ソフトバンクと安川電機は、2026年7月14日(火)に都内で開催された「SoftBank World 2026」で、「次世代社会インフラによるフィジカルAI実現への道」をテーマに講演した。
両社は2025年から「フィジカルAI」分野で協業を進めているが、今回の講演では、その取り組みをさらに一歩進めた「学習し続けるフィジカルAI」の姿を紹介した。

展示会場では、NVIDIAの「Cosmos」と「Omniverse」を活用し、ロボットが現場で取得したデータを学習へ反映しながら、前日よりも動作精度を向上させる展示デモを披露。

ソフトバンクは「AI-RAN」や「GPUクラウド(AIデータセンター)」を活用したAIインフラ、安川電機はAIロボットの社会実装という、それぞれの役割を説明し、「導入したあとも進化し続けるロボット」の実現に向けた取り組みを紹介した。

■フィジカルAIで目指すのは「マルチタスク」への進化
ソフトバンク 常務執行役員 兼 CTOの湧川隆次氏は、フィジカルAIとは、ロボットにAIを搭載することだけではなく、「人のように状況を常に理解し、複数の作業を組み合わせて目的を達成すること」と説明した。

従来の産業用ロボットは「部品を持つ」「ネジを締める」といった単一作業を高速・高精度に繰り返すことが得意だ。しかし、人が日常的に行っている作業はそうではない。例えば「机を片付けて」という一言の指示でも「ゴミを拾う」「書類を揃える」「机を拭く」といった複数のタスクに分解し、それぞれを適切な順番で実行する必要がある。
湧川氏は、この役割を担うのがVision Language Model(VLM)であり、生成されたタスクを実際のロボット動作へ変換するのがVision Language Action(VLA)だと説明した。
VLMはセンサー情報や周囲の状況を理解し、「何をするべきか」を決める"頭脳"にあたる。一方、VLAはVLMから受け取った指示をもとに、ロボットアームや移動機構を制御し、「どう動くか」を生成する役割を担う。
つまり、人が「机を片付けて」と指示すると、VLMが状況を理解して必要なタスクを考え、VLAがそれを具体的なロボット動作へ落とし込むという構成だ。

■AIはMECで動作、AI-RANを活用した新しいアーキテクチャ
しかし、ここで課題となるのがAIモデルの大きさだ。
湧川氏は、VLMのような大規模マルチモーダルAIはGPUを大量に消費するため、そのままロボットへ搭載することは現実的ではないと説明する。
「ロボットにGPUを載せても、大きなモデルを動かそうとすると性能が足りません。特にバッテリー駆動のロボットでは消費電力も大きな課題になります」(湧川氏)
そこでソフトバンクが提案するのが、VLMをロボット本体ではなく、AI-RANと連携するMEC(Multi-access Edge Computing)側へ配置する構成だ。

ロボット側にはリアルタイム性が求められるVLAだけを配置し、VLMは近傍のMEC上で実行する。5Gを介して両者を接続することで、クラウドほど大きな遅延を発生させず、高性能なAIを利用できる。スライドにはクラウドへ大きく「×」印が付けられ、「クラウドではなくMEC」という考え方が示されていたのも印象的だった。
この構成により、ロボットは重いAIモデルを搭載する必要がなくなり、AI-RANを中心としたAIインフラ全体でフィジカルAIを支える仕組みになる。
さらに湧川氏は、このAI-RANを通信インフラとしてだけではなく、「AIを配置する基盤」として位置付けた。
ITシステム全体を管理するIT層、その下で情報収集や状況理解、タスク生成を担うMEC AI層、そしてロボットが実際の動作を実行するRobot AI層という三層構造を構成することで、フィジカルAIを社会インフラとして展開していく考えを示した。

これは、ロボット単体を高性能化するという発想ではなく、「AIインフラ全体でロボットを動かす」というソフトバンクらしいアプローチと言える。
■ソフトバンクと安川電機、それぞれの強みを活かした協業
今回の協業は、お互いの強みを持ち寄り、AIロボティクスの社会実装に向けた基盤を共同開発する形で進められている。

