NVIDIAは「NVIDIA AI Summit Japan」を2024年11月12日と13日に開催 (招待制)。13日の特別講演で、ソフトバンクと連携する構想を発表しました。注目すべき発表なので、抑えておきたいポイントを解説します。できるだけ平易な言葉で説明しますが、技術者の方にも具体的な内容を伝えたいので、一部専門用語を含めたものになります。
次世代最新GPUでのNVIDIAとソフトバンクと連携
ポイントのひとつは、次世代最新GPUでのNVIDIAとソフトバンクと連携です。フアンCEOは「ソフトバンクが NVIDIA Blackwellプラットフォームを使用して日本で最も強力な AI スーパーコンピュータを構築しており、次のスーパーコンピューターに NVIDIA Grace Blackwell を導入することを計画している」と発表しました。
「AI-RAN」構想でNVIDIAとソフトバンクが連携
もうひとつが更に興味深いもので、高度なAIを通信基地局に搭載する「AI-RAN」構想についてです。現在は、スマホやモバイル機器のモバイル通信環境は、アンテナを通じて基地局に送られ、それがソフトバンクの専用通信網を通って送受信しています。その基地局にサーバを置き(一般にはMECと呼ばれる形態のひとつ:Multi-access Edge Computingの略称)、そこにAIを搭載する「AI-RAN」を実現していく考えです。
すなわち、今後はソフトバンクのすべての通信基地局にAIを処理するためのMECを導入して、ソフトバンクの全国の通信環境をすべて作り直すという構想なのです。フアンCEOと孫正義氏が対談で語っていた「リセット」とはその意味も含まれているとみています。
「今日のNVIDIAとソフトバンク連携の発表は非常に重要なもの」フアン氏
「AI-RAN」構想のアーキテクチュアとテクノロジーは、もともとはNVIDIAのジェンスン・フアンCEOが提案したものだと、語っています。フアンCEOは「NVIDIA Aerialをリリースしたことで5G通信にCUDAが使えるようになりました。私達が開発したこの5G×AIの構想に対して、ソフトバンクがそれに興味を示してくれました。ソフトバンクの孫さんや宮川社長はビジョナリーなので、この構想は日本で実現すべきだと言ってくれました。1年以上前から取り組んできました」とQ&Aセッションで語っています。更にビジネス展望の観点からも新しい時代を一緒に作っていくことを強調し、「そのために今日のNVIDIAとソフトバンク連携の発表は非常に重要なものなのです」(フアン氏)と続けています。
では「AI-RAN」についてもう少し深掘りしてみます。
「AI-RAN」とは
「AI-RAN」とは、AIアプリケーションと無線アクセスネットワーク(RAN)を同じコンピュータ基盤上に統合する新しいアーキテクチャのこと。RANはモバイル通信ネットワークの略称で、そこにAIの技術を取り入れて、高速化・効率化、低遅延、制御するオーケストレーションを実現し、モバイル環境でのエッジAIの活用を促進しようという構想です。
もともとNVIDIAとソフトバンクは5年以上前からパートナーシップを結んでいて、特に通信事業者向けの「NVIDIA Aerial」基盤をソフトバンクは活用してきました。「Aerial」はワイヤレス無線アクセスネットワークを展開するための開発者向けキットやソフトウェアライブラリーなどで構成されています。
AI-RANサービスの次世代プロダクト「AITRAS」を発表
実は11月13日、「NVIDIA AI Summit Japan」の特別講演が行われた日に、ソフトバンクは「5G L1ソフトウエアを開発し、NVIDIA Grace Hopperプラットフォーム上にキャリアグレードの高性能・高品質なvRANを実現」というリリースを発表していて、報道関係者向けの発表会とデモを行っています。
なお、NVIDIAからは、テレコム分野のSenior Vice President、Ronnie Vasishta(ロニー・ヴァシシュタ)氏が登壇した。
その発表会では、AIとRAN(無線ネットワーク)を同じネットワークインフラ上で動作させる統合ソリューションとして「AITRAS」(アイトラス)を発表しています。いわゆる「エッジAIサーバーにNVIDIA AI Enterpriseソフトウエアを実装したものです。「NVIDIA AI Enterprise」は、AIモデルの学習や推論の高速化、リソースマネジメントなど、企業の「大規模言語モデル(LLM)」の開発・展開に必要な機能が備わったソフトウエアプラットフォームです。これには、基盤モデルの構築とカスタマイズを行うための「NVIDIA NeMo」、モデルのパフォーマンスを大規模展開向けに最適化する「NVIDIA NIM推論マイクロサービス」も含まれています。
