ロボットがハンドドリップでコーヒーを淹れたり、米粉どら焼きを作ったりするお店が埼玉県・南浦和に10月にオープンした。開店して半月足らずのお店は、ロボットに代表される人工物と伝統的な食品が、ゆったりと交わり、新たな非日常と日常を予感させる空間だった。
■店舗情報
店名 | ハレとケ |
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住所 | 埼玉県さいたま市 南区 文蔵 2丁目30-5 |
営業時間 | 11:00 ~ 18:00 |
定休日 | 不定休(インスタグラムで確認) |
インスタグラム | https://www.instagram.com/hare._to_.ke/ |
■「ロボットのいるお店」は医食同源、温故知新を重視
ロボットが使われているお店「ハレとケ」がオープンしたのは2024年10月15日。JR南浦和駅・西口から、商店街を抜けつつ歩いて、およそ10分少々程度の場所にある。
ちなみに同じ建物に入っている「庵悟」というラーメン店は人気店らしい。「ロボットのいるお店」という看板を見て「なんだろう?」とのぞきこんでくる人も多いそうだ。
白と木目を基調とした清潔感ある店内に入って左側には、ロボットが2台並んでいる。いっぽう、右側にも棚があり、こちらには食材やお菓子、野菜が並べられている。
棚に並べられているのは自然食品を中心とした食材や、米粉を使ったグルテンフリーのお菓子、近隣の農家が育てている無農薬の野菜などだ。
店主の野口頌子さんは「体は食べたものでできている」ということと「生産者とつながりたい」という思いを発信したいと考えていることから、こちらにも力を入れようとしているそうだ。
「ロボットのような新しいものがどんどん開発されていくのに加えて、伝統的に受け継がれている食事のようなこともちゃんと受け継いでいきたいという思いの両方をお店で表現しています」(野口頌子さん)
壁に展示されているのは見本で、実際の購入は商品カードを取って決済し、お客さんに渡す商品は店主の野口さんが在庫からピックアップするしくみ。コロナで高まった非接触ニーズと在庫管理を兼ねている。
■カフェインレスコーヒーと米粉どら焼きのお店
「ハレとケ」自体が提供しているメニューは、独自ブレンドの「カフェインレスコーヒー」が600円、果汁100%のりんごジュース(サンふじ)と、みかん(温州みかん)ジュースが400円。そして皮もあんこもお手製の米粉どら焼きが380円だ(いずれも税込)。会計には現金、PayPay、クレジットカードが使える。
テイクアウト中心ではあるが、中、そして外にはベンチも設置されており、イートインもできる。のんびり店主さんと話しながらお茶を飲むというのが主な使い方になりそうなお店だ。
■カワダロボティクス「NEXTAGE」を2台活用
さて、使われているロボットはカワダロボティクスの産業用ヒト型協働ロボット「NEXTAGE(ネクステージ)」である。「NEXTAGE」とはカメラと双腕(2本腕)を持つヒトの上半身型のロボットで、さまざまな工程が必要とされる多品種少量生産の電子・電気部品業界、化粧品業界、薬品業界などの製造現場向けに使われている。低出力モーターを使っており、人と一緒に並んで作業ができる。本格的な産業用ロボットである。
「ハレとケ」では、なんと2台の「NEXTAGE」を使っている。一台はコーヒーを淹れ、もう一台はもともとはどら焼きを焼かせるつもりだったが、現在はまだ「修行中」で、今はあくまでデモンストレーションとして、どら焼きの皮にあんこを挟む動きをデモしている。
■コーヒーやジュースを淹れるNEXTAGEはカップに絵も描く
早速淹れてもらった。ロボットの動作時間の都合もあり、最初にドリップペーパーをセットするところは今は人手を使っている。注文と会計をすませるとカードをもらえるので、まずそのカードをロボットに画像認識させるところから動作が始まる。
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「NEXTAGE」は通常の家庭用ポットやドリッパーなどを使ってコーヒーを淹れていく。ハンドドリップでじっくり抽出していくため、コーヒーを淹れ終わるまでにはおおよそ7分弱かかるが、かなりあれこれ動作しながら作業し続けるので、「長い」とはあまり感じない。
逆にコールドドリンクの場合は注ぐだけですぐに提供できるということから、最初にカップにメッセージを描いてくれるサービスがつく。マジックを使って、きゅきゅっと音を立てながら、スマイルマークを描いたあとに、りんごジュースを提供してくれた。
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米粉どら焼きのほうは、現状は店主の野口頌子さんが手焼きして、一つずつ作っている。本当はロボットに焼かせて、あんこを挟む作業も自動化したいとのことだが、まだ「お客に出せるレベルに至っていない」という判断だ。そのため、あくまでデモンストレーションにとどまっている。
こちらもやってもらった。「NEXTAGE」はカメラでどら焼きの皮を認識したり、ターナーを使ってすくったりする。餡子の供給機のハンドルを回す操作や、双腕を使って絞り出した餡子を整えたりする様子も見られる。ロボットのデモとしては見所が多く、とても面白い。
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あんこは日によって硬さが異なり、うまく出すのが難しいことも苦心している理由の一つだ。ちなみに2台のロボットには今後それぞれ名前をつける予定だ。何かしら南浦和や店名にちなんだ名前にしたいという。
■ロボットはヤフオクで購入
