「アンドロイドに魂は宿るか?」漱石アンドロイド演劇の第二弾モノローグ公開 脚本は攻殻機動隊やエウレカの佐藤氏 テーマは「虚構と現実」

「アンドロイドに魂は宿るか? 漱石アンドロイドをめぐる3つの視点」と題したシンポジウムが、二松学舎大学大学院文学研究科と大阪大学大学院基礎工学研究科との共催により、11月9日に開催された。



アンドロイドになって漱石は本当に「甦った」「甦らせた」と言えるのか。文豪の魂はどこに宿るのか。「人形」「写真」「虚構 vs 現実」の3つの視点から総合的に討論する、興味深いテーマのシンポジウムとなった。

「アンドロイドに魂は宿るか? 漱石アンドロイドをめぐる3つの視点」シンポジウムの様子


オープニングアクト「Variable Reality – 虚構は可変現実」

シンポジウムに先立ち、オープニングアクトとして漱石アンドロイドモノローグ「Variable Reality(ヴァリアブル・リアリティー)- 虚構は可変現実」が上演された。この記事ではそのアンドロイド演劇に焦点をあてて紹介したい。


モノローグとは独白演劇。作・演出は脚本家の佐藤大氏がつとめた。佐藤大氏は「攻殻機動隊S.A.C」シリーズや「交響詩篇エウレカセブン」「ドラえもん」等、人気アニメ作品の脚本を手がけてきた実績を持つ。
なお、漱石アンドロイド演劇は、昨年のシンポジウムで公開された平田オリザ氏作「手紙」に続いて2回目となる。


現実と虚構の間に存在するアンドロイド

この作品は漱石アンドロイドによるひとり舞台(モノローグ:独白)だ。朗読劇のようであり、見えない相手が舞台上にいるふたり芝居のようにも見える。テーマは「虚構 vs 現実」。現実と虚構の間に存在する・・・人間ではなく人のカタチをした自然の存在としてのアンドロイドによって、真実と虚構、そしてその狭間が描かれている。


随所にホラーチック(怪談調)な表現が使われていて、おどろおどろしさも感じる。特にラストシーンにかけて登場する”のっぺらぼう”のくだりには観るものを圧倒するものがある。




「ブレードランナー」オマージュ

更にSFファンはきっと、映画「ブレードランナー」へのオマージュが散りばめられていることに気づくだろう。


何がリアルで何が虚構なのか。姿カタチがいつまでも変わらないのはそれが夢だから・・それとも虚構としての現実だからなのか、アンドロイドの姿はきっと永遠に変わらない。



「アンドロイド演劇はアニメに似ている」佐藤氏

脚本家・佐藤大氏はモノローグのゲネプロを終えての記者会見で、次のように語った。「アンドロイド演劇の脚本を書くのは初めてのことだったのでとても面白かった。アニメーションの世界も実は表情が乏しいので、その点はアンドロイド演劇はアニメーションに似ていると感じました」

脚本家の佐藤大氏(向かって右)。同日シンポジウムでのプレゼンの様子

更にこう続ける。
「最初にこのアンドロイドモノローグの話を頂いたとき、私からはまず”アンドロイドができないこと”を聞きました。回答として「特に声や発話において大きく抑揚を付けたり、感情の起伏を表現するのに制限がある」ということでした。制限がある中で、どのような脚本がアンドロイド演劇に向いているだろう、と考えた結果、ホラーっぽい作品ならアンドロイドが表現力に最適だと思いました。そこで夏目漱石作品の中にある”夢十夜”(不思議な10個の夢の世界を綴る短編集)に注目しました。そこに漱石作品”三四郎”に登場する人物を引用してリミックスし、この作品を贋作”夢十一夜”として作りました。夏目漱石先生が落語好きだったということもあって落語の抑揚も意識して脚本を書きました」
なるほど、このモノローグは夢十夜の語り出し「こんな夢を見た」ではじまっていた。


■「Variable Reality – 虚構は可変現実」(カット編集)

※本編全編は後日、二松学舎大学により動画で公開される予定。



全編が合成音声で語られるモノローグ

二松學舍大学内の漱石アンドロイドサークルの学生たちがアンドロイドの開発や運用に携わっている。
独白の音声はてっきりアテレコの類、録音した音声だと思って聞いていたのだが、全編が合成音声で語られていたことを記者会見で聞いて驚かされた。夏目漱石氏の孫にあたる夏目房之介氏の声を長時間録音することによって収録、その声を分解して電子的にコンピュータで作りだした夏目漱石氏らしい声が合成音声だ。一度、作りだしたら任意の言葉をしゃべらせることができる反面、セリフの棒読みになったり、不自然な機械的な抑揚になってしまいがちだ。しかし、モノローグでは怪談なので淡々と語られつつも、抑揚や凄み、畳みかけが随所に、かつ自然に表現されていた。合成音声の生成や調整については二松学舎大学大学院 文学研究科の島田泰子教授がサークルの学生たちを先導している。

