ボストン・ダイナミクスとデクスタリティの考える次世代ロボット 「第7回ロボデックス」講演レポート

「第7回ロボデックス ロボット開発・活用展」が、2023年1月25日から27日の日程で東京ビッグサイトで行われた。

セミナーの一つとして「海外発! 次世代ロボットの実像に迫る」が行われ、4脚ロボット「Spot」や高性能ヒューマノイド「Atlas」のデモで知られるボストン・ダイナミクス(Boston Dynamics)Sales Managerのロジャー・ハーバート(Roger Hebert)氏と、主に物流分野を対象に自動化を進めるユニコーン企業 デクスタリティ(Dexterity Inc.)VP of Parcel Vertical Partnerships & Global Channelsのジェイソン・バートン(Jason Barton)氏による講演が行われた。

ボストン・ダイナミクスのロジャー・ハーバート氏とSpotによるステージデモの様子


「次世代の歩行ロボット」を開発するボストン・ダイナミクス

ボストン・ダイナミクス(Boston Dynamics) Sales Manager ロジャー・ハーバート(Roger Hebert)氏

ロジャー・ハーバート氏はBoston Dynamicsにおいて市場開拓および販売を担当している。ハーバート氏はまず、同社の歴史から紹介した。Boston Dynamicsの設立はおよそ30年前。MITの研究室を母体として誕生した。現在は韓国のヒュンダイ自動車グループの傘下にある。
従業員は現在500人以上。ずっと研究活動をしてきたが、およそ3年前にロボット「Spot」を販売開始。これまでに 1,000台以上のロボットを販売したという。


ロボットはもっと身近な存在になるべき

同社の30年以上にわたる同社の歴史を振り返ると、「これまでに様々なロボットを開発し、同時に壊してきた」。現在、ボストン・ダイナミクスの開発した主要なロボットプラットフォームは3つ。4足歩行ロボットの「Spot(スポット)」、倉庫で荷下ろしや荷積みを行う「Stretch(ストレッチ)」、そして世界最先端のヒューマノイドロボット「Atlas(アトラス)」である。

同社では「ロボットは人間のポテンシャルをあげ、生活に密着した存在になると考えている」という。そのためには「あ、ロボットがいる」と驚かないような環境になってほしいと思っており、ロボットは、どこにでも行け、どんな物体も操作でき、周囲の状況も理解できるものでなければならないと考えていると述べた。そして将来のロボットの活用イメージとして、Stretchのようなロボットが飛行機に荷物を積んだり、ヒューマノイドが建設現場で働いている様子をイラストで示した。

ビジョンを実現するためには基本的なステップを踏まなければならない。ボストンダイナミクスは「BigDog」など屋外の起伏のある場所でも歩ける4足歩行のロボットを開発してきた。

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「Spot」は、そこに新たに認識・知覚機能を搭載し、障害物を避ける。そしてアームを使って簡単な操作もできるようになった。

「Stretch」は倉庫でパレタイズ/デパレタイズを行う。周囲の環境を認識して、箱が壊れやすいものかどうかを認識できるという。

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ハーバート氏は「ロボットの知能を高度化させ巧みな操作ができるようにすることは楽な作業ではない」と続けた。たとえば、食品の入った袋を両手に持っていても、ドアをなんとか開けて、頭と足で押さえておいてその間に通り抜ける、といったような作業は、人間には自然にできる。しかしロボットには難しい。

自分はいま何を運んでいるのか、何が一番重要なのか。卵を運んでいるのか本を運んでいるのか、あるいはコーヒーを運んでいるのか。それによって動作は変わる。

また飲み物を運んでいたとしても急いで電車に乗らないといけないのであれば急がなければならない。人間ならカップのなかに飲み物が入っている場合、どんなふうに急がないといけないかはわかる。要するに、モノに対する知識を持っていて、それによって扱い方を変えることができるのだ。

つまり、動作にはいろんな優先順位がある。物事のプライオリティを決めないと、人のような動作はできない。


ヒューマノイドロボット「Atlas」の現在

ハーバート氏は「Atlas」を紹介した。ロボティクスの研究開発用のヒューマノイドだ。Atlasの上でソフトウェア、ハードウェアを開発し、他のロボットへと展開している。

「Atlas」は2009年の「Petman」開発から始まった。「Petman」は化学防護服を着せてパフォーマンスを計測するためのロボットだった。当時はケーブルから電力が供給されていた。

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その後開発は続き、「Atlas」となり、2022年にはパルクールができるができるようになった。「パワー、バランス、俊敏性を示し、世界中のどこにでもいけるようにしたい」という。「ロボットは速く、パワフルでなければならない。バク転のように、誰でもできるわけではないこともできる」と述べ、2023年に公開されたばかりの最新のビデオを紹介した。

