
名古屋テレビ放送株式会社(メ~テレ)は、テクノロジーとイノベーションを世界に発信する祭典「TechGALA」の公認コラボレーションプログラムとして、2月4日・5日に名古屋市中心部のオアシス21で「MAKERS OASIS(メイカーズオアシス)」を開催した。
TechGALAは、中京地区のスタートアップやイノベーターに焦点を当てた国際的なイベントで、約5,000人の来場者のうち、1,000人は海外からの投資家やイノベーターが占めるなど、国内外の広範なネットワークを築く場となっている。
MAKERS OASISは、そうした来場者に向けて、「仕事場でもプライベートでも、ものづくりを全力で楽しむ姿」を日本のメイカーたちが紹介し、「日本のイノベーターの強さの根源」を伝えることを目的としたイベントだ。
単なるテクノロジーのショーケースではなく、テレビ局ならではの視点で「ものづくりの楽しさ」を伝えることに焦点を当てたMAKERS OASIS。本イベントは、TechGALAの参加者がふらりと立ち寄れる繁華街のオープンなイベントスペースで開催され、日本のメイカー文化の魅力を海外のイノベーターだけでなく、マス層にも発信する貴重な機会となった。
中京地区のド真ん中でメイカーに光を当てたMAKERS OASISのコンテンツ群
本イベントでは、書籍『雑に作る』著者メンバーをはじめ、企業や組織に所属しながら「魔改造の夜」や「くだらないものグランプリ」などを通じて、ものづくりの楽しさを伝えているメイカーたちが集結し、展示、トークセッション、ワークショップなど多彩なプログラムが展開された。
東京中心の価値観でいえば、メイカー向けのイベントは展示会場や大学といった郊外での開催が一般的だ。しかし今回のMAKERS OASISは名古屋市の繁華街・栄、その中でも象徴的なイベントスペース「オアシス21」での開催となった。都市の中心部でメイカーイベントが開かれるのは稀であり、通りすがる多くの一般来場者も巻き込みながら、ものづくり文化の魅力を発信する貴重な機会となった。
一般の方々にとってメイカー文化の産物はどのように映ったのか。MAKERS OASISがどのようなコンテンツを展開し、それが今後どのような影響を与えていくのか、考えていきたい。
ギャル電のでらテンアゲ↑鬼盛りLEDワークショップ2025
ギャル電きょうこさんが教授するテンション爆アゲなギャル電風ガジェット制作。
メイカーイベントとしては立ち寄りやすい繁華街のイベントスペースで開催していたためか、ギャル電の教えを請う女子率が高い。
このワークショップと後述するヘボコンのために、メ~テレが不用品持ち込みスポット「ジモティースポット名古屋」にスポンサードをとりつけていた。「分解、合体に最適な罪悪感がない程度に使い古された様々な不用品」が山積み。
参加者は提供されたおもちゃや雑貨を分解してはグルーガンで接着し、光らせることを全力で楽しんでいた。
こういう形でクリエイティビティの発露のさせ方を学んだ人材がギャル電の目指す「ドンキでArduino買える未来」を作っていくのだ。
魔改造の夜メンバーやくだらないものグランプリ出展者を中心とした展示「Made in Fiction 50」
この展示は「“つくりたいからつくってみた。”作品が並ぶ50のブース展示」というサブタイトルをまさに体現していた。言葉では伝えられないような個性的でインパクトのある作品が並び、ものづくりの自由さと独創性が際立つ空間となっていた。
「魔改造の夜」の出場企業のメイカーたちをはじめ、地元愛知を代表する「くだらないものグランプリ」出展企業、地元大学の研究チームなど、多様な背景を持つメイカーたちが一堂に会し、それぞれの「自慢の作品」を披露していた。ブースには、非常に高度な制作技術と、天衣無縫な発想から生まれたユニークな作品が並び、来場者の目を引いていた。
本業では人命を預かる自動車メーカー、厳格な品質管理が求められるタンク製造業、百年以上の歴史を持つ伝統産業の職人たちが、普段の仕事とは一線を画す「遊び心溢れるものづくり」に取り組んでいたのが印象的だった。
技術者たちが楽しみながら制作した作品が次々と展示され、「ガチ製造業の技術力がこんなものに」と驚かされることも多かった。
公道を走行可能なナンバー付きのコタツや、電動マッサージャーがそこかしこを走り回る異次元空間が広がる。
