単なる最適化を超え、人とロボットで新しい価値を生み出す UR社創業者が考える「インダストリー5.0」とは


人と空間を共有して作業を行う協働ロボットが注目を集めている。世界の協働ロボット市場で6割のシェアを持つユニバーサルロボット社協働創業者で最高技術責任者(CTO)のエスベン・オスターガード氏が、2018年10月に行われた「Japan Robot Week」ならびに「World Robot Summit」に合わせて来日した。活用シーンが広がるに連れて競争が激しくなりつつある協働ロボット市場の現状、そして協働ロボットを使って生産現場をどのように変えるべきだと考えているのか、考えを伺った。



低コスト大量生産の「ロボットのような作業」から人を解放する

ユニバーサルロボット社共同創業者、最高技術責任者(CTO) エスベン・オスターガード氏

筆者

オスターガードさんは昨今、海外メディアでのインタビューでは「Industry 4.0」の先となる「Industry 5.0」という考え方について紹介されていますね。「協働ロボットを使って産業生産の中心に人間を戻す」という考え方だと伺っています。どんな考え方なのか、改めて詳しく教えていただけますか?


オスターガード氏

一般消費者は常に新しい何かを欲しがっています。世界のトレンドとして、先進国のほとんどすべてが、今後のモノづくりにおいては、自分たちの知識を製品に反映させなければいけないと考えています。ほんの10年、15年前は、多くの先進国では「自分たちは知識ベースの国になるべきで、重労働やものづくりは低賃金の国に任せればいい」という考え方が大勢的でした。そのため多くの国は製造拠点を海外の発展途上国に出しました。ですが今では、それを自国に取り戻そうという考え方に変化しつつあります。

いっぽう、今後どういう製造業であるべきかということを考えた時、そこでは未だに「とにかくコストカットが第一だ」という考え方がまかりとおっています。

しかしながら同時に、高付加価値の製品が求められるようになってきているわけです。すなわち、多様な消費者ニーズに合わせたユニークな製品を、もっと作っていかないといけない。そうしたモノは、従来的な「インダストリー4.0」の考え方では生み出せません。


筆者

というと?


オスターガード氏

「インダストリー4.0」の基本的な考え方は、エンジニアが事前に設計したコンフィギュレーションのもと、工場ではただ機械的に、それを作ればいいというものだからです。

そうした考え方にもとづいて工場が操業されると、完全に無人でなくても、工場内の人は『ロボットのような存在』になってしまいます。つまり、工場内にいる作業員はプログラミングされている。指示書であったり、自分の生産能力を監視されているわけです。その工場では、作業者が人であったとしても、創造力を発揮させたり、ユニークなことを配慮する余地はありません。

しかしながら、今後の消費者がどういうものを求めているかと考えると、そのような工場では対応できないもの、そういった考え方では製造できないモノを、消費者は欲しがるようになります。今後の消費者は、よりユニークで、パーソナライズされた、いわば「職人が作ったようなモノ」を、より欲しがる傾向になります。「インダストリー4.0」の考え方で作られた工場は、そうした消費者ニーズとは真逆のモノしか作れません。
そこに大きなポテンシャルがあると私は考えています。製造のプロセス見直しには大きな価値があります。というのも従来の「低コスト大量生産モノ作り」を目指すのではなく、高付加価値で創造力を発揮したモノづくりが求められているからです。そうした工場で働く人々は、もっと創造力が発揮できて、作業員はプロセス、材料、最終的に製品を使う消費者のことをよく知っている「エキスパート」としての役割が果たせると思います。同時に、工場ですから、機械と一緒になって、今後の消費者が求めるものを作っていけるでしょう。





「ヒューマンタッチ」 生産者と消費者との距離を再び近づける

Japan Robot Week ユニバーサルロボット社ブース。今回すべて新型「eシリーズ」を出展した

筆者

「ヒューマンタッチ」という言葉もよく使われていますね。どういう意味でしょうか?