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これは「建設現場で作業中の人間が道具を地上に忘れてしまったことに気づき、ロボットに持ってきてもらう」というシナリオのビデオだ。ロボットは道具を拾って、自分で橋をかけ、道具を放り投げ、最後はまたパルクールのようなジャンプをして着地する。今回新たに、複数の軸での回転ができるようになった。ハーバート氏は「いかに速く進歩しているかがわかると思う」と語った。

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現場活用が広がりつつある4足歩行ロボット「Spot」

ボストン・ダイナミクスの4足歩行ロボット「Spot」

次に、ステージ上で実機デモを交えながら「Spot」を紹介した。「Spot」は自分で足運びを決めながら障害物を回避することができる4脚歩行ロボットだ。動作時間は90分程度。マニピュレーションアームをつけることもでき、何かを拾ったりドアを開けたりできる。

このアームは、単に移動ベースの上にアームをつけたものではない。ひとつのシステムになっていて、上のほうのものを操作するときにはロボットは背伸びするし、床上のものを取ろうとするときは膝を曲げてしゃがみこむ。このようにしてリーチを伸ばす。また右側のものを取るときにはボディは左側にシフトしてバランスを取る。

Spot。代理店の東北エンタープライズブースでのデモの様子

障害物のある通路や階段の昇降もできる「Spot」は、施設点検等に用いられている。たとえばガス検知や熱、様々な周波数のセンサーなどを搭載することができ、事前に決められたルートを自動巡回し、データを収集することができる。

Spotに搭載できるセンサー類。代理店の東北エンタープライズの展示

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無線による遠隔操作も可能。様々な用途に使われているが、カテゴリーとしては二つだという。「労働力不足への対応」と「安全性の確保」だ。

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変電所のなかで強い電磁波が出ている所や原子力発電所などは「Spot」がデータ収集作業するには適したところだ。ロボットは設定されたインスペクションポイントに行き、カメラやセンサーを対象に向けて撮影・測定する。完了したら次のポイントに行く。こうして色々な情報を収集し、最後はドッキングステーションに戻り、記録を保存し充電する。オペレーターがいなくても、設定時間に同じように作業させることも可能だ。人間が行わなくてもデータが自動収集できることで、労働力不足を補い、危険回避にも役立つ。

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ハーバート氏はヨーロッパで行われたロボコンでの「Spot」の様子をビデオで示した。ロボットはビンの蓋の開閉や操作が自律でできる。ボトルキャップを開け、持って移動し、液体を充填し、元のワークセルに戻して、キャップを閉める。ハーバート氏は「この作業のためには特殊なプログラムが必要だが、自動化は可能だ。アームを使って、もっと驚くべき創造的作業が可能になる」と語った。

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そして「Spot」のカメラを使って物を拾い上げるデモなどを行い、「人間もドアにぶつかることがあるようにロボットもぶつかったり転んだりする。それはいいんです。これは新しい技術ですがSFではありません。ネットで話題になったり研究室でやっているだけではないんです。非常に新しい技術ですが、いまこの瞬間にも新しいものが開発されています。人間の代替作業ができる、こうしたジャーニーを今後も続けていきたいと思っています」と話を締め括った。

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「人間とロボットの同等性」を維持するための、新しいロボット技術

デクスタリティ(Dexterity Inc.)社 VP of Parcel Vertical Partnerships & Global Channels ジェイソン・バートン(Jason Barton)氏

続けて登壇したデクスタリティ(Dexterity Inc.)社 VP of Parcel Vertical Partnerships & Global Channelsのジェイソン・バートン(Jason Barton)氏は、物流業界の人件費上昇と労働力不足をロボットは埋められるのかと問いかけることから話を始めた。バートン氏は答えは「イエスだと考えている」と語った。ただし現状のロボットでは十分でなく、「よりスマートでAIを活用したものが必要だ」と述べた。

北米では、若い人は物流業界では働きたがらない。日本でも状況は同じだ。宅配便の荷物はコロナ禍で12%増加した。世界中で同じようにEコマース市場が伸びている。この需要はこれからも増える。いっぽう、人件費が上昇している。

また日本では働き方改革により年間時間外労働が960時間以下に制限される「2024年問題」がある。これは物流業界では労働者のオペレーションが変わる大きな課題だと考えられている。

では、どのように労働力を補完するのか。答えは「ロボティクス」だ。ただし生産性を維持しなければならない。バートン氏は、デクスタリティ社では「人間とロボットの同等性(parity))が必要と考えている」と述べた。いわゆるFTE(Full-Time Equivalent、フルタイム当量)を維持しなければならない。


ユニコーン企業・デクスタリティ社

ロボデックス 住友商事ブースでのDexterityによるデモ

デクスタリティはスタンフォード発スタートアップとして2017年に創業。現在の社員数は250-300人くらい。最初はバイオメカニクスをロボットに活用する研究を行っていた。いまはAI、機械学習プラットフォームを作って事業を進めており、既存のハードウェアを組み合わせるAI、コンピュータビジョン、制御技術を開発している。バートン氏は「通常のロボットが、違うかたちで動けるようにした」と表現した。

