NTT【世界初】eスポーツで対戦前なのに脳波で勝敗結果が約80%の確率でわかる 勝敗を左右する脳波パターンを特定

日本電信電話株式会社(NTT)は、eスポーツで対戦する直前の脳波を計測することで、これからおこなわれる試合の勝敗結果を約80%の確率で高精度予測することに成功した。勝敗に関わる脳波のパターンを発見し、かつ勝敗を予測するために最も有効で精度の高いモデルも特定した。

eスポーツで勝敗を左右する脳波パターンの特定に成功。そのデータを解析に活用することで、試合前の脳波のデータから勝敗の結果を約80%の確率で当てられることがわかった

この成果を活用すると、試合前の脳波データやインターバル中の脳波データから「このままでは負ける確率が高い」という予測が可能になる。そして将来的には、敗戦が濃厚の場合には競技パフォーマンスの向上を促すよう、脳波の状態を変容させる方法が考案されるかもしれない。


NTTは発表に伴って、報道関係者向けの説明会を開催した。登壇したNTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部の研究主任、南宇人氏は「勝負ごとにのぞむ際の理想的な脳状態の存在が明らかになったことによって、重要な生態情報を用いて、個人のメンタルコンディショニングに還元したり、あるいは特定分野のその熟練者の理想的な脳状態をデジタル化しておくことによって、様々なレベルや習熟度の人たちが活用し、能力を拡張するようなデジタルツイン構築につなげていけるのではないかと考えています」と語った。
この記事では、説明会の際に使用されたスライドを交えて解説したい。

なお、eスポーツの勝敗と関連する脳波についての詳細は2023年6月16日に米国科学誌「iScience」に掲載され、勝敗予測技術についての詳細は2024年7月11日にオランダ科学誌「Computers in Human Behavior」に掲載された。


試合の前に勝敗を約80%の確率で高精度予測

NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、すべての人が自分の能力を最大限に引き出せる社会を目指し、心と体を調整する脳の仕組みを研究している。
アスリートやeスポーツ、将棋や囲碁など、競技プレイヤーは本番にのぞむ強いプレッシャーの中で最高のパフォーマンスを発揮することを目指している。競技プレイヤーが本番に臨む際の脳状態はメンタルに強く関連していると考えられ、脳状態と瞬間的なパフォーマンスとの関係性は様々な競技で調査が進められてきた。しかし、実戦中に脳波の計測や変化を知ることは困難で、対戦競技の勝敗と関係する脳状態はなかなか見出すことができなかった。


また、身体的に動き回る競技の場合、試合中やインターバル時間内に脳波データを計測することが難しいという課題があった。
そこで今回、身体的には動き回らない「eスポーツ」にフォーカスし、競技プレイヤーに特別な脳波測定装置を付けて試合前の脳波の状態を計測、試合中もインターバル時間の脳波を計測した。


その結果、競技の結果を推定できるデータの因果関係を発見し、そのデータを機械学習し、AIが解析することで、精度としては約80%の確率で、競技の前の脳波の状態から勝敗を予測することが可能となった。


この成果を基に、いわゆる「メンタル」部分の解析と研究を進めていけば、将来的にはスポーツ、医療、教育 などさまざまな現場で活躍する人々の脳の状態を最適化することでパフォーマンスを向上させたり、熟練者の高度なスキルを生み出す脳状態のデジタル化によってスキル伝承の実現にも繋がる可能性がある。






eスポーツの格闘ゲームで勝敗に関わる脳のパターンを発見

研究では、eスポーツの格闘ゲームは身体運動機能の違いよりもメンタルの側面が勝敗に関連性が強く、試合中にも選手の脳波計測(EEG)が可能なので脳計測とデータ収集に適していると判断した。eスポーツの格闘ゲームのプレイヤーが試合に臨む際の理想的な精神状態がどのような脳波パターンから生じるのかを調査。そして、対戦直前のプレイヤーの脳波データに存在する、勝敗と強く関連するパターンを特定した。

