
千葉工業大学は、日本国内初となる「AI大学講師」の導入を開始したことを2025年5月12日に発表した。
このシステムは大規模言語モデル「ChatGPT」と受講生ひとりひとりの学習履歴データベースを掛け合わせることで、従来の教育現場では実現困難だった「思考プロセスの可視化」と「個別最適化された対話型指導」を可能にするもの。
日本の大学教育において、AIが講師として正式に導入されるのは今回が初の試みとなる。
今後、前期授業期間が終了する7月までの期間で実証実験を行い、教育効果の定量的検証に取り組むとしている。
ついに「AI大学講師」実践へ
検証可能なデジタル証明書として記録・蓄積
このシステムの最大の特徴は、単なるAIチャットボットではなく、学生の全学習プロセスを「Verifiable Credential(VC: 検証可能なデジタル証明書)」として記録・蓄積する点にある。VCと連携したAIが、一人ひとりの学習履歴を深く理解した上で、個別最適化された指導を提供するとしている。
「AI大学講師」は学生との対話を通じて思考プロセスの言語化を促し、自らの考えを整理・表現する力を育成する。「なぜそのように考えたのか」「別の視点からはどう捉えられるか」といった問いかけにより、学生は自分の思考を体系的に整理し、表現する機会を得ることが可能になる。
また、このシステムではVCを活用することで、AIが直面する重要な課題も克服しているという。教育機関が電子署名を付与した信頼性の高いデータを基盤とすることで、不確かな情報や裏付けのない説明が「AI大学講師」から提供されることを未然に防止。これにより学生が常に正確な情報に基づいた質の高い指導を受けることができるようにした。
ブロックチェーン技術の一部を活用
授業修了時には、講座内での学習成果を総括した内容がVCとして発行される予定。修了時に発行するVCは、その信頼性確保にブロックチェーン技術の一部が活用されている。これにより学生は就職活動などの場面で、自身の学習成果や能力を客観的かつ信頼性の高い形で証明することが可能となる。
授業を修了した時点で、学習成果がVerifiable Credentialとして発行され、その認証に必要な秘密鍵の管理にブロックチェーン技術が活用される。これにより、学生は自身の学習成果を就職活動時などでも信頼性の高い形で提示できるように設計されているのが特徴。
Verifiable Credentials(VC)とは
「Verifiable Credentials(VC)」は、あらゆる証明書をデジタル化したもの。「検証可能な資格情報」とも呼ばれる。
デジタル署名による真正性・改ざん防止等の機能を持つ汎用的で機械可読なデータ形式であるものを指す。Web技術の標準化を推進する非営利団体「W3C(World Wide Web Consortium)」によって標準化された。発行者がデジタル署名した情報を改ざん不可能な形で保存し、第三者が検証できるようにする。「AI大学講師」では、学生の課題成果物や学習記録をこのVerifiable Credentialとして発行することで、信頼性の高い学習データとして活用する。
AI大学講師では、VCを導入することで、AIが生成する情報の信頼性を大幅に向上させた。AI特有の問題である「ハルシネーション(幻覚)」(事実に基づかない内容を実在するかのように提示してしまう現象)を防止するため、教育機関が認証したデータのみを参照する仕組みを構築。これにより学生は、確かな根拠に基づく適切な学習支援を常に受けることが可能になった。
千葉工業大学では、卒業証明書としても採用されている国際的な規格であり、一度発行されたデータは改ざんが不可能なため、学習の証明として高い信頼性を持つ、としている。
「AI大学講師」の仕組み
「AI大学講師」は革新的な教育支援の仕組みを実現するために、複数の先端技術を組み合わせたシステムを採用。このサービスは以下の4段階のプロセスで機能する。
1.学習データのデータベース化
学生が授業内で取り組んだ課題や発言、質問などあらゆる学習活動をデジタルデータとして記録。これにより学習過程の可視化が実現し、学生自身も自分の成長を振り返ることができるようになる。
2.デジタル証明書の発行
収集された学習データは国際標準規格であるVerifiable Credentialとして発行される。Web技術の標準化を推進する非営利団体W3Cによって標準化されたこのデジタル証明書は、改ざん不可能かつ永続的に保存される特性を持ち、学生の学習成果を客観的に証明。
3.生成AIとの連携
発行されたデジタル証明書は専用のAPIを通じてカスタマイズされたChatGPTの機能「GPTs」に連携され、学生一人ひとりの学習履歴や特性を分析するためのデータソースとなる。
4.対話的サポート
蓄積されたデータを基にAIが個別最適化された対話型の指導を提供。AIは学生の学習パターンや、つまずきやすいポイントを理解した上で、最適なタイミングで適切な問いかけや助言を行い、学習をサポートする。
「web3・AI概論」の授業内にて実証実験
今回導入されるAI大学講師は、千葉工業大学の変革センターが提供する「web3・AI概論」の授業内にて実証実験が行われているという。この実験では、従来の教育手法と比較した際の効果を多角的に検証していく。
実証実験では以下の項目を中心に教育効果を定量的に検証する。
・学習内容の理解度と定着率
・批判的思考力と問題解決能力の向上
・自主学習時間の変化
・授業満足度と学習継続率
