香港 ヘスティアロボティクスの自動調理ロボット、「SMART中華 赤坂前」の厨房で活躍中


 

■食材・調味料投入も自動化したヘスティアロボティクスの調理ロボット

ヘスティアロボティクスの調理ロボット「Hestia MulitiCook」

2024年2月に東京ビッグサイトにて開催された「HCJ2024 – 国際ホテル・レストラン・ショー」に、「Hestia MulitiCook」という調理ロボットが出展されていた。お釜のようなかたちのIH加熱式フライパンを回転させて、主に炒め料理を作るロボットだ。本邦初公開だという。

サイズがコンパクトで食材や調味料投入も全て自動で行われる点が特徴

幅は56.5cm、奥行きは64cm。高さは163.2cm。200Vで駆動し、最大温度は245度。特徴は、食材や油、調味料の投入も自動化されているところ。料理に合わせて事前に計量された食材が入っているカップを機械にセットしておけば、タブレット上に表示された「調理開始」ボタンをタップするだけで自動的に調理が始まる。食材や調味料は適切なタイミングで投入されていくので、あとは全くのノータッチで進む。

調理終了後に皿に出すところも自動

最後に皿に料理を出すところも自動で、鍋の洗浄も自動だ。皿をのせたアームとフライパンのアームが連携し、料理をうまく皿に移すと、そのままフライパン洗浄の工程に移る。洗浄では15秒程度で汚れを落とし、次の調理に取り掛かることができる。盛り付けの最後の手直しだけは人が行って提供する。

フライパンの洗浄も自動

事前に計量して冷蔵庫に保管しておく手間は発生するものの、一人が複数台のロボットを管理することもできるので、忙しい時間帯でもワンオペで炒め調理を進めることができる。何よりの利点はレシピに従った定量・温度制御を実現した調理を行うので味が安定しているところだ。

最後の手直しだけは人が手で行って提供する

そのほか食材や調味料の無駄も減るという。メーカーによれば人件費ベースで最大80%、電気ガス費用は最大85%、油は最大60%節約、水は最大65%節約できるとのこと。

価格は239万円(税別)で既に販売中。搬入や設置などの初期費用等はかかるが、それも20万円以内で収まる。フライパンの交換や物理的な破損、通常のメンテナンスコストなどは具体的な金額は決まっていないが、特別な追加費用は特にないとのことだった。

「厳密な数字はまだ出せていませんが、一回の修理で部品交換含めて数万円に収まるくらいの値付けです。保証費用やメンテナンス費用で利益を出そうという考えはしていません」。問い合わせ窓口は、 info@hestia.co.jp 、電話 0120-033-351(平日10時〜19時)。

1台あたり239万円(税抜)で販売中。初期費用は20万円足らずとのこと

開発したメーカーは、香港のHestia(ヘスティア)ロボティクス。「Hestia」とはギリシア神話に出てくる「かまどの女神」の名前である。

実はこのロボット、既に日本でも使われている。昨年2023年夏に開店した「SMART中華 赤坂前」で毎日30種類以上の調理を行なっており、中華以外にも様々な世界各国の料理に対応できるとのこと。実際に「SMART中華 赤坂前」の厨房も見学できるということなので、伺った。

*動画

 

■赤坂駅前のシックな中華料理店「SMART中華 赤坂前」

「SMART中華 赤坂前」。赤坂駅徒歩1分、地下にある

SMART中華 赤坂前」は千代田線の赤坂駅から徒歩1分足らず、「相鉄フレッサイン東京赤坂」の地下1階にある。広さは50坪。座席数は48。追加席料不要の完全個室も二つある。営業時間は11時~23時(金曜・土曜は翌5時まで)。ランチタイムは11:00~15:00(L.O.14:30)、そのあとはディナータイムだ。定休日はない。なおボトル持ち込みも無料とのこと。運営はヘスティア・ロボティクス日本法人自体が行っている。

「SMART中華 赤坂前」店内。座席数は全部で48。

ヘスティア・ロボティクスの徐維(Jo I)氏と、藩 星夫(Han Hoshio)氏に話を伺った。飲食用の厨房機器を販売する上では「自社で運営していないと顧客への説明が難しい」と徐氏は語る。「実際にバックヤードで回せているのか、ユーザーの皆さんには心配があると思う。我々のお店に来てもらえれば、厨房で実際に使われているところを見せられる」(徐氏)。設備販売と飲食店を兼ねた店舗というわけだ。

