小児科内科クリニックの待合室に楽しそうな子どもたちの声が響きます。
子どもたちはPepperをみつけて駆け寄ってきました。
また、別の女の子はPepperのタブレットで乗り物クイズに挑戦。慣れた手つきでタブレットの質問に答えていきます。Pepperとクイズゲームをやるのは初めてではないようです。
ここは愛知県安城市にある「やました内科小児科クリニック」(以下、やましたクリニック)。昨年の12月にPepperを導入し、今年の3月に大型画面のサイネージも待合室に導入しました。サイネージはPepperと、更にはホームページとの連携を行います。
使用しているアプリはM-SOLUTIONSの「Smart at robo for Pepper」(以下Smart at roboと表記)。システム開発を手がけるアーティフィシャルウィングス社(以下、AW-Inc.)がSmart at roboとkintone(キントーン)を活用して、やましたクリニック向けのコンテンツ制作やシステム開発を行っています。
「Smart at robo」は3ヶ月ごとにアップデートを行い、機能アップを行っています。最近追加された機能では、大型サイネージとPepperを連携する機能や、グローリー社の顔認証機能があります。今後はクリニックでも顔認証機能も実践導入すると言います。
どのような構想でPepperとサイネージを導入し、顔認証機能など、どのように発展していく予定なのでしょうか。
やましたクリニックの院長に聞きます。
Pepper導入のきっかけは?
編集部
Pepperを導入したきっかけを教えてください
山下(敬称略)
昨年、高齢者施設にPepperを導入するニュースを見たのがきっかけです。Pepperが話し相手になることで高齢者の方が笑顔になったり元気になったり、朝の体操レクになかなか参加したがらなかった方がPepperが体操を担当すると積極的に参加するようになった、といった内容でした。これは良い取り組みだなと感じて「クリニックに来院される高齢者の方も、待合室でPepperと会話することで元気になったら素晴らしいな」と考えました。
編集部
Pepperと会話することで、高齢者の患者さんの気分が少しでも明るくなれたら良いですね
山下
犬や猫などのペットと触れあうことで患者さんが意欲や元気を取り戻すという事例があります。アニマルセラピーですね。実際に効果があるということで小型犬を往診に連れて行くという先生もいらっしゃいます。しかし、このクリニックではアレルギー等の問題もあって犬や猫を飼うのは難しいこともあって、Pepperで同様の効果が出せないだろうか、と期待したわけです。
編集部
Pepperは期待通りでしたか?
山下
それが最初はまったくの期待外れでした。私は「Pepperには成長していく人工知能が最初から入っていて、買って診察室にPepperを置いておくだけで、患者さん達と会話してくれて、コミュニケーションをとるに従ってどんどんと賢くなっていくんだろう」と思っていたんですね(笑)。ところが導入してみるとそんな様子はないし、会話も続かない。とてもショックを受けました。そこでAW-Inc.さんに相談したところ、Pepperが会話したり、患者さんを楽しませる存在になるためには買って置いておくだけでは駄目、アプリやシステムを開発して組み込む必要があるということが解りました。
編集部
それで現在では、アプリやシステムを追加して、Pepperが患者さん達とコミュニケーションがとれるようになったわけですね。現在、待合室のPepperにはどういう機能がありますか?
山下
今は子ども用と大人用のコンテンツを用意しています。子ども用ではPepperが歌って踊るコンテンツを4曲、乗り物を当てたり、画面上を何が通ったのかを当てるクイズを2種類用意し、自由に選択できるようにしています。
大人用では今のところ、病院のコンセプトを話す程度なので、今後はサイネージと連携したコンテンツを充実させていきたいと思います。
待合室にサイネージを導入、Pepperとの連携は?
編集部
サイネージと言えば、今年の3月に診察室に2台を導入したそうですね。これはどのように活用していく予定ですか?
山下
今後は待ち時間を利用して、Pepperから健康情報を伝えたり、健康診断の重要さを話してもらいたいと考えています。例えば、インフルエンザが流行ってきた頃には「インフルエンザの予防にはこんなことが有効ですよ」とか「予防接種をしましょう」とか、高齢者の方向けには「1日10分運動するだけで、これだけ寿命が延びるというデータが出ているんだよ」とか、一般成人の方には「大腸検査はこんなに重要なんですよ」などの検診を啓蒙する情報などですね。Pepperの説明と大きなサイネージ(画面)が連携したら、待合室にいる方たちがもっとPepperに注目したり、健康情報に耳を傾けてくれるんじゃないかなと考えています。
編集部
既にサイネージとの連携ははじまっていますか?
