Watson普及に2つの課題、開発者支援ツール「FAQマネジメントシステム」を無料配布して課題解決に挑むソフトバンク

ソフトバンクはIBM Watson日本語版(以下「Watson」と表記)を展開するためにエコシステムプログラムを構築・提供しており、それに参加するエコシステムパートナー各社がWatsonを活用したソリューションパッケージをリリースしている。
エコシステムパートナー各社はWatsonと連携した、課題を解決するソリューション・システムを分かりやすくパッケージ・プロダクト化したものだ。現在、メール対応支援、AIチャットボット、ロボット接客・受付支援のカテゴリーで6種類をリリース済みで、ラインアップは今春にも10種類に拡大する見込みだ。

また、ソフトバンクはエコシステムプログラムに参加するエコシステムパートナー向けに、「FAQ MANAGEMENT SYSTEM」(以下「FAQマネジメントシステム」と表記)を改変権付きで配布する。これらが今後、Watsonを多くの企業に普及させるための鍵となるかもしれない。

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ソフトバンク 法人事業戦略本部 新規事業戦略統括部 Watsonビジネス推進部 部長 立田雅人氏は「この販売方法が成功するかどうかはわからない、まだまだ暗中模索の状況」と語り、「パートナーにはWatsonをどんどん使ってもらいたいので「FAQマネジメントシステム」は無償で提供することにした」




課題のひとつは予算がわかりにくいこと

Watsonは学習することで成長するコグニティブ・システム。AI分野で最も注目されているシステムであり、評価も高い(IBMは「コグニティブ」と呼称している)。日本市場に関しては日本IBMとソフトバンクが提携してサービスの拡販を行っている。
しかし、企業が導入を検討する場合、導入する企業にとっても、システムの開発を請け負う開発会社にとっても2つの大きな課題があった。

ひとつは予算がはっきりつかめないこと。IBMでは「Bluemix」などを通じて比較的簡単にWatsonのAPIの利用が始められる。無料の期間も用意されている。しかし、いざ本番で利用する段階になると料金はデータのトランザクション量によって課金される、いわば従量課金制だ。そのため利用に対して運用に関わる予算がわかりにくいという課題に直面する。
その点を分かりやすくしたのが、エコシステムパートナー各社が開発・提供しているソリューションパッケージだ。

どのような機能を持つサービスやシステムなのかを明確化するとともに、利用に際しての基本料金も解りやすく設定した。これらよって、何ができて、どれくらい予算を見込めば良いかが明確になり、検討しやすくなった。
例えば、ソリューションパッケージのひとつにジェナの「hitTO」(ヒット)があるが、これは「AIチャットボット」に分類され、Web、スマートフォンアプリ、LINE、スラックなどで展開することができる。社内の問合わせに対してスマートフォンアプリでWatsonが自動で応答したり、LINEで顧客からの簡単な問い合わせに回答する窓口を開発したりもできる。利用するアプリや開発内容によって初期の開発費等は若干異なるものの、基本的にかかる料金はトライアルパックが75万円と本番の運用にかかる月額は50万円。とてもシンプルでわかりやすく目安が提示されるようになった。

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ソフトバンク ICTイノベーション本部 Watson事業推進室 ソリューション開発課 課長 上園慎哉氏




Watsonの学習を簡略化する「FAQマネジメントシステム」

もうひとつの課題は、Watsonを学習させるための方法がわかりにくいことだ。言い換えれば開発者がWatsonの学習の管理を行うための簡単な操作画面のツールがなかった。
例えば、シナリオベースの質問と回答をエクセルデータやCSVをもとにWatsonに学習させるが、従来は簡単な操作画面が用意されておらず、基本的にはコマンドラインを使う作業も伴っていた。エンジニアにとっては特段、問題とはならないが、機械学習の運用やメンテナンスをパソコンを操作できるスタッフが幅広く利用できるようにしたいなら、簡単なUI(操作画面)が必要だ。
そこでソフトバンクは自社で「FAQマネジメントシステム」という名前の設定や学習を行うアプリケーションを開発した。機能としては「FAQ管理」「学習管理」「テスト」「統計情報」が用意されている。ウェブブラウザの画面で操作できるので、パソコンが操作できるスタッフなら簡単に使える(後述)。

同社はWatsonのエコシステムプログラムを構築・提供しているが、パートナー契約(年間180万円)を締結し、エコシステムパートナーとなった企業には「FAQマネジメントシステム」を無料で提供するため、開発者はWatsonの学習がより効率的に行うことができるようになる。また、これはソースも配布するため、自社で改変することも可能だ。