実際には性質が異なるAIとvRAN(仮想無線アクセスネットワーク)を仮想化基盤上に統合し、大容量で高性能、高品質なvRANをキャリアグレードで提供できるようになり、生成AIなどさまざまなAIアプリケーションを重畳して提供することが可能となるのです。頭脳にはArmとGPUが用いられ、しくみ作りには「Red Hat」も参画しています。
そして発表会では、この構想の発表だけではなく、実際に動作している商用サービスとして開発中のAI-RANソリューションの「AITRAS」(アイトラス)を報道陣に公開したのです。
慶應義塾大学SFCの施設の中に「AI-RAN」環境を既に構築して実証中
基地局にサーバを設置し、モバイル通信にエッジAIを活用する「AI-RAN」、商用サービス展開を目指して開発中のソフトバンク「AITRAS」をもう少し掘り下げて解説しましょう。
神奈川県藤沢市にある慶應義塾大学SFCの施設の中に、合計20基もの通信アンテナを故意に集中して設置し、20基すべての通信をNVIDIAの高性能GPUを搭載したサーバ1基だけで処理する実証実験を行っているのです。
ここからは少し専門用語を交えての解説になります。ソフトバンクは慶應義塾大学SFCに「100MHz幅の帯域を持つ5G 20セルのベースバンド処理を可能にした屋外実証実験環境」を世界で初めて構築しています。この実証実験では「4.9GHz帯」の周波数の電波を利用(ソフトバンクは一般にはこの周囲の周波数帯域としては3.9GHz帯を実稼働させています)。最大4レイヤーのMIMO(Multi-Input Multi-Output)により、1セル当たり最大約1.3Gbpsの通信容量の実現に成功しています。
20基ものアンテナを密集して設置しているのは、将来「6G」に向けての利用を想定したもので、センチメートル波などへの応用を見据えたものです。ソフトバンクは「NVIDIAのアクセラレーテッドコンピューティングプラットフォームによる高速処理という特長は、一つのセルに広い帯域幅を割り当てることができる高周波数帯との親和性が非常に高い」と説明しています。高周波数帯の電波は高速大容量であるものの、直進性が高く、電波の回り込みが弱いため、ひとつのアンテナ設置で通信できる範囲が狭くなります。
そのため、このような高周波数帯のセル(通信できる範囲)は、都市部の高トラフィックエリアへの展開が想定されます。この「AI-RAN」屋外実証実験は、都市部の通信環境を模擬して、故意に密集したセルを配置し、高い干渉エリアの中で、サーバに高度なAIシステムを実装して、高精度で高効率な基地局環境の実験が行われているのです。
また、「AI-RAN」が全国に配置完了したときには、トラフィックが少ない時間帯は、通信だけでなく他の用途でもエッジAIを活用するリソースとして利用していく考えです。
宮川社長は「今後の経済はAIなしで語れなくなると思います。日本のGDPは約600兆円ですが、その大半の部分が何かしらのAIと関わらなければ、そのGDPは維持できなくなると想像しています」と語り、通信基地局にAIを設置することで、全国津々浦々でAIが利用しやすくなる社会への移行を説きました。
自動運転バスとロボット犬のデモを公開
そして、よりユースケースや実用化に近づけるため、報道陣に公開されたデモでは生成AIを使った自動運転バスによるドライブテストと、生成AIを活用したロボット犬の警備分野での利用です。このデモを支える無線通信に「4.9GHz帯」のモビリティ通信環境とわずか1台のNVIDIA Grace Hopperプラットフォームを搭載したサーバで実処理させています。
「AI-RAN」構想と「AI-RANアライアンス」
「AI-RANアライアンス」は、ソフトバンク、NVIDIA、Amazon Web Services(AWS)、Arm、DeepSig、Ericsson、Microsoft、Nokia、 Northeastern University、Samsung Electronics、T-Mobile USAによって2024年2月に設立されました。現時点では49社(団体)が参画しています。東京大学がいち早く参加を表明し、今秋に慶應義塾大学もアライアンスに参加しました。
ソフトバンクはこの実証実験でベースとなるシステム「AITRAS」を稼働させることに成功、100台のスマホを使ったテストも実施、今後は全基地局をAI化するしくみを日本全国に、そして「AI-RANアライアンス」を通じて世界規模で進めていく考えです。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。