J-HRTI(ジェイハーティ)は2026年8月26日に、35台のヒューマノイドロボットが稼働する「J-HRTI関東データファクトリー」を開設した。
前編では、オペレーターによるテレオペレーションからアノテーションまで、フィジカルAIの学習データが実際にどのように作られているのかを紹介した。(J-HRTIは Japan Humanoid Robot Training & Implementation の略称)

では、そのデータを使ってヒューマノイドに何をさせようとしているのか。

J-HRTIには、医薬品メーカーのツムラ、物流・DM事業を手がけるディーエムエス(DMS)、ものづくり商社の山善、総合リース会社の芙蓉総合リースなど、立場の異なる企業が参画している。

内覧会では各社がプレゼンテーションを実施。そこから見えてきたのは、華やかなヒューマノイドのデモとは少し違う姿だった。
企業が期待しているのは、すでに自動化された仕事ではなく、「自動化したくても、いまだ人の手に頼っている仕事」を担う存在としてのヒューマノイドだ。
各社はどのような課題を抱え、フィジカルAIに何を期待しているのか。後編では企業側の視点からJ-HRTIの取り組みを見る。

内覧会の冒頭、J-HRTI運営委員長を務める山善の中山勝人氏は、今回の関東データファクトリーを、ヒューマノイドの社会実装を進めるための拠点として位置付けた。J-HRTIが目指しているのは、ロボットを動かしてデータを集めることだけではない。参画企業が持つ実際の現場の課題を持ち寄り、ヒューマノイドで実行できる仕事を見極め、学習データを作り、現場への実装までつなげていくことだ。

■INSOL-HIGH データを共有し「同じ知見をゼロから作り直さず効率化」
J-HRTIの事務局として全体設計やデータ基盤運営を担うINSOL-HIGHの代表取締役、磯部宗克氏は、J-HRTIの特徴として「単独競争ではなく、共創だから速い」と説明した。

ヒューマノイドを特定の作業に対応させるには、大量の学習データが必要になる。INSOL-HIGHの資料では、個社で取り組む場合には数千回から数万回単位のトレーニングが必要になるとしている。
そこでJ-HRTIでは、各社がそれぞれゼロからデータを作るのではなく、データファクトリーで収集したデータを参画企業で共有する。さらに設備投資も参画企業で分担し、各社が持つ現場の課題を分析して、ヒューマノイドで実行できるタスクへ落とし込んでいく。

「何をさせたいか」は現場を知る企業が決める
そのために重要になるのが、実際にロボットを使う企業の参加だ。
INSOL-HIGHは「自社の作業を知っているのはユーザーだけ」として、現場側がロボットに何をさせたいかを定義することを重視している。
ただし、将来ロボットにやってほしいことを並べるだけではない。「何ができて、何ができないか」を企業自身が実機に触れて理解し、「させたい」仕事ではなく、まず「今させられる」仕事から現場実装を積み上げていく考え方だ。

■現場での「失敗」も企業にとって貴重なデータになる
さらに重要なのが、データファクトリーで学習データを作って終わりではないことだ。
J-HRTIが描くデータエコシステムでは、まずロボットを企業の現場に実装する。そこで成功した作業と失敗した作業を評価し、動作や条件、モデルを改善する。そして改善後のデータを再び収集する。

この「実装→評価→改善→再収集」を繰り返すことで、実際の現場から質の高い「改善データ」が継続的に生まれる。
さらに、ある企業で得られた知見を、その企業だけに閉じない。
たとえば物流の搬送・ピッキング、製造の組立・供給、医療の研究補助・院内搬送、小売の陳列・補充など、異なる現場で得られたデータや失敗事例を蓄積する。そして別の企業や別のタスクへ派生させていく。
INSOL-HIGHはこれを、「特定企業のためのデータ」から「産業全体の資産」へと表現している。

データファクトリーで35台のヒューマノイドを動かして大量のデータを作る。しかし本当に価値が出るのは、そのデータを使ったロボットが実際の工場や物流拠点へ入り、そこで新たなデータを生み始めてからとも言える。

