パナソニック、「Robotics Hub」を設立 6大学と産学連携を促進、人の身体拡張による暮らしアップデートを狙う

パナソニック株式会社は2019年1月25日、ロボティクスを活用した共創型イノベーション拠点「Robotics Hub(https://tech.panasonic.com/jp/robot/)」を設立し、6大学との共同研究を進めて次世代ロボットの早期実用化を目指すと発表し、記者会見とデモンストレーションを行なった。


「Robotics Hub」

パナソニックは「技術10年ビジョン」でロボットを重点分野と定めている。「Robotics Hub」はロボットに関する技術の共有化と活用、社内外との連携を加速することを目的に東京と大阪に設立した。大阪拠点は門真市マニュファクチュアリングイノベーション本部構内、東京拠点は住友不動産汐留浜離宮ビルPanasonic Laboratory Tokyoに置く。大阪は社内連携拠点としてロボットモジュールや次世代ロボット技術の開発を行い、東京拠点では社外との連携、実証実験を行う。


大阪と東京の2拠点に設置

従来の自動化・高度化を行うロボットに加えて、人の能力を高めるために「自己拡張(Augmentaiton)」をキーワードとしてロボット技術活用を推進する。スタート時に連携する大学は千葉工業大学、東京大学、東北大学、奈良先端科学技術大学院大学、立命館大学、早稲田大学。またエンジニア以外の知見も取り入れることを目的とした学際的バーチャルラボ「Aug-Lab(オーグラボ)」を4月に開設する。


多くの報道陣がロボットのデモを見学した


ロボティクスで人生100年社会を豊かに

パナソニック株式会社執行役員 マニュファクチャリングイノベーション本部 本部長 小川立夫氏

パナソニック株式会社執行役員 マニュファクチャリングイノベーション本部 本部長の小川立夫氏は、最初に「技術10年ビジョン」の概要を紹介。IoT、ロボティクスについては、特に「人に寄り添うロボティクス」として、安全や安心に貢献することを目指しているという。


パナソニックのロボティクスの目指すところは人に寄り添い安全や安心に貢献すること

すでに開発・商品化しているロボットもある。電装部品の実装機のほか、ロボット掃除機、自律運搬ロボット、介護・医療領域のロボット、水中ダム点検ロボット、アシストスーツ、トマト収穫ロボットなども開発中だ。


パナソニックのロボット

いっぽう、市場ニーズの掘り起こしから実証・商品化までのサイクルについてはより高速化したいと考えていたという。ロボット開発は要素技術の開発を含めて長い時間とインテグレーション、プロデュース能力が必要となる。特にサービスロボットについては、生産現場よりも高速にサイクルを回していく必要がある。それが共創の場を立ち上げる理由となったという。


ロボット開発の高速化をねらう

産官学と顧客をつなぐハブにパナソニックを置き、社内外の各要素技術・資産をモジュール化することで、素早い、アジャイルな開発を目指す。開発サイクルを回せば回すほど技術を蓄積できるプラットフォームとする。安全認証をとれるサイトとすることも目指す。


プラットフォーム化をねらう「Robotics Hub」の全体像

目指すコンセプトは、「自動化(Automation)」と「自己拡張(Augmentation)」で、人生100年社会を豊かなものにすること。自動化の次の価値提供を目指す。


「自動化(Automation)」と「自己拡張(Augmentation)」

自己拡張では人の能力を向上させるEnlarge(エンラージ)と、五感を繋ぎこみ、より豊かにするEnrich(エンリッチ)、二つの側面で研究を進める。人が最後まで自分で歩いて、誰かの役に立てていることを実感できる生活をロボット技術で実現することを目指す。この研究はバーチャルラボの「Aug-Lab」で行う。


Enlarge(エンラージ)とEnrich(エンリッチ)

工場の現場の革新をオートメーションで進めながら、オーグメンテーションによって人の生活を豊かにする。トータルで暮らしをリッチにしていきたいと述べた。


パナソニックのロボティクスビジョン

なお、Robotics Hubの人員規模は非開示。ただし、社内で活動にメール等で関与するメンバーは600-700名程度とのこと。


電動パーソナルモビリティ「WHILL」と同じ本体を用いた追従する荷物運搬カートを使った空港等向けMaaSの研究

「Robotics Hub」運営委員長の安藤健氏。パナソニック株式会社マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 開発二課 課長。


予防医学+ロボティクスで人を幸せに

医学博士 石川善樹氏

医学博士の石川善樹氏は、「予防医学の視点で今後のロボット開発を考えてくれないか」というオファーをパナソニックからもらったと述べ、その議論のプロセスを紹介した。人間の平均寿命は1800年の頃は29歳だったが、いまは72歳まで来ている。将来は80歳を超えると言われている。量的な観点からは人間は飛躍的に進歩した。では、人類は幸せ(Well-Being)になったのか。

GDPは伸びたが、幸福感は変わっていない。これまで人類は暮らしがよくなるように努力をしてきたが、質的な部分についてはあまり大きな貢献をしていなかったのかもしれない。ギャップを埋めることが大きな課題となっている。


幸福感とGDPのギャップ

では人は何をしているのか。男性の多くは仕事時間は減り、ぼーっとしている時間が増えている。女性は家事時間が減り、仕事したり、ぼーっとしている時間が増えている。

石川氏は『21世紀への階段』(科学技術庁監修/弘文堂)という本を紹介した。40年前に出たこの本のなかには「長命の退屈」という問題が取り上げられているという。石川氏は「都市生活者の長命の退屈をいかに解決するかが予防医学の課題であり、ロボット技術が何かできることはないかと議論を重ねてきた」と述べた。

