PayPayドーム内の通信基地局をソフトバンクが公開 立入禁止の基地局エリアを見学、ドーム球場の利点と課題 ミリ波の現状を聞く

ソフトバンクは「みずほPayPayドーム福岡」の通信基地局を報道関係者に公開した。編集部は普段、関係者以外立ち入り禁止の基地局エリアを見学、技術者へのインタビューも行った。ドーム型球場ではどのような通信設備が使われ、どのような注意点があるのか? ミリ波の対応は?



観客は約4万人強、ソフトバンクは通信基地局2箇所でカバー

「みずほPayPayドーム福岡」はご存じ福岡ソフトバンクホークスの本拠地。開閉式ルーフの多目的ドーム球場だ。野球興行時の定員は40,142人、ドーム球場の建築面積は69,130平米で、外周を含めると面積で日本一を誇る。


観客約4万人のうち、ソフトバンクユーザーの通信を支えている基地局は球場内に2箇所、6階付近のほぼ対角線上に設置されている。もちろん、NTTドコモやauなど、各社の基地局も球場内に設置されている。


球場内の2箇所、ほぼ対角線上に設置されたソフトバンクの通信基地局

客席から見た基地局アンテナ

高所の点検通路、通称「キャットウォーク」を通って基地局設備へ。特別に入れてもらった


キャットウォークから見下ろすグラウンド


球場内で使用されている周波数帯(通信の基礎知識)

ソフトバンクがPayPayドームに基地局として用意している通信帯域は4G LTEと5G向け。
具体的に主な周波数を低い方からあげると、回り込みに優れたプラチナバンド(700MHz/900MHz帯)、ローバンドの1.7GHz帯、LTEに広く活用されている2.5GHz帯、Sub6(6GHz以下の周波数帯)の3.4GHz/3.5GHz帯、3.9GHz帯、そしてミリ波の28GHz帯だ。2.5GHz帯/3.5GHz帯にはMassive-MIMO技術も使われ、より高速性を向上させている。

アンテナ群。プラチナバンドと2GHz帯、1.7GHz帯LTE用アンテナ(右)

3.5GHz帯 Massive-MIMO対応のアンテナ

3.9GHz帯 Massive-MIMO対応のアンテナ。左右両側に向けて設置。

電波の特性としては、周波数が低いほど遠くまで飛び、回り込みに優れている。しかし、通信帯域が狭いので通信容量が少ない。
周波数が高いほど大容量・高速通信に優れるものの、距離は伸びず、直進性が強くなる。
PayPayドームの基地局として設置している電波で最も周波数の高い「ミリ波」(28GHz帯)は、高速大容量通信で期待されているが、現状では後ろの座席の人が立ち上がると通信の影になるほど、直進性が強く、回り込み特性には弱いという(現実的にはミリ波に対応しているスマホなどの機種が少ないので通信実践利用は少ない)。

ミリ波用アンテナ(28GHz帯)。サイズは小さい


■動画


インタビュー: ドーム球場ならではの利点と課題を聞く、ミリ波の将来は

今回、「みずほPayPayドーム福岡」の基地局を案内してくれたのはソフトバンクのネットワーク技術部、津野氏と塚木氏のふたり。見学の後、インタビューを行い、ドーム球場ならではの利点と課題を聞いた。また、通信エリアやミリ波についても聞いてみた。

聞き手

「みずほPayPayドーム福岡」の基地局について、ドーム球場ならではの特徴と注意している点などを教えてください。

津野氏

「みずほPayPayドーム福岡」はソフトバンクホークスのホームということもあって、持ちうる技術をすべて注ぎ込むつもりでやっています。球場の場合、人がいる場所が決まっていて、高いアンテナから障害物の少ない通信環境という利点がある一方で、ドーム球場には特有の反射や屈折、特に干渉が大きいので、測定結果に基づいてアンテナを設置し、パラメータの調整を行っています。また、特定の周波数に利用が集中し過ぎているときは分散するなどのバランスをとっています。

