空飛ぶ通信基地局「HAPS」の最新技術「Beyond 5G/6G」最前線 ソフトバンクがペイロード内部を初公開

ソフトバンクは成層圏通信プラットフォーム向け無人航空機「HAPS」の「ペイロード」の内部と最新技術を報道関係者に向けて初公開した。「HAPS」(ハップス)とは成層圏を太陽エネルギーで飛び続けるグライダー型の中継基地局のこと。「ペイロード」は簡単に言うと、HAPSのほぼ中央に設置されている通信設備(装置)を示す。同社はBeyond 5Gや6Gに向けた取り組みのひとつとして衛星や成層圏からの通信技術に着手している。そのひとつが「HAPS」であり、その飛行実験や通信テストから得た知見の一部と開発課題についてを公表した。なぜ成層圏を目指すのか、困難な課題とそれを乗り越えるソリューションの数々を紹介する。

オンラインセミナーで概要を発表するソフトバンク株式会社 先端技術開発本部 次世代NW部 BHネットワーク開発課 課長 稲井 誠氏

成層圏の通信基地局 HAPS「Sunglider」(サングライダー)

ペイロードは機体の中央に搭載され、地上との通信「フィーダーリンク」と「サービスリンク」をおこなう通信機器

初公開されたHAPS「Sunglider」のペイロード

ペイロードの構成/構造図

HAPS通信の概念図


成層圏飛行と、LTEでのZoomビデオ通話等に成功

同社は2020年、同社やグループ会社が開発するHAPS「Sunglider」(サングライダー)を最大高度62,500フィート(約19km)の成層圏飛行を成功させた。成層圏での滞空時間は5時間38分、総フライト時間は20時間16分に及んだ。なお、この実験飛行での最低温度は-73度となっている。


ペイロードだけでこのサイズ。HAPS全体ではかなり巨大になる。報道関係者向けにペイロードの構造やしくみを解説する稲井氏

HAPSは米国メキシコ州の上空を旋回するように飛行し、通信テストも実施した。米国の複数の拠点と東京からLTE通信(Band28)とZoomによるビデオ通話を実施した。


地上との通信は「フィーダーリンク」と呼ばれ、このテストでは2つの回線を用意、メインはE-Band帯(70~80GHz)を使う。お椀型のアンテナとジンバルで構成し、向きを調整して通信の最適方向を追従する。もうひとつはWi-Fiで、5GHz帯を使ったバックアップ用の予備回線として搭載した。Wi-Fiはビームを捕捉することで長距離通信を可能にしている。
「サービスリンク」はLTEの700MHz帯のうち5MHz幅を使用。屋外だけでなく屋内との通信試験も行い、成功している。


下の写真で、手で触れているのが「フィーダーリンク用 E-Band帯のアンテナ」。E-Band帯の電波はペンシルビームと呼ばれるほど細いため、通信時は地上の基地局とHAPSのこのアンテナの両方で、精密な追従と向きの同期がおこなわれる。成層圏でこのアンテナが1度ずれると、地上では350mもズレが生じるというからその精度はかなり高度な技術だ。飛行実験では、一度も切れることなく通信を継続することができたという(そのため、予備のWi-Fi通信装置は使う機会ががなかった)。

手で触れているのが「フィーダーリンク用 E-Band帯のアンテナ」。アンテナの上に見えるのが冷却用のエアインテーク(エア吸入口)

予備のために搭載されているWi-Fiアンテナ(写真中央より左下)。E-Bandより周波数が低く、かつオムニアンテナのため、それほど指向性は高くない

ペイロードを背部(後部)から見たところ

ペイロードを横から見たところ。HAPSに搭載する際には、エアインテークを除き、スッポリと包むカバーがつけられ、空気抵抗を減らしている

成層圏は-70度近くの低温のため、保温のため発泡材を多用し、ヒーターも使用、コンピュータや基盤、センサー類を温めている。また機体の軽量化のためには効率化が重視される。

