ロボスタで先日公開し大きな反響を呼んだ「IoTデバイスマップ」2018年度版。その編集に関わったのだが、昨年掲載したIoT機器であっても既に廃版になっていた商品が多数あることには驚いた。
シンプルな商品はIoT化しても、コストアップに見合うだけの魅力を打ち出すことが出来ず、次期モデルもないまま廃版になってしまうことも多いのだろう。
そんな中、従来製品をIoT化して2年間で累計50万台以上を売り上げた製品がある。
世界的な食品メーカーNestleが販売するコーヒーマシン、ネスカフェゴールドブレンド バリスタiだ。同製品には、スマホアプリを通じてユーザー同士が互いのバリスタiの利用状況を確認できる機能がある。離れて暮らす家族の見守りに使うなどにも応用できる。この機能のSDKが特別に公開されたハッカソンが開催された。テーマは「コワーキングスペースでの活用」。
コワーキングスペースでIoTとコーヒーの力でコミュニケーションをどう変えることが出来るのか。今回はその「Community Tech Hackathon Vol.2」をレポートする。
バリスタiの機能と特徴
まずは題材となったIoTコーヒーマシン「ネスカフェゴールドブレンド バリスタi」について簡単に紹介していく。
「ネスカフェバリスタ i」は2016年10月に発売された。製品サイズは幅17.8cm×高さ32.0×奥行き28.9cmと、オフィスの片隅に自然と置くことができるサイズ感。タンク容量は1000ml、メニューはエスプレッソ・ブラック・カプチーノ・カフェラテ・アイスコーヒーから選ぶことができ、味の濃さや泡立ちなどをカスタマイズすることができる。通信方式はBluetooth。アプリ機能として、タイマー、湯量、オンラインショッピング機能、ポイント機能、コミュニケーション機能等が用意されている。
上記のアプリ機能の実装に使われたSDKが参加者に特別に公開され、様々な作品が制作された。
イベントの様子
イベントの様子を写真と共にレポートしていく。
ハッカソンの進行を担当したのはJellyWareの崔さん。多数のハッカソンを運営をしてきた経験だけでなく、自社でもIoT機器を企画、製造してきたことが、今回のイベントの各プロセスの進行にも活きているようだ。
ハッカソンの会場は「旅するように働こう」というスローガンをあげて2011年からオープンしているコワーキングスペースco-ba。同スペースのコミュニティマネージャー阿部さんは、日本の「変わりゆく働き方」の中で起こりうる問題点を説明した。
「どこでもいつでもだれとでも働ける」ワーキングスタイルは広まりつつあるが、コラボレーションや質の高いアウトプットが生まれる場を作ることは非常に難しい。阿部さんは「co-baにこんな仕組みがあったらいいな」と下記の3つを挙げた。
①同じ場所で働く人たちのコミュニケーションを促進し、コラボレーションや新たな仕事がより生まれやすくなるような仕組み
②日本全国18地域にまたがるco-ba同士の交流が深まる仕組み
③適切なブレイクタイムでリフレッシュすることにより生産性をより高く保つ仕組み
果たして参加者はどんなアイデアで課題を解決していくのだろうか。
日本だけでも世帯浸透率90%、3兆円にも上るという巨大な規模を誇るコーヒー市場。そこでトップシェアを誇るネスレ日本だが、ネスレ日本の小原さんは「飲料の提供」という物理的なサービスを超えた、「+αの体験」を提供するソリューションを作りたいという夢を語った。
コーヒーの持つソーシャル性などの、商品背景だけでなく、様々な事例を説明することで、参加者にアイデアの種をまく小原さん。
保険や携帯の代理店に置いたバリスタマシンとPepperの連携事例も紹介した。来店経験のあるユーザーを顔認証機能で特定し、以前聞いた味の好みに合わせたコーヒーを提供することで顧客の満足度を向上させるという施策だ。
そして、盛りだくさんのインプットタイムの後、色とりどりのイラストでアイデアを書き上げていく参加者たち。