株式会社博展による3Dプリントと伝統工芸を融合させた洗練された外観を持つ展示物、東芝が開発した「世界最小クラスBluetoothモジュール」のようなテック100%の展示物が脳の違うツボを刺激してくる。
右は東芝が開発した3.5x10mmと世界最小クラスのBluetoothモジュールを使ったウェアラブルセンサ。モジュールが裏返しで撮影されているのは、「高度なアンテナ技術により裏面のシールドパターン(ベタグラウンド)不要」という特徴を活かし、裏面にもアンテナパターンをつけて無線給電させるというマニアックながらめちゃくちゃ刺さるポイントのアピール。色んな方向での「聴き応えのある作品説明」をしてもらえるリアルイベントの良さを体感できた。
技術力や方向性が尖った作品群をみて、作品を作った本人たちと直接対話することで、ものづくりの奥深さを実感できるのはリアルイベントの良さだ。そして、こうした展示が名古屋の栄(超繁華街)で開催されたことには、大きな意義がある。普段はものづくりに触れる機会が少ない一般の来場者にとって、目の前で繰り広げられる自由な発想と創造の世界は、大きな刺激となったことだろう。
この刺激に感銘を受けたのはTechGALAを視察していた愛知県の大村知事も例外ではなかったようだ。MAKERS OASISに足を運び、予定の倍となる約1時間を展示物の視察に費やしたという。このイベントを通じて、世界に向けたイノベーターの発表の場であるTechGALAと、それを支えるメイカー文化の両面を体感し、その強みを再発見する機会となったのではないだろうか。
メイカーの営みを組織のイノベーションにつなげるトークセッション
このセッションでは、メイカーたちがものづくりを楽しみながら、どのように社会とつながっているのかが紹介された。彼らは、個人制作した作品を発表しながら、所属する企業の事業や社会との接点をどのように築いているかを語り、仕事とプライベートを問わず、ものづくりに情熱を注ぐ大人たちの姿が非常に印象的だった。
メイカー活動を通じて培われた「不確かな未来の形を掴み取る能力」は、企業や社会から高く評価され、彼らはそれぞれの組織で「未来のサービスや製品を生み出す共創コミュニティの創設」「次世代の自動車に必須な半導体の開発」「未来社会をプロトタイピングするためのテストコースとしての街づくり」といった、社会の変革を担うプロジェクトに関わるようになった。
左から、社内外の人材がつながり未来を共に創るためのプラットフォーム「共創センターCreativeCircuit©」にメイカースペースを立ち上げ、プロトタイプ思考を実践するデザインエンジニアの衣斐さん、自動運転やハイブリッド車など、未来の車に不可欠な半導体を開発する大矢さん、「未来の街」のテストコースとなる実験都市プロジェクトに携わる小林さん
セッションの最後に、司会を務めたメ~テレのプロデューサー・伊藤氏は、「イノベーションが生まれる条件は『スタートアップ』か『JTC』かという枠組みではなく、『つくることにワクワクして楽しんでいること』だ」という仮説を提示した。
この言葉が示すように、ものづくりに対する純粋な情熱が、新しい技術や社会の変化を生み出していくのだろう。今後の彼らの活躍を通じて、この仮説が証明されることに期待したい。
「見せること」「楽しませること」への意識を感じたトークセッション
トークセッション「雑に作る」では、執筆者3名が自身の作品について、発想の経緯から発表の仕方までを紹介した。有名Webメディアや人気YouTubeチャンネル、さらには国営放送など多様なメディアに取り上げられ、広く認知されている石川大樹さん、藤原麻里菜さん、ギャル電さんの3名。それぞれが突飛なアイデアを次々と披露するが、その背景や制作のストーリーを聞くうちに、「こんな変なものがあるのも当然かもしれない」と思わせる説得力があった。
電子工作xギャルをテーマに作品を制作、魔改造の夜 技術者養成学校に出演しているギャル電きょうこさん。
無駄なものを作り続けるYoutubeチャンネル「無駄づくり」での動画以外にエッセイなども発表する藤原麻里菜さん。
興味深かったのは、彼らのプレゼンテーションの中で、制作物の面白さだけでなく「発表形態」にも焦点が当てられていた点だ。単に作るだけでなく、どのように見せ、どのように伝えるかを考え抜いていることが、メイカー界隈で彼らが大きな影響力を持つ理由の一つだろう。
「発想力や作品性に優れていることに加え、作品の落としどころやストーリーテリングを意識することが、より多くの人に届く要因となる」——彼らの話を聞くことで、ものづくりの世界において「見せること」の重要性が改めて浮き彫りになった。