安川電機は長年培ってきたロボット技術や制御技術、AIロボティクスを担当する。一方、ソフトバンクはAI-RANやGPUクラウド、AIインフラを提供し、ロボットが学習し続けるための基盤を構築する。この協業は2025年12月に発表され、2025年の国際ロボット展(iREX)では、AI-RANとロボット、ビルOSを連携させたフィジカルAIのデモを公開した。
そして今回のSoftBank Worldでは、その次のステップとして「学習ループ」まで含めた仕組みを披露したことが大きな違いとなる。

■NVIDIA CosmosとOmniverseで学習したデモを公開 ロボットが「学び続ける」仕組み
今回のセッションで最も注目を集めたのが、展示ブースで公開されたフィジカルAIのデモだ。
ソフトバンクと安川電機は、NVIDIAの世界モデル「Cosmos」とシミュレーション基盤「Omniverse」を組み合わせ、ロボットが現場で取得したデータを継続的に学習へ反映する「学習ループ」を構築した。


デモでは、実際のロボットがワイヤーハーネスを箱へ入れる様子を撮影し、その映像や動作データをAIデータセンターへ送信。Cosmosを利用して照明や背景、対象物の色などを変化させた大量の合成データを生成し、それらを使ってAIモデルを学習する。

学習後のモデルは、Omniverse上でシミュレーションによる評価を実施。十分な精度が確認されると、再び実機へ反映される。
すなわち、
実機 → データ取得 → Cosmosで合成データ生成 → GPUクラウドで学習 → Omniverseで評価 → 実機へ反映
というサイクルを繰り返すことで、ロボットは現場で経験を積みながら性能を高めていく仕組みだ。

■動画 展示デモ:ワイヤーハーネスを自律的に把持・搬送するフィジカルAI
■会場に合わせて再学習「昨日より今日の方が上手くなった」学習ループが生んだ成果
今回のデモで最も印象的だったのは、展示会場へ持ち込んだあとも学習が継続し、ロボットの動作が実際に進化していたことだ。
展示したのは、一見すると単純な「ワイヤーハーネスを箱へ入れる」という作業だが、ワイヤーハーネスは柔らかく、持ち上げるたびに形状や重心が変化するため、産業用ロボットにとっては非常に難易度の高い対象物として知られている。
今回のデモでは、事前に完成したモデルを持ち込んだわけではない。展示会場は照明や背景などの環境が変わるため、設営後に改めてデータを収集し、モデルを再学習させていたという。
湧川氏は、その効果をこう振り返る。
「この会場へ来ると照明も周囲の環境も変わるので、全部学習し直しています。設営後から学習を始め、昨日の夜はまだ少し動きがぎこちなかったのですが、今日はそれがなくなっていた。本当にVLAで動いているのか、(スタッフがフィジカルAIでの実演を辞めて)普通のプログラムへ切り替えたのではないかと思ったほど、動きが滑らかになっていて驚いた」
そう語っていたが、囲み取材でも、その変化の大きさを改めて強調した。
安川電機 AIロボティクス統括部長の久保田氏も、同じ印象を受けたという。
「昨日、一緒にデモを見ましたが、今朝9時に見たときの方が、さらに上手に動いていました。本当に推論と学習のループが回っていて、私たちが寝ている間にも学習が進み、動作が良くなっていました」(久保田氏)

久保田氏は、「このような柔軟物のハンドリングは、従来のプログラムだけでは難しかった。AIを利用したエンドツーエンドの学習によって、ようやくここまで実現できるようになった」と説明した。
こうした学習ループによって、ロボットは導入後も環境に適応しながら性能を向上させていく。湧川氏は、「今回の展示で、その世界観がようやく見えてきた」と手応えを語った。
■社会実装には「技術」だけでなく「安全」が不可欠
一方で、久保田氏はフィジカルAIの社会実装について、技術だけでは実現できないとも強調した。
ここ数年で基盤モデルやVLA、ヒューマノイドなどの技術は急速に進歩し、「使える技術」は確実に増えてきた。しかし、社会へ導入するには、安全性や継続運用、保守体制まで含めて考えなければならないという。
「ロボットは使い方を間違えれば、人を傷つけることもあります。だから社会実装では、安全に、安心して、継続的に使えることが重要になります」(久保田氏)
そのため現在は、VLMが状況を理解して判断し、ロボット側は比較的シンプルな動作を担当する役割分担が現実的だという。また安川電機は、従来の工場や物流だけでなく、「人がいる空間」へロボットを展開していくことを目指している。そのためには、自社だけではなく、AIや通信、GPU基盤など異なる分野の技術を持つ企業との連携が不可欠だと説明した。