■2030年度には「Japan Physical AI」を構想
J-HRTIは、その先のロードマップも示している。
2026年度に搬送や定型作業などの単純タスクから社会実装を開始。2027年度には導入実績を積み上げて複数タスクへの対応を進め、2028年度にはより多様なタスクを実装できる段階を想定している。
さらに、今回開所した関東データファクトリーだけで終わる計画ではない。サテライト拠点を含め、全国10カ所にデータファクトリーのネットワークを展開する構想を掲げている。

その構想では、関東などの「マザー拠点」が大量のデータ生成とAI開発の中核を担い、地域の「サテライト拠点」が企業の現場から集めたデータを、実機で使えるデータへ変換する窓口となる。複数のマザー拠点が地域ごとのサテライト拠点を束ね、全国の製造業や物流などの現場からフィジカルデータを集めるネットワークを構築する考えだ。

INSOL-HIGHは、サテライト拠点が提供するものについて、「ロボット」ではなく「現場データを、実機で使えるデータに変換するサービス」と説明している。つまり、ヒューマノイドそのものを全国に販売するための拠点ではなく、各地域の企業が持つ作業やノウハウをフィジカルAIの学習・実装につながるデータへ変換し、J-HRTIのデータ基盤へ取り込んでいくためのネットワークという位置付けだ。
「J-HRTI データ収集キット」のレンタルサービス展開
さらにJ-HRTIは、全国の中小企業などがデータ収集に参加するための仕組みとして、「J-HRTI データ収集キット」のレンタルサービスも開始する。
ロボット活用やAI開発のために自社でデータ収集環境を整えるには、設備への初期投資が必要になる。そこでデータ収集に必要な機器をオールインワンのキットとして提供し、初期投資を抑えながら、比較的手軽に現場のデータを収集できるようにする。
興味深いのは、単に機材をレンタルするサービスではない点だ。現場で収集されたデータはJ-HRTIにも還流し、データ基盤全体の進化につなげるとしている。つまり、全国の企業がそれぞれの現場でデータを集めること自体が、J-HRTIのフィジカルAI学習データを増やす仕組みになる。

日本発の産業基盤モデル群「Japan Physical AI」
全国に拠点を設ける理由としては、データ収集を担う人材の確保に加え、導入企業の担当者がデータ生成の現場に足を運び、対象物や動きを確認しながらタスクを設計できることなどを挙げている。また、ヒューマノイドの現場導入が増えれば、拠点に機体やエンジニアを配置し、メンテナンスや修理対応の拠点として活用することも想定している。
その先には、物流、製造、医療、小売などの産業に対応した「Industry Foundation Model」の提供を位置付け、2030年度には日本発の産業基盤モデル群「Japan Physical AI」を目標として掲げている。

■ツムラ 「状況判断を伴う作業」をヒューマノイドへ
漢方製剤を製造するツムラがヒューマノイド導入を考える背景には、需要増と生産年齢人口の減少という二つの課題がある。

漢方の需要が増え、生産能力を増強する一方で、将来的な労働力の確保は難しくなる。医薬品の安定供給という責務を果たすためにも、製造現場の自動化をさらに進める必要があるという。
しかし、既存工場を自動化しようとすると、専用設備の開発に時間とコストがかかり、導入時には製造ラインを停止する必要も出てくる。既設設備ではレイアウト上の制約も大きい。

ツムラは工場内の作業を段階的に整理している。
梱包、パレットへの積み降ろし、容器運搬などの「単純繰り返し作業」から、ピッキング、資材補給・開梱、容器の蓋の着脱など、視覚情報によって対象物の状態を認識して行う作業へ。さらにその先には、確認、検査、組立・分解、秤量など、視覚だけでなく感覚や触覚などの情報から判断する仕事が残っている。
ツムラが描く将来像は、こうした「状況判断を伴う作業」の自動化だ。具体的には確認・判定、検査、分解・組立、切り替え、復旧といった仕事を挙げている。