今回は「FAQマネジメントシステム」の操作画面を実際に見せてもらった。ソフトバンクでは営業担当者が顧客や自らが疑問に思う「Pepperに関する質問」に対してWatsonが回答を提示する社内質疑応答システムを法人営業部門に対して既に導入しているが、その機械学習の際に使われたもの等を例にしている。

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FAQマネジメントシステムで見たWatsonの質疑応答シナリオ「FAQ管理」の画面。質問と回答が並んでいるが、Watsonは自然言語を理解しながら、ユーザーが質問した内容に対する回答を返すしくみになっている(※クリックで拡大)
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質問や回答の仕方はひとつではない。いわゆるユーザーが発する質問の揺らぎについても、同一の回答となるものが多いので、それはこの画面で紐付けしている(※クリックで拡大)
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従来はこのようにコードやプログラム言語で記述する必要があったため、営業や企画など現場のスタッフが担当するのは困難だった(イメージ例 ※クリックで拡大)

詳しく言うと、IBM Watson NLCで会話システムを作成するが、分類器で一度作成したら、それを育成するというよりは、元々のFAQの「学習データ」(教師データ)は定期的にブラッシュアップを行ってNLCに上書きしていく作業を繰り返すことが重要だ。その結果として「学習モデル」(アルゴリズム/パターン)が自律的に機械学習によって回答の精度を上げていく、というのが実態だ。
現場でWatsonを学習させるために重要な「学習データ」も上書きではなく、育てていきたいという希望があるので、実際には前述のように学習データは上書きで更新していくものの、ユーザーの操作は「FAQマネジメントシステム」のデータに追加したりフィードバック情報を書き加えたりして、従来の学習データを育成していくかのような操作感を実現している。

例えば、店舗では常に最新の製品情報を追加していく必要がある。仮にカメラ店であれば、新型のデジタルカメラ「AB-02」(仮名)が発売になれば、旧来機「AB-01」に代わってそれが主力製品になる。このとき、顧客からの質問「料理が綺麗に撮れるカメラはどれかな?」という質問に対して、回答する機種は「AB-01」から「AB-02」に更新するべきかもしれないし、AB-01の生産終了に伴って全く別の「ZZ-01」に変更すべきかもしれない。
このときの「AB-01」や「AB-02」などのデータが「学習データ」(上書きするデータ)にあたり、料理の撮影にはどんなカメラを薦めるべきか、というのが「学習モデル」(チューニングするモデル)となる。

例えば、オンライン英会話の例では「クレカ」(クレジットカード)という問合わせに対して、Watsonが応えた回答とその確信度。正しく回答しているか確認したり、間違っていれば正解を教えたりする必要があるが、その作業をユーザーフレンドリーに操作できる点が特徴だ。

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オンライン英会話の例。「クレカ」(クレジットカード)という問合わせに対して、Watsonが応えた回答とその確信度。正しく回答しているか確認したり、間違っていれば正解を教える必要がある

Watsonなどのコグニティブシステムの特徴として、この値を入れれば常にこれを返すという論理式が成り立つシステムではない。むしろ、そこが学習によって変わってくる伸びしろの部分だ。やってみないと解らないということころがあり、やってみたことを定量的に数値化することが重要となる。やってみて回答のAとBのどちらが適切なのかを確認し、適した回答を示してあげる必要がある。
開発者のこれらの作業を効率化するために「FAQマネジメントシステム」では、「一問一答テスト」や「システム正解率の推移」などの項目も用意されている。

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「システム正解率の推移」画面。高い正解率だったものが大きく落ち込んでいることを示すグラフ。開発者がWatsonに応えやすい質問ばかりしていたために正解率が高かったケースもあるし、担当者や学習データが代わって正答率が落ち込んでいる可能性もある

「統計情報」も用意されている。これは、業務に導入した際「どんな質問の割合が多いのか」を知ることが重要だ。例えば、半数が同じ質問であれば、その質問はホームページなどで公開しているドキュメントやFAQ(ヘルプ)に記載することで問合わせを減らせる可能性が多い。そのため業務の改善にフィードバックすることが可能だ。

業務別にわかりやすい「IBM Watson ソリューションパッケージ」と、開発者支援ツール「FAQマネジメントシステム」の無料配布によって、Watson市場が拡大することが期待されている。

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神崎 洋治
神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。