ヘボコンから学ぶ「心理的安全性のある『見せる場』」の意味
2日間連続で開催され、注目を集めた「ヘボコン(正式名称:技術力の低い人限定ロボコン)」。
ロボット相撲の形式をとりつつ、リモコンやセンサーなど高度すぎる技術を使用したマシンには「ハイテクノロジーペナルティ」を課すことで、独特な世界観のロボットとパイロットが生まれる競技だ。
今回は、協賛のジモティーが会場にさまざまな雑貨や素材を提供し、さらに、はんだごての世界的メーカー・白光が協力。ヘボコンマスター石川さんによる「ヘボコンマシン制作ワークショップ」も実施され、会場で制作されたロボットが2日間で15体も戦いを繰り広げた。
その場で作ったロボットを即興で操縦する参加者たちが、ロボットと心を通わせたり、時には裏切られたりしながら戦いを通じて成長していく——まるで少年ジャンプ的なストーリーがリアルに展開されるのも、ヘボコンならではの魅力だ。
ロボットの誕生に立ち会い、試合をジャッジし、講評や制作者へのインタビューまで行うヘボコンマスター・石川さんの愛あるツッコミも、この競技をさらに輝かせる要素となっている。
(物理的に)儚いロボットが放つ一瞬の輝きは、本家のロボコンにも負けないほどのドラマ性を持つ。しかし、MAKERS OASISでハイレベルな展示を行っていた「魔改造メンバー」のような技術者にとっても、ヘボコンは特別な価値を持っているのだという。非常に興味深い内容だったので私の解釈も交えて紹介してみたい。
クリス・アンダーソンの著書『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』が出版されて約15年、AIによるプログラミングサポートや、無料で利用できる3D CAD、爆速で動作する低価格の3Dプリンターなど、制作環境はかつてないほど整備されているが、作中で叫ばれていた「ものづくりの民主化」が十分に進んではいない。
これは、ものづくりのハードルが下がっても「作らない理由」が完全になくなるわけではないという現実を示している。
「魔改造の夜」の出場チームを擁する有名メーカーでは、社内の制作設備を充実させたり、活動スペースを提供したりと、メイカー活動を後押しする施策が増えている。しかし、そうした手厚いサポートのある企業内でさえも今回の展示に参加するような「モノづくりを楽しむ」人は少数派だという。
これは、おそらく「作ることのハードルを下げる」だけでは限界があるということを示している。初心者が「自分にできる程度のものなんて『つまらない』のでは?」と感じてしまえば、そもそも手を動かすことすらしない。
だからこそ、ヘボコンのように「初心者が作ったものでも、自分や他人を楽しませることができる場」が必要なのだ。
作者が思っても見なかった角度から「制作物の面白さ」を拾い上げることで「人の目にさらす」ことへの心理的ハードルを下げる。初心者でも他人を楽しませることができる「ものを使ってコミュニケーションする楽しさ」を実感できる環境。ヘボコンの競技コートには、その要素が詰まっている。
小難しい理屈を一蹴する「ハイテクノロジーペナルティ」。
「ヘボさを愛でる」ヘボコンスピリット。
こうした「心理的安全性が確保された『見せる場』」がもっと一般化されることを願いたい。
TechGALAでは、数多くのイノベーティブな企業やプロダクトが展示され、中京地区を中心としたスタートアップエコシステムの構築が謳われていた。その成功の鍵となるのは、「雑でもいいから高速でアイデアを形にし、人に見せる」というサイクルを楽しめる場の存在だ。
そして、それを一般の人々にも開かれた形で提供したMAKERS OASISの取り組みは、メイカーシーンにおいて非常にインパクトのある試みだったといえる。
こうした枠組みを説明すれば、最ヘボ賞(観客投票で選ばれる「もっともヘボいロボット」に贈られる、ある意味で優勝より価値がある賞)のプレゼンターを務めたレバテック株式会社の方々も、その意義をより深く理解してくれるのではないだろうか。
後編「MAKERS OASISが見せつけたメイカーの強さ(2) 地場産業×メディアの融合!ものづくりをエンタメ化する新たな試み」につづく。
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梅田 正人