「SMART中華 赤坂前」カウンター席

そこで、ある程度ブランディングしやすい立地が良いと考え、都心部、すなわち千代田区、中央区、港区内で物件を探し、飲食店激戦区の赤坂を選んだ。今後「赤坂発祥」としてブランディングしていきたいという気持ちもあるそうだ。

「SMART中華」という店名は、スマホを使った注文スタイル、「この店を選んだあなた自体がスマートだ」という意味のほか、後述する厨房内のスマート調理システムやオーダーシステムなど「テクノジーを活用している店」という意味の二つをかけて名付けた。開店日は2023年7月19日だ。

追加席料不要の個室もある。4席タイプと丸テーブルの6席タイプがあり、二つの部屋を繋げることも可能

中華料理屋には、おおざっぱに言って二種類ある。いわゆる「町中華」と、ホテルに入っているような高級な店だ。「誰もが入りやすい居心地の良い空間作りに配慮した」という「SMART中華 赤坂前」はシンプルかつ清潔、落ち着いた雰囲気の店だが、ランチは1200円以下のランチセット、夜は3500-4500円くらいの価格帯」を中心としており、ディナーメニューでも値段は一皿700円から900円程度と、比較的手頃である。

「SMART中華 赤坂前」ランチタイムメニュー。いずれもコーヒー付き

なおコースは上は22,000円までと幅がある。そこそこの収入がある人の普段使いの店、また、ごくごく普通の生活者でも気軽に入れる店を狙っているという。個室使用料無料、ボトル持ち込み無料というのも、それが狙いだ。

「SMART中華 赤坂前」ディナータイムの主なメニュー

赤坂駅前にあることを考えると価格帯はかなりお手頃

当初から「ロボットを使っている店舗」という点をアピールしなかった理由は、「我々も日本でのお店の運営スキルの経験が不足していたので『万が一欠点があったら』と慎重に考えていたことと、お客さんが『ロボットが作っている』という事実を知っていたらどう考えるかわからなかったので、あえて披露しなかった。半年運営して、今はもう『何も心配することはない』と確信しているので、もっと露出しても良いと判断した。『ロボットが作っているんですよ』ということを知ってもらいたい」とのことだった。

 

■シェフの味付けを調理ロボットで再現、厨房をアップグレードする

3台の調理ロボットを活用している「SMART中華 赤坂前」の厨房

メニューはおよそ40種類で、そのうち7割をロボットを活用して作っている。シェフは小倉知樹氏。六本木の有名店出身で、ロボット調理においても、小倉氏の味付けを再現している。

「SMART中華 赤坂前」のシェフ 小倉知樹氏。ロボットの使い方も上手いとのこと

徐氏は「これは俺の味なんだと言えるところ、これはお客様に提供して大丈夫なんだと言えるところまで開発した。ただ、料理人が思うレベル感は人によって異なる。ミシュランクラスの味を再現しようと思うと難点がある場合もあるが、大衆店ならほぼ完璧に再現できる」と語った。

麻婆豆腐、トマトとタマゴの炒めものなどは全てロボットで調理したもの

実際に食べてみると、確かにいわゆる大衆店の味は超えている。特に油を使う中華調理において、味の再現性が高い点は個人的に嬉しいポイントだった。

完全自動で調理を実行する調理ロボット

実際に調理している様子を見せてもらった。厨房には3台の調理ロボットが設置されていた。3人分の炒め作業が一人でできる。単純計算で二人減らせている計算だ。

*動画

ロボットはスタートボタンを押せばあとは放置で済むため、調理者は他の蒸し料理や麺のゆで作業に取り掛かることができる。事前に仕込みの段階で食材を計量してカップに入れて冷蔵庫に保存する手間は発生するものの、これは熟練者でなくても、誰でも問題なくできる作業だ。営業時間の作業者の手間は減るので、事前の計量の手間分を考えても大きな価値があるという。

事前計量された食材の入ったカップ

なおカップは食品グレードのポリプロピレン容器で、使用後には回収・洗浄して再び用いられる。

温度調整はロボットが行い、食材、調味料も事前計量しているため、味は安定している

シェフの小倉氏も「味に関しては問題ない」と断言する。「味付けや温度はセッティングしたとおりなので、自分の味が確実に再現されいてる。普通、中華は目分量になるが、逆にロボットのほうがブレはない」。ただし「満足度は7割、8割」とのこと。理由は「仮置き」ができないため、「油通し」や「湯通し」が作業ができず、その点で食感が変わることはあるからだ。そこは改良すべき点として、既に香港のエンジニアたちにも伝えているそうだ。

