【世界最速】東大・NTT・理研、1000倍高速な「量子もつれの生成と測定」に成功 NTTの光通信技術と東大の量子光学技術を応用

東京大学と日本電信電話株式会社(NTT)、理化学研究所らは、「従来の1000倍高速な量子もつれ状態の生成と観測に成功」したと発表した。量子力学で最大の謎のひとつとされている「量子もつれ」を高速化することで、超高速の光量子情報処理が現実的となる。NTTの光通信技術が応用され、東大の量子光学技術と連携して実現した。

登壇した(左から)東京大学と理研のアサバナントワリット助教と古澤明教授、NTT先端集積デバイス研究所の梅木毅伺氏、東京大学大学院工学系研究科の川﨑彬斗大学院生。東大、理研、NTTの研究チームが世界最速の光量子もつれの生成・観測に成功した。

東大とNTTに研究チームはこれを本日19時(日本時間)に論文として発表。それに先がけて報道関係者向けの説明会を開催した。


また、会場では、広帯域なスクイーズド光生成・高速検出する稼働デモを公開した。

スクイーズド光生成・高速検出するコンピュータ。古澤教授は「宅配便で配達してもらって、電源を入れてすぐ使える(温度管理もいらない)点も革新的」と語った。

論文情報
・雑誌名:Nature Photonics
・題名:Real-time observation of picosecond-timescale optical quantum entanglement towards ultrafast quantum information processing
・DOI:10.1038/s41566-024-01589-7
・URL:https://www.nature.com/articles/s41566-024-01589-7


「富岳」の周波数が2GHz、量子コンピュータは100GHzへ

コンピュータの高速性能(短時間で多くの計算や情報処理を行う)のひとつとして「クロック周波数」(周波数が多いほど高速)が用いられているが、従来の古典コンピュータのクロック周波数は1GHz(1秒間に10億回)程度、世界最高レベルの「富岳」でも2GHz、ブーストモードで2.2GHzとされているが、今回の発表をもとに開発される量子コンピュータの周波数は100GHzが現実的となった。

説明会では「量子光源および量子測定の高速化が原理的なブレイクスルー」が解説された。そして、この技術の発想の根元には、一般的に普及しているNTTの光通信技術があり、「NTTの加工技術、東京大学の量子光学技術、新制御手法開発」が技術的なブレイクスルーになったとし、NTTと東大以外にこの技術は実現しなかっただろう、と語られた。

NTTの加工技術、東京大学の量子光学技術、新制御手法開発」が技術的なブレイクスルーになった

説明会に登壇した(左から)アサバナント ワリット氏(東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻/理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 客員研究員)、古澤 明氏(東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授/理化学研究所量子コンピュータ研究センター 副センター長)、梅木毅伺氏(日本電信電話株式会社 先端集積デバイス研究所 機能材料研究部 特別研究)、川﨑彬斗氏(東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 博士課程)


量子力学と「量子もつれ」とアインシュタイン

量子力学的な現象は量子通信、量子計算、誤り訂正などといった幅広い量子技術の応用が研究されている。「量子もつれ」はその最も根本的で、必要不可欠なもの。その生成速度が実用上の有用性を決めるとされている。
一方、「量子もつれ」の謎は解明されていない。「量子もつれを持つ2者は、どんなに離れた場所にあったとしても互いに影響を及ぼしあう」という現象のこと。アインシュタインも「不気味な遠隔作用」と呼び、その奇妙さを指摘したものの、その理由は解明されていない。ただ、「量子もつれの存在」は実証されていて、2022年には量子もつれの実証に貢献した3名にノーベル賞が授与された。


今回の発表では、「光パラメトリック増幅器」とそれに適応した「位相制御技術」によって、従来の1000倍以上高速な量子もつれの生成に成功し、世界で初めてピコ秒(10~12秒)スケールのリアルタイムな量子もつれの生成・観測に成功した。

従来の量子光源方式(OPO)「光と結晶の相互作用によって量子的な光を生成」(左)。共振機構造によって光源の帯域が制限されてしまう欠点があった。右は今回、NTTと東大が共同開発した「導波路型OPA」。極めて狭い領域、導波路に光を集約することで高いエネルギー密度を実現し、光と結晶の相互作用をつくり出す(帯域はテラヘルツ級)

金色のOPAが2基搭載されている。光と相互作用する結晶が内蔵され、一つがスクイーズを出すもの、一つが位相感応の増幅を行うもの(再掲)



今回実現した技術によって、他の物理系や従来の古典コンピュータの高速性能を凌駕する数十ギガヘルツ(GHz、1秒に10億回)クロックの量子システムの実現が可能となり、超高速光量子技術の新時代が切り拓かれることが期待できる。


古典コンピュータと量子コンピュータはどちらが速い?

実用的な「量子もつれ」には量子もつれの「生成速度」が重要なパラメータとされている。これは「生成レート」や「帯域」とも呼ばれている。
そして、従来の「光量子もつれ」の生成速度はkHz~MHzだった。「キロヘルツ」は1秒に1000回で、「メガヘルツ」は1秒に100万回。この生成速度は、実用上、量子コンピュータのクロック周波数を制限してしまうため、従来の生成速度では現状の古典コンピュータのクロック周波数である1~2GHzよりも遅い量子コンピュータしか実現できないという課題があった。




光パラメトリック増幅器(OPA)でピコ秒レベルで光量子もつれの生成と測定

この研究では従来の1000倍もの高速な量子もつれ状態の生成と、その観測に取組んだ。研究が示すブレイクスルーは、量子光源や量子測定の高速化に成功したこと。技術レベルで高速化につながった理由として、NTTが持つ高い導波路の加工技術と、東京大学や理化学研究所が持つ量子光学の技術を連携させたこと。そして、この量子もつれ状態という「2者間のエンタングルメント(量子力学において複数の粒子間に存在する相関関係)を同期して、それぞれに制御を行ったまま高精度に測定をする、という新たなシステムを開発したことで、高速な量子もつれ状態の生成と観測に成功したものになったという。



「光源の高速化」と「リアルタイム測定」

「光源の高速化」は前述のとおり、東京大学とNTTで共同開発した光パラメトリック増幅器(OPA)を用いて、60GHz(ピコ秒レベル)という世界最高速度の「光量子もつれの生成」と「リアルタイムな測定」を実現した。

再掲

「リアルタイム測定」は量子計算や量子通信など、リアルタイムで情報処理を伴う量子技術には不可欠な測定であり、この研究で光量子もつれ状態のリアルタイム量子測定を実現できた。



この生成速度は、他の物理系を用いた量子システムや、従来の古典コンピュータをも凌駕するものとなっているという。この研究によって、全ての量子技術の根源である量子もつれが、高速かつ量子情報処理に完全に応用可能な形式で利用可能となった。この研究は、次世代の超高速光量子技術の基盤技術として、多岐にわたる応用が期待できる。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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