二松学舎大学大学院 文学研究科 国文学専攻 島田 泰子教授(同日のシンポジウムの風景より)

漱石アンドロイドの動作についても学生が携わっている。漱石アンドロイドは2016年に発表されて以来、ハードウェア上の改良はしていないが、ソフトウェア面では学生達の努力で表現力は大きく向上した。
モノローグは「夢」について語る独り言が中心なので、アンドロイドの大きな動きはあえて抑えた。とはいえ、変化がないと面白みがないため、動きが少ない中でも頭部や首の微細な動き、目線などにこだわった。アンドロイドが困惑・混乱している時や、ラストシーンの”魂が抜け落ちたように全く動かなくなる”様子を特に見て欲しい、と語っている。


「アンドロイドの存在は現実と虚構の間に」石黒教授

記者会見には漱石アンドロイドの開発に携わった大阪大学の石黒浩教授もスカイプで参加した。
今回のモノローグを観劇した感想を記者に聞かれると、石黒浩教授は「単にアンドロイドが朗読するということではなく、アンドロイド自身が考え想像し、さらにはアンドロイド自身が自分自身に「存在とは何か」を問いかけているような脚本になっていてとても面白かった。アンドロイドは虚構と現実の間に存在するものであり、翻って人間の存在を考えさせてくれるものでもあります。」と賛辞を贈った。


アンドロイド演劇ということもあり、記者会見では「アンドロイドの表情、表現力」に話題が及んだ。これについて石黒教授は「アンドロイドを演技で笑わせようと思えば、もちろん笑わせることもできる。一方で耐久性やコストのことも考えて設計する必要があるため、限られた予算の中では人間と同様の表情を自由に作ることはまだ難しい。また、視線や喋り方とか、顔の動きだけでなく、身体全体を使った表現力のひとつとして「表情」があるので、表現力の研究自体はさらにもっと積み重ねないといけないと思っています」と語った。


それを受けて島田教授は「石黒先生は謙遜しておっしゃっているが、漱石アンドロイドの表情は実は豊かだと私は感じています。表情というのは受ける側が感じるもので、例えば微細な表情筋があるかどうかと、表情が豊かかどうかは比例しないと思います。例えば、ネコは顔に表情筋が乏しくて顔の動きで感情を表現することはほとんどできない、真顔が多いと言われていますが、多くの飼い主に言わせれば「うちの子は表情が豊かで感情を表現できる」と感じています。漱石先生(漱石アンドロイド)においても、プログラミングでの表現がどうこうというのではなく、注視していると表情をフッと読み取れることがあって、表情って実は関わり方によって感じ方が変わってくることが多い、と再認識しています。今回の演劇では表情を出さないシーンがほとんどでしたが、日頃、サークルの学生たちが漱石先生を撮った写真の中には、眼を細めて”暑いなぁ、あぁアイスが食べたい”と漱石先生が言っているかのような写真もあるんです。その写真を見ると、漱石先生がこんな表情を垣間見せるほど、学生達は親しくなっているんだなぁと、”嫉妬”(笑)することもあります」
島田氏によれば、実像としての漱石氏は笑っている写真を撮られるのがひどく嫌いだったというエピソードが残っているという。もちろん、日常生活では落語好きで知られ、夏目房之介氏が父親から伝え聞いている漱石像には笑顔で穏やかな印象があるとしている。

夏目漱石氏の孫、夏目房之介氏(左:漫画批評家/漫画家/エッセイスト)と漱石アンドロイド(同日のシンポジウムの風景より)


アンドロイドの存在

石黒教授は最後に「人間らしく表現するアンドロイドはお金さえかければ作ることができるし、人間と同様に演技させることはできるでしょう。しかし昨年、平田オリザ先生と漱石アンドロイド演劇を一緒にやったときに、オリザ先生は”アンドロイドがあまりに人間らしく表現できるようになるとアンドロイドを起用する意味がなくなる”、”人間がやればいいじゃないかとなる”と言っていました。アンドロイドはやはり現実と虚構の間に存在する、そんな立ち位置の役者だからこそのメッセージ性があり、だからこそ面白くなる。今回の演劇でもその領域に踏み込んで使ってもらえたと思うので、とても面白かったし意義があったと感じています」と語った。

「Variable Reality(ヴァリアブル・リアリティー)- 虚構は可変現実」は、石黒教授のアンドロイド研究のテーマ「ロボットでしか表現できない人間らしさ」そして「人間らしさの足し算引き算ができるものがアンドロイド」という部分を見事に表現したモノローグとなった。


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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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