まごチャンネルという製品をご存じだろうか。
スマホから送った写真をテレビで表示するというIoT機器だが、行き届いたサービスでシニア層向けのIoT市場をけん引するのではないかと期待されている製品だ。
今回は、まごチャンネルを開発した株式会社チカクの代表取締役社長 梶原健司氏にお話を聞いてみた。
まごチャンネルとは?
まごチャンネルを従来カテゴリの製品で表現するならば、「テレビをデジタルフォトフレーム化するためのセットトップボックス」といえるだろう。
ユーザーはITに強くない「シニア世代」。
親世代が自分の子供をスマホアプリで撮影すると、クラウドを通して配信され、祖父母の家のテレビで写真や動画で鑑賞できるという製品だ。
しかし、デジタルフォトフレームも、セットトップボックスも、日本市場ではパッとしない製品といわれることが多い製品分野だ。そんな中で、まごチャンネルはクラウドファンディングサイト「Makuake」で予約を開始すると50分で目標台数を達成。国立の新規事業助成プログラム(NEDO)やベンチャーキャピタル(500 Startups)、野村ホールディングスでのアクセラレータプログラムに採択されるなど、様々な層から高い評価を受けている。
この理由は何なのだろうか。まずはその背景を梶原氏に聞いてみた。
まごチャンネルが生まれるまで
ロボスタ編集部
梶原さんを紹介するなかでよく取り上げられるのは元「Apple Japan」という点ですよね。
12年間所属されていた、という事ですが、具体的にはどのようなお仕事をされていたのか、改めてお聞きしても宜しいでしょうか?
梶原氏
新規事業開発やセールス、マーケティング、いわゆる4P(Product, Place, Price, Promotion)に関わることまで幅広くやらせていただきました。
99年に新卒で入社したんですが、当時はベンチャーっぽい雰囲気があって、年次に関わらずかなり裁量を持たせてくれてましたね。良い経験ができたと思います。
ロボスタ編集部
その経験を生かして起業された、という事ですね。
とはいえ、12年間勤めていた会社をやめるにあたって何かきっかけはあったんですか?
梶原氏
やはり震災ですね。そのタイミングで35歳という節目を迎えて、「自分事を何かやってみたかった」というのがありました。
私は就活中にSteve Jobsの「Think different」のプロモーションを見てAppleに入社しました。
そして同じくJobsの「Follow Your Heart」のスピーチの通り、自分のやりたいことを探してみよう、と。
ロボスタ編集部
なるほど、しかしAppleからまごチャンネル、ずいぶんとイメージが違いますね。
梶原氏
たしかにそうですね。
Appleを卒業して、次に何を作るかは決めていなかったんです。
ただ、Appleをやめてまでやることというと、イノベイティブでdisruptive(破壊的)なことをやらないといけないのではないか。まわりがそういう期待をしているんじゃないか、と気負っていた時期はありましたね。自意識過剰でした。
その後1〜2年、友人の会社を手伝ったりしているうちにそのような気負いが抜けてきて、
「まわりは俺のことなんて気にしてないし、クールでイノベイティブなものも向いてないなー」と思い始めたんですよね。
そこで個人として解決したい課題と向き合って、そこをちゃんとやっていこうと思ったんです。
ロボスタ編集部
個人として解決したい課題として、まごチャンネルのネタがあったんですか。
梶原氏
はい。
実家が淡路島で、子供もいました。ただ、東京から遠いので行けるのも年に1回程度。親にあと何回子供を会わせられるかな、とか考えていたんです。
私は18歳まで祖父母、父母、兄弟の3世帯同居だったんですが、あの感じがすごく好きだったんで。本物の同居だと、さすがに息が詰まってしまう人も多いかもしれないけれども、いつも存在を感じられる、「スープの冷めない距離」で生活しているような感覚を再現したかったんです。
いってみれば「バーチャルな二世帯住宅」ですね。こんな便利な時代になったのに、スマホをバリバリ使わないと連絡も取れない、そんな現状を変えて、気軽に、近い感じにできるサービスを実現したかったんです。
ロボスタ編集部
とはいえそれをサービスにすると言っても、いろいろな形のサービスが考えられますよね。
今の形に落ち着いたのはどのような経緯だったんでしょうか。
梶原氏
サービスの原型として、実は昔から、自分で「実家のTVにつないだ”Mac mini”にリモートログインして「iPhoto』で親が写真や動画を見られるようにする」という事を毎日やっていました。
ただ、これはあくまで自分のためにやっていたことで、ビジネス化なんてことは考えてませんでしたね。
「慣れてしまったので自分はできるけど、普通の人はこんな面倒な事やらないだろうな」と。
ロボスタ編集部
なるほど、そこが変わったきっかけは何だったんですか?