オスターガード氏

これまで歴史上にあった他の産業革命を振り返ってみますと、技術が革命を起こしています。第一産業革命は農業の機械化から始まりました。当時は90%以上の人がただ単に食料を求めて仕事をしていたわけですが、その産業革命によってそこから自由になりました。それによって人々は農場から都市へ向かい、都市化が進み、電気や蒸気を使って大量生産が可能になったわけです。それが第2次産業革命です。その後の第3次産業革命ではコンピューター化やロボットによって高度製造手法が普及しました。

「インダストリー4.0」は、あらゆるものが一つのコンセプトに統合化された革命です。ただ単に工場で作られた製品が消費者に利用されるのではなく、製品出荷後も製品の寿命が伸びるようにデジタル化されています。デジタル製品です。たとえばスマホは出荷された後にプログラムやアプリを実装できます。新たなデジタルビジネスとしてUBERやAirbnbも生まれてきました。デジタルを元にした3Dプリンティングや、デジタルサプライチェーンも生まれてきています。

インダストリー4.0は、「インターネットの革命」とも言えます。様々な電子技術やネットワーク技術が集結することで、新たな価値を生むことができるようになった革命でもあります。

しかしながら、こうしたものは技術によって駆動されてきた産業革命であり、同時に生産者と消費者の距離が遠くなってしまった結果にも結びついています。たとえば第1次産業革命の時代には、テーブルの木がどこで作られ、どこで生まれて、どこの木工作業所で作られたかがわかっていた。牛乳を飲んだら、誰がどこの農場の牛から搾ったかもわかっていたし、履いていた靴下も「我が家の娘が作ってくれたものだ」といった具合に、人が製品に関わっていました。ですが長い産業革命のあいだに「ヒューマンタッチ」の部分が失われてきました。

また同時に、人というのは、みんな考え方は同じです。それぞれの人は自分は特別であると思いたいし、また、特別な処遇をされたいと思う。自分が持つモノは他の人が持つモノと同じでは嫌で、自分用にパーソナル化されてほしいと思うものです。

これまでの4つの産業革命のなかで失われてきた「ヒューマンタッチ」や、生産者と消費者とのあいだで離れてきた距離を、今後は埋めることができるようになる可能性があります。今後はどんな会社であっても消費者が求めるユニークな体験や高付加価値を提供できる会社が販売できる製品が、より高い値段を付けても売れるものになるし、より企業としても成功できるようになると思います。

ですので、これまでの産業革命は技術によって生まれてきた革命でしたが、第5次産業革命は技術革命ではなく、より文化的な革命になると思います。


Universal Robots at Hofmann Germany (Japanese Subtitles)


ヒューマンタッチを持ちつつ高品質な製品を生み出す

筆者

具体的なイメージをしたいのですが——たとえばそれは、高級家具を作って提供するようなビジネスですか?
あるいは現在でも高級車——たとえばフェラーリのような車を販売するようなビジネスでしょうか…?


オスターガード氏

まず最初に、通常の先進国であれば基本的なニーズは、これまでの技術革命によって低価格で大量生産された製品で満たされているわけです。「その次に何が欲しいか」となった時に、ユニークでパーソナライズされたものが欲しいとなってくると思うのです。たとえば、ある特定の部屋のために設計されて作られるような家具です。

パーソナルプロダクトは、やはり人が作らないといけません。しかしながら、そこでできあがる製品の品質は産業界レベルの品質です。同時にパーソナライズされたものでなければいけないということです。

そう考えたときに人々が非常に安い賃金で働いている途上国で「これは素晴らしい」と思えるような自動車が作れるかといったら、無理だと思います。もしかすると、一台目は作れるかもしれません。でも2台目、3台目と生産し続けることは無理です。世界的な一貫した品質を人の力だけで作るのは無理があります。そこにマシーンが入る余地があります。マシンと協業することで、人の「ヒューマンタッチ」がありながら、一貫した高品質な製品が作れると思います。

