AIは、企業の業務効率化やソフトウェア開発を支援するツールとして急速に普及している。しかし、その進化は企業に新たな課題も突き付け始めている。
近年、OpenAIやAnthropic、Googleなどが、高度な推論能力やコーディング能力を持つ最先端のAIモデルを相次いで開発している。こうした、その時点で技術水準の最前線にある高性能AIは「Frontier AI(フロンティアAI)」と呼ばれる。特定の製品や統一された性能基準を示す名称ではなく、現在の技術水準の最前線にあるAIを指す総称である。
驚くほどの知識や会話能力を披露する表舞台の裏側で、Frontier AIは大規模で複雑なソースコードを読み解き、従来は発見に高度な専門知識と長い時間を要したソフトウェアの脆弱性を、短時間で見つけられるようになり始めている。
OpenAIは、AIによって脆弱性の発見が加速し、サイバーセキュリティのボトルネックが「見つけること」から「検証して修正すること」へ移りつつあると説明している。Codex Securityは研究プレビューの開始後、3,000万件以上のコミット(ソースコードの変更履歴)と、3万を超えるコードベースをスキャンしたという。
防御側にとってAIは、自社システムの脆弱性を見つける大きな武器となる。その一方で、攻撃者側もAIを利用することで、攻撃の探索や準備を高速化・大規模化できる可能性がある。企業は「AIを導入する」だけではなく、「AIを利用した攻撃からAIで守る」という新しい時代に入ったのである。

こうした認識のもと、ソフトバンクとOpenAIの合弁会社であるSB OAI Japanは、2026年7月14日に開催された「SoftBank World 2026」において、スペシャルセッション「SB OAI Japanが描く、AI実装とサイバー防衛の未来」を開催した。

セッションでは、AI駆動型サイバーセキュリティ対策ソリューション「Patching as a Service(パッチング・アズ・ア・サービス)」の提供対象を国内3,000社へ拡大し、本格提供を開始することを発表した。OpenAIのサイバーセキュリティ構想「Daybreak」のデモも披露した。「Patching as a Service」は、脆弱性診断から診断結果のレポート、対策の提案、パッチ適用までを一気通貫で支援するサービスである。

■「AIを導入する前に、まずAIで守る」が新しい考え方
SB OAI Japan CEOの野崎大地氏は、同社が日本企業へのAI実装を推進する目的で設立されたOpenAIとのジョイントベンチャーであると説明した。

同社が目指しているのは、企業内のさまざまなAIエージェントを連携させ、データベースや業務システムへ接続し、企業全体を最適化する「クリスタル・インテリジェンス(Crystal intelligence)」の実現である。ソフトバンク自身が新技術を最初に導入する「Customer Zero」となり、そこで得た知見を日本企業へ提供する構想だ。
しかし、野崎氏によると、この数か月で状況が急速に変わったという。Frontier AIによって、従来は見つけることが難しかった脆弱性が次々と発見される一方、攻撃者も高度なAIを利用できる時代になったためである。
いくらAIエージェントを企業へ導入しても、その土台となるシステムに脆弱性があれば、企業全体の安全性は確保できない。そのため、AIの本格導入に先立って企業システムの状態を把握し、リスクを可視化して安全な基盤を構築する「フェーズ0」が必要になったと説明した。
野崎氏は、Crystal intelligenceを断念したのではなく、AI駆動企業を実現するための安全な基盤づくりとしてサイバー防衛に取り組むとの考えを示した。
■東急不動産HD「侵入されることを前提」に守る時代へ
パネルディスカッションでは、東急不動産ホールディングス グループDX推進部の本保亮祐氏が、企業のセキュリティ運用の現状を語った。
企業ではインターネット上に公開しているシステムの把握や脆弱性診断を行っていても、脆弱性が発見されてからパッチを適用するまでに一定の時間を要する。サービスを止められない事情もあり、脆弱性の発見速度が上がったからといって、修正作業をすぐに高速化できるわけではない。
本保氏は、Frontier AIの登場によって従来と全く異なる対策を始めるというよりも、これまで進めてきたゼロトラストの考え方に基づき、多要素認証やネットワークセグメンテーションを強化することが重要だと説明した。
侵入を完全に防ぐことだけを目指すのではなく、侵入後にできるだけ早く異常へ気付き、被害を拡散させない仕組みを整える必要があるという。

■「脆弱性を全部直す」はもう現実的ではない
ソフトバンク株式会社 法人事業統括 セキュリティ本部 セキュリティ事業推進室の辻伸弘氏は、AIの進化によって脆弱性の発見件数が急増している現状を紹介した。

