ソフトバンクが、ワイヤレス電力伝送(WPT:Wireless Power Transfer)の技術を商用環境で検証できる施設「ワイヤレス電力伝送ラボ」(「WPTラボ」)を2023年12月に東京のテレコムセンター内に開設したことは既報のとおり(関連記事「ソフトバンクが「ワイヤレス電力伝送ラボ」を開設 開発中の無線給電装置やシステムの検証できる環境を提供」)。
電力供給はワイアレスで行う社会へ
ソフトバンクは、2030年の「6G」サービスの導入に合わせ、電波でデータとともに電気も供給する給電システムを導入しようと考えている。すなわち、データ通信と共にIoTデバイス等への給電を実現することで、機器等をバッテリーなしで動かすことができるようになる。そして更に、現在のコンセントとケーブルを使った有線による電力供給のインフラから、無線でエネルギー供給する社会に変革する構想まで描いている。
早速、「ワイヤレス電力伝送ラボ」を訪れ、施設の実際を見せてもらい、ソフトバンクが描くワイヤレス電力伝送について詳しく聞いた。
ワイヤレス電力伝送とは
「ワイヤレス電力伝送ラボ」は現状、提携企業に限って利用することができるが、今後はオープンにして一般の企業が誰でも無料で利用できるようにしていく構想だ。では、そもそもワイヤレス電力伝送とはなんなのか? そこから解説しよう。
スマホの無線給電「Qi」やEVの走行給電など
「ワイヤレス電力伝送」(WPT)は無線で電力を送る技術で、最近のスマートフォン機種にはケーブルを接続しなくても充電できる「Qi」(チー)規格などが搭載されていることが知られている。(ソフトバンクニュース「【解説】なぜケーブルなしで充電できるの? スマホのワイヤレス充電の仕組み」)
また、走行中に路面から電気自動車(EV)に給電する技術も注目されている。
ワイヤレス電力伝送には大別して3種類あり、「電磁誘導型」「共鳴型」「空間伝送型」がある。「Qi」などは「電磁誘導型」、EVの路面充電は「共鳴型」に該当する。そして、ソフトバンクがここで取り組んでいるのは「空間伝送型」となる。
「空間伝送型」はアンテナで電波を飛ばして、受信したデバイス内で電気エネルギーに変換する給電方式だ。現時点ではバッテリーがない機器は有線のコンセントで繋いで給電しなければならないが、この方式が確立すれば、端末を電波で無線給電することができるようになり、電源ケーブルやコンセントが必要なくなる。
例として「ワイヤレス電力伝送ラボ」では複数のデバイスがサンプルとして展示されているが、この機器にはバッテリーが搭載されていない。それにも関わらず、電波によって給電され、機器内でエネルギーに変換してLEDを点滅させていた。
また現在、ソフトバンクはボタン電池の形状を模した電極(インタフェース)も展示しており、ボタン電池で動く機器に、ボタン電池の代わりにこの電極をセットすることで、「空間伝送型」のアンテナとエネルギー変換デバイスを使って、ボタン電池なしに電波で給電して機器を稼働させることができる。すなわち、世の中に多数出回っているボタン電池のデバイス(例えば、AirTagやTile等)を無線給電に変更することができる。
ストラップ型のアンテナが大きく太い印象を受けるが、電波の周波数が低いため、効率性(受け取れる電力量)を重視すると現状ではこのサイズになる(周波数が高いほどアンテナは小型化できるという)。今後の小型化に期待したい。
■ソフトバンク WPTラボ デモ動画
電波は920MHz帯を使用
WPT自体は現時点では法律で厳しく規制されている。2022年5月に制度化され、一定の要件を満たす屋内で商用利用が可能になった。制度化され研究が進められている周波数帯は920MHz帯、2.4GHz帯、5.7GHz帯の3つ。
このうち、920MHz帯については人がいる環境でも使用することができる。2.4GHz帯と5.7GHz帯については人体に影響する恐れがあるため、人がいる環境では使用できない(無人の工場や倉庫等での活用は期待できる)。そのため、ソフトバンクではまず920MHz帯で電波給電の研究開発を行っている。
この3つの周波数帯については馴染みがある人も多いだろう。920MHz帯はいわゆるプラチナバンド(ゴールデンバンド)の上、2.4GHz帯は電子レンジを始めとして多くの家電製品や電子機器に使用されているWi-Fiでもお馴染みの周波数だ。5.7GHz帯はWi-Fiで使用している5GHz帯の上になる。