co-baいっぱいに張り出された十人十色のアイデア。このアイデア出しの体験は、アイデアソン後のブラッシュアップにも役立ちそうだ。
ハックタイムの表情は真剣そのもの。プロトタイプ、イラスト、動画、寸劇などあらゆる手段でアイデアを表現し、サービスの伝える方法を検討する参加者たち。
成果発表
審査員が見守る中、一日がかりで検討したアイデアが「寸劇」「スライド」「デモムービー」「デモンストレーション」などの形で発表された。
①「バリ達メーター」by ホットCOM
チーム「ホットCOM」が提案したのは、喫茶スペースに作業の進捗具合を張り出すことで、コミュニケーションのきっかけにする「バリ達メーター」というアイデアだ。
進捗が悪いときに、何につまずいているのかを一言書き込んでおくと、ブレイク時にそれを見た周りの人やコミュニティマネージャーが手を差し伸べることができる。
様々なスキルを持った人が働くコワーキングスペースならではの仕事の進め方。コワーキングスペース内のコミュニケーションやコラボレーションが活性化しそうだ。
②「tsunaguba」by tsunagbaチーム
バリスタiがコーヒーを淹れている80秒間は、ユーザーが持て余している「すき間時間」だ。その間にコワーキングスペースにいる他の利用者の情報をスマホから閲覧できるサービスが、tsunagbaチームの提案した「tsunaguba」だ。
興味を持った相手に「握手マーク」を送ることで交友関係がスタートする。SNSでプロフィール情報をつい読みふけってしまう人なら、どんな自己紹介が流れてくるのか毎回気になってしまうだろう。
③「お遍路クエスト」byチームお遍路
スキルアップしたい学生が全国のco-baを回り、様々な体験をする「武者修行インターン」。学生はその間の経験をバリスタiのオウンドメディアから発信し、コーヒブレイク中に記事を読んだco-ba利用者がアプリから学生を応援するというサービスがチームお遍路が提案した「お遍路クエスト」だ。
「旅する学生を応援する」というコンセプトの面白さや、インターンのマッチング機会の提供という具体的なメリットが大きな特徴だ。
④「Bullies」 by チームBullies
オフィスのデスクに置く卓上ロボット「Bullies(バリーズ)」が適切なタイミングでのブレイクを提案してくれるサービス「Bullies」を提案したのは、チームBullies。
ブレイク時にこの卓上ロボット「Bullies」を喫茶スペースに連れていくこともでき、他のユーザーの「Bullies」との掛け合いをきっかけに、周囲の会話の糸口をつくることができる。常に一緒に行動するユーザーのBuddy(相棒)のような存在だ。
音声の合成や認識には東芝コミュニケーションAI RECAIUS(リカイアス)を使用していた。(参考リンク:10フレーズ読むだけで「自分のオリジナル音声合成」が作れる! 東芝の「コエステーション」が超すごい)
将来的には普段のコミュニケーションから収集した情報から会話コンテンツを生成する予定だという。
造形のシンプルさ、動き、声の面白さに、審査員の島川さんからも笑みがこぼれた。
⑤「Coffee Drop」by Coffee Dropチーム
特大の手書きイラストで説明したのは「Coffee Drop」チーム。
全国のco-ba入居者がどんなコーヒーを飲んでいるか、白地図をコーヒーの色で染めて示すサービス「Coffee Drop」を紹介。
白地図の変化は、地理ゲーム、Ingressや人気ゲーム、スプラトゥーンをイメージすればわかりやすいだろう。バリスタiの利用者をブラックコーヒー派とラテ派で二分し、刻々と変わる白地図の色合いからサービス利用者同士が互いの様子に思いを馳せる。
プレゼンの寸劇やイラストは牧歌的だったが、コーヒーの嗜好などに対する思い入れの強さを考えると、Ingressよりも過激になるかもしれない。陣地を広げるため日夜バリスタiでコーヒーを飲みながら仕事をする姿が目に浮かぶ。
