「ココロを動かす表現」としてのロボティクス ユカイ工学+武蔵野美大「Creative Robotics展」
■人の創造性を拡張する「Creative Robotics」
■トークショー「ブリコラージュとプロトタイピング」
■豊橋技術科学大学 岡田研とユカイ工学との繋がり
■ありあわせのものを組み合わせる「ブリコラージュ」
■ロボットと人が一緒に何かを成し遂げる感覚
■セルフレジにも「弱いロボット」の考え方を適用可能?
■取り繕う会話によって生成AIをもっと人間らしく
■「Creative Robotics」が「一家に一台ロボット」の世界を作る
■人の創造性を拡張する「Creative Robotics」
2024年2月17日(土)から20日(火)の日程で、武蔵野美術大学・市ヶ谷キャンパスで「Creative Robotics展」が行われた。武蔵野美術大学ではロボットベンチャー・ユカイ工学 CEOの青木俊介氏が教授として教鞭をとっており、そのロボティクス演習を受講する学生の課題作品と、ユカイ工学の製品やプロトタイプを一堂に展示している。
タイトルの「Creative Robotics」という言葉はロンドン芸術大学(University of the Arts London)のフーマン・サマニ(Hooman Samani)氏が提唱する言葉で、従来の産業用ロボットの枠を超えた創造性を発揮して新たな価値を生み出すロボット技術のこと。ツールとしてのロボットではなく、新たな感性やスキルによって新たなアイデアを生み出すための「表現としてのロボティクス」のことで、人とロボットが協働して創造性を発揮することも重視する。「Creative Robotics」とは、人間の創造性を拡張し、新たな価値を生み出すための新しい文化だという。
ユカイ工学の青木氏は「ユカイ工学のロボット作りは伝統的・機械工学的なロボティクスとは違って、精密に動かすのではなく、『どこか動きがかわいい』と感じるような表現を生み出そうとしている。『Creative Robotics』という言葉を教えてもらったとき、これだと思った。これから広めていきたい」と語った。
■トークショー「ブリコラージュとプロトタイピング」
初日の17日には、他者との関係を志向する「弱いロボット」の提唱で知られる豊橋技術科学大学 情報・知能工学系 教授の岡田美智男氏をゲストとして、トークショー「ブリコラージュとプロトタイピング」も行われた。
最初に岡田氏は「25年くらい前からコミュニケーションの研究にロボットが使えないかと手作りの研究を始めた」と述べた。学問的には「ヒューマン・ロボット・インタラクション(HRI)」と呼ばれる分野だ。
もともとは音声言語処理の研究を行なっていた岡田氏は、人の手助けを上手に引き出す「社会的スキル」を持つ「ゴミ箱ロボット」や、人を見つめる「む〜」などで知られる。ゴミ箱ロボットは自分ではゴミを拾うことはできないが、その「弱さ」で周囲の手助けを引き出して、ゴミ拾いという目的を遂げることができる。岡田氏は「手伝ったほうもまんざら悪い気がしない点が面白い」と考えて、いまでも研究を続けていると語った。
また、代表作の一つ「アイ・ボーンズ」や、マイク形のロボット、豆腐のようなロボットなども制作している。いずれも手がかりを「引き算する」ことを意識したものだという。そのほか、車をソーシャルな存在にしたらどうなのかといった研究を行なっていると最近の取り組みを紹介した。
岡田氏が制作したロボットは息が長い。「世の中に残すためのポイント」として「コンセプト、デザイン、実装力、プレゼンなどがそろっていると良いロボットが残る」と思っていると述べた。
■豊橋技術科学大学 岡田研とユカイ工学との繋がり
ユカイ工学 青木俊介氏は、東京大学在学中にチームラボを設立、CTOとなり、そこからピクシブのCTOを務めたのち、ロボティクスベンチャー「ユカイ工学」を設立したという経歴だ。
今回、司会を行なったユカイ工学 CDOの巽 孝介氏はもともと美大出身で、学生時代に豊橋技術科学大学と京都造形大学との協働プロジェクトに参画。卒業後に豊橋技術科学大学の岡田研究室に所属して、プロジェクトのディレクションやデザインなどに携わった。その後、デザインオフィスのnendoを経て、ユカイ工学に加わった。
巽氏は岡田研究室自体のいくつかのデザインコンセプトを紹介した。ゴミ箱ロボットも最初は袋のようなデザインだったが、ロボットっぽさは動くことそれ自体で担保されているので、外見はできるだけゴミ箱に似せようという話になり、現在のようなデザインへと変化していった。ラテックスでできたボディは4面それぞれ異なる見えとなっていて、それはカメラで見てもどの向きになってるか画像認識できるようにするための工夫だったと紹介した。
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また骨のようなデザインの「アイボーンズ」は、最初、博物館で使おうという発想から「博物館=骨」と連想して、そのようなデザインになった。最初はもっとシンプルなものだったが、ティッシュ配りやアルコール消毒をうながすなど、人との関わりをもたせる使い方を想定するところから、だんだん可愛くなっていったという。
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「マコのて」は手をつなぎながら歩いてくれるロボットで、顔から手が生えてきているようなデザインだが、これは気持ち悪くないようにちょっとだけ単純化した手にした。
