生成AIを活用したAIオペレーターは、実証実験から「実運用」の段階へと移りつつある。
2026年7月14日に都内で開催された「SoftBank World 2026」では、Gen-AXの砂金CEO、三井住友カードの大保氏、JALデジタルの福島氏が登壇。「自律型AIオペレーター『X-Ghost』実装最前線」と題して、実際のコンタクトセンターにAIを導入して見えてきた現状と成果、課題について語った。

セッションで印象的だったのは、AIによる音声会話能力そのものをアピールする段階はすでに過ぎ、実運用で成果が出る段階に入っているということだ。砂金氏は「AIがなんかしゃべれるぞ、というのは去年の話」と語り、現在はAIが本番環境で顧客と直接向き合い、実際の業務を担い、処理までおこなう段階に入ったと強調した。

では、企業はAIにどこまで仕事を任せることができるのか。
三井住友カードとJALカードという2つの実践事例から見えてきたのは、単純な「人からAIへの置き換え」ではなく、AIが得意な仕事と人間が価値を発揮する仕事を見極めながら、顧客体験そのものを再設計していく取り組みだった。
■「X-Ghost」とは 会話するだけでなく「業務を遂行する」AIオペレーター
「X-Ghost(クロスゴースト)」は、ソフトバンクの100%子会社であるGen-AXが提供する、コンタクトセンター向けの自律型AIオペレーターだ。
生成AIによる自然な会話を通じて顧客の問い合わせに対応するが、特徴は単に人間のように流暢に話せることだけではない。

実際のコンタクトセンター業務では、顧客と自由に会話できればよいわけではない。必ず伝えなければならない事項や、問い合わせ内容による条件分岐、対応できない場合の人間のオペレーターへのエスカレーションなど、企業ごとに定められた業務フローを正確に実行する必要がある。
砂金氏はX-Ghostについて、自然な応答速度や会話への割り込み制御などに加えて、「滑らかにしゃべるプラス、業務要件をきちんとこなす」ことが重要だと説明する。
開始半年で27社から受注・内諾 年間7,000万コール規模へ
Gen-AXはAIオペレーターのプロダクトを提供するだけでなく、業務コンサルティングやITコンサルティング、既存のコンタクトセンターシステムとの接続なども含め、企業の業務プロセスを整理しながらAI化を支援している。
事業開始から半年で、X-Ghostは27社から受注または内諾を獲得したという。対象業界は銀行・証券、決済・カード、生保・損保、交通・インフラ、製造をはじめ、小売・流通、不動産、IT・通信、エネルギー、公共・自治体、物流、サービス・メディアまで幅広い。

Gen-AXは、これらの案件を合わせて年間約7,000万コール規模での実運用に向けて進んでいる。
内訳を見ると、受注・内諾は銀行・証券が7社、決済・カードが5社、生保・損保が4社、交通・インフラが4社、製造が3社。さらに、小売・流通1社、不動産1社、IT・通信2社となっており、提案中の案件も複数の業界に広がっている。
この実績からも、AIオペレーターが一部の先進企業による実証実験にとどまらず、金融や交通、製造など、大規模なコンタクトセンターを持つ企業の本番業務へ入り始めていることが分かる。
実際の導入では、企業によってAIに任せる範囲も異なる。
今回登壇した三井住友カードは、顧客の問い合わせをAIが受け付けるだけでなく、その先の業務処理までAIで完結させる方向へ進んでいる。一方、JALカードでは、まず顧客から用件を聞き取り、適切な窓口につなぐ「入り口」の部分からAIを活用している。
同じX-Ghostを使いながら、企業の課題や顧客との関係性に合わせて、異なるアプローチを取っている点も興味深い。
■三井住友カード 「待たせない」の次は、AIだけで「完結できるか」
三井住友カードが抱えていた大きな課題のひとつが、コンタクトセンターの安定した応答体制だった。
大保氏によると、同社には月間約50万件の電話が寄せられる。シフトを工夫して応答率を維持しているものの、どうしても応答率が下がる時間帯が発生する。そのため「安定した応答体制をいかに維持、構築していくか」が長年の課題だったという。

そこで導入されたのがAIオペレーターだ。
現在、三井住友カードでは、対象となる電話番号についてAIオペレーターが対応することをあらかじめ顧客に示した上で、X-Ghostによる対応をおこなっている。
重要なのは、AIが「どのようなご用件ですか」と聞き、問い合わせ先を振り分けるだけではないことだ。砂金氏は三井住友カードの取り組みについて、問い合わせに必要なオペレーションをAIが担い、バックエンドと連携したデータ更新なども含めて処理する方向へ進んでいると説明した。