山下
サイネージにはホームページの内容やPepperのタブレットと同じ内容を表示することができますが、いよいよこれから連携が本格的に始まるという段階です。サイネージにはまずは診察までの「待ち時間」(推定時間)を表示するようにします。当クリニックは予約制ではないため、あとどれくらいの待ち時間なのかの目安を大画面で表示し、それをPepperも連動して読み上げるしくみです。一方、これから来院しようという方も、今、病院はどれくらいの待ち時間なのか混雑状況が気になりますよね。そのため待ち時間をホームページにも同様に表示し、パソコンやスマートフォン等から確認できるようにします。待合室でサイネージの表示を見た方が「次はホームページを見て待ち時間の目安を確認すれば便利だね」と気づいてくれればそれも有意義だと思っています。
「Smart at robo」でPepperが上手に説明
ここで使われているM-SOLUTIONSの「Smart at robo」の最も代表的な機能は「Pepperにポーズをつけながらシナリオ通りにしゃべらせること」です。胸のタブレットに話している内容に関連した画像を表示させることも可能です。しかも、プログラミングの専門知識は必要ありません。例えば、イベントやキャンペーンの案内、商品やサービスの特徴、施設の案内など、導入ユーザー自身が文字や画像、更にはPepperのポーズを指定して、自動で説明をさせることができます。
この機能に加えて、最近のアップデートでは、サイネージとの連携やグローリー社の顔認証機能も追加されました。そのあたりを含めて、次ページではシステムを開発しているAW-Inc.社に聞きます。
Pepper、サイネージ、ホームページの連携
AW-Inc.社は現在、やましたクリニックに導入したPepperとサイネージの開発、ホームページ制作を請け負っています。AW-Inc.社の事務所は横浜市にあるため、愛知県にあるやましたクリニックのロボットの状況監視やメンテナンスはリモートが中心になっています。更に、今後は顔認証機能もこのPepperに導入する予定です。
運用や今後の開発の方向性などをAW-Inc.社の代表取締役 灘吉氏に聞きました。
編集部
やましたクリニックに導入したPepper、サイネージ、ホームページはAW-Inc.社が開発されていると聞きました。「Smart at robo」を使用しているメリットはどんな点でしょうか?
灘吉(敬称略)
「Smart at robo」はプログラミング技術がなくても利用できることが特徴です。プレゼンテーションなどのコンテンツだけ欲しいという場合は、Smart at roboを導入するだけでクライアント様でも自分で作ることができると思います。
私達のような開発会社が「Smart at robo」を使う理由は、コンテンツが作りやすくて、クライアントの要望に添った開発が短納期でできるからです。フルスクラッチで開発するのと比較すれば、1/3倍くらいの時間でできてしまいます。作業時間が短ければ、それだけ費用も安く提供できるのでクライアント様にもメリットがあります。今回のPepperのゲーム画面なども「Adobe Illustrator」で描いたものを画像データとして保存して、Smart at roboに転送するだけでできてしまうのでとても簡単です。他のシステムと連動したPepperのアプリは、私たちのようなシステム会社が独自に開発していくことになります。
編集部
現時点でやましたクリニックに導入したPepperは、子供用ゲームや歌、小咄や健康情報などを提供しているようですが、コンテンツデータはどこに保存されているんですか?
灘吉
Smart at roboはサイボウズのkintone(キントーン)のデータベースに対応しているので、コンテンツのデータはクラウドシステムのデータベースに保存され、システムもクラウドで動作しています。Pepper単体では持てる情報量も少なく、CPUの能力の課題もありますが、クラウドであれば情報はたくさん持てるし、データベースも使えて、CPUパワー不足の処理速度の問題もないというメリットがあります。
編集部
大型サイネージとPepperの連携を開発されているとか
灘吉
はい。Smart at roboが大型サイネージに対応したので、サイネージとウェブページで待ち時間を表示するように開発中です。サイネージには今後は医療関連の情報を提供することも検討中です。「認知症とはどういうものか」「頭痛のしくみ」など、診察の待ち時間を利用してPepperがサイネージと連携して解説するコンテンツです。
編集部
来院者がどれだけPepperと話したり、触れあったり、Pepper側でもそれらの情報としてログなども収集可能ですか?