いっぽう、マシンだけでは、消費者が求めている全く新規の革新的な製品を第一人者として市場に投入することはできません。たとえば高級車フェラーリの工場が完全自動化されていたら、ああいうものはできないと思います。つまり、おそらくですが、フェラーリを作るにあたっては、エンジニア、デザイナー、そして製造者が一緒になって協働していると思います。そのような会社においては、製造作業員があっちに、エンジニアがこっちにいてと、同じ会社でも別々のところにいて互いに知らずに作業しているような状態はありえないと思います。知識労働者と生産労働者が、一緒の場所でモノづくりをしているはずです。そういうモノづくりをしているからこそ消費者が求めるプレミア製品が作れるようになって、消費者はより高い値段を出しても欲しいと思うようになるわけです。

そうした傾向は世界的にあらゆるところで起きています。先ほど休憩しているときに我々は日本での「ZOZOスーツ」の話をしていました。また、小さい地ビール醸造所が流行って来ていますよね。消費者は、その醸造所で作られているビールの味を知らなくても、そこで作られたビールを欲しがります。地ビールはプレミアム価格であることが多いですが、それでも価値を見出して欲しがるわけです。なぜかというと、地ビール醸造所でビールを販売しているような工場や場所は、地ビールに情熱を持っている人が「これを広めたい」と考えてやっているわけです。その情熱がビールに反映されていて、その情熱に対して消費者は「お金を払いたい」と思うわけです。

また有名シェフがいる高級レストランがありますね。消費者はお腹いっぱいになりたくて行くわけではありません。そういうものが食べたいのであれば他にも美味しいお店はたくさんありますから。有名シェフの職人芸が食に反映されていることを期待し、それに対してお金を払おうと思うわけです。そういう例は枚挙に遑がありません。消費者は自分にとってプレミアムなパーソナライズされた経験があれば、それに対してお金を払いたいと思うものなんです。




より高付加価値なモノづくりへ転換し工場の価値を最大化する

筆者

しかしながら従来型の産業界において最優先されるのはコストカットや生産ラインの最適化です。


オスターガード氏

そのとおりです。そうした工場で何かを最適化して、コストを5%カットできたとしましょう。自動車業界ならそれは大きな功績かもしれませんし、ラインマネージャーは昇格するかもしれません。でもそうではなく、その工場ではもっとユニークな製品を作れるとなったら、工場から出荷されるモノの価値は2倍になるかもしれませんね。そこに価値を最大化する大きな可能性が、まだ残っていると思います。

人々が「インダストリー4.0」的な「何かを最適化しよう」という考え方から脱却して、より高付加価値なモノづくりをする「インダストリー5.0」の考え方へと変えていかなければならないと思っています。これが「インダストリー5.0」の考え方です。


筆者

そこに、協働(コラボレーション)ロボットが使われると。


オスターガード氏

そうです。生産現場においては、人だけでもダメだし、ロボットだけもダメです。私は、生産場現場をよりクリエイティブな場所にしたい。高付加価値製品はクリエイティブな現場から生まれる。その価値を顧客にお届けしたいと考えています。これは、人とロボットが協業して初めて生まれる価値だと思っています。




「人とロボットの協働」にはまだまだ大きな成長余地がある

筆者

最初から今のようなお考えをお持ちだったのですか?


オスターガード氏

いいえ、2005年のユニバーサルロボットロボット創業時には、そんなことは考えていませんでした(笑)。しかしながら幸い、我々は企業として、だいぶ成功することができました。それで「自分たちはなぜ成功することができたのか」と自問自答しました。そして消費者は、よりユニークな製品を欲しがっているということがわかりました。グローバル品質で、かつユニークなものを欲しがっている。それを満たす唯一の道が「人とロボットの協働」であり、それが自分たちが成功する道だということがわかったわけです。

そして重要かつ興味深い点として、私たちURのロボットを購入してくれている企業は、より多くの人材を採用しているんです。我々のロボットを導入してものづくりをしていくと、モノの価値がより上がっていくことで会社の業績が良くなり、ビジネスが成長し会社が大きくなるために、より多くの人が必要となるわけです。


Universal Robots – easy automation with collaborative robots

筆者

UR社は確かに成功しています。2015年にテラダイン社に2億8500万ドルで買収されたあと、さらに伸びています。いっぽう先ごろ、リシンクロボティクスがシャットダウンしました。その話題を踏まえて、協働ロボット市場全体の状況をどうご覧になっているのか、改めて伺いたいです。