■「紐を入れること」が目的ではない 完成したのは学習ループ
「紐を入れることが目的ではありません」という湧川氏の言葉は、今回の取り組みの本質を端的に表していた。
講演後の囲み取材で湧川氏は、今回展示したワイヤーハーネスをつかんで箱へ入れるデモについて、「ハーネスを運ぶこと自体が目的ではない」と強調した。
「紐を入れるのがゴールではありません。今回の目的は、ロボットが取得したデータを使って合成データを生成し、学習し、推論へ反映し、さらに学習する。その『学習ループ』を構築することです。ハーネスを運ぶデモは、その成果として見えている結果なんです」(湧川氏)

同氏によれば、この学習ループが構築できれば、今回のハーネス搬送だけでなく、プラグの挿入やケーブル配線、組み立て作業など、さまざまなロボットタスクへ応用できる可能性が広がるという。
今回の成果は、ロボットが取得したデータから合成データ生成、再学習、シミュレーション評価、実機への反映までを自動で回す学習ループを構築したことだった。
「以前は、ロボットから取得したデータを人が学習用データベースへ移し、人手で再学習や評価を行っていました。今回はその一連の流れをツールで自動化できたことが大きな成果です」(湧川氏)
特に評価したのは、「学習時間」そのものではなく、「学習サイクル」が大幅に高速化した点だったという。
「時間が短くなったというより、学習の回転数がものすごく速くなりました。データを取得すると、自動で合成データを作り、学習し、シミュレーションで評価して、良ければ推論へ反映する。このループを自動で回せるようになったことが大きいのです」(湧川氏)
今回の展示ブースでは、その学習ループの進行状況もモニターで可視化されており、来場者はロボットが作業するたびにAIモデルが更新されていく様子を見ることができた。

■今年から来年にも「人が行う実作業」での検証を目指す
ソフトバンクと安川電機は現在、技術を社会実装できるレベルまで引き上げることを最優先に取り組んでいる。現時点では事業化の役割分担までは決めておらず、「まずは技術をレディな状態にすること」に注力しているという。
その上で湧川氏は、次のステップとして、実際の業務をロボットへ任せる実証へ進みたいとの考えを示した。
「いろいろな技術のピースがそろってきました。次は、人が実際にやっている仕事をロボットへ任せるところまで持っていきたい。今年から来年くらいには、そうした取り組みをお見せできればと思っています」(湧川氏)
また、フィジカルAIで最も重要になるのは、現場で蓄積されるロボットデータだとも指摘した。
「ロボットのデータは、お客様の資産です。それが企業の競争力になります。だからこそ、データをどう学習へ活用し、企業ごとのAIモデルへ育てていくかが重要です」(湧川氏)
■買った時は性能が低くても、学習し、進化し続けるロボットへ
こうした取り組みを支える考え方として、湧川氏は講演の終盤、フィジカルAIの本質を象徴する言葉を語った。
「これまでの製品は、買った時が一番性能が高いというのが常識だった。しかしフィジカルAIでは、買った時が一番性能が低く、その後どんどん賢くなっていきます」
ロボットは現場で動き続けることでデータを蓄積し、そのデータを学習へ戻すことで、さらに性能を向上させる。企業ごとの現場データを活用すれば、それぞれの業務に最適化されたAIモデルへ育てることも可能になる。
湧川氏は「データは現場にあります。現場のデータをどう学習ループへ取り込み、自社専用のAIモデルを育てるかが、これからの企業競争力になる」と説明した。
今回のセッションでソフトバンクと安川電機が示したのは、ただのロボットのデモ展示ではない。
AI-RANやGPUクラウド、MEC、NVIDIA Cosmos、OmniverseといったAIインフラと、安川電機のロボット技術を組み合わせることで、「導入して終わり」ではなく、「導入後も成長し続けるロボット」を実現する構想だ。
ソフトバンクと安川電機が示した今回のデモは、「ロボットは現場で学び続ける存在になる」というフィジカルAIの世界観が、実証段階から社会実装へ着実に近づいていることを印象づけるものだった。
「ロボットは導入した瞬間が完成形ではありません。現場で学び続け、どんどん賢くなっていく。それがフィジカルAIです」(湧川氏)








