ソフトバンク株式会社は、独自のアンテナ技術を活用して、300GHz帯テラヘルツ無線を用いて、固定基地局から送信して、屋外を走行する車両が受信する実証実験に成功した。その距離は約140m。これにより、固定通信や近距離通信といった用途での活用が多く想定されているテラヘルツ無線のユースケースとして、走行する車両向けの高速通信という新たな用途の実現の可能性を示した。
同社は2024年6月4日、都内で報道関係者向けの300GHz帯テラヘルツ通信実験を公開。新開発の「コセカントアンテナ」を搭載した車両に報道陣を乗せ、歩道橋に設置した基地局から送信、走る車両で受信する体験会を実施した。
テラヘルツ通信の体験レポート
テラヘルツ通信とは、100Gbps以上の超高速の伝送速度を実現し、Beyond 5G/6Gでの実現が注目されている技術のひとつ。電波と光の中間の周波数帯域100GHzから10THzを使用する。従来の10倍以上も高速大容量で通信できることが期待されている。一方で課題も山積みで、その一つが直進性が強く(回り込みがほぼできない=障害物/遮蔽物に弱い)、かつ距離が遠くなった時の電波の減衰(伝搬損失)が大きいことをまず念頭に置くと今回のデモが解りやすい。
送信基地局
今回の実証実験と報道陣向けデモは、ソフトバンクの本社ビル付近の道路上で実施した。送信側は、地上約10mの高さにある歩行者用デッキ(歩道橋)に、新開発の「コセカントアンテナ」(後述)を取り付けた基地局相当の無線機を設置してテラヘルツ電波を送信する(実際には、5Gの変調信号を300GHzに変換して送信)。
受信する測定車
受信側は、測定車の後部ルーフに「コセカントアンテナ」を取り付けて、300GHzのテラヘルツ電波を受信。5Gの周波数に変換する機材を搭載した。
報道陣を乗せた実験車両は歩行者用デッキの下から発車し、下を通る直線道路上を走行。受信信号の測定結果がモニタにリアルタイムに表示され、報道陣は受信状況を確認できた。
測定開始
報道陣が乗り込んだ位置では電波はつかめていない。基地局の真下付近は受信ができない。
測定車が発車して少し行くとテラヘルツ電波をつかんだ。
車の走行速度は徐行から道路の制限速度である時速30kmまで変化させながら測定を行う。走行中でも基地局の近くから道路の突き当たりまでの約140mの区間においては、走行中でも安定して試験信号を受信して復調できることを確認した(デモも同様)。
突き当たりを曲がった瞬間に通信は途切れた
今回は道路の突き当たりを曲がった瞬間に通信は途切れ、テラヘルツの直進性が予想通りシビアであることも体験できた。
今回は、道路の長さの制限によって140mまでの測定に留まっているが、通信不可となる電力の減衰まで、まだ余裕があった。実際にはさらに長距離のエリア化は可能であることがうかがえた。
■ソフトバンク テラヘルツ通信の実演を公開
テラヘルツ通信とは
テラヘルツ通信とは前述の通り、100Gbps以上の超高速の伝送速度を実現し、Beyond 5G/6Gでの実現が注目されている技術のひとつ。ただ、テラヘルツ無線は5Gで利用される「ミリ波帯」と比べた場合、より広い周波数帯が利用可能なため、超高速無線システムを実現する技術ではあるものの、前述の特性から、どこでも気軽に使えるスマートフォンやモバイル通信には不向き、という見方もある。そんな中でもソフトバンクはモバイル環境での実用化に挑戦している。
ソフトバンクは「Beyond 5G/6Gに向けた12の挑戦」を掲げ、その中では「技術の挑戦」として「周波数の拡張」に「テラヘルツ通信」をあげている。
テラヘルツ無線の周波数帯は、前述のにように電波の伝搬損失が大きいことから、実用化のためにはビームを細くして電力を集中させ、電波を遠くまで飛ばす研究を進めてきた。通信可能な距離を伸ばすことで、光ファイバーの代替技術として、光ファイバーの敷設が困難なエリアにおける高速通信としての活用などが期待されている。
Beyond 5Gや6G研究が本格化へ
通信業界の技術研究や革新は既に「Beyond 5G」や「6G」に向けたフェーズに入っていて、6Gのロゴマークも策定され、2024年から本格的な技術策定や標準化が活発になると予想されている。
