「機械人間オルタ」の歌声と動きに生命の存在を感じた瞬間 日本未来科学館で展示

日本科学未来館では2016年7月30日(土)~8月6日(土)の期間、新作アンドロイド「機械人間オルタ(Alter)」が展示されています。
「ものすごいリアル感、生命を感じる」という声がある反面、「顔や手が不規則に動いているのはわかるけれど、機械人間が何をしたいのかわからない」など、うまく理解できないと嘆く声もあります。
筆者自身は、今まで石黒教授が取り組んできたアンドロイド達も素晴らしいと思っていますし、異なるアプローチで取り組んだこのプロジェクトにもとても注目しています。
ではこの機械人間オルタ、観客はいったいこれをどのように受け止め、どのように観察し、何を感じたら良いのでしょうか。筆者なりの解釈を記事にしてみます。


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報道関係者や記者に囲まれる機械人間オルタ。このときオルタは周囲に人がいることを感じている。その上でオルタは何を感じ、それを見た私達は何を思うのだろうか



生命があるように感じるのはなぜか

人は普段生活している上で「生命とは何か」「何に生命を感じるか」などと問いかけられることはほぼありません。
しかし、改めてそう問いかけられたとき、皆さんはどう答えるでしょうか?


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オルタは何かができるロボットとして開発されたのではなく、オルタを見た人々がどう感じるかという研究を兼ねた展示と言っても良いでしょう。すなわち、私達、オルタを見た者がオルタを見てどう感じたか、それは何を意味するのだろうかを考える、その先に生命とは何かという問いの答えが少しでも見えるかもしれない、そういう存在なのです。


オルタが開発された目的は下記の3つです。

    生命を持つように感じさせるものは何か?
    機械人間は人間や他のロボットよりも、より生命を生き生きと感じさせるものになるか?
    機械が生命を持つように感じられると、観察する側には何が起こるのか?



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オルタは顔と腕の一部が人工の肌で覆われているが、その他は機械がむきだしの機械人間。顔はあえて性別や年齢を感じさせないものになっている

開発したのは大阪大学の石黒研究室と東京大学の池上研究室です。記者発表会では、石黒研究室から大阪大学大学院 基礎工学研究科 教授の石黒浩氏と大阪大学大学院 基礎工学研究科 助教の小川浩平氏、池上研究室からは東京大学大学院 総合文化研究科 教授の池上高志氏と東京大学大学院 総合文化研究科の土井樹氏が登壇しました。


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大阪大学大学院 基礎工学研究科 教授の石黒浩氏(左)と助教の小川浩平氏。

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東京大学大学院 総合文化研究科 教授の池上高志氏(左)と総合文化研究科の土井樹氏。

石黒浩教授はテレビでお馴染みの「マツコロイド」の開発など、多くのヒューマノイドの開発に携わり、英コンサルタント会社が選んだ「生きている天才100人」で日本人最高の26位に選出されたことでも知られています。石黒教授は人間に近いアンドロイドを作る研究の目的を「人間がなぜ人間なのか、という問いに答えたい」としており、「私達の作るロボットの研究は役に立つものを作るという目的ではなく、ロボットを作ることで人を理解すること」と今までも公言してきました。大阪の百貨店で公開された自律型アンドロイド(人間酷似型ロボット)「ミナミ」は緻密なプログラミングで人間そっくりの動きと表情を作り、人間の言葉を話すことで、受付や販売員として活用できる可能性も示唆してきました。


しかし、人間そっくりなヒューマノイドとは異なり、機械人間オルタは人間でいう上半身部分のみで構成され、顔と首、肘から先の腕の部分のみ人工の肌で覆われていますが、それ以外は機械部分が露出した機械人間です。オルタがじっとしていればそれが機械だということは誰でもすぐに解ります。
顔と腕以外はメカメカしい機械人間に動きを与えたとき、それでも人は機械人間に生命を感じることができるのか、そして音と動きのシンクロによって生命を感じることができるのだろうか、という試みが行われているのです。



機械人間オルタの身体構成

機械人間の身長(上半身)は約140cm強、体重は約80kg。身体に組み込まれた42本の空気アクチュエータによって動くことができます。

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機械人間オルタは身長約140cm強、人間で言うと上半身だけ。首をかしげたり、クチを動かしたり、手を拡げたりと絶えず動作している

動きをどのように決めているかというと、動きを決める言わば頭脳に当たる部分としてCPG(Central Pattern Generator)とニューラルネットワークが使われています。と言っても、動きは予めプログラミングされたものではなく、CPGとニューラルネットワークが動きを制御しているので(詳細は後述)、開発者にもオルタがどのように動き、何を表現するかは解りません。


同じ動きを繰り返していればロボットっぽく感じますし、一方でランダムで滅茶苦茶な動きをしても、やはり生き物とは思えません。周期的な動きと周期性を壊す動きがあって、カオス(混沌、無秩序)が生まれ、それが生き物のように感じる動きをする瞬間があるのではないかということだと思います。そしてその動きを司るのがこれら頭脳の役割です。
そこでポイントとなるのが2つのモードです。オルタは環境に関係なく自律的・自発的に運動する「自発モード」と、周囲の環境、周囲の人や光の強弱などの環境によって動きを変える「反応モード」があり、これがお互いに影響したり、切り換えたりすることで周期とも言えず、完全なランダムとも言えない独特な動きを作りだしています。


