「量子コンピューティングとAI技術」をキユーピーが惣菜工場に導入 熟練者が30分で作成する複雑なシフト表をわずか1秒で生成

惣菜工場で膨大な数の従業員の「シフト最適化」を実施したところ、熟練者が30分で作成する複雑なシフト表を量子コンピュータはわずか1秒で生成した。

キユーピー株式会社は、惣菜工場において量子コンピューティング技術を活用した製造サインのシフト最適化プロジェクトを本格的に開始した。これは、経済産業省が推進するロボットフレンドリーな環境を実現するための研究開発事業「令和2年度 革新的ロボット研究開発等基盤構築事業」に採択されているものとして実施されている。主なポイントは「量子コンピュータによる高速シフト計算検討」と「AIによる需要予測と協調領域データレイク検討」。
量子コンピュータ関連ビジネスを手掛けるグルーヴノーツが発表した。キユーピーはグルーヴノーツのクラウドプラットフォーム「MAGELLAN BLOCKS」(マゼランブロックス)を採用し、これまでも様々な実証実験に取り組んできたという。


働き方の未来を「量子コンピューティング×AI」で革新へ

キユーピーは、マヨネーズやレトルト食品などの「調理・調味料事業」、パッケージサラダや惣菜を提供する「サラダ・惣菜事業」、卵素材や加工品の「タマゴ事業」など、食品5事業+物流事業を展開する食品メーカー。惣菜市場は10年連続して拡大を続け、キユーピーの「サラダ・惣菜事業」の売上は、調理・調味料事業、タマゴ事業に次ぐ構成比(2019年度:16.5%)を占める。

しかし課題もある。
惣菜を作る工程においては、その見た目や重量など厳密な盛り付け基準が設けられていることなどから、最も多い人手を要している。ベルトコンベアを囲んで多くの従業員が24時間交代制で働いている。今後、ますます人手不足の深刻化が予測される中、人手を増やさずに、従業員の負荷軽減を図り、生産性を最大化するため、ロボットの活用が急務と考えている。

ロボットを導入する上では、人とロボットの役割分担を踏まえ、業務オペレーションやシフト体制の再設計が不可欠。加えて、短時間勤務など人の多様な働き方を可能にする働き方改革を推進していくにあたり、最新テクノロジーの活用や高度なシフト管理システムの導入が求められていた。


量子コンピュータによる「シフト最適化プロジェクト」を始動

シフト計画を作成するには、本人の労働条件や休暇希望、製造ラインごとに求められる人数・スキル要件、勤務間隔、人件費、人と人の相性など、様々な条件を考慮する必要がある。こうした多くの条件を満たした上で、様々な組み合わせパターンの中から最適な答えを解く問題は「組合せ最適化問題」といわれている。
組合せ最適化問題を解決するテクノロジーは、量子コンピューティング技術の中で「イジングマシン」(または、量子アニーリング)と呼ばれ、実現には最も近い技術のひとつだ。

それぞれの要望を汲み取り、最も良いシフトを作る難しさ(イメージ)

グルーヴノーツはイジングマシンを活用して業務上の様々な組合せ最適化問題を解くモデル(イジングモデル)やアプリケーションを独自に開発し、「MAGELLAN BLOCKS」として提供。シフト最適化や製造順序最適化、物流最適化など、企業が抱える組合せ最適化の実問題を解くことに成功してきた。
そこでキユーピーは、グルーヴノーツを最適生産体制の実現に向けたテクノロジーパートナーに迎え、両者が共同して惣菜工場における製造ラインのシフト最適化プロジェクトを開始するに至ったという。


熟練者が30分で作成するシフト表をわずか1秒で生成

これまでキユーピーとグルーヴノーツが行った実証実験では、「MAGELLAN BLOCKS」のイジングモデルでシフトを作成したところ、例えば熟練のシフト作成者が30分かけて作成したシフト表と比べて、遜色ない精度、実運用で使える結果をわずか1秒で示した。
イジングマシン活用の効果は確認され、従来は複雑すぎて考慮しきれなかった条件や、従業員が求める新しい働き方の要件、新型コロナウイルス感染症対策として密集を回避した配置基準などを加味して、“働く人にやさしい”快適かつ最適なシフト作成が可能になることなどが期待できる。




工場全体の最適化における標準モデルの創出へ

また、この事業の取り組みとして、人とロボットの共存を考慮したシフトおよび製造順序の最適化に向けた検討を進めているく予定だ。さらに、「MAGELLAN BLOCKS」のイジングモデルによる最適化と、AIによる需要予測を組み合わせて活用することで、日々の需要量に応じた製造計画の策定、製造順序の最適化、シフト最適化、番重(食品用コンテナ)の積み付けの最適化、物流の最適化などにも取り組めるとしている。
工場全体の最適生産体制の構築に向けた支援が可能になる。


今後はさらに両者で、量子コンピューティング技術やAIを活用して、工場内の様々な課題に取り組み、さらには取り組んだ成果を食品業界モデルとしてソリューション展開していくことで、業界全体の課題解決に貢献したい、としている。


高性能なロボットより、人と調和したロボットが必要

製造ラインにおいて、人とロボットが共に働くオペレーションをシミュレーションした結果、ロボットは高性能であるよりも、人間の動きと調和したときに時間あたりの生産量が最大化することがわかっているという。

高性能のロボットをラインに投入しても、人の作業が追い付かずボトルネックになる


「AIによる需要予測と協調領域データレイク検討」について

食品ロスや機会損失を削減し、業務効率化を図ることを探るプロジェクト。
需要に対する生産量の適正化に向けて、小売と食品メーカーが協調し、協調領域として共通するデータや需要予測に必要なデータの標準化を図るため、データ範囲の定義、 管理・運用方法について検討する。


経済産業省「令和2年度革新的ロボット研究開発等基盤構築事業」は、「施設管理」「小売」「食品製造」等の人手不足が顕著な分野へロボットを導入していく上で、導入コストの低減につながるロボットを導入しやすくする環境(ロボットフレンドリーな環境)の整備が重要と考え、「食品製造」分野の研究開発を実施する事業者としてキユーピーが採択され、そのパートナーにグルーヴノーツが参画している。

グルーヴノーツの量子コンピュータ×AIの開発分野は下記の通り。
【“量子コンピュータ×AI”クラウドプラットフォーム「MAGELLAN BLOCKS」事業】
・量子コンピュータ/AI/ビッグデータを誰でも手軽に利用できる「MAGELLAN BLOCKS(マゼランブロックス)」およびコンサルティングの提供。
・都市における(1)状況の可視化・分析、(2)変化の予測・シミュレーション、(3)最適化により、快適で人間性あふれる都市サービスを創出する「City as a Service(シティ・アズ・ア・サービス)」の提供。




また、キユーピーは「ロボットフレンドリーな環境構築支援事業」を下記の研究内容で取り組んでいることを発表している。


【研究開発内容】
1.惣菜盛付のための、ロボットフレンドリーなシステムインテグレーション仕様策定
1-1:盛付方式の仕様決め
1-2:製造ラインの構想設計
1-3:アームロボットの仕様決め

2.惣菜盛付運用時の全体最適化、ロボットフレンドリーな環境構築の検討※2
2-1:AIによる需要予測と協調領域データレイク検討
2-2:量子コンピュータによる高速シフト計算検討
2-3:商品マスターとMES※3連携

※2 ロボット導入効果を最大限にするための研究。
※3 Manufacturing Execution System:製造実行システム。製造工程の把握や管理、作業者への指示や支援などを行う。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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