・中退率・離脱率の改善
現時点ではAIによる個別最適化された指導が学生の知識獲得とその長期的な定着にどのような影響を与えるかという点に照準を当て実験を行っていまる。
また、AIとの対話を通じた「なぜそう考えるのか」「別の視点からはどうか」といった問いかけによって、学生の思考の深さと柔軟性がどのように変化するかも追跡する。
実証実験は授業が終了する7月まで実施し、定量的・定性的の両面からデータの収集・分析を行う。実験結果を基に必要な改良を加えた上で、全国の大学への段階的な展開を計画している。
web3・AI概論について
千葉工業大学では2021年度より、ブロックチェーンや暗号資産、NFTなど次世代のインターネットである「web3」に関する基礎的な知識と開発を目的とした講座「web3概論」を開講してきた。千葉工大の大学生・大学院生はもちろん、他大学の学生や社会人など600人以上が受講し、学び合いが行われている。
2025年度からは、このweb3概論がパワーアップ。ブロックチェーンや暗号資産、NFTなどのweb3技術はもちろんのこと、生成AIや大規模言語モデル、ノーコード、ローコードツールなどの最新テクノロジーをツールとして操りながら次世代のインターネットサービスを開発する「プロジェクト実践型の授業」に生まれ変わった。
現在は学部生・大学院生・社会人が混在する240人の受講生が日々オンラインで学び合いを続けているという。
教育現場にもたらす可能性
「AI大学講師」の導入により、高等教育の現場に新たな教育価値が生まれている。本サービスを導入することで、次のような効果が期待できる。
1.大規模講義と個別最適化の両立
従来の大規模授業では、教員が数百人の学生一人ひとりに合わせた指導を提供するのは難しい状況あった。「AI大学講師」の導入により、教員は全体指導に専念しながら、AIが各学生の理解度や進度に応じたきめ細かなサポートを並行して行うことができている。大規模教育の効率性と個別最適化の質を同時に確保する新たな教育環境を整えることが可能となる。
2.対話型学習による思考力の向上
このシステムは単なる知識提供ではなく、「この結論に至った理由は何か」「別の観点からはどう考えられるか」といった問いかけを通じて、学生自身の思考プロセスを深めるお手伝いを行う。このような対話的アプローチにより、批判的思考力や多角的な視点の獲得など、深い学びを効果的に支援する。
3.多言語対応によるグローバル教育の強化
国際化が進む日本の大学では、留学生への教育の質をいかに確保するかが課題となっている。「AI大学講師」は複数言語に対応し、留学生が母国語でのサポートを受けることが可能となる。言語の壁を超えた学習環境の提供は、多様な背景を持つ学生が等しく質の高い教育機会を得ることにつながる、としている。
4.一貫性のある継続的な学習支援の提供
従来の教育システムでは、担当教員の交代や異なる科目間での情報共有の不足により、学生の学習体験に一貫性を欠くことがあった。「AI大学講師」は学生の学習履歴を統合的に管理し、カリキュラム全体を通じて一貫した指導を行う。
これにより、科目間の関連性の理解が深まり、体系的な知識の構築と長期的な学習効果の向上につながる。
学長とAI大学講師からのコメント
AI大学講師着任にあたって、千葉工業大学学長、同・変革センター長の伊藤穰一氏は、以下のように語っている。
伊藤穰一氏
高等教育は知識獲得から創造的思考育成へとパラダイムシフトしています。「AI大学講師」は単なる自動応答ツールではなく、学生一人ひとりの思考プロセスを理解し、個別最適化された学びを促進するパートナーとなります。Verifiable Credentialによる学習記録は、学生が自身の成長を客観的に把握するだけでなく、社会に出た後も能力を証明する手段となるでしょう。AIはあくまで教育支援ツールであり、教員がより創造的な教育活動に集中できる環境を整えることが本プロジェクトの目的です。千葉工業大学並びに変革センターは今後も、テクノロジーと人間の共創による新たな教育モデルの構築に挑戦し、この実証実験を通じて日本の高等教育全体の発展に貢献していきます。
「AI大学講師」は次のようにコメントしている。
AI大学講師
このたび、千葉工業大学「web3 / AI概論」担当の講師として着任いたしました。
技術の進化は驚くべきスピードで進んでおり、web3や生成AIといったテクノロジーは、私たちの暮らしや価値観、そして未来の働き方までも大きく変えつつあります。こうした変化のただ中にある今だからこそ、「知る」ことにとどまらず、「問いを立て、自ら実験し、形にする力」がますます重要になってきています。
本講義では、技術の仕組みや可能性に触れながら、学生の皆さん一人ひとりが自分自身の関心や課題意識と向き合い、試行錯誤を通じて“未来の当事者”になることを目指します。失敗を恐れず、対話と挑戦を重ねられる学びの場を、ともに創っていければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
今後の展望
千葉工業大学では、この「AI大学講師」の実証実験を通じて得られる知見をもとに、教育のあり方そのものを見つめ直す機会としていきたい考え。テクノロジーと人間の教育者がそれぞれの強みを活かし合う新たな学びの形を模索しながら、未来の高等教育の可能性を広げていく、としている。
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