920MHz帯は、ソフトバンクが保有するプラチナバンドに隣接する周波数だ。3つの周波数の中では最も電波の回折性が高く、電波が届きやすい性質を持っている。WPTラボでも実際に机の下にデバイスを隠しても電波の受信(給電)には全く問題がなかった。
920MHz帯のカバー範囲は5m程度、複数台のデバイスに対して電波給電が可能だが、他の周波数と比較すると大容量の給電には制限がある。
また、現時点ではWPT局の開局には総務省による認可(免許)が必要で、2024年2月21日時点で全国で11ヶ所に留まっている。そのうちソフトバンクは事業所内に3つのWPT局を持っており、そのうちのひとつがこの「WPTラボ」だ。
現在は構内無線局の扱いになるが、将来的には規制緩和が期待できる。また、通信の周波数帯の中で実現できれば、構内無線局ではなく、現在の基地局を活用して全国規模で展開できるという。
残念ながらスマホは給電できない
次に気になるのは、「920MHz帯ではどの程度の電力が給電できるのか」ということだろう。ターゲットとなるのは消費電力が少ないセンサーやICタグ、バイタル機器などIoTデバイスだ。真っ先に気になるのが「スマートフォンは給電できるのか」ということだが、残念ながらできない。ドローンやPC、家電などにもエネルギーが足りない。
920MHz帯での具体的な活用例をあげると、工場内のセンサー類をバッテリーなしで動作させるとか、現在ボタン電池などを使用しているスーパーマーケットの電子棚札をバッテリーなし(メンテナンスフリー)で稼働させるなどがあげられる。また、充電するというより、リアルタイムに給電する用途に向いていて、容量にもよるがボタン電池を充電しようとすると数日かかる可能性もある、とのことだった。
ただ、920MHz帯での商用化だけがゴールではなく、他の高周波数帯でも人体に影響のないエビデンスを得て、規格化や認可がされれば、より大きな容量でのワイアレス電力伝送が可能になると考えられる。
データと電力を伝送する「6G」へ
「デジタルツイン」や「IoTビジネス」が注目される中、「工場や倉庫、オフィスでのセンサーやIoTデバイスの利用、病院や介護施設等でのバイタルセンサーなど、多くのIoT機器の給電が今後のテーマや課題になっていく」としている。
実際、ソフトバンクは実現したい未来として、有線で提供されている電力を可能な限り、ワイアレスに置き換えていく「電力利用のモバイル化」をこの日のプレゼンテーションでも掲げた。
「現在、電力は有線で引かれて各家庭やオフィスごとに課金契約をしている。昔の黒電話(固定電話)の状態。その状態から携帯電話やスマホ時代になって、デバイスごとの課金になった。電力も同様の変化が起こしたい。デバイスごとにSIMのようなものをセットしたり、デバイスに固有の識別方法を埋め込んで電力供給の有無を制御するなどのしくみを付加することで実現できると考えている」と語った。
無線で電力を供給することは、現在のモバイル通信をインフラとしてサービス提供する概念やしくみと合致する。ソフトバンクはワイアレス給電を制御・管理するプラットフォームの国内特許を取得し、データの送受信とともに電力の供給をデバイスごとに提供するサービスを展開するしくみを「6G」規格に盛り込むよう働きかけていく考えだ。
現在は免許取得と920MHz帯での屋内利用を進めつつ、2030年以降はミリ波を想定して屋外でのWPT活用とその実用化、サービス提供を目指す。
「WPTラボは気軽に利用して欲しい」
920MHz帯での屋内利用を進めていく上で、同社は「WPTを気軽に試せる環境がない」ことが最大の課題のひとつと考え、「WPTラボ」を開設した。今回、デモとプレゼンを担当した長谷川氏と渡邊氏は「現在は提携パートナーの利用に限ったクローズドのラボだが、今後はオープンにして行く予定(時期は未定)。そうなれば、WPT産業の活性化を図るためにも、PoCの環境として気軽に利用して欲しい」と語っている。
研究・開発を含めて、ワイアレス電力伝送の市場は既に動き出し始めている・・・取材を通してそう感じた。
ABOUT THE AUTHOR /
神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。