オスターガード氏

私自身としては、協働ロボットマーケットはまだまだ強力な成長を遂げつつけると確信しています。アナリストは様々な予測を出していますが、平均予測値だと、協働ロボットマーケットは年間成長率は6割以上とされていますし、市場規模は20億ドルになると思っています。

業界においては、我々の競合他社が40社くらいあると考えています。しかしながらUR社は今も業界リーダーです。我々のマーケットシェアは60%です。つまり、その他の40社全体を合わせたよりも大きいシェアを持っています。ただ今後は競合他社にも、もっと成功し成長するところが出てくるでしょう。

私たちは競合他社を歓迎したいと思っています。我々は業界リーダーでもありますが、一番長く協働ロボット事業を展開していますし、コボット産業を定義づけてきたのも我々だという自負もあります。コボット市場の今後のポテンシャルはものすごく大きいと思っていますので、良い競合他社がいることは業界全体にとっても良いことだと思っています。


ALPHA Corporation uses UR5 and UR3

筆者

「良い競合他社」と仰いましたが、たとえば…? 今まであればリシンクロボティクスなどもあったと思いますが…。


オスターガード氏

リシンクロボティクスに関しては、ロボット自体がダメだったのではなく、ビジネスとしては成功できなかったというだけだと思います。しかしながら、いわゆるコボットをプロモーションする面では彼らはだいぶ成功しました。

つまりどういうことかというと、コボット、協働ロボットの認知度をもっと上げていくための協力者としての競合他社がもっと必要なのです。協働ロボット業界では多くの活動が活発に行われています。しかしながら業界全体の最大の障壁は何かというと、コボットを使ってもらえるだろう見込み顧客がたくさんいるにもかかわらず、コボットを使うことによるメリットを知らなさすぎることにあるのです。ですので、特に中小企業の方々は「ロボットはうちには無理だ」と思っています。認知度を上げていく普及活動がもっと必要です。

あなたの先ほどの質問の答えに戻ると、良い競合とは、コボット普及のための協力者ということになります。


Collaborative robots (cobots) at Nissan Motor Company

筆者

今回の展示会にも出展されていますが、より安価な協働ロボットも出て来始めていますね。そういう状況についてはどう考えていますか?


オスターガード氏

マーケット需要はものすごく大きいものがありますので、安価な製品を出して来て、かつ成功する競合他社も今後、出てくるでしょうね。私たちのロボットよりも小型で安価なものをコピーして作ろうとしている会社は、おそらく40製品くらいあるのではないかと思っていますし。

私たちの取り組みとしては、引き続き研究開発に多大な投資をしつつ、今後もリーダーであり続けたい。有言実行できれば、コボットとしては業界最高水準のものを出し続けることができるでしょう。我々にはより良い品質のロボットを作れる知見も環境も整っていますので、現在の位置付けは今後も持続可能であると思っています。


Orkla automated packaging of vanilla cream – Japanese subs


新型「eシリーズ」と、サードパーティによる「UR+」エコシステム

筆者

従来の産業用ロボットを手がけている会社からは、協働ロボットが使われることが多い中小企業の現場へのロボットの導入はコストがかかって見合わないという意見もあります。そういう見方について、ご意見を伺いたいと思います。


オスターガード氏

一般論として、オフショア製造は魅力的なソリューションのひとつです。知識労働者はスプレットシートを見て、たとえば「インドネシアに拠点をもっていけば安く済む」と判断していればいいわけですから。しかしながら、それは企業の長期的な戦略としては持続可能ではないと思っています。というのも最終的に出来上がったモノ自体が、会社自体の主要な価値を反映していないといけないからです。そうなると企業にとって重要なことは、他のやり方で競争力を上げないといけない。そして同時に、企業がものづくりをするにあたって、中核となっている知識を漏洩することなく、モノづくりをしていかないといけません。特に組み立て製造拠点ということを考えると、これまではロボットでは難しいとされていました。手先の細かい作業が必要になるからです。

