2018年に創業100周年を迎えたパナソニック株式会社が、10月30日(火)〜11月3日(土)の日程で「クロスバリューイノベーションフォーラム2018」を開催した。4日目の11月2日には、パナソニック株式会社 マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 室長の松本敏宏氏、同課長の安藤健氏が「ロボティクスを活用した共創型イノベーション」と題して講演し、これまでのパナソニックのサービスロボットへの取り組みと今後の方向性について紹介した。社内外のロボット技術を集めてプラットフォーム化する拠点「Robotics Hub(ロボティクスハブ)」を立ち上げ、新事業創出を目指す。また、自動化(Automation)の次の価値提供として人間拡張(Augmentation)を掲げる。
工場で培った技術をどう活用するか
松本氏は始めに、パナソニックは民間企業で初めて「生産技術」を開発するところとして生産技術研究所を設け、効率的にモノを作るにはどうすればいいのかについて研究開発・事業化を行なってきたと紹介。同社のロボット技術もそのなかで培われてきた。一例は実装機である。基板に極小の電子部品を実装する実装機には高速で確実、正確に動くことが求められる。松本氏が入社したのは1992年で、バブル崩壊の年。当時パナソニックは水平多関節型のスカラロボット「HR50」や「パナワゴン」というAGVなどを事業展開していたが、一旦撤退することになった。
現在、人手不足により生産ラインの自動化・省人化が勧められているが、松本氏は1990-2000年ごろのほうが完全自動化ライン化自体は進んでいたと振り返った。だがその後2002-2003年ごろ、中国が台頭してきて、設備で作るよりも人が作ったほうが安いという時代が到来し、製品まで自動化ではなく人手で作れるようになってしまったのだと流れを振り返った。
ともかくパナソニックのロボット技術のDNAは、実装機のような精密・高速・確実に動く技術やAGVのような自律移動技術にある。つまり工場で培われた技術だ。それらの技術を使って、省人化ニーズが高まる社会状況のなかでの三回目のロボットブームをパナソニックがどうやって掴もうとしているかに着目してもらいたいと語った。
パナソニックの強みは人が触る商品作り
安藤氏は松本氏の話を受け、工場で培った技術をどう展開するのかについて、社会概況から再度確認した。今後、高齢化が進み、生産年齢人口が劇的に減る。ただし人口動態を見ると高齢者の数自体は既にピークに達しつつあり、やがて減少すると予測されている。高齢化率も4割程度で上げ止まり、21世紀半ばには落ち着く。そのような社会状況を踏まえて、どのようなモデルを作るのか、グローバルな事業展開のありようをどうするのかと考える必要がある。
ロボット活用市場は今後、ものづくり市場でも伸びるが、従来はあまり使われてなかった領域が劇的に伸びることが予想されている。パナソニックは「技術10年ビジョン」を立ち上げ、エネルギー領域とIoT、ロボティクス領域に対して全社をあげて取り組んでいる。
パナソニックはものづくり分野では電子部品の実装機やレーザー溶接機でシェアを維持している。家電では掃除ロボットのRULO(ルーロ)を展開している。さらにサービス・物流、介護・医療、農林水産、インフラ点検・災害対応など6つの領域での技術活用に取り組んでいる最中だ。
安藤氏は、パナソニックの強みは「常に人が触る、人のまわりにある商品」にあり、さらにそれを作る商品を作っていきたいと語った。パナソニックの100年は、安心安全と、やさしさや使いやすさを常に求められた100年だったという。
それらを背景に、パナソニックではロボットの国際規格化の担当者を置き、ロボットの安全基準はどういうものであるべきなのかと先駆けて考え、実際に介護機器「リショーネ」や病院内搬送ロボット「HOSPI」では世界初の認証を取得した。
パナソニックの特徴は大会社であることだ。ロボット事業は、多くの要素をシステム・インテグレーションする必要がある。アナリシスよりもインテグレーション、そしてそれを如何にして確立していくのかが重要だが、パナソニックは非常に多くのパーツを組み合わせて商品にすることも、社内のなかで完結することができる。また、介護施設など、市場自体を自分たちで持っていることも強みだ。それらのノウハウの蓄積は、パナソニックの大きなアドバンテージだという。いっぽう近年では、自社だけではなく共創型、アジャイル型のものづくりも始めようとしている。
これまでのパナソニックの取り組みとそこから得た教訓
安藤氏はこれまでの取り組みを通じてわかって来たこととして「リショーネ」などの取り組みを紹介した。リショーネはベッドから車椅子、あるいは車椅子からベッドへの移乗に負担がかかっていることから、ベッドそのものが車椅子になると良いのではないかという発想で生まれた製品だ。当初は多くの技術が盛り込まれ、自動で変形・合体するようなロボット機器だったが、手動で動かす機器として製品化された。