梶原氏
やはり、ユーザーの反応ですね。
最初は自分の親以外に広げることなんて考えていなかったんですが、同じようなことを求めてる人がいるんじゃないか、と思って他のおじいちゃんに聞いてみたんです。
初めは友人の親御さんでしたね。テレビにPCをつながせてもらって「こういうサービスを考えているんです」というお話をした後に、実際のお孫さんの写真や動画をテレビに写したんですね。
そうしたら本当に喜んでいました。まだPCで繋いでいる段階で、製品もサービスも見えていないのに「いくらなんですか?」なんていう話も出ましたね。
あのリアクションに背中を押されて製品化までのブラッシュアップをさせていったと言っても良いぐらいです。
大体それが2013年の夏ぐらいです。
ロボスタ編集部
そこからのブラッシュアップは大変だったんじゃないですか?
ハードウェアはお金がかかりますし。
梶原氏
リーンで少しずつ広げていった感じですね。
最初は一人でしたが、途中からボランティアのエンジニアに頼んでプロトタイプを作ってもらってました。
ラズパイなんかも出ていましたが、スペックが合わなかったので基本的にはPCでのプロトタイピングでしたね。
2014年の末ごろに開発を加速させたい、というタイミングから事業化を意識して開発してくれる人が参画してくれるようになりましたが、だいたい2年ぐらいはサービスの形を模索しつづけましたね。
ロボスタ編集部
最近は通信でファームを更新することで機能を増やすことができるとはいえ、根本的なハードウェアは変えることができませんからね。
やはりハードウェアスタートアップは大変ですね。
そこまでして固めたコンセプトはどのようなものだったんでしょうか。
梶原氏
「シニアファースト」です。
最近のアプリやサービスでは、スマホで使うことを第一義に考えた「モバイルファースト」を謳うものが増えていますよね。YouTubeなんかはシニア世代や子供でも簡単に使えますが、基本的には若者向けに設計してあります。
だから、シニア世代には使いこなせない機能があったりして、家庭内コールセンター化のような問題が発生しています。
ロボスタ編集部
そういえば、グーグルマップなんかでも、だれでも使えるように見えて「えっこんなことできたの?」と思うような重要な機能が隠れていたりしますよね。
フラットデザインでスマートになった代わりに隠蔽されたように見えるデザインも多くて、アプリやWebサイトの「お約束」や「文脈」を理解していないと意外と使いこなせないことが多いように感じています。
梶原氏
シニア層はそれまでの人生経験によってリテラシーが大きく変わりますしね。ユーザー観察による機能の絞り込みは非常に大切だと思います。
実際、様々な機能を試してはそぎ落とすことを繰り返し、熟成させました。
ただそれを重ねることで、デジタルサービスから遠いところにあったシニア層を巻き込めるサービスを設計することができる。
そういう意味で最初から老人向けに設計する「シニアファースト」は非常に大事なコンセプトです。
まごチャンネルの機能と工夫
では、実際に「シニアファースト」のコンセプトで設計された まごチャンネルの機能を紹介してみよう。とはいえ、各部紹介にせよ、機能紹介にせよ、その機能は驚くほどシンプルだ。
入出力端子はHDMI、USB、電源用ACアダプタの3つ。スイッチの類は一つもない。
常時接続サービスであっても、電源スイッチがあるとついつい節電してしまうユーザー層なので、本体には電源ボタンすら無い。
インジケータに関しても画像や動画が着信した際に光る窓型のLEDのみ。
TVのリモコンについている上下左右のボタンで操作でき、DVDデッキよりも操作の敷居が圧倒的に低い。
特筆すべきは、IoT機器を購入した後の高いハードル、アカウント設定だ。こちらは、SORACOMのSIMを内蔵しているため、アカウントやWifiの設定は不要。本体に記載している利用開始番号を送信者側(写真を送る子供世代)に伝えるだけで済むので非常に簡単だ。
私事ではあるが、以前両親に「iPad mini」をプレゼントした際、Wi-Fiの設定に始まり、「Apple ID」や「iCloud」、「Gmail」などの各種設定をするのが非常に苦痛だった。両親に1台ずつプレゼントしたので、設定の手間は倍だ。正直「いいカッコしなければよかった」という思いが強くなったのは言うまでもない。
シニアファーストとは言うが、このような配慮は、購入者になるであろう子供世代にとってもありがたいものだろう。
そして、実際にサービスを体験してみると、やはり画面の大きさによるインパクトは非常に大きい。「スマホ画質」とはいってもテレビで見る分には十分で、ほぼ実物大の孫が動き回る姿はユーザーを大いに満足させるだろうことは想像に難くない。
また、視聴した写真や動画は、アプリを通して送信者側に通知されるという仕組みも秀逸だ。こういった気遣いは写真や動画を送信する側にとってやりがいを保ってくれるだろう。