2022年9月末に提携を発表した住友商事のリリースによれば、2017年の創業以来、大手物流企業向けを中心に実績を積み重ね、既に10,000台を超える台数を受注。2021年10月には約14億ドルの評価額を達成し、ユニコーン企業となった。従来のロボットに比べて、高速動作や協調動作、複雑動作を可能とし、人的作業でしか実現できなかった工程の自動化を実現するものとして注目されているという。

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物流、食品製造などの現場を自動化

バートン氏はパン製造の現場に適用された事例を紹介した。ロボットが様々な種類のパンを選び、分けていく。500万斤のパンをパッキングするのに用いられているという。

前述のとおり、2022年には住友商事とのパートナーシップを発表。バートン氏自身も何度も来日経験があるという。ロボットは自動車で使われており、製造業での活用も長い歴史がある。自動車分野はエンジニアリングのレベルが高く、完全に統合しないといけない。スポット溶接ではこれに数ヶ月もかかる。とても効果的だが、環境が変わると、また調整しないといけない。インテグレーションそのもののコストがロボットの4倍以上にもなっていた。

つまりこれまでの産業用ロボットの使い方は「うまくいくが非常に硬直的なアプリケーション」だった。そこをどうやったらフレキシブルに持っていけるかが重要になる。

いまロボットは製造業だけではなく物流業にも使われるようになっている。デクスタリティ社でも、この新たなニーズにこたえようとしている。

自動運転と同様に、ステップを刻んで進めようとしているという。従来の固定型のロボットが安全柵のなかで作業するのがレベル1。レベル2は若干スマートになり、3Dの視覚カメラを使う。しかしロボットは床に固定されていて、一つのタスクのみをする。

デクスタリティ社は「レベル3」を実行しようとしている。たとえばパン工場では、パンを選んでトレイからパレットに入れていく作業を行っている。いろんなパンが混在しているなか、仕分けしている。これをロボットができるようにするのはとてもチャレンジングだが、触覚センサやモーションプランニング技術を使い、柔らかいパンを潰さないように運ぶことができる。次のトレイを呼び込むためにトレイを押すような作業もできる。つまり、単一のロボットアームが複数のことをしている。

「レベル4」はロボットが複数協働する。たとえば2台のロボットが一緒にピックアップすることで、ペイロード2倍の重さのある物体でも運べる。


AIとソフトウェアで従来設備を刷新

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デクスタリティが提供しているのはAIやソフトウェアで、ロボットアーム自体はどのメーカーのものでも構わない。パッキング、キッティング、ソーティング、パレタイズ、デパレタイズなど様々な作業を、必要なパーツをローカライズして用いることができる。

顧客データを使ったアナリティクスも可能だ。バートン氏は「データは価値の高いアセット」だと語った。そしてピック作業を一回行うたびに学習し、そのたびにパフォーマンスを改善する。「これによってロボットと人間のパリティが実現できる。人間がやることすべてを実行できるようにするのが我々のビジョン」だと述べた。

同社のソリューションは物流中心に使われており、同社のロボットは人間の介入なく完全に独立した動きができるという。様々な種類の荷物が入ってきたところで、適切なコンベアに分配したりできる。

いわゆる「ブラウンフィールド」(まっさらの状態からではなく、既存設備がある場所で、新たに設備投資してインフラや工場の施設・設備を刷新すること)のオペレーションを進めているという。つまり、既存顧客を抱えている顧客に対して業務を行っているというわけだ。

パレタイズ・デパレタイズは均一な箱を対象にするのであれば簡単だが、現実にはそうではない。サイズも種類も積み方もバラバラで不規則だ。そのような変化にもフレキシブルに対応する。異なるアプリケーションでも、共通のAIプラットフォームが用いられている。

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「レベル5」は、全てにロボットとAIを用いる。組織全体を自動化することで倉庫業務をデザインしなおす。同社のソリューションはおよそ2年くらいでROIを達成することができるという。

バートン氏は最後に「どんどん良くなるフルソリューションを提供する。そのためには日本国内でも優れたサポートパートナーが必要。例えばアームは川崎重工と一緒に進めている。ビジョンやエフェクタも別のメーカーと組んでいる。それらを統合している。日本市場を良く知り顧客と深い関係を持っている住友商事ともパートナーシップを組んでいる」と述べ、「人件費上昇と労働力不足はこれからも続く。改善していけるソリューションが必要となる。我々は日本の顧客が期待するソリューションを提供できる」と語った。同社は日本にCOEを設置しており、ソリューションはそこでも見学できる。

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森山 和道

フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!

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