介護施設ではどこでも腰痛に苦しんでいる人が多く、それをなんとかして欲しいというニーズは間違いなく存在している。だが技術屋が考えるべきことは、その作業をそのまま置き換えることではない。パナソニックでも以前は人のパワーアシストをして被介護者を持ち上げる大型機器「トランスファアシストロボット」を開発していた。だがあまりに大きく、スピードも遅いので使えなかった。
つまり技術的にはできるとしても、顧客の声を、ただそのまま聞いただけでは役に立つものは作れないということだ。安藤氏は「現場が本当に困っていることは何だろうかということを技術者は考えることを避けてきたのではないか」と問い、現場分析をしっかりすることが重要だと強調した。実際に、ある特定施設で移乗作業がどのくらいあるかを計測し、移乗の95%は車椅子とベッドのあいだでの移動であることがわかった。残り5%は捨ててしまうことになるが、この95%をおさえることができれば現場の負担を軽減できることが期待できる。こうしてリショーネが開発された。最後は手動車椅子と電動ベッドの組み合わせになったリショーネだが「現場の本当の要望に寄り添いながら進化してきた」結果だという。
もう一つの事例として病院内でカルテや検体などを搬送するロボット「HOSPI」を紹介した。これまでに国内外あわせておよそ40台くらいの販売実績があるという。一つの病院内に複数台入れることが多く、ロボットは内部のマップを使って自律移動する。20年前の松下電工時代から開発を続けて来たロボットで、これも開発経緯を通して「大きな学びを得た」という。安藤氏は「大事なことはロボットを売りたいという販売スタンスではだめだ」と語った。そして「ロボット事業は存在しない。あるのはロボット活用事業。ロボット技術を如何にソリューションに仕上げていくのか。経営で何が困っていて、それをロボットが助けられるのか」と考えることが重要だという。
そのなかにも生産技術は活かされている。生産技術とは要するに如何に品質を安定させて生産するかだ。生産現場で培われた品質安定化やタクト改善のノウハウは、あらゆる現場で役立つ。HOSPI導入にあたっても業務の工数はどうなっているのか、在庫の棚の数を変えたらどうなるのか、病院経営の観点と現場スタッフの観点の双方を考え、その上で搬送を自動化すると経営効果がどのくらいあるかといったことから問い直し、「ソリューション提案型事業」としてロボット開発をすすめていると紹介した。
「ソリューション事業としてのロボティクスがこれからの本命」としたほうが、ロボット自体の人気も出る。実際にロボットが役に立つことがわかると現場からも積極的に、それもチーム医療のメンバーの一人としてロボットを支持・活用してもらえるようになっていると紹介した。ちなみに松下記念病院には数台のホスピーが導入されているのだが「全部見ると幸せになる」といった話題も生まれているそうだ。「決してロボットを売りにいかないのがこれまでの知見」だと安藤氏は再度強調した。
WHILL、トマト収穫、大学との連携
続けて安藤氏は現在進行系の取り組みを紹介した。ベンチャー企業との連携も行なっている。パナソニックではパーソナルモビリティとしてのスタイリッシュな車椅子を作っているWHILLと3年前から連携している。そこに自律移動や自動運転技術、高い安全性をコラボレートして導入している。今回のフォーラムでは「WHILL NEXT」として荷物搬送専用ロボットとも組み合わせて隊列走行する様子がデモ展示されていた。
いわゆるMobility as a Service(MaaS)型のサービスとして空港での利用などを想定しており、将来的には航空チケットとも連携しスマホアプリで呼ぶだけで目的地まで自律移動するような運用を想定しているという。たとえば、空港からスタジアムに行くときに、空港でスタジアムのチケットを見せるとシームレスに完全自律で移動していくような使い方だ。安藤氏は「誰もが迷わずにシームレスに目的地までいく社会を目指したい」と述べた。
続けて、トマト収穫ロボットへの取り組みを紹介した。トマトは年間通して安定した収穫が期待される作物で、機械のペイがしやすい。またグローバルで見ても生産量が多い。もちろん農業は高齢化が進んでいるという側面もある。ここにパナソニックでは自動収穫ソリューションを提供しようとしている。安藤氏は実際にある農園での実証の様子を示した。
トマト収穫は技術的には非常に難しい。トマトの房がぶらぶらしているところにロボットアームを伸ばして、その動いているモノをとる必要があり、そもそも認識も難しい。認識にはディープラーニングを最大限活用して性能を向上させたという。実際の農園と共創することでのメリットは二つあった。一つは大量のリアルデータが毎日とれること。データの集めやすさは連携して初めて得られるメリットであり、圧倒的だったという。とはいってもロボットにできることには限界がある。完璧な収穫は難しい。そこで導入先の農園にも協力してもらう必要がある。ロボットが動きやすい環境を整えてもらうわけだ。つまり一緒に進めることでロボット側の技術アップと顧客体制のアップが両方が同時にできたという。
