ソフトバンクと東京科学大 5G通信の干渉を抑える新技術、屋外実証実験に成功 地球局との共存めざす革新的な干渉キャンセラー

ソフトバンク株式会社と東京科学大学は、5G向けにソフトバンクに割り当てられている3.9GHz帯「サブ6、Cバンド」の電波が、茨城県周辺等では利用が制限されていることから、電波干渉を防ぐ新技術を発表し、報道関係者向けに実証実験を公開した。

同じ周波数帯を使用する、衛星通信と5G通信の電波干渉を抑える、屋外での初めての実証テストに成功

説明会に登壇した、国立大学法人東京科学大学 工学院 特任教授 兼 ソフトバンク株式会社 基盤技術研究室 フェロー 藤井輝也氏

ソフトバンク株式会社 基礎技術研究室 藤井隆史氏


「5G」と「衛星通信」が干渉、一部地域では5G基地局が設置できない

まずは現状の課題、「5G」と「衛星通信」の電波干渉について解説しよう。
以前から「衛星通信」は利用されているが、衛星からの電波を受信している「衛星通信地球局」は、周波数帯域「3.9GHz」の電波を使用している。

出典:ソフトバンク / 東京科学大学 編集部で一部改変

5Gでは、3.9GHz周辺帯域も使用しているが、この周辺帯域は衛星通信の電波と重なっているため、3.9GHz周辺帯域の5G基地局を「衛星通信地球局」の近くにセットすると、衛星通信に電波干渉が発生してしまう。

ここに5G基地局を設置すると(緑の枠)、5G基地局が発信した電波を「衛星通信地球局」が拾ってしまい、干渉が発生、正しい情報が受信できなくなってしまう。出典:ソフトバンク / 東京科学大学  編集部で一部改変


2023年まで、東京北部もこの影響を受けていた

例えば、首都圏であれば、茨城県常陸大宮市に「衛星地球局」がある。電波干渉を防ぐために、その周囲50kmには、どの通信事業者であっても3.9GHz周辺帯域の5G基地局は設置できないルールがある。
周囲50kmというのは2023年に緩和されたルールで、2020年~2023年までは周囲100kmまでが禁止されていて、実は東京都の北側もその範囲に入っていた。すなわち、2023年までは3.9GHz周辺帯域の5G基地局は設置することができないため、一部のスマートフォンなどのユーザは5Gの本来の高速・大容量・低レスポンスの恩恵が受けられなかったことになる。


2023年に緩和されたとはいえ、未だに茨城県の一部地域では3.9GHz周辺帯域の5Gが利用できない状況は変わらない。

そこで、ソフトバンクと東京科学大学は共同で、少しでも5G基地局の設置を拡げるため、3.9GHz帯域の基地局を設置しても、衛星通信に干渉を与えない技術を研究・開発するに至っている。


「システム間連携与干渉キャンセラー」とは

前述したとおり、衛星と「衛星通信地球局」では3.9GHz帯域で下り通信をおこなっている(①)。周囲に3.9GHz帯域の5G基地局を設置すると(②)、「5G基地局」が吹いた(発信した)電波が衛星地球局の受信した電波と混ざってしまい(③)、正しい電波情報を得ることができない(④)。


下図は、左が正常な衛星通信データ、右が5Gによって電波干渉を受けたデータの比較イメージ。


これを回避するために、5G基地局が電波として吹いた情報(デジタルデータ)と同じデータ(5Gレプリカ信号)を、「5G基地局」から光ファイバーで「衛星通信地球局」に送信し(⑤)、その情報を「衛星通信地球局」が受信して干渉を受けてしまったデータから差し引けば、衛星から受信したデータのみを受信できる(⑥)というもの。


「衛星通信地球局」が受信した全体のデータから5Gによって混信したデータを差し引く端末を「システム間連携与干渉キャンセラー」と呼ぶ。

つまり、5G基地局から発信したデータと同じものを光ファイバーで衛星通信基地局に送信して、衛星通信基地局内の「システム間連携与干渉キャンセラー」で、5G基地局分のデータを差し引けば、衛星通信で受信した正規のデータだけが残り、正常な通信ができる、というしくみだ。


大岡山キャンパスで屋外の実証実験に成功

2025年1月21日、このしくみの実証実験の設備を、東京科学大学 大岡山キャンパスのグラウンドに構築し、「システム間連携与干渉キャンセラー」の実証実験をおこなった。その様子を報道関係者に公開した。