これにより脳波データから試合結果を約80%の精度で予測することが可能となり、 従来の予測技術では難しい「実力が拮抗した試合結果」や「番狂わせ」といった試合展開も予測できる可能性が示された。

今回の研究成果(左:EEG)による勝敗予測と、従来の統計手法による勝敗予測の比較

南氏は「従来の技術でも、過去の選手のデータやスタッツを基にしたもの等、AIを使ってある程度の確率で勝敗を予測する技術はあり、確立されてはいました。しかし、従来技術だと不確定な要素も多いのが課題で、試合展開による番狂わせや、実力が拮抗している選手同士の試合結果を予測することは困難でした。
それに対してこの研究で勝負ごとにのぞむ際の理想的な脳状態が発見されたことで、脳波データをスタッツデータの代わりに用いることで、従来技術が困難だった不確定要素の多い試合展開でも高精度に勝敗の予測ができるようことになったことが、新規性の高い点です」と語った。


ヘッドギア機器でプレイヤーの脳波を解析

試合の勝敗と関連する脳波パターンを調査するため、eスポーツの格闘ゲーム熟練者同士が実戦と同じ2ラウンド先取制の試合を行っている最中の脳波EEGを計測した。eスポーツの勝負には「戦略判断」と「感情制御」が重要であると言われており、プレイヤーへのアンケート結果からも、第1ラウンドの直前では戦略判断の重要性が高く、第3ラウンドの直前期間では感情制御の重要性が高いことがわかった。そこで第1、第3ラウンドの直前の 戦略判断と感情制御に関わる脳波パターンに着目し、 それらと勝敗の関連性を調べた。(図1上)。

図1

その結果、戦略判断に関わる左前頭脳領域のγ波が試合の序盤(第1ラウンドの直前)に増大している時、また感情制御に関わる左前頭脳領域のα波が試合の終盤(第3ラウンドの直前)に増大している時に試合に勝ち易いことが明らかになった(図1下)。


脳波データで学習したモデルによる高精度な勝敗予測

次に、試合直前の脳波パターンから試合結果をどの程度正確に予測できるのかを評価するため、1ラウンド先取制で行われる試合直前の脳波データから、その試合の勝敗を予測するモデルを複数の機械学習手法で構築した(図2A)。

図2A:試合直前の脳波データを用いた勝敗予測の結果 (図2A)脳波データ または 従来データ を用いた 機械学習の模式図。

すると、最も成績の良いモデルには勝敗に関わる脳波の特徴量が獲得されており、試合の勝敗を約80%の精度で予測できることが明らかになった。その内訳をみると、勝ちだけではなく負けも約80%で予測可能だった(図2B)。

図2B 勝敗予測精度とその混同行列。全試合、実力が拮抗した試合、番狂わせが起きた試合に対して・・・

さらに、実力が拮抗した組み合わせの試合と番狂わせが起きた試合の勝敗予測を行うと、プレイヤーの過去の試合情報 のような従来データでの学習では最も成績の良いモデルでも予測精度が低かったという(図2D)。

図2D 従来データを使って学習したモデルの勝敗予測精度を比較した結果。

それに対して、脳波データで学習したモデルではやはり約80%の高い精度で予測できることが示された(図2C)。

図2C 脳波データを使って学習したモデルの勝敗予測精度を比較した結果。




今後の展開

この研究は勝負事に臨む際の理想的な脳状態の存在を示していて、人々が様々なシーンでプレッシャーに対処するための重要なヒントを与えるという。スポーツ、医療、教育現場など様々なシーンで生体情報に基づいたメンタルコンディショニングを実現することで、人々のwell-being向上を目指すとしている。 また、NTTがIOWN構想の中で 提唱するデジタルツインコンピューティングの研究開発における、様々な分野の熟練者の技能のデジタル化 と、個人が模倣することによる高度なスキルの伝承にも貢献していく。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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