脳の「予測する仕組み」でヒューマノイドが複数の介護動作を学習 早大・NCNP、フィジカルAIの基本原理となる可能性を示す

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国立精神・神経医療研究センター(NCNP)と早稲田大学の研究グループは、人間の脳の情報処理理論として知られる「予測処理(Predictive Processing)」に基づくAIモデルを開発し、多自由度ヒューマノイドロボット「AIREC」のデータを用いて、複数の介護動作を単一のAIモデルで学習できることを実証した(冒頭の画像:出典 早稲田大学)。

開発した「Scalable PV-RNN」は、視覚と身体感覚からなる3万次元を超える情報を、特徴抽出や次元削減、注意機構などを使わずに直接統合する。3万次元とは、左右のカメラ画像を構成する画素情報や、関節角度・トルクなど、合計3万個を超える数値情報を示す。

研究グループは、脳が未来の感覚を予測し、実際に得られた感覚との「予測誤差」を小さくするという計算原理によって、異なる複数の作業を扱える可能性を示した。
さらに、視覚情報が不鮮明な場合に身体感覚で補完したり、見えない対象の状態を推定したり、作業の切り替えをモデル内部で表現したりするなど、人間の情報処理に似た特性が形成されたという。

研究成果は2026年8月15日、国際学術誌「Science Advances」に掲載された。

■脳は「次に何が起こるか」を予測している

今回の研究を理解するキーワードが「予測処理(Predictive Processing)」だ。
予測処理では、脳は外部から入ってくる情報を受動的に処理しているだけではなく、「次にどのような感覚が得られるか」を常に予測していると考える。
そして、「脳が予測した感覚」と「実際に得られた感覚」との差、すなわち「予測誤差」を小さくするように、知覚や行動、学習を行う。

この考え方を数理的に定式化したものが「自由エネルギー原理」だ。
研究グループは今回、この脳科学の理論を、高次元の視覚情報と身体感覚を扱うヒューマノイドロボットのAIへと拡張した。

■3万次元を超える視覚と身体感覚を直接扱う「Scalable PV-RNN」

研究グループが開発したのが「Scalable PV-RNN(Predictive-coding-inspired Variational Recurrent Neural Network)」だ。

PV-RNNは自由エネルギー原理に基づく時系列生成AIで、今回の研究では、高次元の視覚情報と身体感覚を統合できるように予測生成能力を拡張した。

使用したヒューマノイドロボットAIRECは、頭部に2台のRGBカメラを搭載し、両腕にはそれぞれ7自由度と各関節のトルクセンサーを備える。
モデルへの入力には、14関節の角度とトルクからなる28次元の固有受容感覚と、左右のカメラから取得した複数解像度の画像による32,256次元の視覚情報を使用した。つまり、AIが一時点で扱う数値情報は合計3万次元を超える。

特徴的なのは、一般的なロボットAIで用いられる特徴抽出や次元削減などの前処理を行わず、高次元の情報を直接モデルに入力した点だ。

すなわち、3万次元を超える高次元の視覚・身体情報を、あらかじめ人間が重要な特徴へ整理して与えなくても、「未来の感覚を予測し、実際の感覚との予測誤差を最小化する」という共通の計算原理で扱えることを示した。この点が今回の研究の重要なポイントのひとつだ。

【図1】Scalable PV-RNNのAIモデルと、ヒューマノイドロボットAIRECを使った介護動作。視覚と固有受容感覚を階層的に統合し、「体位変換」と「清拭」の2種類の動作を学習した(出典:早稲田大学)

■性質が大きく異なる2つの介護動作をひとつのAIで学習

実験では、AIRECを人間が遠隔操作し、ベッド上のマネキンに対して2種類の介護動作を行った。

ひとつは、仰向けのマネキンを起こす「体位変換」。ロボットがマネキンへ手を伸ばし、背中や脚を支え、上半身を持ち上げる。

もうひとつが「清拭」で、タオルを使って身体表面を拭く動作だ。

体位変換では人体に相当する剛体を支えて動かす必要があるのに対し、清拭では柔軟物であるタオルを扱わなければならない。性質の異なる2つの作業を同じモデルに学習させたことが今回の研究のポイントのひとつとなる。
公開された研究データによれば、学習には18回分の遠隔操作データを使用した。体位変換と清拭がそれぞれ9回で、ベッドの高さを590mm、650mm、710mmの3段階に変化させている。
さらに、学習に使用していない6シーケンスをテスト用として使用した。
Scalable PV-RNNはこれらのデータから、視覚と身体感覚の時系列を予測することを学習した。

