NTT バイオデジタルツインの構築・検証へ前進 生体器官の運動を模倣する光駆動型オンチップ運動素子の開発 オンチップ型臓器モデル

日本電信電話株式会社(NTT)は、バイオデジタルツインの実現に向けて、光刺激で素早く動くハイドロゲル(網目状の高分子の中に大量の水が保持された柔らかい材料)薄膜を、同社独自のオンチップ構造形成法により生体を模した薄膜・管状構造とすることで、生体器官の動きを再現できる運動素子を作製することに成功したことを2023年3月29日に発表した。

今回同社では、培養基材としても使用されている温度応答性のポリイソプロピルアクリルアミドゲルの薄膜を、光に反応して発熱する金ナノロッドと複合化し、光刺激で体積変化が可能な材料を設計・作製。さらに独自手法で本材料を生体に類似した薄膜・管状構造へと形状制御することで、光刺激による腸管の分節運動と蠕動(ぜんどう)運動を、生体器官に匹敵する性能で実現。

同成果は、チップ上に生体内環境を再現する基盤技術であり、多角的・精細な各種臓器のデータ取得が可能なオンチップ型人工臓器( =生体機能チップ/Organ-on-a-chip )の創製を通じて、バイオデジタルツイン(Bio Digital Twin)の構築・検証につながるものと期待される。 (※冒頭の画像:オンチップ型人工臓器のイメージ)



センサ基板上などで生体機能を再現可能なオンチップ型人工臓器

生体外において細胞を培養し、臓器のような高度な生体機能を人工的に再現する技術は、細胞生物学や再生医療、創薬などの幅広い分野において重要だ。特に、センサ基板上などで生体機能を再現可能なオンチップ型人工臓器が実現できれば、細胞レベルの解像度で各種臓器の様々な情報を精細なデータとして取得でき、それらのデータをもとに自身をデジタル空間で再現したバイオデジタルツインの構築につながることが期待される。
加えて、モデルから予想される各種パラメータを入力し、実際の臓器と比較したモデルの妥当性を検証する実機としての貢献も考えられる。このオンチップ型人工臓器の創製に向け、細胞の培養環境をいかに生体内に近づけられるかが課題であり、「生体に優しい材料」「生体に近い形状」「生体内の刺激環境」を同時に実現できる技術が求められてきた。


ハイドロゲルに着目

研究グループではこれまでに、高い生体適合性を示すハイドロゲルに着目し、3次元形状へと構造化する技術を研究しており、ハイドロゲルは網目状の高分子に大量の水が保持された柔らかい材料であり、臓器や軟骨など人間の体を構成する材料と非常によく似た性質を示すことから、医用材料や細胞培養の基材として広く利用されている。
このような生体に優しい本材料の「水を吸って膨らむ」膨潤という性質と、「折れ曲がりながらはがれる」座屈剥離という物理現象を利用した独自のオンチップ構造形成法を用いることで、生体に類似した薄膜・管状構造へと形状制御することに成功している。同形状を生体器官のように複雑に動かすことを実現することで、生体内の動的刺激環境をも再現可能なプラットフォームとして、オンチップ型人工臓器創製の進展が期待される。なお、同研究の詳細は、米国東部時間2023年3月16日、米国科学誌「Advanced Functional Materials」に掲載されている。

▼論文情報

掲載誌 Advanced Functional Materials
論文タイトル Biomorphic actuation driven via on-chip buckling of photoresponsive hydrogel films
著者 Riku Takahashi, Aya Tanaka, Masumi Yamaguchi
DOI 10.1002/adfm.202300184
【座屈剥離】:薄膜を両端から圧縮することで、中央部が湾曲しながら浮き上がり、アーチ状の構造へと変形する。これが、折れ曲がりながら(座屈)はがれる(剥離)という座屈剥離現象。




研究の成果

同研究では、「光で素早く動かせる」ハイドロゲル薄膜を設計・作製し、オンチップ構造形成法を適応させることで、光駆動型の運動素子を作製した(図1)。細胞培養基材としても使用されている汎用的な材料である温度応答性のポリイソプロピルアクリルアミドゲルと光熱変換材料である金ナノロッドを複合化することで、光刺激箇所のみ水を吐き出させ、収縮変形させることができる。

図1:光駆動型オンチップ運動素子の概要

同材料にオンチップ構造形成法を適応させることで、座屈剥離に基づく薄膜・管状構造が得られることを実証した。こうして得られた生体とよく似た薄膜・管状構造は、光照射によって生き物のように滑らかに素早く動かすことができ、高速応答・大変形・局所応答が可能な運動素子として世界トップレベルの性能を実現(図2)。さらに光刺激を制御することで、腸管の分節運動と蠕動運動を生体に匹敵する性能で再現することに成功した(図3)。

図2:高速応答・大変形・局所応答が可能な運動素子

図3:生体器官を模倣した運動の再現デモンストレーション




技術のポイント

生体器官の運動模倣が可能な高性能運動素子を作製するために同実験で用いた技術のポイントは以下の2点となる。


素早い変形が可能な光応答材料

基材となるポリイソプロピルアクリルアミドゲルを多孔質化することで、水の出入りの高速化が可能になっている。また、光熱変換材料である金ナノロッドの含有量を調整することで、応答温度である35℃まで迅速に加熱できる設計にした。これにより、光照射による発熱で、高速収縮変形が可能なハイドロゲル材料を作製することができた。


大変形が可能な座屈変形機構

座屈剥離によるオンチップ構造形成法は、薄膜材料を平面状態(2次元)から座屈状態(3次元)へと大きく変形させることが可能。この座屈変形機構により、ハイドロゲルが水を吸って膨らむ通常の膨潤変形と比較して1桁大きい変位増幅が可能であり、世界トップレベルの性能を実現することができた。



今後の展開

今回実現した高性能な運動素子は、チップ上に生体内環境を再現する基盤技術として、細胞培養と合わせることでオンチップ型人工臓器創製につながり、細胞生物学や再生医療、創薬などに役立つことが期待される。また、今回提唱した座屈変形機構は、幅広い薄膜材料に適応可能な運動素子の作製手法としてソフトロボティクス分野での応用が考えられる。さらには、チップ上に作製した流路形状の動的制御による、マイクロフルイディクス分野での利用も期待される。同社は同研究を通じて得られる多くのデータにより、バイオデジタルツインの構築・検証を進め、人々が健やかで心豊かに生活できる活力ある社会の実現をめざすと述べている。


NTT技術ジャーナル記事:https://journal.ntt.co.jp/article/13473

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