「仮置き」は産業用ロボットの世界でも複雑な作業をさせるときにはよく行われる工程だ。調理でも仮置きが必要になる点は面白いなと思った。

カップを載せないとロボットの「スタート」ボタンは押せない仕組み

また、チャーハンも現在の機械ではご飯をうまくほぐせないため、完全にお任せで作ることはできない。機構を追加し、特許出願を行ったあとに公表するとのことだった。いっぽう、一般に「火加減が難しい」と言われる卵料理はうまく作ることができるということで、今回は卵とトマトの炒めものを作ってもらった。小倉氏はマシンの使い方がうまく、徐々に味もバージョンアップしているとのことだった。

扱いが難しい卵料理も可能

 

■香港の店舗では6年前からロボット活用

ヘスティア・ロボティクス 徐維(Jo I)氏

試食をいただきながら、さらに話を伺った。香港大学(HKU)のウェブサイトを見るとヘスティア・ロボティクスが設立された年は2018年とあるが、藩氏によれば実際の機械の開発は2013年からスタートしたという。

創業者は香港大学化学科教授の陳冠華(Chen Guanhua)氏。陳氏はもともと食に興味関心があり、西環に飲食店「書湘門第(Cafe Hunan)」を開いた。中国の八大料理の一つで辛さと酸味を特徴とする湖南料理の専門店として、ミシュランの「ビブグルマン」にも掲載されるなど人気を呼び、2014年にはチェーン化した。現在は6店舗が展開されている。加えて、よりカジュアルなファストフードブランド「燧記厨房」も2店舗展開している。

だが人材の課題に直面した。そこで料理の質を安定させるために、料理人の仕事のなかでもニーズが高い「炒め」作業を代替できる調理ロボットを開発するに至ったのだという。

それが2018年、6年前のことだそうだ。それから自社で調理ロボットを活用しており、現在のロボットは既に4代目。これまでは自社のみでしか活用していないそうだが、各店舗合計で「17台は使われている」とのことだった。なお香港でも厨房でロボットを活用している点は表に出していなかったとのこと。

香港では湖南料理なのに、日本では普通の中華にした理由は、まずは広く多くの人にアピールしようと日本市場に合わせたコンセプトにしたためだそうだ。

 

■実践の場から生まれた現場に適した設備

ヘスティア・ロボティクス 藩 星夫(Han Hoshio)氏

すでに6年前から使われているわけだが、ロボットの外部への販売は、今回、日本での発売が初めてとなる。これまで設備の姿はメディアに出していなかったため業界でも知られていなかったという。初お披露目となった展示会では大きな反響があったそうで「厨房機器や大手チェーンのユーザーさんなど、100社以上の潜在顧客と名刺交換ができて、いま商談を進めている」とのこと。

徐氏は「ヘスティアのブランドの良さは『実践の場から生まれた設備』。とにかく現場に適している。香港は日本よりも地価が高いので、とにかく大きな設備は置けない。だからコンパクト。いわば『生まれつきのメリット』がある」と胸を張る。

香港で6年間、日本の店でも既に半年動かしているが、ハードウェアの故障はないそうだ。「定期検査は行いますが、よほど使い方が悪いとか、曲げてはいけないところを曲げちゃったというところがなければ大丈夫です」とのこと。

日本でも半年間稼働させているがハードウェアの故障は特にないという

ただし、実際の導入においてはトレーニングや使用基準の手引きはヘスティアから提供する予定だ。「一番大事なことは毎日の洗浄やお手入れです」(藩氏)

開発チームは香港大学出身で元DJIのチームなどが参画しており、「とにかくジーニアス(天才)が集まっている。それが最終的にはコアコンピタンスになる」という。

 

■まずは日本市場から先行して開拓

ロボットを使った厨房は一般的なものになるのか

2年前からこのビジネスを手がけはじめた徐氏は、このロボットについて初めて知ったとき「日本の企業から絶対に求められる」と考えたという。そして日本市場については「自動化については前進するしかない市場」だと考えていると語った。

「人手不足は深刻化しています。『うちは大丈夫』と言い切る会社はありません。どこも人手不足と叫んでいる。本当に使えるロボットがあれば絶対に助かる。我々の調理ロボットは難しい動きは一つもない。料理人ではなくても、パートさん、アルバイトでも、1日トレーニングを受ければ使い方を覚えられる。誰でもできるんです。調理ロボットはこれから本当の省人化に繋がっていくと固く信じています」(徐氏)。