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「CULOT(キュロット)」は動くブロック。ブロック自体と友達になって遊ぶと面白いのではないかと考えて作られたもの。名古屋のホームセンターで買ってきた部材が使われているという。
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巽氏はユカイ工学では「BOCCO」と「BOCCO emo」を手掛けた。2015年、最初の「BOCCO」は、いわゆるロボットのようなデザインが良いのではないかと考え、装飾をしすぎず、ブリキのロボットのようなものをモチーフにしている。当時はまだスマートスピーカーもなかった時代だった。
次世代モデルとして2021年に「BOCCO emo」を作るときには、「あまりかたちを残さなくても、コンセプトが残ればいい」と考えて、丸っこいデザインとしたという。
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ユカイ工学ではそのほか、「Qoobo」や「コイシパズル」といった製品が生み出されている。ロボット会社ではあるが「ロボティクス」という言葉の意味を広く捉えることで、ロボティクス自体の範囲も広げようというスタンスで様々なものづくりを行なっているところがユカイ工学の面白いところだと考えているという。
■ありあわせのものを組み合わせる「ブリコラージュ」
ユカイ工学・青木氏は、岡田氏へのインタビューを通して、岡田氏が「ブリコラージュ」を強く意識してることを知り、共通点があると感じたという。ブリコラージュとはフランス語で、きちんと事前に計画するのではなく、有り合わせにものをかき集めて、当面の課題を解決していくことを指す。きちんと問題を定義して解決していく手法とは対照的だ。予定調和的ではなく、偶然によって意外なものが生まれることがある。
ゴミ箱ロボットでも アームをくっつけて 目の前にあるゴミを拾うような機構設計をするのが普通の手法だ。だが岡田氏は「まわりの子供達の手を借りちゃえばいいんじゃないか」と考えた。そうすると新しい価値観が生まれてくる。「制約を味方につけると新しいものが生まれることが多い」という。たとえば本田宗一郎が戦後(1946年)に開発した「バタバタ」と呼ばれた原動機付き自転車は、湯たんぽをガソリンタンクに使っていた。
青木氏も「スタートアップも一緒。お金を集めすぎると失敗する。Googleの最初のサーバはケースに入ってないマザーボードを棚に並べただけ。最初からすごいお金をかけてつくっていたわけではない。テスラも中古車を買ってきてEVに改造したものを売っていた」と同意した。「貧乏くさいほうが新しいことができる」という側面はあるという。
巽氏も「美しいイノベーションメソッドのアンチテーゼみたいで面白い」と同意した。巽氏自身は「あまり美しくなくてもいいんじゃない派」で、「マスキングテープ貼りっぱなしでも面白ければいいんじゃないか」と考えているという。
■ロボットと人が一緒に何かを成し遂げる感覚
生成AIによってパラダイムシフトが起きるかもしれない時代が到来している。巽氏は「強いロボットができるのはずっと先の話だと思っていた。だからいまの段階では『歩けない、喋れない』のほうが賢い戦略かなと思っていた」という。もしかすると大きな変化が起きるかもしれないいま、「弱いロボット」派は現状をどう捉えるべきだろうか。
岡田氏はファミレスで動く猫型ロボットこと「ベラボット」のことをあげ、「ホールを動いていると子供がうまく道を譲っちゃう。人を揺り動かしている。配膳ロボットと言いつつ、配膳も最後までしない。最後のところは他力本願 で『弱いロボット』的」と述べ、「人ができることは人がやればいいし、お互いにゴールを共有しつつ貢献しあうと、お店のなかの雰囲気が一変する。通常はサービスする人・される人で線が引かれてるけれど、ロボットを使うことでゴールを共有している感じがする。あの感覚がいいなと思う」とコメントした。
ちなみに岡田氏らの「ゴミ箱ロボット」は、愛・地球博のときは書類審査で没になったという。だが当時と違って今はロボットと人がゴールを共有する感覚が世の中に受容されつつあり、しかも楽しまれてエンタメになっている。「面白い時代になったな」と感じているという。ロボットに何かをしてもらうだけではなく「一緒に何かを成し遂げる感覚」が良いのではないかという。
ベラボットは中国製のロボットだが、青木氏は「中国では飲み屋でみんなで食器を片付けるような文化がない。だから日本のほうが活躍しているという話もある」とコメントした。
岡田氏は認知症の人たちが店員をつとめる「注文をまちがえる料理店」と似ていると語り、「緊張した関係ではなく、みんなで手伝いしながら寄り添って思い合って 食器を片付けてあげるような雰囲気が成立している。猫型配膳ロボットの関係とすごく近い。ほんわかした雰囲気がすごくいいなと思う」と語った。
現在の配膳ロボットは周りとの関係性を利用して目的を達成してしまっているわけで、ロボットが社会参加するときもこういう関係だといいなと思っており、「いつのまにか世の中のほうが先に引っ張っているような感覚がある」という。単独では目的を達成できないロボットに対して「技術ではサボった」と考えるか、「関係性をうまくデザインした」と考えるかは、人それぞれかもしれない。
■セルフレジにも「弱いロボット」の考え方を適用可能?