改めて、店主の野口頌子(のぐち・しょうこ)さんと、パートナーの野口祐喜(のぐち・ゆうき)さんに、話を伺った。なお、祐喜さんの勤務先は川田テクノロジーズである。ロボットに「NEXTAGE」が使われている理由の一つはそれだが、リースや社員割引などで導入したわけではなく、「ヤフオクに出品されていたものを購入した」そうだ。会社からの特段の補助なども受けていない。
産業用ロボットは各社それぞれのやり方でプログラミングする必要がある。「NEXTAGE」の場合は、専用ソフトウェア「NxProduction」を使って動作をプログラミングする。ティーチング作業は専業主婦だった頌子さんが行おうと試みて、かなり努力したそうだ。
ただ、実際にやってみるとなかなか難しく、時間が限られていたこともあり、祐喜さんが手助けすることになった。「NxProduction」のAPIを使うことで独自のユーザーインターフェースとジョイスティックを使って動作させられる仕組みも祐喜さんが独自開発するなど工夫を積み重ねて、ロボットを動かしている。
祐喜さんは小学生時代から「ドラえもんを作りたい」という夢を持っていたという。「その夢を応援したい」と考えていた頌子さんは、2022年ごろに配膳ロボットの普及などを見て「自身が長年働いていた飲食業でもロボットが活用できるのではないか」、「ロボットを活用したお店を出せないか」と考え始めた。そして、「それが祐喜さんの夢を後押しすることにも繋がるのではないか」と思ったことが、スタートラインだったという。
だがロボットは高価だ。NEXTAGEも一台数百万円はする。お店について構想しつつも「どうしようか」と思い悩んでいたところ、たまたま、オークションサイトに「NEXTAGE」が出品されていることを知った。価格は2台で200万円弱。もともと「できれば2台ほしい」と想像していたこともあり「これなら買える!」と思い、出品していた業者の中古センターで実機の状態も確認した上で、2台まとめて購入となった。
こうして具体的に動き出した。以前から「雰囲気が好き」な浦和周辺で物件を探していたところ、良い物件に出会ったこともあり、引っ越しや店舗の契約含めて一気に話が動き出した。浦和は「共働き世帯が多く、子供の教育にお金をかける人も多い」。また「周囲にはエネルギッシュな店主さんによる個人店も多い。ママさんたちのパワフルさに驚いている」そうだ。そして10月15日にオープンとなった。
頌子さんは、たまたま出会った店舗物件や、出物のロボットに縁を感じているという。「いろんなことを発信できる場としてここが借りられたのは良かった」と語る。
祐喜さんも会社を半年休職して開発を行い、頌子さんの夢を後押しした。ロボットは「動かす」だけなら別だが、単に設置すれば「使える」ようになるわけではない。周辺の造り込みも必要だ。周囲の器具はあえて一般的な道具を使うが、土台となる架台フレームは位置極め精度を出すためにしっかりしたものとした。手先や治具の多くは3Dプリンター製で、共通化できる部分は共通化してコストを下げた。このあたりにはロボットを扱ってきた祐喜さんの知見が大いに生かされている。
■人の気持ちはロボットの動作を通しても伝わる
頌子さんは「食に対する尊重の気持ちは、ティーチングを通してロボットの動作にも現れる」と考えている。そのためティーチングにも、厳しい技術指導が頌子さんから祐喜さんに対して入るそうだ。
たとえばカップの置き方一つとっても、乱暴な、雑な感じがしないように置く。いわば「所作」のことだ。コーヒーを淹れるにしても、「やり方」や「思い」をできるだけ忠実に入力するように努力している。
目指すのは「また来たい」と思われるお店だ。「人がいないとお店に通いたいとは思わない。ロボットがいることで店主の良さが際立つようなお店を目指している」という。「人が活きるためにロボットをどう使うかが重要だ。だから自販機みたいなロボットの使い方はしたくない」と語る。
■非日常と日常、人工物と自然物、対照的なものを混ぜる
店名の「ハレとケ」は、非日常(ハレ)と日常(ケ)を意味する。「ロボットはまだ生活の一部ではないから非日常ですが、いつか当たり前になってくれるといいなと思っています。いっぽう、このお店は入り口に欄間を設置しているんですが、欄間は昔の日本人にとっては当たり前で日常でしたが、今の私たちの家からはなくなってしまい、非日常になっています。『非日常』と『日常』は、移り変わっていくものだと思います」(野口頌子さん)
このように、「ハレとケ」のコンセプトは「変えていくこと」だと祐喜さんは語る。「最初は未完成でも、他人に見せて、変えていく。進化させていく。成長させていくことをお店のコンセプトにしています」。
つまり、時の流れにともなって揺蕩ったり流転したりすることで、非日常と日常が変化したり、交わったりしていくさま、それ自体を愛でたいという意味を込めたそうだ。昔は日常だったけど非日常になったものを、日常に戻すと新しく感じる。ロボットも同じ。今は新しいものだけど日常になるかもしれない。人工的なものと自然なもの、どちらも楽しみたいし、混ぜてみたい—-。そんな感覚だそうだ。
■コミュニティ形成やイベントも
「ハレとケ」の店舗スペースの横は別室となっていて、そこにはテーブルとプロジェクターなどを設置して、来店客たちとコミュニケーションを取ったり、食育などに関するちょっとしたイベントを行えるようにする予定だ。
頌子さんたちのロボットの捉え方は、従来の産業用ロボットの捉え方とはだいぶ異なる。人がより良く生きるためのロボットのあり方を探っているようにも思えた。取材を通して、そんな人たちのコミュニティにも繋がってほしいなと思った。さらに、異なるコミュニティとコミュニティが、ゆるやかに交わる場所になってくれることを期待している。
ロボットの見方 森山和道コラム
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森山 和道フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!