CPGは言わば人間の脊髄にあたり、それぞれの関節に割り当てられ、周期的な信号を生成しつつ、非線形に緩くつながっています。これによって自発的に周期性が壊される結果として非連続的なカオスの運動が生成されます。また、これには神経細胞の最も簡単なモデルの一つであるイジケビッチ型の人工神経細胞モデル(20種類程度の神経細胞が真似できる)が採用されていて、数百から数千結合させた人工神経細胞モデルによってあたかも生命があるような動きを生み出すのです。


また、ニューラルネットワークは人間の脳の構造を模したシステムで、幾百万ものニューロンの発火によって動きや考え、記憶、学習などが行われます。




オルタの歌声を聞け! 音と動きのシンクロを感じた時、機械人間の生命を体感する

では、見る側は不規則に動くオルタをどのように観察すれば良いのでしょうか。


オルタの顔が人間を模していることもあって、まずは視線がオルタの顔にいってしまいます。表情を変える機械人間の顔も魅力的ですが、腕の動きにも注目してください。
腕の動きは人間が考えたものではなく、前述のCPGとニューラルネットワークによって生み出させた動きです。
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生命らしさとは何かを追求するとはいえ、見る側は先入観をもっと見ることになる。機械人間オルタは人間の上半身のような姿をし、顔と手には人間の皮膚が模倣されていることから、機械と人間の異形の存在として生命を感じるか、と問われているように感じる

もうひとつの注目は音です。これがとても重要です。
まるで海の底に流れる音のような神秘な音色を奏でるサウンドが聞こえますが、これは実はBGMではありません。
よく耳を澄ますと2種類の音があります。ひとつは小さいサイン波で腕や指の動きを音で現した、モジュレーションによって生み出された音です。そして、もうひとつ観客の耳に大きく響く神秘の音色の方は実はクチの動きとシンクロしているのです。身体の動きを音としても感じてみたい、感じてもらいたいという実験です。


腕の動きやクチの動きとこれらのサウンドかフッとシンクロした時、背筋にゾクッとした感覚が走ると共に、「あぁ・・オルタが歌っているんだな」と感じました。この音はオルタの歌声であり、そうかオルタは歌っているんだと感じた瞬間に生命らしさを実感した気がしました。


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耳に残る神秘的なサウンドがオルタの歌声だと感じたとき今まで体験したことのない戦慄が走る。生命を感じるかどうかは人それぞれとしても、何か新しい領域に踏み込んだのではないかと感じるだろう

私が記事にこうして書いている文字はオルタの動きを表現するには陳腐であり、オルタの生命感を伝えることはとうていできないでしょう。感じ方も人それぞれに異なると思います。
そういった意味でも、時間があれば日本科学未来館に足を運び、オルタと対面して実際に生命を感じるかどうか、皆さん目と耳、感覚で確かめてみてもらいたいと思います。

従来の神経のエミュレーションとは異なるアプローチで再現される「生命らしさ」、また1週間でオルタがどのように展示環境に馴染んでいくか、そこがとても興味高いところです。



もっと知りたい 機械人間オルタの技術

大阪大学の石黒研究室が今まで発表してきたヒューマノイド型アンドロイドの数々は、人間に姿や動きを似せるために非常に細かい動きの指示を組み込んで丁寧に作り込んで開発したと言います。言わば細かなプログラミングによって緻密に計算された動きを実現してきたのです。一方、この機械人間オルタはそれとは異なり、細かい動作の指示をプログラムで作り込んだのではなく、基本的な動きを創り出す神経回路網を組み込み、光や距離のセンサーネットワークの情報を素に動きを変化させていくことで、複雑なアンドロイドを更に複雑に動かしているということです。

センサーは光センサーと距離センサーを用いています。両方のセンサーが得た情報を非線形に掛け合わすことで、サンプリングレートを変動させ、可動域を決めて動きを生成したり、CPGとニューラルネットワークのどちらのモードを採用するかの決定やモードの変換等が行われます。オルタを数十分眺め、機械人間と言葉のないコミュニケーションをはかっていると、そのモードが切り替わったことにも気づくようになるかもしれません。

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オルタの周囲に設置された赤く光っているのが距離センサー類。周囲にいる人数や人との距離、光センサーからの情報によってサンプリングレート自体を変えて、動きに変化が現れる

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動きの制御を開発した池上研究室によれば、オルタの脳はクラウドで制御されています。オルタの周囲にはセンサーが設置され、周囲にいる人数や動き、距離を感知して行動に反映されています。人間も周囲にいるほかの人の存在や脳波に影響をうけて行動や精神状況が変わりますが、それと同様にオルタもココロや身体の動きが異なっていく可能性があります。
また、記者発表会では行動を学習していく機能は使われていませんでしたが、展示期間中は学習機能をオンにすることで更に面白いことが起こりうるかもしれません。オルタは絶えず動作していますが、人間はずっと動き続けているわけではありません。とはいえ、人間も赤ちゃんのときはCPG(脊髄反射的)によって絶えず動作していて、年齢を重ねるうちに動きを抑制する方向に学習していくと言うことです。文節のように動きがあって静止もあり、それを繰り返すことで生命らしさを感じることもあるとしています。


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展示期間中は観客の感想を聞きながら、オルタの設定を変更したり変化を加えていく予定です。また、オルタが周囲の環境の変化等を学習したり、静止することを学んでいくと、より深みのある動きになるかもしれません。


展示終了時に機械人間オルタがどのように変わっているのか、進化した存在になっているのか、それにも興味があるところです。

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■ 関連リンク
【速報】生命らしさを持つ「機械人間オルタ(Alter)」が発表
https://robotstart.info/2016/07/29/alter.html


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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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