国立大学法人 北海道大学 大学院水産科学研究院と北海道美深町(びふか)、ソフトバンク株式会社は、IoTやAI、バイオロジー、3D筋骨格モデルやシミュレーションを活用して養殖チョウザメに関する産学官連携協定を2023年3月28日に締結した。低価格で高品質なキャビアを効率的に生産することを目指す。
チョウザメと言えばキャビアが有名だが、食肉としても利用されている。北海道美深町はチョウザメの養殖で町おこしのひとつにしたいと計画している。ただ、実はチョウザメには種類が多く、優良系統のチョウザメから取れるキャビアや食肉の付加価値が高いと評価されている。
そこで、AI、IoT、3Dモデリングなど、最新のICT技術を駆使して、実践的な養殖チョウザメの「優良系統の確立」に着手することになった。
3つの組織がチョウザメの「スマート養殖」に至った経緯、スマート養殖に重要なICT技術、チョウザメ養殖とキャビア生産の難しさ、なぜ3Dモデルが必要なのか等、ソフトバンク株式会社 IT統括 IT& アーキテクト本部 アドバンスドテクノロジー 推進室の室長 須田和人氏、同 担当部長の石若裕子氏、クリエイディブ制作課 担当課長 嘉数翔氏に話を聞いた。
良質のチョウザメを短期間で育て高品質のキャビアを生産
須田氏によると「養殖業にとって”良いチョウザメ”の定義はまだ確立されていません。キャビアの品質だけではなく、身のおいしさ、成長スピードなど、養殖されるチョウザメの種類や養殖環境などによっても「良いチョウザメ」の定義は異ってきます。私達はそれらを総じて「良いチョウザメ」を定義しようとしています」という。
養殖チョウザメのビジネスを考慮した場合、良質のチョウザメの個体をできるだけ短期間で育て、品質の高いキャビアや食肉を効率的に生産していくことが重要になる。
ところがそれは簡単な話ではないという。
「チョウザメは、飼育開始からキャビアの出荷まで6年以上の飼育期間が必要です。これを3~4年に短縮したい、という目標があります。また、未熟な卵が成長を始めてから一瞬でも環境汚染が発生すると、キャビアの品質に大きな影響を及ぼすとされていて、高品質なチョウザメを担保することがとても難しいのです。その意味でも育成期間を可能な限り短くすることが、品質低下のリスクを減らすことにも繋がります。
また、病気になりにくい、生命力が強いという点も”良いチョウザメ”の定義に含めたい」と続けた。
「連携協定を通して、北海道大学のバイオロジー、ソフトバンクのIoTやAI技術、美深町が養殖の実践を行ってきたノウハウを共有して協力することで、「養殖チョウザメの優良な系統の確立」を目指します」とした。
チョウザメの尾数カウントとトラッキングに成功
2014年12月、北海道大学大学院水産科学研究院および水産学部と美深町が、包括連携協定を締結し、町を挙げてチョウザメの養殖を行い、2020年にキャビアの販売が開始された。
それとは別に、2020年、北海道大学水産科学研究院からソフトバンクに打診があり、チョウザメの個数カウントや雌雄判定がAIなどのICT技術で可能かどうかの相談を受けた。これらをきっかけにして、チョウザメの「スマート養殖共同研究プロジェクト」が開始、IoTやAIを用いて、チョウザメの尾数カウントとトラッキングの成功に至った。
■【スマート養殖】リアルの生け簀で上から撮影した映像・画像トラッキング
筋骨格モデルとCGシミュレーションを開発
これを実現するために、北海道大学が持つ筋骨格モデルから標準的なCGシミュレーションモデルを作り、その標準的なモデルをベースに異なる筋骨格や動作によって個体をAIで識別するシステムの開発に取りかかり作成を行なった。クリエイディブ制作課の出番だ。
■チョウザメの3D筋骨格モデルの例
筋骨格を考慮したチョウザメの標準CGモデルを制作するとともに、個々の特徴をAIが学習、仮想の生け簀内を泳ぐたくさんのチョウザメから各個体を判別してトラッキングするしくみを目指す。
ところがAIが学習するための膨大な映像データもアノテーションのデータも存在しない。そこで3Dモデルで水槽と複数のチョウザメをシミュレータで再現し、そのデータがAIに学習させることにした。
■AIが学習するために使用するシミュレータ映像
次のステップは「チョウザメの各個体の識別と管理」
石若氏は「トラウトサーモンのように、すでに養殖における優良系統が確立されている魚種もありますが、チョウザメはまだ優良系統が確立されていません。チョウザメ養殖の難しさとして、飼育期間が長いだけではなく、親魚となる大型個体の保有数が少ないことが挙げられます。そのため、同一種同士の交配が難しく、他種と交配をせざるを得ない状況です。逆に他種との交配がしやすく、交雑種を得やすいという利点はあります」と続けた。
また、この先の研究を進める上で、重要になるのが「チョウザメの各個体の識別と管理」という。個体数のカウントとトラッキングができても、各個体がどれだけ餌を食べたか、普段と異なる動きをしているなど、個体ごとの識別と管理には繋げることができない。
3組織が協力して優良チョウザメの確立と実践研究へ
通称「函館ラボ」でAIや水産系の研究に注力している石若氏は「尾数カウントとトラッキングに成功したので、次のステップを考える段階に来ました。IoTやAIの技術をより広範囲で実用化するためには、キャビアの品質および生産量の向上が重要となります。そのため、キャビアを生産している美深町、チョウザメのバイオロジー研究を推進する北海道大学と最新技術を保有するソフトバンクの3者によるイノベーティブな取り組みを行うため、3社で協定を締結し、本格的な実用化を進めることなりました」と語った。
今後の展開
3組織の連携協定によって、北海道大学のチョウザメの生物学的知見、美深町の高い飼育技術、ソフトバンクのIoTやAIが密接に連携することで、プロジェクトの推進を図ることが可能になる、とした。
今後、チョウザメの養殖における優良系統をつくることで、低価格で高品質なキャビアの生産を行うだけでなく、水産分野における新たなテクノロジーの確立を目指す。
この研究を活かして、2024年には個体の識別、複数筋⾁シミュレーション、交配種の選定を確立する。2026年には美深町での事業展開を行い、2027年には全国展開をする目標を立てている。
研究と開発はまだ始まったばかり。これから研究と技術のブラッシュアップを重ねて精度を上げていく。
北海道大学:筋骨格モデルの解剖学の見地からの調査、チョウザメの生物学の見地からの調査
美深町:チョウザメの飼育
ソフトバンク:画像解析や機械学習による個体識別および行動分析、神経科学(Neuro Science)の見地から動きの生成、チョウザメのCGシミュレーションの作成
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。