通信面に関しては動画の長さや電波状況にもよるが、2-3分で視聴可能になるレベル。これをきっかけにした親子、孫のコミュニケーションも生まれることだろう。
実際、ユーザーからは「直筆の感謝の手紙」が多数来るそうで、大きなやりがいになっているそうだ。
まごチャンネルと株式会社チカクの今後
ロボスタ編集部
本当に、いい製品ですね。
十分なリサーチに基づいて必要十分な機能やサービスが実装されているので、ユーザーが迷わない。ユーザーが喜んでいる姿が想像しやすいサービスだと思います。
先日採択されたアクセラレータプログラム「Voyager」などでは、野村ホールディングスさんとの共同プロジェクトとして、新しいサービスの提案などもされるのではないかと思うのですが、新規サービスに向けた連携などは検討されているのでしょうか。
梶原氏
そうですね。一緒にやりたいという会社さんからは非常に多くお声がけをいただいています。
今回のVoyagerでは、不動産、信託、証券など、ホールディングス全体でユーザーにとって良いサービスを作ることを考えているそうなので、うちの会社が持っているシニア層にデジタルサービスを使ってもらうためのノウハウを生かしていければと思っています。
また、拡張用に着けているUSBを使用すれば、シニア層向けのサービスのハブとして、まごチャンネルを使ってもらうというのは可能なので、Win-Winの関係で新しいサービスを作っていくことを考えていきたいですね。
ロボスタ編集部
それは楽しみですね。
PCやスマホを使えないシニア層に限らず、もっと自然に生活に入り込んだ、ネットサービスの窓口になるんではないかと思います。
ところで話は変わりますが、最近ロボスタ編集部で「IoTデバイスマップ」を作った際、民生IoTサービスをきちんとマネタイズするのは本当に大変そうだと思いました。
何かそのあたりに関して感じていることはありますか?
梶原氏
そうですね。なかなか難しい課題だとは思いますが・・・。
例えば、「スマートホーム」。この言葉にきちんとした定義やイメージがないという事が一つの理由かもしれません。スマートフォンがあるからスマートホーム、というだけだとちょっと弱いですよね。
その点スマートカーはわかりやすいじゃないですか。行きつくところにあるのは自動運転。運転しなくてもよくなって、便利。
極端な話として、ベッドしかついてない車なんてものもありうるわけじゃないですか。目的地を設定したらあとは寝てるだけ。睡眠時間が1時間増えますよ、と。
ロボスタ編集部
そうなっちゃうと、主観的にはもはや車というよりも瞬間移動ですね。
梶原氏
そうですね。究極的にはそこまでイメージできます。
運転者がいらない世界になったら、世の中の流れが劇的に変わると思いますよ。「スマートカー」という言葉からそこまでの未来を見据えることができる。
それに比べると「外からエアコンがつけられる。」というのは、たしかにスマートではあっても自動運転とはレベルが違いますよね。
ロボスタ編集部
たしかに「そのくらい、自分でつければいいじゃん。タイマーもあるし。」と思う人は多そうですね。
交通事故が大幅に減ったり、流通コストやタクシー代が大幅に変わる。というのとはちがいますね。
梶原氏
スマートホームという言葉から導かれる将来像や、ユーザーにとっての明確な利便性がイメージできていないから、UXもうまく打ち出しにくい。
そういうところがマネタイズしにくい原因の一つなんじゃないでしょうか。
ロボスタ編集部
なるほど、理解できました。
逆に言うと、まごチャンネルはかなり明確にユーザーが享受する利便性がイメージできるので、マネタイズに対しても明るそうですね。
今後のサービス展開も楽しみです。今日はありがとうございました。
世界的なデザインコンサルタントIDEOのゼネラルマネージャー、トム・ケリーがチカクをメンタリングした際、
「サーファー向けの製品を作るのなら、サーファーのメッカ、マリブで作るべきだ。
そして、高齢者向けの製品を作るのならば、世界で最も高齢化が進んでいる日本で作るべきだ。
日本で求められる製品を作れたならば、他の国でも求められることになる。」
と言ったうえで、まごチャンネルを「素晴らしい製品だ」と評したそうだ。
また、特定の年齢層だけではなく、多くの人々がまごチャンネルのような製品を求めている気がする。
最近「このサービスはネットユーザーの中で何%がついていけてるんだろうか」と思うようなUIのWebサービスが多くなってはいないだろうか。
そんな中で「まごチャンネル」のようにシニアファーストにデザインされたサービスは今後、「置いていかれた層」全般を巻き込んでお茶の間を席巻していく可能性がある。シニアファーストで始まったサービスが他の世代の「普通」をつくっていく。そんな未来像も面白いかもしれない。
僕はこう思った
新しいアプリやWebサービスを使うときに、震えるほどうまく使えないことがある自分としては、このようなサービスがどんどん出てくると、安心して年をとることができそうだなあ、と思いました。