ここでヒューマノイドであることに意味が出てくる。
既存の生産ラインを大規模に作り替えるのではなく、これまで人が作業していた場所にロボットを入れ、人からロボットへ置き換えることができれば、設備改造を抑えながら自動化できる可能性がある。
さらにツムラが期待しているのは、ロボットを単なる「手足」として使うことだけではない。
ロボットに各種センサーを搭載することで、人が経験や勘で感じ取ってきた音、温度、振動などの変化をデータとして可視化することも視野に入れている。つまり、ベテラン作業者の「いつもと音が違う」「少し振動がおかしい」といった暗黙知まで、フィジカルAIによって扱える可能性を見ている。

これはヒューマノイドの社会実装を考える上で興味深い視点だ。
「人の代わりに物を運ぶ」だけではなく、人がその場所で何を見て、何を感じ、どう判断していたのかまでデータ化する。フィジカルAIが目指す領域の広さが見えてくる。
■DMS 最後まで残ったのは「人の指先の技術」
物流現場という観点で、非常に具体的だったのがディーエムエス(DMS)のプレゼンテーションだ。

DMSはダイレクトメールや物流などを手がけ、年間のDM発送実績は約3.5億通、宅配出荷実績は約450万個にのぼる。

これだけの物量を扱う現場だけに、当然、自動化も進んでいる。ところが、高速で動く最新の自動化設備を導入しても、人間の仕事はなくならない。
たとえばDMを扱う機械では、紙の厚みが変われば安定稼働させるためにミリ単位の調整が必要になる。また、3PLやEC物流では、形状も重量も異なる商品を識別し、それぞれに適した持ち方や向きを判断して梱包しなければならない。
DMSは、こうした仕事を「人の指先の技術」と表現している。

「人手不足だからロボットを導入する」という一般論ではなく、なぜ最新の自動化設備を導入した物流現場にも人が必要なのかがよく分かる。
そしてDMSがヒューマノイドに期待しているのは、この領域だ。同社は将来のハンドに求められる能力の例として、「薄いトランプをつまみ上げる」「壊れやすいワイングラスを適切な力で持つ」「小さなネジを回す」という3つの動作を示した。

前編で紹介したデータファクトリーの多指ハンドとも、ここで話がつながる。
重要なのは「5本指だから人間らしい」ということではない。現場が求めているのは、対象物を認識し、その形や材質に合わせて持ち方や力加減を変えられる「手」だ。
DMSは、まず長年蓄積してきた機械操作や荷物の扱い方といった熟練ノウハウをロボット用の学習データへ変換する。その後、自社の拠点で人とヒューマノイドが隣り合って働く現場を構築し、将来的にはそこで蓄積した知見を「DMS-RaaS(Robot as a Service)」として全国の物流・DM企業へ提供する構想を示している。

山本克彦社長はプレゼンテーションで、DMSが扱う紙や商品は小ロット・多品種であり、すべてをヒューマノイドに置き換えるのではなく、当面は人とロボットの作業が並走していくとの見方も示した。
この発言も重要だ。
ヒューマノイド導入というと「人間の仕事をすべてロボットに置き換える」未来を想像しがちだが、現場企業が見ているのはもっと現実的だ。自動化できるところからロボットに任せ、人にしかできない仕事との境界を少しずつ動かしていく。
■山善 工場をロボットに合わせるのではなく、ロボットを人の現場へ
山善が提示した課題も、ヒューマノイドを導入する理由を考える上で分かりやすい。

産業用ロボットやAGV、AMRによる自動化では、人が作業する空間に導入するために場所を整備する必要があり、作業の柔軟性にも限界がある。また導入には専門技術が必要となる。山善はこれらを、従来型の自動化における課題として整理した。

従来の自動化では、ロボットを導入するために工場側を変えるケースが多い。
一方、ヒューマノイドはもともと人間向けに作られた設備や通路、作業台を使える可能性がある。
人が立っていた場所に入り、人が使っていた設備を使い、人が行っていた複数の仕事を担えるようになれば、自動化の考え方そのものが変わる。
山善はこれを「シンものづくり」と表現している。

そして、山善がJ-HRTIで担おうとしているもう一つの役割が、現場を集めることだ。
山善は工作機械や工具、ロボットなどを扱い、約3,000社の仕入先メーカーと国内の製造業ユーザーを結ぶネットワークを持つ。このネットワークを活用して、実際の製造現場で必要とされるタスクを掘り起こし、「現場に即した」フィジカルデータを効率的に集める考えだ。