ソフトバンクは「テラヘルツ無線」を「移動通信」として利用するための研究開発を進めてきた。これまでに屋外での通信エリア構築の検証に成功し、見通し外でもテラヘルツ通信ができる可能性があることも確認済みだ。一方で、端末向けの通信での活用には、直進性を考慮して常にビームを追従するシステムの開発が必要とされてきた。課題としては、装置の複雑化や端末を追従する精度が求められる。
また、既存の移動通信の基地局のように、通信エリアを広げようとすると、電力が分散してしまうため、テラヘルツ無線の通信エリアがかなり小さくなってしまうという課題もある。
そこでソフトバンクは、通信エリアを車道のみに限定することで電力の分散を防ぎ、通信可能なエリアを広げることができると考え、屋外を走行する車両向けのテラヘルツ無線通信エリアを構築する実証実験を行なった。
スマホでの通信の前に車両向けにフォーカス
本筋ではスマートフォン向けのテラヘルツ通信を研究開発したいものの、前述のように基地局のカバー範囲に加え、アンテナの小型化や省電力化に大きな課題があり、スマートフォン向けの視点はひとまず置いておいて、実現の現実性から車両向けに視点を変えて今回の実証実験に至った。
将来的なユースケースとしては、信号や看板などに設置したテラヘルツ基地局とコネクテッドカーとで超高速なテラヘルツ通信を行う。カバー範囲は数100mで、信号停車中や移動中に大容量のデータ通信を行うことで、車両のドライブレコーダーの大容量の動画を瞬時にクラウドに送ったり、自動運転車やコネクテッドカーとの情報のやりとりに活用するなどが考えられる。
車両向けのテラヘルツ無線通信を実現する技術
「車両向け」のテラヘルツ無線通信としても課題はあった。
通常の基地局では、なるべく広い通信エリアを構築するため、「利得」の高い「セクターアンテナ」が採用されている。「利得」とは、アンテナに入力された電力に対して、アンテナの任意の方向に、どの程度の電力を出力できるのかを数値化したもの。利得が高ければ、より指向性が強い電波を放射することができる。
通常はこうしたアンテナでは、水平方向は広く、高さ方向は鋭くなるように電波が放射されるが、基地局のごく近くでは、少し離れたところに比べて電波が弱いという現象が起きることがあるという。そこで、車両向けのテラヘルツ無線通信では、水平方向を鋭く、高さ方向に広い電波を放射することで、車の走行方向に対して安定するようなエリアを構築した。
コセカントアンテナのレプリカを公開
また、今回の車両向けのエリア構築においては、コセカント2乗ビームの特性(コセカント2乗特性)を応用。コセカント2乗特性とは、航空レーダーで利用されている技術で、高低差のある送受信アンテナの水平距離にかかわらず、基地局と端末それぞれの受信電力が一定となる特性のこと。
この「コセカント2乗特性」を通信で実現するには、特殊なアンテナ構成が必要で、ソフトバンクはコセカント1乗ビーム特性のアンテナ(コセカントアンテナ)を独自に開発。それを基地局と端末の双方に用いることで、高いアンテナ利得を維持しながら「コセカント2乗特性」を実現して、受信電力を一定にするシステムを考案した。
なお、こうした特殊な特性のアンテナは、既存の移動体通信の周波数帯ではサイズが大きくなってしまうが、テラヘルツ波は波長が短いため、基地局用で1.5cm×1.3cm×1.0cm、端末用で1.5cm×1.3cm×1.5cmサイズを実現した。
所感
今回はテラヘルツ通信が、どの程度の距離でどれくらい減衰できるか、曲がった途端に切れる直進性のリアリティを体験する良い機会になった。
一方で、テラヘルツの大容量高速通信はまだ体感する段階には来ていない点は残念だったが、次回以降のデモを楽しみに待ちたいと思う。
また、雨など天候の影響を受けることもテラヘルツの懸案事項だが、ソフトバンクは大きな障がいにはならないという感触のようだ(実証実験はこれから)。車載用となると、実際にはピンポイントの通信になるので、基地局のハンドオーバーも気になるところだが、その点の開発や実験もこれからということだった。
テラヘルツ通信は実証実験がはじまったばかり。3年前にはじめて筆者がテラヘルツ実験を見た時は、屋内でわずか数10cmの距離での無線通信、更には送信機と受信機の間を手のひらで隠すだけで通信が途絶するような状況だった。それがいよいよ屋外で百数十メートルまで送受信が可能になったのだから、大きな進歩だといえるだろう。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。