東芝は、同社の量子インスパイアード最適化計算機「シミュレーテッド分岐マシン」(Simulated Bifurcation Machine:SBM」を用いて、5G通信の最適な時間と周波数の割り当て(リソース割当)を行うリソース制御アルゴリズムを開発した。これを5G規格で活用し、5Gで期待されている最小伝送遅延速度「1.0ミリ秒」を達成するために必要な0.5ミリ秒以下で20端末のリソースを割当てることに世界で初めて成功したことを発表した。この技術の成果は、2024年4月21日~24日に、アラブ首長国連邦ドバイで開催される国際会議 IEEE WCNC 2024で発表する。
この発表には抑えておくべきポイントが大別して2つある。ひとつは量子インスパイアード最適化計算機「シミュレーテッド分岐マシン」(SBM)で0.5ミリ秒以下で周波数のリソースの割り当てを瞬時に計算すること(超高速な最適化問題の解決)、もうひとつはその技術を5G通信に活用することで、5G通信の低遅延性能を引き出すことだ。
なお、発表に伴い、事前に報道関係主向け説明会が開催され、株式会社東芝 研究開発センター、情報通信プラットフォーム研究所 ワイヤレスシステムラボラトリーから、シニアマネジャーの松尾綾子氏、エキスパートの谷口健太郎氏、スペシャリストの小畑晴香氏(冒頭の写真)が登壇した。
5Gの理論上の低遅延性は達成できていなかった
5Gは高速・低遅延・多数同時接続という特徴があるものの、5Gの規格内に低遅延で複数端末を同時通信は実現されておらず、それにはリソースの割当を行うのが困難という課題があった。
今回、東芝が発表した技術によって、同時に低遅延で複数台の端末と通信が可能となり、効率的な通信環境を実現。工場や倉庫といった産業や物流の現場における産業機器のリモート制御や自動化の加速に貢献できる、としている。
また、 携帯電話基地局や5Gの導入を進めるやさまざまな現場で本アルゴリズムの活用を想定しており、今後これらの事業者に広く提案し、社会のDX推進に貢献する考えだ。
「低遅延」のリソース最適化を量子技術「SBM」で挑んだ
労働人口の減少によって、工場や倉庫では知識・技術の継承や人手不足が深刻な課題となっている。課題解決のためにIoT化を通じて、ロボットを活用した荷物の運搬の自動化や 、業務プロセスの改善が進められている。
その一方で、複数台のロボットが相互干渉することなく 効率よく稼働するためには、同時に複数のロボットと通信し、リアルタイムに制御することが必要であり、高速・低遅延・多数同時接続 の特長を持つ「5G」の活用への期待が高まる。また、「ローカル5G」も登場して、今後の普及が見込まれている。
しかし一方で、高速・低遅延・多数同時接続であるはずの5Gはその性能を発揮できておらず、複数端末に対しては、通信品質などのさまざまな要件を考慮して、どのリソースをどう割当てるかを瞬時に判断する能力が追いついていない。そのため、本来、期待されているはずの最小伝送遅延である「1.0ミリ秒」を達成は難しいのが実状だった。
東芝は、この課題を解決するため、膨大な選択肢から最適なものを選び出す組合せ最適化問題を超高速に解くことができ、既に金融、創薬、AI、無線などさまざまな領域で活用されている「SBM」を5G通信のリソース割当に起用したが、複雑で膨大な計算量のため、当初は目標の0.5ミリ秒以上の時間を要していた。
そこで同社は、1度で複雑で膨大な計算を行うのではなく、2度に分けて小さい計算を行うアルゴリズムを考案した。一度めは5G規格によるリソース割当の制約を緩和した条件で リソース割当の最適化問題をSBMを使って解いた上で、その解と統計情報を用いてさらに 5Gの制約を満たすリソース割当の最適化を行う2度めの最適化計算を行う方法だ。
その結果、2段階で行うリソース制御アルゴリズムの方が2度計算を実行したとしても短時間で効率のよい結果が得られ、目標の0.5ミリ秒以下でのレスポンスを実現した。
このアルゴリズムの実証は、シミュレータ上で行われたもので、リアル環境では今後検証が必要となるだろう。シミュレータ上で行われた実証では、20端末(自動搬送ロボット)をランダムに配置してそのチャネルを計算し、その結果をSBMに渡して解くことを1000回繰り返した。1000個のサンプル問題に対して、SBMを応用したリソース制御アルゴリズムの検証を行い、従来から知られているGreedyアルゴリズム(端末の順番を決めて、順番に品質の良いチャネルから詰めていくアルゴリズム)を10万回、繰り返して探索した割当よりも質の良い割当が可能になることを確認した(下図)。
これは従来手法では局所的な 最適を行うのに対し、SBMでは全体最適を行うことができるため。さらに、SBMではすべてのサンプル問題に対して、0.5ミリ秒以内に割当可能であることを世界で初めて確認するに至った。
これにより、産業現場で自動化のために導入されるロボットを数ミリ秒の高速レスポンス環境で動作させることが可能となるなど、5Gを活用したさらなる効率化が期待できるとしている。
今後の展望
高品質な5Gが実現すると、前述のように複数台のロボットの高速で精密な制御が可能になるなど、さまざまな産業領域で5Gの活用が進むことが期待される。また、SBMは超高速に膨大な数のパラメータを最適化できるため、リソース割当の分野に限らず、無線通信分野のさまざまなアプリケーションへの適用が期待できる。同社は「SBMを広く活用することで、「高速・低遅延・ 多数同時接」5Gを実現し、DXの推進による労働力不足の解消をはじめとする生産性向上やサービス向上といった社会課題への解決に貢献してまいります 」と語っている。
なお、この技術をどのようにサービスとして製品化、実用化するかはまだ決まっていない。
東芝 膨大な選択肢から最適解を瞬時に発見、量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+」のAWS版を提供開始
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。