Honda「P2」「ASIMO」が切り拓いたヒューマノイド開発 開発者・竹中透氏が語るヒューマノイド開発秘話(WUAイベント)

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Hondaの二足歩行ロボット「P2」は今年4月、世界最大の電気・電子技術者組織IEEEが歴史的業績を顕彰する「IEEEマイルストーン」に認定された。現在、世界ではFigure AI、Tesla、Unitree Roboticsなどがヒューマノイド開発競争を繰り広げている。その原点の一つが、約30年前にHondaが開発した「P2」だ。

Hondaのヒューマノイド「P2」がIEEEマイルストーンに認定。2026年4月28日。(出展:Honda)

P2は、その後に誕生した「ASIMO」の技術的な礎となり、世界のヒューマノイド開発へ大きな影響を与えた。

(出展:Honda)

一般社団法人ワークロイド・ユーザーズ協会(WUA)のイベント「人とともに進化するヒューマノイドの未来」では、そのP2、そしてASIMOの開発を中核で担った竹中透氏(WUA特別アドバイザー)が登壇。当時の開発秘話と、その裏にあった設計思想を語った。(関連記事「人とともに進化するヒューマノイドの未来」WUAが描く"ユーザー主導の社会実装"

■世界に衝撃を与えたP2、その開発思想とは

講演冒頭では、ASIMOが時速9kmで走行し、片足ジャンプや両足ジャンプを披露する映像、段差や坂道を滑らかに歩く様子、人と自然に対話しながら複数の指示を理解する動画などが次々と紹介された。約30年前に開発が始まり、四半世紀前に登場したASIMOの技術は、現在見ても色あせることはない。

「ASIMO」は約20年間にわたり、日本科学未来館で科学コミュニケーターとして活躍。その活動を 2022年3月31日 に終えた。引退時には卒業を記念した特別イベント「THANK YOU ASIMO!」が開催された(画像はその際にロボスタが撮影)

関連記事「ありがとうアシモ!日本科学未来館で卒業セレモニー、20年を振り返る「THANK YOU ASIMO! ~未来館卒業おめでとう」」

竹中氏は、P2がIEEEマイルストーンに認定されたことに触れながら、その背景にある開発思想について語り始めた。その原点には、学生時代に師事したロボット研究の第一人者・森政弘氏から学んだ考え方があるという。森政弘氏は「不気味の谷」理論で知られ、竹中氏は学生時代に森氏から学んだ開発哲学が、P2やASIMOの設計思想の原点になったことを紹介した。

Honda「P2」「ASIMO」の開発を中核で担った竹中透氏(WUA特別アドバイザー 博士:工学)

竹中氏は、森氏から学んだ「二元性一元論」を紹介。その考え方を説明するエピソードとして、森氏がHonda創業者・本田宗一郎氏から聞いたという話を披露した。森氏は本田宗一郎氏との交流の中で、「車はアクセルだけで走るものではない。ブレーキとの調和があって初めて『走る』ことができる」という考え方を教えられたという。竹中氏は、このエピソードが「対立するものを高い次元で調和させる」という、その後のHondaのロボット開発の思想につながったと振り返った。

■最大の課題は「歩くこと」ではなく「倒れないこと」

1986年にスタートしたHondaのヒューマノイド開発。当時は「人間並みの二足歩行は20世紀中には実現できない」と言われていた時代だった。しかし竹中氏は、開発で本当に苦労したのは「歩くこと」ではなく、「倒れないこと」だったと語る。

初期の試作機は、一歩踏み出すだけで30秒近くかかり、床に2cmほどの段差があるだけで簡単に転倒してしまった。人間にとっては何気ない床の凹凸も、ロボットにとっては致命的な障害だったのである。

■常識を覆した「柔らかく作る」という発想

当時のロボット研究では、「転ばないためには機械をできるだけ硬く作る」という考え方が一般的だった。しかし竹中氏は、この常識そのものを疑った。硬い構造では、わずかな段差でも衝撃を吸収できず、そのまま転倒してしまう。
そこでHondaは、それまでの常識を覆す発想にたどり着く。