辻氏が強調したのは、発見された脆弱性を件数やCVSSの数値だけで判断してはいけないという点である。CVSSは、脆弱性が悪用された際の深刻度を表す指標だが、それだけでは実際に攻撃で悪用されているかどうかは分からない。
脆弱性が大量に見つかる時代には、すべてに同じように対応することは難しい。実際に悪用されているか、外部から到達可能か、企業システムへの影響がどれほど大きいかを見極め、対応の優先順位を付けなければならないと指摘した。
また、ランサムウェア攻撃では、VPNなどを突破して侵入した後、認証情報を取得し、Active Directoryを乗っ取って権限を拡大する手法が使われると解説した。初期侵入を100%防ぐことは困難であり、認証情報を奪われにくくすることや、侵入者が横方向へ移動しにくいネットワークを作ることが重要になると述べた。
■AIが脆弱性を見つけ、パッチまで生成する
SB OAI Japanが本格提供する「Patching as a Service」は、OpenAIの技術とソフトバンクの運用ノウハウを組み合わせ、脆弱性の検出から修正までを支援するサービスである。
ソフトバンク株式会社 法人事業統括 セキュリティ本部長の金澤謙悟氏は、ソフトバンク社内の全システムを対象にFrontier AIを使った脆弱性診断を実施した結果、普段から診断を行っているにもかかわらず、1万件近い脆弱性が検出されたと説明した。

ただし、検出されたすべての脆弱性が直ちに悪用可能という意味ではない。外部から到達できるかどうかや、既存の多層防御で保護されているかなどを検証し、実際の危険性を評価する必要があるという。
また、試験的な診断に協力した企業の中には、約1億行に及ぶソースコードを提供した例もあり、短期間の診断で従来は見つけられなかった脆弱性も発見されたという。サービスでは静的なソースコード診断に加えて、攻撃コードを作成できるか、外部から実行可能かを検証し、顧客の環境に応じてパッチ適用も支援する。
■OpenAIが示した「Daybreak」
続いて、SB OAI Japan CTOであり、OpenAI Global Head of Forward Deployed Engineeringを務めるColin Jarvis氏が英語で講演し、OpenAIのサイバーセキュリティ構想「Daybreak」を紹介した。

Daybreakは単一機能の製品ではない。OpenAIのフロンティアサイバーモデル、Codex Security、企業の既存ツールや業務フローを組み合わせ、脆弱性の発見、悪用可能性の検証、優先順位付け、修正コードの生成、パッチのテストまでを一連で支援する取り組みである。OpenAIも、脆弱性の報告を増やすだけでは安全性は向上せず、検証済みの発見結果とテスト済みのパッチを実際の修正へつなげることが重要だとしている。
デモでは、架空の銀行の住宅ローンシステムを例に、複数のCodexエージェントが認証処理を調査。インジェクション攻撃につながる脆弱性を発見し、重要度を評価した。

AIは問題を報告するだけでなく、悪意ある利用者を模擬してシステムへアクセスし、脆弱性を実際に再現できるかを検証した。その後、修正コードを提案し、人間の担当者からの指示を受けて修正案を更新。ユニットテストや回帰テストを実行した上で、同じ攻撃を再試行し、問題が解消されたことまで検証した。
このデモの価値は、Daybreakという名称や個別機能を紹介したことだけではない。AIエージェントが脆弱性を「見つける」だけで終わらず、それが本当に悪用可能かを確かめ、修正コードを作り、テストを行い、問題が解消したことを証明するまでの一連のサイクルを示した点にある。
すなわち、AIエージェントが脆弱性の検出からパッチ生成、検証までを担い、人間が重要な判断と承認を行うという、AI時代のサイバー防衛の世界観を見せたデモだった。
さらに、同じ脆弱性が約1,000システムに存在する想定では、多数のCodexエージェントが並列で各システムを調査し、パッチを展開する様子を披露した
テストを通過したシステム、方針上必ず人間の確認を必要とするシステム、テストに失敗して専門家による対応が必要なシステムを分けて表示した。デモでは、全体の約8割をAIが処理し、残りを人間が引き継ぐ姿が示された。
Jarvis氏は、Daybreakが人間を置き換えるものではないと強調した。既存のセキュリティ体制やガバナンスへAIを組み込み、人間とモデルが協調することで、対応できる規模と速度を大幅に引き上げることが狙いである。
■「AIを導入する」から「AIで守る」時代へ
セッションの最後、野崎氏は、AIが日々の仕事を効率化する便利なツールであるだけでなく、人間が設計したシステムを攻撃する能力も持ち始めたことで、サイバーセキュリティを巡る前提そのものが変わったと指摘した。
従来のIT部門やセキュリティ担当者が対応を怠っていたのではなく、攻撃側が利用できる道具と速度が変わったのである。そのため、脆弱性が見つかることを担当部門の失点と捉えるのではなく、まず自社システムの現在地を把握し、継続的に改善するための意識改革が必要だと語った。
さらに、AIで脆弱性を見つけて修正する作業を繰り返すだけでは、いずれ新しい問題が見つかり続ける。将来的には、脆弱性が生まれにくく、発見した問題を迅速に修正でき、AIエージェントを導入しやすいシステムへ刷新する「AI Ready Modernization」が重要になるという。
「Patching as a Service」は、その第一歩という位置付けである。AIで企業を変革することと、AIで企業システムを守ることは、別々のテーマではない。安全なシステム基盤があって初めて、企業はAIを業務や経営へ深く組み込むことができるからだ。
今回のセッションは、新しいセキュリティサービスの説明にとどまるものではなかった。AIが企業システムを支える存在となる一方、攻撃側もAIの能力を利用できるという新たな現実を踏まえ、「AI導入」と「AIによる防衛」を一体で考える時代が始まったことを示す内容だった。