これはJ-HRTIにとって重要な意味を持つ。
フィジカルAIに必要なのは、大量のデータだけではない。「実際の工場にどんな仕事が残っていて、その仕事ではどんな動きが必要なのか」を知らなければ、社会実装につながるデータにはならないからだ。


■芙蓉総合リース ロボットが働けても「買えない」なら普及しない
そして、他の3社とはかなり異なる角度からJ-HRTIに参加しているのが芙蓉総合リースだ。

ヒューマノイドが現場で仕事をできるようになったとしても、それだけで普及するわけではない。
企業側には「導入にいくらかかるのか」「何年間使えるのか」「中古になったロボットにどれくらい価値が残るのか」という、極めて現実的な問題がある。
芙蓉総合リースは、ヒューマノイドの社会実装には「ロボット本体」「良質なリアルデータ」に加えて、導入を後押しする「金融の仕組み」が必要だとしている。

初期投資を抑えるリースやレンタルに加えて、ロボットの残価設定と二次流通による市場形成、さらにロボットの稼働データを使った従量課金まで構想している。

たとえば、現場に導入したヒューマノイドから、稼働率、故障、作業品質などのデータが得られる。それを蓄積すれば、「この種類のロボットをこの作業で使った場合、何年間、どの程度の稼働が期待できるのか」といった評価が可能になる。そのデータを与信や残価、リース料率などの設計へ反映する。
さらに中古ロボットとして再リースしたり二次流通させたりする市場が成立すれば、次に導入する企業の負担も下げられる。つまり、ここでもフィジカルAIのデータが別の価値を持ち始める。
ロボットを賢くするためだけではなく、「このロボットには経済的にどれだけの価値が残っているのか」を判断する材料にもなり得るということだ。
ヒューマノイドの社会実装を語る際にはAIモデルやハードウェア性能に注目が集まりやすいが、普及段階になれば、この「誰が、どういう条件で導入できるのか」は避けて通れない。
芙蓉総合リースの参画は、J-HRTIが研究開発だけではなく、その先の「普及」まで視野に入れていることを象徴しているとも言える。
■4社の話から見えてくる「ヒューマノイドを選ぶ理由」
各社のプレゼンテーションを並べてみると、共通点が見えてくる。
ツムラには、確認、検査、組立・分解、切り替え、復旧などの「状況判断を伴う作業」がある。
DMSには、不揃いな荷物を扱い、紙の厚みに合わせて機械を調整するといった「人の指先の技術」が残っている。
山善が接する製造現場には、従来型ロボットを導入するために設備やレイアウトを大きく変えることが難しい工場がある。
そして芙蓉総合リースは、それらが技術的に可能になった後の「どうすれば企業が実際に導入できるのか」という問題に取り組む。
ここに、J-HRTIがヒューマノイドの社会実装を「ロボット開発」だけで考えていない理由がある。
ヒューマノイドの社会実装に必要なのは、性能の高い機体だけではない。
何をさせるのかを知っている現場企業、人の動きを学習させるためのリアルデータ、それをAIが学べる形にするデータ基盤、実際に現場へ導入するためのシステム、そして企業が導入できる価格やサービスの仕組みまで必要になる。
J-HRTIでは、整備した学習データを参画企業が共通基盤として利用し、さらに各社の現場で得られた追加データや改善の知見を戻すことで、データを蓄積していく構想を掲げている。
前編で見た35台のヒューマノイドが繰り返していた、一見すると地味な「つかむ」「移す」「持ち替える」「道具を使う」という動作。
その先には、ツムラの製造ラインがあり、DMSの物流現場があり、山善がつながる全国の製造業がある。そして、それらの現場にロボットを導入するための金融サービスまで構想されている。
ヒューマノイドが実際に働くところまで持っていく。
35台のヒューマノイドが動く「データファクトリー」は、そのためのデータを生産する工場だ。そして、その先にあるのはヒューマノイドが人とともに、実際の現場で働くことだ。