組み立て現場における自動化をどうやったらもっと改善できるだろうかという問題は、私が集中して考えているところでもあります。そのため今回、日本の「WRS(World Robot Summit)」で行われているアッセンブリーチャレンジは、個人的にも非常に興味深いチャレンジの一つです(結果は、オスターガード氏の出身大学・南デンマーク大学のチーム「SDU」が一位になった)。


WRSに出場したチーム「SDU」

そして、それを改善するために我々のロボットに組み込めるものはたくさんあると思います。たとえば我々の新しい「eシリーズ」にはロボットに力センサーを組み込んでいます。それで細かいアセンブリーもできるようになっています。それ以外にもロボットまわりの様々な装置を使っていただくこともできます(本誌過去記事参照:https://robotstart.info/2018/07/13/moriyama_mikata-no54.html)。


筆者

認証サードパーティによる「UR+」のことですね。


オスターガード氏

そうです。「UR+」エコシステムではたくさんの小さなハイテク企業が我々と一緒にロボット周辺装置を作っていただいており、あらゆるアセンブリー作業に適したシステムを作っていただくことができます。

昨今は、そういうソリューションはあるのに、まだまだ知られていないという課題があります。小さい企業もしれないけれどとても有用なソリューションや装置を、「UR+」エコシステムを経由することで、そのニーズを持っている顧客に直接届けることを、もっと強化していきたいと思います。


UR+ Solution Wrist Camera

筆者

日本での「UR+」はどうなっていますか?


UR社 広報担当者

まだ日本企業で登録されているところはありませんが、来年初頭にはご紹介できると思います。


オスターガード氏

「UR+」は新しい取り組みです。それほど歴史は長くありません。ですが既に世界的には300社以上の登録パートナーがいて、1,100以上の製品が出ています。

ですので、「UR+」はプラットフォームとしても大学のキャンパスから生まれたハイテクスタートアップにとっては、自分たちのソリューションを世間に知らしめて販売するセールスチャンネルとしても良いものになっていると思います。

いわゆるSIerにとっても、何らかの問題を解決するためのソリューションとして個別の顧客のものは作っていると思いますが、それらをより汎用性の高いものに仕上げて、「UR+」を通して、世の中のより多くの顧客に届けることもできます。

「UR+」はパートナーの方々にとっても自分たちが投資して開発したものをより多くの人に届けられるプラットフォームですし、最終的に購入する顧客にとっても、既に実証済みの製品を、より手軽に短期間で届けてもらえるというメリットもあります。当然私たちのロボットも、それによってより売れることになります(笑)。ですので「UR+」は協働ロボット導入を加速化しますし、あらゆる自動化に対して門戸を広げていると思います。




Doing goodとDoing wellは両輪

外部カメラを使ったピッキング作業

筆者

いま大学の話が出たので、この機会にぜひお伺いしたいことがあります。どうして南デンマーク大学を辞めて起業されたのですか?
今までのインタビューではしばしば「3つのきっかけがあった」とおっしゃっていますね。


オスターガード氏

はい。ロボットに関して一番最初に出会ったのがレゴのロボットサッカーでした。あとは私は博士号を持っていますが、その一部の研究は日本の産業技術総合研究所にいたときに取得したものです。黒川治久氏の合体変形ロボット「M-TRAN(https://unit.aist.go.jp/is/frrg/dsysd/mtran3/J_index.htm)」プロジェクトです。私のプロジェクトはデンマークで行なっていた「ATRON」という名前ですが、同じコンセプトです(オスターガード氏の研究リストはこちら
https://www.researchgate.net/scientific-contributions/69622667_Esben_Hallundbaek_Ostergaard)。

たとえば壊れた橋があったとします。その横にトラックが横付けして、運ばれて来た橋の部材が橋を自動的に、自律的に「セルフビルド」しなおす。また、ダムが崩壊したときに緊急的にモジュール化された部材が自動的にセルフビルドで修復していく。そんな構想をイメージしていた研究でした。


筆者

そういう研究をなさっていた方が、どうして研究者をやめて、会社を立ち上げてビジネスへの道に?