もう一つは2018年1月から成田空港での実証実験を行なっていた「サイネージホスピー」だ。ロボットが動き回る広告塔になるというものだ。これは、技術側のほうでは「ロボット自身に何かをさせないといけない」と考えがちだが、顧客と相談するなかで、逆に「こういう使い方もあるのではないか」と提案されたものだという。実際にどのくらいの効果があるかなどは検証中だが、ロボットが動いているだけで注目を集めるのでアテンション機能自体はあるという。
大学との連携も進めている。World Robot Summit2018では立命館大学、NAISTと連携して接客部門では優勝した。半年前のIROS2018ではシンガポールの南洋工科大学とコラボしてコンビニ商品への棚への配置で優勝している。大学もしくは企業連携もグローバルに強いところとしっかり連携し、ロボティクス技術をプラットフォームとして蓄積することを意識しているという。ミドルウェアのROSなどを活用することで、オープンソフトウェアにも対応している。
ハードウェアだけではなくソフトウェア開発にも積極的にプラットフォームを活用し、シミュレーターも使っている。シレミュレーターによって、どの高さにセンサーをつけるといいか、何が見えて何が見えないのかといったことが、モノを作らなくても検証ができる。アルゴリズムそのものもバーチャル空間で進めている。また安全の検証も、現場に持ち込む前、実際に作る前に、可能なかぎりの検証を進めているという。仮想空間上で可動軸を動かしてどうなるのかを試し、機械側、人側それぞれにどんな力がかかるかなどを検証している。
さらに、開発したあとの運用の合理化、いわゆるフリートマネジメントサービスは移動ロボットサービスにおいても重要になる。様々なところでシステムのプラットフォーム化を進めていくという。
オールパナソニックでロボットに取り組む「Robotics Hub」
ここまでがいま、パナソニックがやっていることだ。では、これからはどういう方向なのか。パナソニックは、共創(オープンイノベーション)、クロスバリューイノベーション、そしてプラットフォーム化の3つを一元管理する組織として「Robotics
Hub」を設置した。
パナソニックは大きいので、グループが所有しているロボット技術を知るだけで一苦労なのだという。それをしっかり管理し、プラットフォーム化を進め、人材育成を行い、最終的には事業を生み出すことを目指す。既に社内のロボット関連技術者が600名が登録されており、様々な知見を集めているところだという。中には技術だけではなく、顧客と接してニーズを知っている営業も入っており、安藤氏は「オールパナソニックでロボットに取り組んで行く」と語った。
実際には、大きく3つの取り組みで進めていく。まず、リアルな産学連携の場を門真と汐留・浜離宮に設ける。そして社内外のロボティクス技術をみんなが使えるかたちで技術を蓄積していく。そして、早く世の中に事業化できるようにシーズ・ニーズのマッチングや安全コンサルなども行うという。
自動化から自己拡張へ、「ラクラク」に加えて「ワクワク」へ
最後に安藤氏はビジョンの方向性について解説した。近年よく言われているとおり、GDPが上がっても生活満足度は上がるとは限らない。パナソニックは「幸福な人々の暮らしなくしては会社は存続できない」と考えている。ロボットは最初は「道具」だったが、近年では「パートナー」としての役割が期待されている。最終的には自分の能力を維持し、拡張するものとなると考えているという。安藤氏は「自動化(Automation)はなくならない。その上でいかに自己拡張(Augmentation)していくのか。それが自動化の次の価値提供だ」と語った。
今までは「機能価値」を提供して来たが、今後は「能力価値」、そしてさらには「感性価値」を提供するようになる。つまり、今までは「いかに楽にするか」という価値を提供していたが、これからは「ラクラク」に加えて「ワクワク」させるような価値を提供すべきだと考えているという。
さらに、自己拡張(Augmentation)にも2種類あるという。「エンラージ」と「エンリッチ」だ。エンラージはメカトロニクスなどを活用した人間の能力などの物理的な拡張や回復で、したいことをどんどんできるようにする方向性。
エンリッチはセンシング技術や人を理解する技術を活用し、日常を「ウェルビーイング」にしていく方向性の技術だという。テレプレゼンスもエンリッチの一つだという。
全体をまとめると、「オートメーション領域」では「現場プロセスイノベーション」を徹底的に進めつつ、「オーギュメンテーション領域」では人の暮らしを支え、ウェルビーイングを創造する。そして暮らしやビジネスの「A better Value」を創出するロボティクスを目指すというのがパナソニックのビジョンだという。
最後に安藤氏は「これは一社だけではできることではない。各社、各プレイヤーと連携しないとできないので、積極的に共創活動にしっかり取り組んでいきたい」と講演を締めくくった。
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森山 和道フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!