ソフトバンク株式会社 エリア建設本部 九州ネットワーク技術部 エリア技術1課 課長 津野和己氏

更には、端末機ベンターと協力して、新しい技術が出てくればトライ&エラーで改善しながら、真っ先に実践導入するように努力しています。

塚木氏

ソフトバンクが持っているモバイル向け周波数は全て使っています。金属のドーム内に屋外向けと同じ形で通信エリアを作るというのは特殊なことなので、まずはトライしてみて、結果を見てチューニングする、というのを繰り返し行ってきました。一昨年まではLTEに全力投球してきましたが、昨年と今年は5G端末が増えてきたので、5G環境に少しずつシフトしています。トラフィックの乗せ方も試行錯誤しながらやっています。

ソフトバンク株式会社 エリア建設本部 九州ネットワーク技術部 エリア技術1課 塚木健太郎氏

聞き手

調整は頻繁に行うのですか?

津野氏

開幕戦はトラフィックを慎重に見ています。シーズンオフの半年間でトラフィックの伸びや変化があるので、そこで負荷がかかっているところを探ります。開幕戦の調整を乗り切ってしまえば、シーズン中はそれほど大きな変化はないので、頻繁に調整する必要はあまりありません。

塚木氏

近年の開幕戦では、5Gに寄せてケアをしています。多くの通信事業者が同じだと思いますが、2.5や3.5GHz帯など、高い周波数で処理していく傾向が強まっているので、そのあたりを重点的にスパイク(トラフィックが急激に上昇する現象)したところを確認しながら5Gに寄せた傾向で調整しています。
細かく言えば、オープン戦、開幕戦、交流戦で観客層が異なり、各周波数を使用する分布や傾向も多少は変わってきますので、トラフィックのデータを見ながらエリアの調整や、パラメータの調整を行うことはあります。周波数のバランス調整はどの通信事業者も悩んでいる部分だと思います。

聞き手

街中とドーム球場ではどのような違いがありますか

津野氏

ドーム球場では全体のキャパシティが決まっていて、そのうちどれくらいの割合でソフトバンクユーザかを調べれば最大の使用量の概算が算出できます。通信が集中するのは試合の前後とイニングが変わるタイミングです。通信バンドを予め束ねておいて、状況に合わせて調整する考え方です。
一方、街中はユーザが動いているのとキャパシティも変わるので、最大の通信量を想定するのは難しいですね。日頃の使用頻度や使用量を見て、スループットが出ていない部分を判断して調整します。

聞き手

ソフトバンクはこのドームで観客にVRやマルチビューなどを活用したイベントを行ったことがあります。そういう際は特別に周波数の調整などを行ったのですか?

塚木氏

あの時はミリ波を使いました。4Kや8Kといった高画質の映像を使用するにはミリ波のように大容量・高速の通信帯が必要になってきます。ただ、今はまだミリ波に対応した端末が少なく、ミリ波の大きなバンド幅には余裕があるため、特段に調整は必要ありませんでした。今後、ミリ波に対応した端末が増えて普及してくれば、調整は必要になってくると思います。

聞き手

コンサートやライブイベントの時、野球とはどのような変化がありますか?

塚木氏

コンサートやライブイベントは野球と異なって、グラウンドの部分にアリーナ席ができてエリア分布が変わることと、収容人数も増える場合があります。こまかく言えば、ステージをどちらに作るかによっても、人の分布は変わってきます。そのため、ライブイベントごとに併せてその都度調整するというのは難しいです。通信が集中するのは、ライブの前後(ライブ終了後が圧倒的に多い)のみです。

聞き手

ミリ波対応についての状況や備えについて教えてください

塚木氏

見ていただいたとおり、ドーム内にはミリ波のアンテナを設置し、街中にもそれなりにアンテナをセットして備えはしています。将来的に日本でシェアが高いiPhoneが対応すればミリ波の利用頻度は上がると予想しています。
ただ、ミリ波の電波は人を通さないため、スマホを持つ自分自身の身体で遮蔽されてしまうことも多く、測定するのにもひと苦労しているのが現状です。街中に比べれば、球場は障害物が少なく、見通しが良い場所に基地局を設置できるのにも関わらず、ミリ波の通信には四苦八苦しているのが実状です。そのためミリ波の使用頻度が上がり始めた時は各通信事業者とも相当、試行錯誤して、調整と対応を繰り返しながら快適な通信環境を模索していくことになると予想しています。

聞き手

今日はとても勉強になりました、ありがとうございました。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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