (明日朝公開)
ツムラ、DMS、山善、芙蓉総合リースはヒューマノイドを現場でどう使う? J-HRTI「全国10拠点」構想、参画企業が描く「フィジカルAIの社会実装」