「弱いロボット」は、周囲との関係性を志向したロボットだ。不完全なもので、周囲との関係性なしには考えられない。一方「強いロボット」とは、関係性を前提としておらず、自己完結して目的をかなえることができるロボットだと言える。高度に自律化した機械だ。
岡田氏はソーシャルな存在は自己完結しなくても良いと語った。会話であっても相手がうなづいてくれないと完結しない。すべて相手がうけとめてくれないといけない関係を前提とした行為になっている。そこを忠実につくってあげると面白くなるという。ただし、無理に「弱さ」をデザインすると作為的になるし、あざとくなるのでそこは注意したほうがいいという。
また岡田氏はセルフレジに興味があると語った。バーコードスキャンするときに、うまくスキャンできるかどうかで効果音が変わったりして、共同性が成り立つとお互いに喜べるのではないかなと考えているそうだ。もっと使いたくなってしまうという気持ちを引き出すことができれば実用の面でもニーズはありそうだ。
■取り繕う会話によって生成AIをもっと人間らしく
岡田氏はもともと音声対話技術の研究者だった。そのためいまの大規模言語モデルは夢のような技術だと思っているという。いまやりたいなと思っていることとしては、生成AIは人の会話を先回りして出力してくるが、そこを人間が軌道修正すると、もっと人間っぽい出力ができるようになり、いろいろな応用が可能になるのではないかという感覚があるという。
一つの発話を、互いに「そうだ、そうだ」と言いあいながら一緒に作っていく行為を「共話(きょうわ)」という。それを生成AIと人とで行うのだ。いわば、会話のブリコラージュで、その場その場に合わせて言葉を言い繕いあうことで、生成AIと、もっと人間らしい対話ができるのではないかという。
「ありあわせをうまくかきあつめて、取り繕う」会話を「ブリコローム」と呼び、その発話を作るシステムを「ブリコロ」と名付けて開発中だそうだ。スマートスピーカーのように「答えを聞いて終わり」なのではなく、お互いにフォローしあいながら会話をしていくような、能動的な支援環境を作りたいと考えているという。
「過不足なく終わるとコミュニケーションとしてはシンプルすぎる。言葉足らずで喋ったほうが会話は盛り上がるのではないか」と考えているそうだ。
■「Creative Robotics」が「一家に一台ロボット」の世界を作る
ブリコラージュ的アプローチのほうが、デザイナーの感性が活かせる部分はあるかもしれない。岡田氏の豊橋技術科学大学には基本的に高専出身の学生が多く、技術系の学生だけだと技術の話だけで盛り上がりがちだが、そこにデザイナーが入ることで感性や価値観、互いの立場からの制約がぶつかり合い、面白いことが起こり得るという。
岡田氏も「Creative Robotics」という言葉は最近まで知らなかったそうで「こういう分野を盛り上げていきたいと思う一方で、以前から取り組んできた気もする」と語った。
岡田氏は、他者が作った出来合いのロボットでは「価値観やロボット感を押し付けられている感じがして面白くない」と感じているという。「いまは自分なりにデザインして作れる。そうすれば自分の家のなかに入れてもしっくりくるかもしれない」と述べ、そういう面でもユカイ工学に期待したいと述べた。
自分で手を加えたロボットは愛着の対象になる。そうなるとようやく家のなかにロボットが入り込めるのではないかというわけだ。
もちろん、既成のロボットでも良いという人もいるし、そこにさらに自分で手をかけたい人もいる。製品としてのロボットに衣服を着せたり帽子を乗せたり、オリジナリティを出したりしている人も多い。当日の会場にも、ユカイ工学の尻尾ロボット「Qoobo」に自作リボンをつけて持参したオーナーの姿もあった。
ユカイ工学の青木氏は「Creative Roboticsは表現。それがロボットの重要な要素。一人で作るよりはエンジニアとアートがコラボするような作り方がこれからどんどん出てくるのではないか。デザイン志向でもプロトタイピングは重要視されている。ロボットを作ることを通して、センサーがあってふるまいを変える一通りの生き物らしいものを作ることができる。プロトタイピングやブリコラージュ的なものづくりはアイデアをかたちにする良い行為なのではないか」と語った。そしてこれからも「Creative Robotics」という言葉を旗印に取り組んでいきたいと述べた。
ロボットの見方 森山和道コラム
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森山 和道フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!