AIが電話に出ることで、まず「電話がつながらない」「長時間待たされる」という問題を改善できる。しかし、AIがすぐ電話に出ても、顧客の問題を解決できなければ意味がない。
そこで三井住友カードが重視しているKPIが、AIだけで顧客の用件を最後まで完結できたかという指標だ。
大保氏は「お客様はせっかく貴重なお時間で電話してきてくださったので、完結しないとやっぱり気持ち悪いし、イライラされると思う」と語り、AIによる問い合わせの完結率を重視していると説明した。
人間のオペレーターが対応していた時代には、いかに適切な担当者へつなぐか、いかに待ち時間を短くするかが重要な指標だった。しかしAIがすぐに応答できるようになれば、次に問われるのは「AIが顧客の目的を理解し、最後までやりきれるか」になる。
コンタクトセンターのKPIそのものが、AIによって変わり始めているとも言えるだろう。
一方で、大保氏がAIに求めているのは、顧客を驚かせるような派手な体験ではない。「お客様側からすると、『普通だね』と、すっと馴染む」AIが理想だと語った。
提供側が「すごいでしょ」とAIの先進性をアピールするのではなく、「普通に使っていますけど」と言えるほど、空気のように業務へ溶け込んでいく。
AIが社会実装されるということのひとつの到達点を示す言葉だろう。
■JALカード 「おもてなし」のどこまでをAIに任せるのか
JALカードのアプローチは、三井住友カードとは少し異なる。
JALグループでは、AIを単なる業務効率化やコスト削減の手段として捉えていない。福島氏は、JALグループにおけるAI活用の考え方について、AIと社員が共存し、互いに得意な領域を生かしていくことが重要だと説明した。

AIは使えば使うほどよいわけではない。経済合理性も考える必要があり、「AIを使うこと」そのものではなく、コンタクトセンターであれば、最終的にサービスが向上しなければ意味がないという考えだ。

そこでJALカードが「X-Ghost」を導入したのが、顧客との電話対応の「入り口」だ。
従来は、「○○については1番」「△△については2番」といったように、顧客が電話機の番号を押して用件を選択する「IVR方式」を採用していた。
X-Ghostでは、顧客が自然な言葉で用件を話す。AIは何段階か会話を重ねながら意図を理解し、例えばカードに関する問い合わせなのか、マイレージに関する問い合わせなのかを判断して、適切な窓口へつなぐ。
いわばAIが、有人対応の前段階を担う。
砂金氏はJALカードの取り組みについて、「おもてなし」の本体はまだ人間が担うべき領域がある一方、その少し手前の部分をAIが担うことで、よりスムーズな顧客対応につなげる考え方だと説明した。
福島氏も、X-Ghostのデモを最初に見た際には「ここまでしゃべれるようになったんですね」と驚いたという。
しかし、技術的に「できる」ことと、実際に顧客が「受け入れる」ことは別の問題だ。
福島氏は「ここで止まるつもりはない」としながらも、まずはAIを導入しても大きな問題が起きにくい領域から始めたと説明する。AIに何ができるかだけではなく、顧客がAIによる対応を受け入れてくれるかを重視した結果だ。
実際に運用を始めると、回答の正確性だけでは見えてこない課題も分かってきた。
例えば、AIの細かな言葉遣いや問い返し方ひとつでも、顧客の反応が変わる。技術的には同じ内容を伝えていても、人間のオペレーターなら自然におこなってきた会話の作法が、AIでは違和感につながることがある。
JALのように長年にわたって顧客との接点を大切にしてきた企業にとって、そこには企業独自の「おもてなし」やブランドが蓄積されている。
AIオペレーターの実用化では、正しい回答ができるだけでは十分ではない。企業が人間による接客の中で築いてきた言葉遣いや振る舞いを、AIにどう受け継がせるのか。JALカードの事例は、AIによる顧客対応が次の段階に進む上で重要な課題を示している。
■AI導入の目的は「AI化率」ではない 三井住友カードとJALカードに共通する考え方
三井住友カードとJALカードでは、X-Ghostに任せている業務範囲が異なる。
三井住友カードは問い合わせ対応から、その先の処理までAIだけで完結させる領域を広げようとしている。一方、JALカードはまず顧客との接点の入り口から導入し、人間が担う「おもてなし」とAIの役割を慎重に見極めている。
しかし、両社の考え方には共通点がある。それは、「どれだけAIを導入したか」を目的にしていないことだ。

顧客を待たせない。問い合わせを最後まで解決する。そして、人間にしかできない、より価値の高い対応に人が集中できるようにする。
その目的を実現する手段としてAIがある。
また、AIシステムは従来のITシステムのように、要件を決めて開発し、納品すれば完成というものでもない。
業務そのものが変化し、AIモデルも進化する。実際の顧客との会話から新たな課題も見つかる。そのため本番導入後もKPIを確認しながら、継続的に改善していく必要がある。

Gen-AXでは、こうした継続的な改善を支援する仕組みの開発も進めている。砂金氏は、企業内のExcelやテキスト形式の業務資料をAIに読み込ませ、業務フローの叩き台を生成し、人間とのやり取りを通じて条件分岐などを修正する仕組みを紹介した。SOP(標準作業手順書)の整備を通じて、AIオペレーターのシナリオを継続的に改善しやすくする狙いだ。
今回の2社の事例から見えてくるのは、自律型AIオペレーターの導入が「人間のように話せるか」という段階から、「実際の仕事を安心して任せられるか」へ移りつつあることだ。
そして、その先に問われるのは「AIか、人間か」という二者択一ではない。
どの仕事をAIに任せ、どの仕事に人間の時間を使うのか。顧客にとって最も自然で、便利で、満足度の高い組み合わせは何か。それを実際の現場で試し、KPIを測り、改善し続ける。
「AIがしゃべれる」ことに驚く段階を越え、AIが顧客対応の現場に自然に溶け込む。その意味では、大保氏が語った「普通だね」と思ってもらえるAIこそが、AIオペレーターの本格的な社会実装を象徴しているのかもしれない。







