小型気密缶とロボットが実現する「スマートカンガルー」 固形製剤工場の無人化
各業界で自動化が進まない理由の一つに、「ほとんどが自動化できているものの、工程の一部が自動化できず、その人手を削ることができないから」という理由が挙げられることが、しばしばある。
だが、人手を削ったほうが絶対に良い工程もある。専門技術展「インターフェックス」が対象としている医薬品製造・化粧品製造業界では、そういう工程が多い。この業界で特に問題となるのが「コンタミネーション(異物の混入)」である。間違ったものを入れる、あるいは汚染させてしまうリスクを減らすには、自動化が望ましい。人自体も汚染源になるからだ。
7月に開催された、2022年の「第24回インターフェックスWeek東京」の会場を歩いていると、2019年のインターフェックスで見かけた、あるソリューションが目に止まった。六菱ゴム株式会社と日揮株式会社が共同開発した気密缶容器を使って、株式会社日本設計工業がシステムインテグレーションしたシステムである。この小型気密缶を使うことで、自動化工場を無人化できるという。
日揮と六菱ゴムによる自動化対応気密缶「BLAT」
容器の名前は「BLAT」。バンドレス気密容器システム(Band less Air Tight)の略だ。この手の容器は鋼製クランプバンドを使って密封されており、人が手動で締め付ける必要があった。
そこに、六菱ゴム独自のHEXAチューブを採用することで、密封・開放を自動化した。このHEXAチューブは屈曲部がある中空構造のシリコーンゴムのシールで、中のエアを抜いたり入れたりすることで、シール自体が収縮・拡径できる。この仕組みによってチューブ内が常圧のときは密閉され、吸引すると開放になる。つまり普段から締め付けて密閉するのではなく、開閉するときだけ陰圧にすればいい。このエアー吸引をロボットに操作させることで、容器開閉の工程を自動化できる。
「スマートカンガルー方式」による固形製剤工場の無人化
2019年のインターフェックスで、日揮は、この気密缶を使った次世代固形製剤工場向けソリューション「スマートカンガルー方式」を提案していた。「スマートカンガルー(SMART Kangaroo)」とは「Small container & Robot Kangaroo」の略。
「カンガルー方式」とは、室内で材料や中間製品をリフターやAGV等を使って、持ち上げて投入しながら水平に運ぶ様子を、あたかもカンガルーがピョンピョンと飛ぶ姿に見立てた製造方式のことである。通常は人がリフターなどを使ったり、人手で持ち上げて投入している工程だ。そこにロボットを導入することで、作業者は重量物を持って昇降する必要がなくなる。省人化・軽労化、そして無人化が可能になる。
ちなみに今回のこの「BLAT」は小型缶だが、それでも最大で80kg程度の重さとなるという。それを持ち上げて投入してまた受け取って次の工程へ運ぶのは、かなりの重労働だ。だから自動化のニーズがある。
ロボットを使って、デパレタイズ、ID確認、蓋開け、供給、収缶、蓋閉め、重量確認、パレタイズ、さらに洗浄も全て自動化する。さらに自動化対応気密缶「BLAT」を使って従来は困難だった気密缶の蓋開閉を自動化することで、工場全体を無人化してコンタミネーションを防ぎ、省人化に貢献することを目指そうという考え方だ。
無人化すると良いのは汚染を防げるだけではない。医薬品のなかには「高活性医薬品」と呼ばれる種類のものがある。抗がん剤など、人に対する作業が強く、扱いに注意を要する薬剤だ。それらを扱うのには危険が伴うので、無人のほうがいい。
田村薬品工業の工場で稼働中
■動画
2019年のときに出展されていたのは、この缶とパネルだけだったが、当時、説明員の方に丁寧かつ熱く語ってもらったこともあり、筆者の記憶にとても強く残っていたのである。そして今回の展示では実際にロボットが扱う様子が披露されていた。
田村薬品工業株式会社が2019年に竣工、2020年に稼働開始した和歌山県橋本市の紀ノ光台工場のラインに導入されているものと同じで、インテグレーションを手がけたのは静岡県浜松市の株式会社日本設計工業。小型気密缶を使って各工程間をロボットがつなぎ、完全自動で錠剤を製造しているという。
ロボット自体は川崎重工製で、上には防護服が被せられていた。おおよそ150kg可搬くらいが必要だということと、用いる部屋の大きさから選定したとのこと。
ネックとなっている部分を工夫することで完全自動が可能に
これは錠剤製造工程の自動化の例だが、冒頭で述べたように「ここに人手が必要だから自動化できない」という工程は、様々な業界に存在しており、取材の折に本当によく聞く言葉の一つでもある。だが本当に自動化できないのか。ロボットが扱えるようにすることはできないのか。ネックとなっているといっても、工程のうち、ちょっとした部分なのだから、製造品質やサービスの質を変えずに工夫することはできるのではないか。
実は、あちこちの業界にこういう話が隠れているのではないかと思う。各分野でもう一歩踏み込んだ工夫を行うことで、一気に自動化が進み、それは様々な課題をクリアすることにも繋がる—-。そんな例が増えることを願っている。
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森山 和道フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!