実際、ロボットを使ったほうが味が安定することは間違いない。また、ロボットを使うことによって多くの種類の料理を出せるようになる。特に繁忙時間帯ではその効果は大きくなる。

また、日本は他の国に比べてロボットに対して比較的寛容であり、受け入れられやすいとも考えているとのこと。「ですから、どんどん導入を進めていけるのではないかと思っています。時間的には、これから10年ではないでしょうか。ガラッと変わっていくのではないかと思っています」(徐氏)。

日本以外でも人件費が高騰しているアメリカには進出を考えており、既に3月には「National Restaurant Association Show」に出展した。「アメリカの中華料理はあまり美味しくない。もったいない。ロボットで味付けをコピーして、再現して広めたほうがいい」。

いっぽうで、中国には当面進出予定はないという。中国ではそこまで人手不足の問題が深刻ではないことと、ライバル商品の存在があるからだ。「見た目が似たようなもので、価格がものすごく安い競合製品が結構あるんです。性能は違うのですが『見た目は同じなのになんで高いの?』ということになりかねない。それよりも製品に対する理解力のある日本市場でチャレンジしたほうがいいと考えました」。

ヘスティアとしてはまず日本市場から先行して進めており、さらにアメリカ、イギリス、フランス、シンガポール、マレーシア、タイなど東南アジア各国へと進出を検討している。アジア料理は適用しやすいと考えており、さらに、韓国、台湾へもビジネス展開しようとしている。

 

■より大量に調理できるロボット、小型の卓上ロボットも開発中

ヘスティアロボティクスでは、6月に東京ビッグサイトで開催される食品製造総合展「FOOMA JAPAN 2024」には、よりパワフルな大型設備を披露する予定だ。「フルセット」と呼ばれている設備で、冷蔵庫とソース・ディスペンサーが調理ロボットとコンベアで繋がれており、オーダーが入ったら、食材取り出しから全て自動で調理が行われるというシステムだ。

これも新製品ではなく3年前から香港で使われている実績があり「即戦力」だという。「食材を冷蔵庫から取り出して、所定位置に置く、ボタンを押すという作業も全てなくせる。人の干渉はほぼありません。「FOOMA JAPAN」のブースでは、QRコード読み取りでオーダーを入れたらシステムが動き出す、お店とほぼ同じデモを実際に披露する予定とのことだ。

「最初は中華料理店向けを考えていたんですが、実際にはそれ以上のニーズが見えています。サービスエリアや給食、社員食堂、病院、ホテル、学校からも声をかけてもらっています。想像以上にニーズが潜んでいることがわかったので日本市場のポテンシャルは高いのではないかと思っています」

新たな機械も開発中だ。前述のチャーハン対応だけではない。「お客さんから『もっと大量の料理を一度に作りたい』という要望がありますので、それに対応できる設備も近々販売したいと考えています。工場の給食設備のようなものではなく、ホテルでのパーティや大皿に対応できるような3人前から5人前が作れるようなものです」。

一方、逆の方向の機械も既に開発している。さらなるコンパクト化だ。「半分くらいにしようと思ってます。お客さんの作業台の上に置けて、なおかつ機能が劣らないものにしようと思っています。工事不要になります。これは遅くても来年には出したい」。

さらに、日本で製造することも真剣に検討しているという。「日本の顧客にいかに迅速に供給体制を整えるか。メイドインジャパンで、何かあったときにも対応できるようにしたい」(徐氏)。

 

■人が来るか来ないかは料理次第

最後に筆者の私見を付け加えておきたい。これまでの飲食店関連のロボットスタートアップ各社の試みを見ていて良くわかったことは、「ロボットで調理していようがいまいが、客が来るか来ないかには関係ない」ということだ。客が来るかどうかは、料理が美味しいかどうか、店の雰囲気が良いかどうかなのだ。厨房がどんな手段で調理を行なっているかは、客にとって預かり知らぬことであり、あまり関係がない。

要するに「ロボットが作っているから」という理由で人が来ることもなければ、逆に来なくなることもない。大事なことなので繰り返すが、結局は料理次第なのだ。適正な価格で美味い料理が食べられる店ならば人は来るし、そのために役立つ機械であれば売れるだろう。

日本は実証実験からなかなか踏み出せない国だが、調理の世界に新風が吹くことで、厨房にロボットを入れるという仕組み自体が当たり前の選択肢になる未来を期待したい。

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森山 和道

フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!

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