これまで予防医学では、宇宙船や潜水艦のような狭い閉鎖空間のなかで、いかにして暮らしの質を高めていけるのかを研究してきた。宇宙船のなかでは窓から外の地球を見るのが一番の暇つぶしになっているという。宇宙ステーションは秒速8kmで移動している。窓外の地球の風景はまったく飽きず、それを見るのが幸せな時間だそうで、さらに感謝の気持ちや行動への責任感が生まれ、小さなことにもくよくよしなくなるという(Overview効果)。こういう効果をロボットの力で地球にいながら感じられたら素晴らしい。

石川氏は「都市生活者の日常を幸せな時間にすることが今後のロボット開発の方向性なのではないか」と述べ、Augmentationの二つの方向、Enlarge(量の拡張)とEnrich(質の拡張)の観点について紹介した。前者は想像しやすいが、後者は想像しにくい。経験しないとわからないかもしれないので、インタビューなどでは出てこない可能性が高い。そこに「Aug-Lab」ではあえて挑戦するという。


日常をわくわくさせる

たとえば、日常の基本動作をEnrichする。起きている時間は立っているか、座っているか、歩いているかのどれかだ。立っていたり座っている時間はスマホやパソコンを見ている時間が長い。だからまずは「歩く」をenrichすることを考えた。そして「歩くをEnrichしたのはソニーのウォークマンだった」と述べて、「都市を歩きながらも、自然のなかを歩いているかのようなことをできないかと考えた」と続けた。


振動するハプティックデバイスを持って歩くことで、あたかも砂利道や雪の上を歩いているかのように感じさせるデモ

「自然のなかにいる」と良い効果がある理由は、先行研究によれば、マルチモーダルな刺激、様々な刺激が組み合わさっているからだとされている。そこで石川氏は、歩くと、雪のなかや川のなかを歩いているような感覚になるようなプロトタイプを作ったと紹介した。


振動デバイスを手に握って体験する

振動デバイスによる触覚刺激と音、ビジュアル刺激を組み合わせる。そのようなEnrichするロボットが都市生活者の日常を豊かにするには必要なのではないかと考えているとまとめた。


月面を歩いているかのように感じさせることにもチャレンジ中


「第3の腕」を使った人生・生活・生命の充実

早稲田大学理工学術院教授、同グローバルロボットアカデミア研究所 所長 岩田浩康氏

早稲田大学教授の岩田浩康氏は、ロボット技術による身体拡張の研究について紹介した。早稲田大学ではヒューマノイドの研究を進めている。人を模倣したロボットの作り方と、人とロボット・機械の関係性について、新しいものを発信していく、二つの方向性があるという。

いま早稲田ではライフサポートロボティクスの研究を行なっている。スポーツ、生活、医療福祉の領域で研究を行なっている。これまでに人の力や動作に合わせるロボット技術、妊婦の遠隔検診ロボット、エコー検診ロボットなどを開発してきた。


早稲田大学のロボット研究

次に目指す方向が「人の拡張」だという。身体拡張による、人生・生活・生命の充実を目指す。


新たな方向は人の身体拡張

その一つとして構想しているのが「第3の腕」だ。生活支援に実益を与えることと、ロボットを自分の身体化する知能のしくみの両面で研究を行なっているという。


「第3の腕」の身体化は可能か

岩田氏は、ハンバーグを両手でこねながら、「第3の腕」で調味料を取るというデモの動画を示した。


ハンバーグを手ごねしながら、調味料を取る

身体拡張技術のポイントは「意のままに操れるかどうか」がポイントだという。つまり、あまり意識せずに「ながら動作」ができるかどうかということだ。半自動制御や直感的インターフェースが必要になる。「第3の腕」は自分の身体につけている必要はない。部屋の壁や天井から生えていてもいい。それらを自在に操れるような技術を目指し、人の身体の制約条件を打ち破ることを目指す。


壁や天井から生えている腕を自在に操る世界

パナソニックとの共同研究では、早めに社会実装することを目指し、天井ボードの施工(ビス留め)を「第3の腕」を使って半自動で行えるようにする研究開発を行なっている。


第3の腕

実際にデモも行われた。作業者は最初に自分の両腕で天井ボードを支えて位置決めする。そのあと、ボードを「第3の腕」で支え直させて、空いた手でビス留めを行う。

対象物の位置や距離は顔に装着した眼鏡型の装置の赤外線センサーほかで計測・取得する。第3の腕は視線に合わせて動く。


眼鏡型装置で対象物の位置と距離を把握してロボットアームに音声で指示を出す

ハンドグリッパーは粉体のジャミング転移を利用したもので、対象のかたちにならいつつ、ぎゅっとつかむことができる。500g程度の把持力があるとのこと。




各種技術要素も開発中

そのほか、パナソニックが研究開発中のロボット技術の一部も紹介された。

3軸アクチュエータを使ったカメラスタビライザ。画像処理技術と組み合わせることで撮影ターゲットを高精度に追跡する。現在は開発者向けキットを発売している段階。

ジャンプする倒立振子ロボット。激しくジャンプしたあとも位置と力を制御して着地することでバランスを取り続ける

なおパナソニックのロボット分野への取り組みについては、本連載の過去記事も合わせてご覧いただきたい。下記の記事では、より詳しくロボティクスハブのコンセプトを紹介している。

ABOUT THE AUTHOR / 

森山 和道

フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!

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