「日本はスマートフォンで負け、AIでも出遅れた。フィジカルAIでも米中の世界企業に席巻されてしまう」。そんな見方に対して、「フィジカルAIは日本が勝てるかもしれない」と語るのがドーナッツロボティクスだ。

同社の代表取締役CEO 小野泰助氏は2026年8月26日、「AI博覧会 Summer 2026」の基調講演に登壇。「最強のヒューマノイドは日本から生まれる」と題して、世界のヒューマノイド開発の現状と、日本企業に勝機があると考えている理由を語った。

会場では「cinnamon 1」に加えて、2026年秋に発表予定の新型「cinnamon 2」を先行披露。俊敏なダンスで来場者を驚かせた。さらに、日本の技術を結集した最上位ヒューマノイド「cinnamon Zero」の開発構想も明らかにした。

■米中に巨額の資金、日本が同じ方法で戦うのは「絶望的」
世界ではヒューマノイド開発競争が急速に激しくなっている。
小野氏はTesla、Figure、Boston Dynamicsなどの米国勢、AgiBot、Unitree Robotics、UBTECH、XPENG Roboticsなどの中国勢を例に挙げ、巨額の資金がヒューマノイド企業に集まっている現状を紹介した。
ヒューマノイドの開発には、ロボット本体だけでなく、GPUなどの計算資源、VLA(Vision-Language-Action)を開発するためのデータ収集環境、多数のロボットと人員が必要になる。
さらに、フルサイズ、小型、車輪型、四足歩行など用途に応じたハードウェアを開発し、数年ごとに新しい機種へ更新する必要もある。
VLAの学習データを実機から大量に取得するには、大規模な施設と多数のロボット、スタッフを揃えなければならない。
こうした資本力を必要とする競争について、小野氏は日本企業が正面から戦うのは「絶望的」と表現。「国がやるべき仕事」と感じるほど、海外の先行企業との資金力には大きな差があるとの認識を示した。

■それでも「フィジカルAIは日本が勝てるかもしれない」
ところが、小野氏はここから講演の方向を大きく転換した。
「日本はスマートフォンで負けました。AIでも既に手遅れと言います。フィジカルAIでも米中の世界企業が席巻してしまう」
そうした見方がある一方で、12年間にわたってロボットの現場導入に携わってきた経験から、「違うかもしれない」と感じているという。
ポイントは、開発と普及は別の競争であることだ。
ヒューマノイドを実際の現場へ持ち込むと、研究室やデモでは分からなかった問題が次々と出てくる。想定外の故障が発生する。顧客から細かな要望が出る。開発段階では価値がないと思われていた機能が、現場では非常に役立つこともある。
そして現在のVLAも、動画で見るようなデモから受ける印象ほど、あらゆる現場で自由自在に仕事ができる段階には達していないという。
小野氏は、本格的なVLAの実用化には「あと2年とか3年はかかる」との見方を示した。その期間に現場へロボットを導入し、ノウハウやデータを蓄積した企業が、その後もシェアを取り続ける可能性があると見ている。
つまり、米中企業が先行している開発競争が、そのまま普及の勝敗になるとは限らないというのが小野氏の考えだ。
■ダンスよりも「現場で役に立つロボット」
ドーナッツロボティクスでは、すでに国内の数十社がヒューマノイドを購入し、実証を進めているという。
想定する分野は製造、建設、介護、警備など。工場での作業や建設現場での検査・パトロールなど、人手不足が深刻な領域から導入を進めようとしている。
特に現時点でヒューマノイドが価値を出しやすい用途として、小野氏は警備や検査、パトロールを挙げた。

ただし、ロボットを購入してボタンを押せば、すぐ仕事を始めてくれる段階ではない。
「現場で何をやるのか」を導入企業と一緒に考え、ソフトウェアを開発し、日々の仕事そのものを作っていく必要があるという。
これは、同社が「開発競争」よりも「普及」を強調する理由にもつながっている。
【動画】現行機種「cinnamon 1」によるデモに盛り上がる会場の様子。サプライズで新型モデルもマント姿で登場
今秋発表の「cinnamon 2」を先行公開、俊敏なダンスを披露
講演中盤では、2026年秋に正式発表を予定しているという新型ヒューマノイド「cinnamon 2」がサプライズで先行披露された。マントを被り、全容までは解らなかったが、軽快なダンスを会場で披露した。