衛星通信地球局のアンテナを想定した③パラボラアンテナ(手前)。グラウンドの向こう(赤丸印)にある①衛星通信局と②5G基地局から発信したデータを受信する

衛星通信地球局の③パラボラアンテナ(正面)。

構成は下図のとおり。グラウンドの一方の端に①衛星通信局(信号発生器)と ②5G基地局(信号発生器)を設置し、グラウンドの反対側に地球局のアンテナの代用で ③パラボラアンテナを設置した。衛星通信局および5G基地局と、地球局(パラボラアンテナ)間の距離は約120m。


①衛星通信局(信号発生器)と ②5G基地局(信号発生器)。ここからグラウンドの反対側のパラボラに向けて、各電波を発信する。

衛星通信局(①)からは通信データを常に発信し続け、地球局のアンテナ(③)で受信して正常に受信できることをまずは確認した(④)。次に、5G基地局(②)から同周波数帯の5G模擬電波を発信すると、干渉が発生して、地球局のアンテナで受信した衛星通信データは混信してしまい、データとしては破綻する(④)。


その状態で、「システム間連携与干渉キャンセラー」を作動させ、5G基地局(②)から送信した5G模擬電波と同じデータ(5Gレプリカデータ)を光ファイバーケーブルで送信(⑤)して、そのデータを「システム間連携与干渉キャンセラー」(⑥)で差し引くと、乱れた衛星通信データは干渉前のデータを復元。正常なデータとして受信することができた(④)。


5G模擬電波と同じデータ(5Gレプリカデータ)を「システム間連携与干渉キャンセラー」に伝えるための光ファイバーケーブル(⑤)

衛星通信送受信装置(左)、分岐装置、5G干渉キャンセラー装置とDAS(子機)。


実証実験の無線通信の周波数は「3.3GHz帯」を用い(「3.9GHzは商用で使用しているため」)、衛星信号の電波は帯域幅40MHz、5G信号の電波は帯域幅80MHz、送信電力は地球局での受信電力が所定値(例えば受信SNR(信号対雑音比)が30dB)となるように、衛星通信局および5G基地局の送信電力を設定した。

なお、実証実験では、実際の使用に近い状態で、5G電波が反射や屈折によって時間差で届くマルチパスも考慮しておこなわれた。
今回の実験では30dBでおこなわれ、これによって、技術的には5G基地局は衛星通信地球局の1.5kmまで近付いて設置できる計算になる、としている。


屋外での「システム間連携与干渉キャンセラー」実証実験

■動画


スペクトラムアナライザーで5G信号の干渉抑圧効果を、コンスタレーションで通信品質を測定。測定の様子をリアルタイムで示した。衛星通信局は64QAM信号を送信し、地球局の受信SNRは30dBで、信号コンスタレーションが明確に区別できていて、受信信号に誤りはなかった。衛星信号に5G基地局の信号が干渉を与えている場合で、5G基地局の受信SNRは25dB。5G基地局の干渉信号により衛星信号のコンスタレーションが大きく乱れ、この状況では衛星信号を復調することはできなかったが、「システム間連携与干渉キャンセラー」を適用した場合は、5G基地局の干渉をキャンセルできていて、衛星信号のコンスタレーションが5G基地局による干渉のない場合と同等になり、受信信号に誤りはなかった。このように、このシステムを適用することにより、5G基地局の与干渉を効率よく抑圧でき、5G基地局の干渉がないときと同等の衛星通信の受信品質を維持できることを実証した。


今後の展開

この技術は、実証実験を重ねて技術が実証された後、衛星通信地球局と、5G基地局の設置を交渉する流れになるだろう。システム間連携が重要なため、その交渉は避けて通れない。
全国には数カ所の衛星通信地球局が点在しているので、干渉問題がいち早くクリアになり、その周辺にも3.9GHz周辺帯域の5G基地局の設置が進められていくことを期待したい。

また、その地域以外のユーザや関係者にとって無関係かというと、今後はそうとも言い切れない。電波の周波数は有限であり、既にスマートフォンなどの通信に優位な低周波数帯域はギチギチに割り当てられ、空きの周波数が枯渇している状況にある。今後、それら低周波数帯での共有について、「システム間連携与干渉キャンセラー」の技術が活用されていく時代がやがて訪れることが予想されている。

なお、ソフトバンクは「今後、大岡山キャンパスのグラウンド以外のさまざまな実環境下で屋外実証実験を行い、このシステムの有効性を確認する予定です」とコメントしている。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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