発泡材で覆うことで外の冷気から守り、ヒーターの熱を効率的に伝えて凍結を防ぐ

成層圏は気圧が低く温めた熱が逃げにくいため、外気は超低温にもかかわらず、内部を温めすぎて機器が壊れる可能性があるという。その熱を逃がすためにエアインテークがある。外気温を吸い込むことで冷やすしくみだが、ネジ構造の100段階の調節弁の働きで空気の量と流れを調整している。

内部の温度を外部の冷気で調整




HAPSにおける3つの課題

大きな課題として3つあるとした。
ひとつは成層圏であるが故の「低気温」と「熱」の問題。矛盾するようなワードだが、低気温はそもそも-70度、ヒーターで温める必要がある。一方で成層圏は気圧が低く、熱が逃げづらい。地上とは異なる特異な環境に対応し、温めつつ、効率的に熱を外に逃がす設計技術と、安定的なハードウェア動作が求められた。結果として、加熱/放熱対策は成功し、ハードウェアは正常に動作した。


振動については、自動車などと同様に大きな振動を予想したが、実際は地下鉄がゆっくりと走る程度以下のもので、想定の範囲内だったという。高高度からの通信品質については長距離による減衰が懸念されたが、それも想定の範囲内(5MHz幅で20Mbps)で今後も高品質に通信が実践できる見込みだという。

振動やGのレベルは地下鉄を概ね下回った

同社は今後、更なる環境耐性、軽量化をはかることに取り組む、とした。これらの技術は飛行継続時間を飛躍的に伸ばすことに繋がる(一般にはHAPSは継続飛行時間を6ヶ月~12ヶ月を目標として開発が進められている)。そしてもうひとつが「フットプリント固定」制御技術だ。





「ムービングセル問題」と「フットプリント固定」制御技術

サービスリンク用の通信アンテナが機体に直接設置され、基地局自体が移動していたり、滞空浮遊しているHAPSでは、機体の向きが変わると通信可能エリアが変化してしまうという課題がある。これを「ムービングセル問題」と呼ぶ。それを制御し、地上への通信エリアを固定・安定させる制御技術が「フットプリント固定」だ。

例えば、HAPSが6つセルで通信をおこなっている場合、左上の赤いセル内で通信しているスマホは、HAPSの機体が右に旋回すると、赤いセルからピンクのセルの範囲へと移り、通信を継続するにはHAPS側でハンドオーバーによるセルの切替が必要になってくる。これがムービングセル問題だ。

「フットプリント固定」技術が重要視されるのは「ムービングセル問題」への対策が必要とされるためだ。著者も以前からHAPSを取材する上で誤解していたのだが、HAPSは地上に向かってひとつのセルで円形や楕円形の範囲で通信をおこなっているものと勘違いしていた。実際には上図の例のように、分割した通信セルで通信がおこなわれている。そうなると、HAPS機体が回転したり移動することで地上との通信ではセルの切替が必要になる。

スマホ側から見ると、自分は動いていないにもかかわらず、クルマや電車に乗っているときのように基地局の切替「ハンドオーバー」が頻繁におこなわれると、その都度、通信が瞬間的に途切れたり、待たされたりする。これは通信の「体感」を損なうことになる。

HAPS基地局側の設備にとってみれば、ハンドオーバーはただでさえ処理の負担となるが、全てのセル内にあるデバイスを対象にハンドオーバーを頻繁におこなうと、それこそ全体で見ると膨大な処理能力が発生して機能低下に繋がる。なにせHAPSでは省電力が基本、膨大なパワーを使って力でねじ伏せるというのは実用的ではない。


「回転コネクター」と「多素子フェーズドアレイ」

「フットプリント固定」では対策として、HAPS機体がくるくると旋回したとしても、アンテナ部分の向きを同調して動かすことで、地上へのセルを同じに保つ、というしくみだ。2つのソリューションが提案されていて、「回転コネクター」と「多素子フェーズドアレイ」だ。



回転コネクター

「回転コネクター」は直方体のコネクタ部とケーブルで構成されている。コネクタ部は機体に固定され、有線ケーブルの先の通信機器が常に同じ方向に向くように稼働するしくみだ。