足の内部にはゴムブッシュを組み込み、足裏にはスニーカーのようなクッション材を採用。さらに足首を柔軟に使って衝撃を吸収しながら姿勢を維持する仕組みを考案した。
「硬くする」のではなく、「柔らかくする」。この発想の転換によって、ロボットは飛躍的に安定して歩けるようになったという。

■「人を真似る」のではなく、「人を理解する」

竹中氏が繰り返し語ったのは、「人間の動きをコピーすること」が目的ではないということだった。人は転びそうになると、無意識に一歩踏み出し、歩幅を変え、身体を傾けて姿勢を立て直す。しかし本人は、それを計算しているわけではない。

重要なのは動きを再現することではなく、「なぜその動きになるのか」という原理を理解することだった。

Hondaでは、人間の歩行を観察し、その背後にある力学や身体の使い方をモデル化することで、ロボット自身が状況に応じて最適な姿勢を選択できるようにしていったという。

P2 (出展:Honda)

■「左右の足」で考えるのをやめた

開発では、もう一つ大きな発想の転換があった。
当初は右足と左足を別々に制御し、片足支持と両足支持で異なるアルゴリズムを切り替えていた。しかし思うような結果は得られない。そこで竹中氏は、「そもそも人は右足と左足を意識して歩いているのだろうか」と考えたという。

導き出した答えは、「右足」「左足」を別々に考えるのではなく、ロボット全体を一つの身体として捉えることだった。まるでサーフボードの上に立つ人のように身体全体のバランスを制御すれば、片足でも両足でも同じ考え方で姿勢を維持できる。

複雑だった制御は大幅にシンプルになり、歩行性能も飛躍的に向上した。竹中氏は「複雑なロボットほど、本質を見抜いてシンプルに考えることが重要だった」と振り返る。

■"闇研究"がブレークスルーを生んだ

講演では、Hondaらしい開発文化を象徴するエピソードも披露された。
当時、研究所では従来方式の歩行が一定の成果を上げたことで、柔らかい足を使うなど含めて「それ以外の方法は禁止」という方針になったという。しかし竹中氏は、柔らかい足を使った研究を諦めなかった。

正式なテーマではなくなった後も、独自に実験を続けた。いわば"闇研究"である。しかも、その取り組みを上司は知りながら黙認していたという。約10か月後、この研究成果は正式に認められ、P2、そしてASIMOへつながる重要な技術となった。

Hondaが開発したヒューマノイド「ASIMO」。約30年前に開発が始まり、四半世紀前に登場した(出展:Honda)

竹中氏は、「Hondaには、新しいことに挑戦する研究者を支える文化があった」と当時を振り返った。

■参考動画 【Honda R&D】The Development of Honda Humanoid Robot

■参考動画 ASIMO Documentary -FIRST STEP-

■「人を真似るのではなく、人を理解する」

現在、フィジカルAIの進展とともに、ヒューマノイドは生成AIやVLA(Vision-Language-Action)の進歩によって急速に"知能"を獲得しつつある。一方で、人と同じ空間で安全に歩き、作業するためには、身体をどう制御するかという本質的な課題は30年前と変わっていない。

竹中氏が講演で繰り返し語ったのは、「人を真似るのではなく、人を理解する」「常識を疑い、本質から考える」という開発姿勢だった。

これは単にHonda独自の開発手法を指すことに留まらず、人間の身体や動きを深く理解し、その本質をロボットへ落とし込もうとする考え方は、現在のFigure AIやTesla、Unitreeなど、世界中で進むヒューマノイド開発にも通じる普遍的な哲学と言えるだろう。

今年4月にP2がIEEEマイルストーンへ認定されたのも、過去の技術を顕彰するためだけではない。現在もなお社会や技術の発展に影響を与え続ける歴史的業績として、その価値があらためて認められたことを意味している。

約30年前、Hondaが切り拓いたヒューマノイド開発は、決して過去の成功談ではない。その開発思想はいまもなお、フィジカルAI時代のヒューマノイド開発を支える原点の一つとして受け継がれている。

《神崎 洋治》

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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