オスターガード氏

産業界のなかで新しいタイプのロボットが必要とされているというニーズが見えたからです。研究は「研究のための研究」になっていってしまいがちです。「会社を作りたかった」というよりも、研究で何も結果を出さないのではなく、最終的に何かを作り出したかったのです。

私は基本的なコンセプトとして、単に良いことをするだけではなく「良いことをする(Doing good)ためには、うまくすること(Doing well)と両輪でなければならない」と思っています。何か「良いこと」をやろうと思ったら、それは結果として「うまくできないと」いけない。そうでないと「良いこと」はできないはずだと。

つまり、世の中で何か「良いこと」をしたいと思ったら、経済的観点から見ても「うまく」やる。それによって、その「良いこと」というのは小さいところでちょっと「うまく」やるだけではなく、より持続可能な広がりを見せる「良いこと」になる可能性があるということです。

ですので、ただ単に大量生産のものを作るのではなく、ロボットを活用することで、より良い製品を生むようなものを作りたいと思ったし、また工場での生産者は、ただ単に製品を作る「ロボットとしての人」ではなく、ロボットのプログラマーになって欲しいと思っています。それをやるための一番良いやり方は起業することだと思ったんです。


筆者

それが先ほどの「インダスリー5.0」ですね。


オスターガード氏

そうです。





スタートアップが盛り上がることは日本経済にとっても重要

オスターガード氏

私からも質問していいですか?


筆者

なんでしょう?


オスターガード氏

日本で、技術系のスタートアップはどういうふうに見られていますか?


筆者

そうですね。「クールだ」とは思われているんじゃないでしょうか。数も、徐々に増えています。


オスターガード氏

それは良いですね。日本は、従来型の大企業が独占している市場だと思われています。それは技術における革新やイノベーションにおいてはあまり好ましい環境とは言えません。スタートアップシーンが盛り上がり、より多くの投資家が投資するようになることは日本経済にとっても、とても良いことです。スタートアップはリスクがありますし、給与も下がるかもしれない。「それでもスタートアップで働きたい」と思う人が増えることは、日本の国にとっても重要なことです。


筆者

一般的には、徐々にですが、スタートアップを起業したり、「そこで働きたい」と思う若者は増えつつあると思います。いっぽうで大学で既に職を得ていた方が大学を飛び出るというケースはまだまだ珍しく、めったにいません。それで、あなたがどうして大学を出て起業されたのか伺いたかったんです。


オスターガード氏

私はいつも新しいことを始めたがる人間だったんです。どちらかというと「どうして、あなたみたいな人が教授をやっていたんですか」と質問されるほうが合ってるくらいですよ(笑)。

そもそも大学にいた理由、研究を始めた理由は、先ほどの「ATRON」のプロジェクトが面白いと思ったからです。生命の起源や細胞生物学に関係する技術プロジェクトだと思ったからです。私は自己組織化、宇宙の秩序の起源についても研究したことがあったんです。ビッグバンで宇宙が生まれたのは誰もが知っていると思いますが、宇宙の秩序がどうやって生まれたのかという興味でした。たとえば日本のなかに大都市が生まれていくような秩序です。そのような秩序はどこから生成されるのか。そういう起源が知りたいと思っていました。

それはAIの研究にも繋がっています。AI研究のなかに身体性(Embodiment)に関するものがありますが、先ほど話に出たロドニー・ブルックス氏(iRobot社、リシンクロボティクス社の創業者、サブサンプション・アーキテクチャの提唱者)とは、20年前に身体性AIの研究を一緒にやっていました。そういう意味では、リシンクロボティクスとユニバーサルロボットは、当時一緒に研究をしたところから始まっています。

そもそも宇宙の起源を考えた時に、宇宙に秩序が生まれたのは、意識が関わっていると思っています。製品に対しても、工場で実際に働く人が価値を与えているべきだと考えています。そうじゃないと、せっかく人が働いているのに人の意識は何ら製品に反映されないことになってしまいます。それは、人の意識の無駄遣いです。


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森山 和道

フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!

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