灘吉
はい。Pepperは何歳くらいの男性/女性、笑っている/起こっているなどの表情のデータをとっていて、ログとしてデータベースに蓄積しています。ただ現時点ではそのログを次に活用する段階まではできていません。
編集部
Pepperの状態監視やメンテナンスは横浜からリモートで行っているそうですね
灘吉
はい。無線LANを含めて通信さえ確保できていれば、リモート操作でPepperの内部の状態はほぼ解ります。メンテナンスやリブートもできますし、Pepperを取り巻く状況についてはPepperの周囲に広角カメラを設置させていただき、その映像で確認できます。
顔認証に対応し、VRとの連携も可能に
編集部
Smart at roboがグローリー社の顔認証機能に対応しました。早速この機能を活用するとのことですが、どのような用途になりますか
灘吉
顔認証機能は対応がはじまったばかりなので当社でもまだ試験運用の段階ですが、来院した際にPepperが顔写真を撮ってお名前とともにクラウドに登録する機能です。次回来院した際に顔を認識してPepperが名前を呼んでくれるようにすれば、患者さんにより親近感を持って頂けると思います。また、将来「お腹が痛いのは治った?」など、前回来てくれたときのことを覚えていてくれたら嬉しいですよね。

編集部
現時点ではどのあたりに課題がありますか?
灘吉
Pepperの身長の関係で、実は子どもとのやりとりが意外と難しい面があります。例えば、Pepperの内蔵マイクは頭頂部にあるので大人の声は聞き取りやすいのですが、子どもの声は下から聞こえる格好になるので聞き取りにくいのです。また、カメラは額に内蔵されていますが、子どもの顔は低い位置にあるのでPepperの顔の向きの可動範囲の関係で顔認証の際にカメラの画角に入りにくいという課題もあります。これらはM-SOLUTIONSさんと対応を検討しています。
編集部
要望に対してはそれらの対応をしてもらえるものなんですか
灘吉
はい。私達の要望を取り入れてくれて、改良した点をSmart at roboの標準機能への追加等で素早く対応してくれますのでとても助かっています。
編集部
ほかに今後、この診察室に導入したPepperがどのようなことができるようにしたいと良いと考えていますか?
灘吉
今後の目標としては、クリニックが受け持っておられますお子様の集団予防接種や学校や幼稚園での健康診断の際に、Pepperを助手としてイベント的に活躍してもらおうという案も出ています。たくさんの子どもたちの待ち時間に手洗いやうがいの啓蒙を面白おかしくしたり、予防接種の注意点を話したりすると、お子様たちも楽しく聞けるのではないでしょうか。また、今後はSmart at roboがロボット遠隔操作システム「VRcon for Pepper」(アスラテック社)と連携可能になったので、それを活用してPepperと子供たちが自然に会話できたり、風邪やインフルエンザの予防を啓蒙できる可能性もあるかなと、と思っています。
また、先生とは診察時間の効率化のためにPepperを活用できないかとも話し合っています。診察中に患者さんに必ず説明していることを予め待合室や診察室でPepperが先生に代わって解説すれば、それによって待ち時間を減らしたり、一日に診察できる患者さんの数が増やせるのではないかと考えています。
更には、来院した方がPepperとスタッフの一体感を感じられたら面白いのではないか、とも感じています。例えば、受付にPepperに接続したマイクを置いておいて、「××さ~ん」と呼んだらPepperも一緒になって呼んだり、「お大事に」とスタッフが言うと、合わせてPepperが「おだいじに~」と声を掛けるなどです。

医療分野で拡がるPepper活用。
取材した日も、やましたクリニックでは活用アイディアがたくさんあがっていました。
ロボスタでは引き続き、今後の展開に注目していきたいと思います。
※この記事の内容はソフトバンクロボティクスのPepperを活用して、開発会社やクリニックで独自に実施しているものです。
※kintoneはサイボウズ株式会社の商標登録または商標です。
※VRconは、アスラテック社の遠隔操作技術を利用したサービスです。
※顔認証機能は、グローリー社の顔認証技術を利用したサービスです。