■見えにくければ「身体感覚」で補う能力が創発

さらに興味深いのが、学習後のモデル内部に、人間の脳の情報処理に似た複数の性質が形成されたことだ。

例えば視覚情報を意図的に劣化させた場合でも、ロボット自身の関節角度やトルクなどの固有受容感覚を利用することで、視覚情報だけの場合よりも予測誤差を低く抑えられた。

人間に置き換えれば、「よく見えないので、身体で感じている情報を使って状況を補う」ことに近い。また、視界から隠れて直接見ることができない対象についても、モデル内部の状態から推定する能力が確認された。

重要なのは、研究者が「視覚が悪ければ身体感覚を使う」「隠れた対象を推測する」といった個別のルールをプログラムしたわけではない点だ。
予測処理に基づいて学習した結果として、こうした機能がモデル内部に形成された。

【図2】視覚情報を不鮮明にした場合の予測結果。固有受容感覚を入力した場合には、入力しない場合と比較して視覚の予測誤差が低下した(出典:早稲田大学)

## AIは「作業の切り替え」も内部で表現

モデル内部を解析すると、さらに興味深い特徴が確認された。
Scalable PV-RNNでは、「体位変換」「清拭」という大きなタスクだけでなく、その内部にある細かな動作の遷移が階層的な潜在状態として形成されていた。

例えば体位変換では「手を伸ばす」→ 「身体を支える」→ 「持ち上げる」という動作の流れがある。清拭でも「タオルへ手を伸ばす」→「拭く」→ 「動作を終了する」という異なる流れが存在する。

モデルはこれらをあらかじめ明示的なタスクラベルとして与えられなくても、感覚情報の時間的な変化から内部表現として形成した。

さらに、それぞれのタスクに含まれる「不確実性」の違いも内部状態に反映された。
柔軟物であるタオルを扱う清拭は、マネキンの身体を動かす体位変換より動作のばらつきが大きい。こうしたタスクごとの不確実性の違いについても、モデル内部で異なる状態として表現された。

一方、マルチタスク学習では、2つのタスクが互いに同じように影響するのではなく、「非対称な干渉(asymmetric interference)」も確認された。異なる性質の作業をひとつのAIで扱える可能性を示すと同時に、複数の作業へスケールしていく際の課題を示す結果ともいえる。

■「ひとつの知能で複数の仕事」がフィジカルAIの重要課題

現在のロボットAIでは、特定の作業に特化したモデルを構築する方法が一般的だ。
しかし、人間は「物を持つ」「身体を支える」「布を扱う」といった性質の異なる作業を、ひとつの脳で柔軟に切り替えて実行できる。
フィジカルAIが人間の生活空間や製造、物流などで幅広い作業を担うためには、ロボットにも同様に、ひとつの知能で異なる状況や作業へ適応できる能力が求められる。

今回の研究が問いかけているのは、こうしたロボット知能を実現するための基本原理として、人間の脳に着想を得た「予測処理」を利用できないか、ということだ。

研究グループは、3万次元を超える視覚・身体情報と性質の異なる複数のタスクを扱った結果から、予測処理がEmbodied Intelligence(身体性を持つ知能)の一般的かつスケーラブルな計算原理になり得る可能性を示したとしている。

■「AIRECによる自律的な介護」はこれから

一方で、今回の成果を理解するうえで注意しておきたい点もある。
実験データそのものは実機のAIRECを遠隔操作して収集しているが、学習したAIによる評価はシミュレーション上で行われた。

つまり、Scalable PV-RNNによってAIRECが自律的にマネキンを起こしたり、タオルで身体を拭いたりするところまでを実証した研究ではない。

そのため現段階では、介護ロボットの実用化というよりも、実スケールのヒューマノイドから取得した高次元の身体・視覚情報を使い、「予測処理」という脳科学の原理がフィジカルAIの計算基盤としてスケールできるかを検証した基礎研究と見るのが適切だろう。

今後は、モデルが予測した固有受容感覚を実際のロボットの動作につなげるクローズドループ制御への拡張が期待される。

研究グループは、介護だけでなく物流、災害対応、製造、家庭支援など、多様な環境で複数の作業を柔軟に遂行する次世代ロボットへの応用を展望している。

また、脳科学で提案された理論をAIとロボットに実装し、その振る舞いを分析することで、逆に「人間の脳がなぜ柔軟な知能を実現できるのか」を検証する研究基盤としての発展も期待される。


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