腕を大きく振り、上半身を素早くひねりながらステップを踏む。動作の切り替えも速く、従来のヒューマノイドから連想するゆっくりとした動きとは異なる、俊敏なパフォーマンスを見せた。
【動画】2026年秋に正式発表予定の「cinnamon 2」を先行公開。ステージ上で俊敏なダンスを披露した
小野氏自身もダンスをヒューマノイドの最終目的とは考えていない。
講演では「ダンスができたからといって、社会の役に立つわけではない」と率直に語り、AIを使った検査やパトロールなど、実際に社会で役に立つロボットにしていきたいと強調した。
cinnamon 2の俊敏なダンスは運動性能を印象づけるデモであり、同社が目指す先は、その身体能力を実際の仕事にどう結びつけるかにある。
■日本製ヒューマノイドが勝てる「4つの理由」
では、なぜ小野氏は米中が先行する状況でも、日本に勝機があると考えるのか。
講演では、大きく4つの理由が示された。
ひとつは「VLAの完成と安全性の確立にはまだ時間がかかる」こと。
社会にヒューマノイドを導入するには、賢く動けるだけでは足りない。人に衝突しない、転倒しない、誤作動しても危険を生じさせないといった安全性が不可欠になる。さらに、ヒューマノイドにはカメラやマイク、多数のセンサーが搭載され、ネットワークにも接続される。情報漏洩やハッキングへの対策も重要だ。
2つ目は「通信機器の安全性や生産地が問われる可能性」。
3つ目は「米国製ヒューマノイドなどに将来、輸出規制がかかる可能性」。
そして4つ目が「AIやロボティクスが米国と中国に二極化することへの懸念」だ。
米中のどちらにも全面的に依存したくない国や地域にとって、安全性や信頼性を前面に出した日本製ヒューマノイドが「第三極」の選択肢になる可能性があると小野氏は見る。
ここは、あくまでドーナッツロボティクスが描く将来シナリオだ。しかし、ヒューマノイドが工場や家庭、公共空間へ入っていけば、性能だけでなく、製造国やデータの扱い、セキュリティが製品選択の重要な条件になるという指摘は興味深い。
■日本にはヒューマノイドを支える技術がある
そして、もうひとつ小野氏が日本の強みとして挙げたのが、長年にわたって製造業が蓄積してきた要素技術だ。
講演ではヒューマノイドを人体になぞらえ、「手」は多指ハンド、「目」はカメラ、「関節」は減速機、「心臓」は全固体電池、「脳」は半導体と整理した。
スライドではHONDA、SONY、HARMONIC DRIVE、TOYOTA、OOKUMA DIAMOND DEVICEを例示。ヒューマノイドを構成する重要な部品や技術の中には、日本企業が長年培ってきたものが数多くあるとした。
世界でヒューマノイドの普及が始まれば、ロボットメーカーだけでなく、こうした要素技術を持つ日本企業にも大きな機会が生まれる可能性がある。

■「最強のヒューマノイド」に必要な5つの条件
では、小野氏が講演タイトルに掲げた「最強のヒューマノイド」とは何か。
ドーナッツロボティクスは、それを5つの要素で定義している。

「正確性」は、人間以上の精度で作業できること。「身体性」は、高いパワーや可搬重量、移動能力。「堅牢性」は、高温多湿や粉塵など厳しい環境でも長時間安定して働けることを意味する。「知能性」は周囲を理解し、自ら判断・学習・計画して行動する能力。そして最後の「安全性」では、誤作動や転倒、ハッキングが発生しても人を傷つけず、情報を漏洩しないことを掲げている。
特に安全性を5項目のひとつとして明示しているところに、同社が考える日本製ヒューマノイドの方向性が表れている。

■日本の技術を結集する最上位モデル「cinnamon Zero」
講演終盤では、さらに新しいヒューマノイド構想が明らかにされた。
「cinnamon Zero」だ。

ドーナッツロボティクスは、普及モデルの「cinnamon 1」に対して、cinnamon Zeroを技術の頂点となる最上位モデルとして位置付ける。小野氏は自動車に例え、cinnamon 1を「普通車」、cinnamon Zeroを「ラ フェラーリ」のような存在と説明した。

高性能モデルそのものを大量に普及させるというより、最上位モデルで開発した技術を普及モデルへ還元していく考えだ。そして「Zero」という名称には、同社の狙いが込められている。
「ゼロからの再設計で、情報漏洩をゼロに。そして、人とロボットの距離をゼロに」。
日本の要素技術を活用し、安全性や信頼性を重視したヒューマノイドを作る。それがドーナッツロボティクスの描くcinnamon Zeroだ。
■開発では負けても、普及では勝てるのか
世界のヒューマノイド開発を見れば、現時点で米国と中国が大きく先行している。
資金調達額、開発する実機の数、VLAの学習データ、計算資源。ドーナッツロボティクスも、その差そのものを否定しているわけではない。
今回の講演で興味深かったのは、むしろそこを認めたうえで「開発競争で先行すること」と「社会に普及したときに選ばれること」は同じではないとした点だ。
AIが賢くなり、ヒューマノイドの運動性能が向上するほど、その先では「実際の現場で安全に、壊れず、長時間働けるか」が問われる。
そして、日本にはロボットそのものだけでなく、モーター、減速機、センサー、カメラ、ハンド、電池、半導体など、フィジカルAIを支える産業基盤がある。
米中が先行する現在のヒューマノイド開発競争を、日本がそのまま追いかける必要はないのかもしれない。
「最強のヒューマノイドは日本から生まれる」。
大胆なタイトルで始まった小野氏の講演は、単なる日本への期待論ではなく、開発から普及へとフェーズが変わったときに、日本の強みがどこにあるのかを問う内容でもあった。ドーナッツロボティクスが示した仮説を、cinnamon 2、そしてcinnamon Zeroがどこまで実機で証明できるのか。
まずは秋に予定されているcinnamon 2の正式発表に注目したい。