「回転コネクター」の実機。直方体のコネクタ部と有線ケーブルで構成、コネクタと有線ケーブルは無限回転が可能な構造となっている

「おや?」と感じる人も多いだろう。通常なら機体の転回に伴って、有線ケーブル側が回転すれば、ねじれがどんどん発生していくはずだ。ところが、面白いことにコネクタと有線ケーブルは無限回転が可能な構造となっている。具体的な構造は公開されていないが、そこに工夫を施すことで回転コネクターの実現へこぎ着けた。


ここでもうひとつ面白いのが、HAPS内部ではデジタル信号ではなくアナログ信号で伝送処理をおこなっていること。アナログを選択している理由は省電力のため。一方でアナログはノイズにナーバスなため、回転コネクタによって伝送情報が劣化する懸念があったが、事前のテストでは劣化も確認されず、十分に活用できる見込みが立った。

アナログ伝送のテストでは回転コネクターを経由しても劣化していないことを実験。写真から回転コネクターのサイズ感もわかる

通信品質に劣化がなかったことを解説するソフトバンク株式会社 先端技術開発本部 次世代ネットワーク部 無線アクセス開発課 課長 野崎 潔氏(オンラインセミナー時の様子)



多素子フェーズドアレイ

「多素子フェーズドアレイ」は円筒形に複数のアンテナ素子を多数配置した「シリンダーアンテナ」。HAPS機体が回転すると、それに合わせてビームの方向を変えて、セルはそのままを保って通信を続ける。



複数のセルでビームフォーミングをおこなっているが、今後「多素子フェーズドアレイ」ではMassive MIMOの導入を検討。Massive MIMOはLTEで既に実績のある通信技術。多素子とフェーズドアレイの特徴を活かし、ユーザー単位でビームフォーミングをおこない、通信のキャパシティを拡大したい考えだ。


なお、地上の基地局のカバー範囲の上空からHAPSが通信をおこなった場合、電波の干渉が発生する可能性があるが、これについては総務省の「電波資源拡大のための研究開発」を同社が受託。「多素子フェーズドアレイ」によるビームフォーミングを制御し、基地局のカバー範囲にはヌルを形成することで電波干渉を防ぐ技術を開発している。



カバー範囲の拡大 「もっと高く」で宇宙に向かう

4G、5G、Byond 5G、6Gと世代を超えるごとにモバイルネットワークは高度化が求められる。4Gはスマートフォンやタブレット向けに最適化が求められ、ある程度のそのニーズを満たしてきた。5Gでは人のスマートフォン利用の枠を超えて、自動運転のためのレスポンス(反応性)や、街中に増設されるIoTデバイスや移動体のための多接続性などが求められている。

インターネットと社会基盤が直結し、あらゆる分野でコネクテッド技術が導入される結果、通信インフラも固定、モバイル基地局、更には空、宇宙へとエリアの多様性が求められる

ソフトバンクは、モバイル通信のニーズは、人(スマホ)が中心の人口カバー率から、あらゆるデバイスと通信するための国土カバー率へと移行すると考える

周波数もエリアも「もっと高く」。そして基地局も宇宙(そら)へと向かう。ソフトバンクは成層圏だけでなく衛星による通信にも着手している

同社は、2017年に6Gの要素技術の開発・検討を開始。米AeroVironment, Inc.との合弁で「HAPSモバイル株式会社」を設立した。成層圏に基地局を飛行させて、直径200kmのエリアと上空の空間にも電波を届けるHAPS技術に参入した。太陽エネルギーで飛行するHAPSを中継基地局として、今まで電波が届かなかった山林や海上を含め、あらゆる場所でコネクテッドを実現する重要な技術となる。それは将来、当たり前になるだろう自動運転や自動ドローン、モビリティやIoTデバイスにとって重要なインフラとなる。また、大規模な震災が発生した場合も、HAPSを移動基地局として活用すれば、災害現場でもネットを利用することができる。これは将来の大きく有効な備えに繋がるだろう。

なお、ソフトバンクは「Beyond 5G/6G」に向けた12の挑戦を発表している。その詳細は関連記事「「Beyond 5G/6G」はどうなる?ソフトバンクが12の挑戦を発表!2030年6Gの世界観、テラヘルツ、成層圏プラットフォーム」で確認して頂きたい。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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