結果発表
co-ba賞:ホットCOMチーム
co-ba賞は、作業進捗を可視化する「バリ達メーター」を提案した「ホットCOMチーム」に贈られた。
ポイントとなったのは、作業進捗、という入居者全員が共通で抱えている話題をコミュニケーションのきっかけにしたことだという。
co-baを運営する株式会社Tsukuruba代表の中村さんの「普段から抱えている悩みなどが可視化されることで、場を管理し人と人とをつなげるコミュニティマネージャーが取る行動の選択肢が格段に増える」というコメントからは、コミュニティマネージャー運営の経験に裏打ちされた問題意識の高さが伺われた。
ホットCOMチームのコメント
学生起業家やデザイナー志望の学生、若手歯科医師など、多様な背景を持つ若い力が目だったホットCOMチームに受賞の感想を聞いてみた。
「中心となるアイデアが似た発想の人が集まったので、入居者同士をいかにコミュニケーションさせるかという、動線の検討や擦り合わせがスムーズでした。また、実際に導入を想定しているco-baでイベントが開催されていたので、想定ユーザーである入居者と会って実際に話を聞くことが出来たのがよかったですね。企画をよりシンプルに、リアリティを持たせることが出来たと思います。」
co-ba賞を受賞したホットCOMチームには、メンバー全員に6か月間のco-ba無料利用券が贈られた。
NESCAFE賞:チームBullies
NESCAFE賞は、卓上ロボットがコーヒーブレイクや会話のきっかけを作るアイデアを提案をした「チームBullies」に贈られた。
決め手になったポイントは、「有意義なコーヒーブレイク」を取ろうとする、その瞬間にフォーカスをしていたところだという。
普段から海外とのやり取りが多いネスレ日本の島川さんは「高い生産性を誇る海外の研究者のメリハリの効いた仕事の進め方を思い出した」という。
「仕事の途中であってもコーヒーブレイクを決まった時間に取り、定時になったらすぐ帰る事が多い海外の研究者たち。このスタイルをそのまま日本に持ち込むのは難しいかもしれないが、他者(ロボット)からきっかけを与えられたら、すんなりとコーヒーブレイクに入れるかもしれない。会話の糸口づくりやブレイクのきっかけづくりなど、空気を読みすぎてしまって働きかけにくいコミュニケーションの起点づくりをロボットに任せるという発想が斬新だった」と語った。
チームBulliesのコメント
東芝の社員を中心に会社を横断して構成されているハッカソン常勝チーム「つくるラボ」。そのメンバーを中心に、GROOVE Xのロボットエンジニアやアニメーター、金融マンなど多様なメンバーが集まった「チームBullies」に受賞の感想をきいてみた。
「アイスブレイクから意気投合したメンバーだったので、勢いを止めずに動くものを作れたのだと思います。JellyWareさんが持ってきてくれたサーボなどを使うチームが少なかったのを、『もったいないな』と思ってロボットを作ったのですが、それが決め手になったかもしれません。企画段階ではARの予定だったので、スマホをのぞき込まないといけなかったのですが、実物が存在するロボットならではのコミュニケーションの形を実現することができました。異なる背景を持つもの同士がその場の勢いでアイデアを動く物にするという『ハッカソンの醍醐味』を味わうことができただけでも満足だったんですが、賞までもらえるなんて嬉しいですね」。
NESCAFE賞を受賞したチームBULLIESには、チーム全員にバリスタiとコーヒー一年分が贈られた。
事業化を見込んだアイデア作りとオープンイノベーション
様々な魅力的なアイデアが形になった今回のハッカソン。その後の開発がどのように進んでいくのか楽しみな方は多いと思う。そのヒントになるのが、前回の「Community Tech Hackathon」後のアフターケアだ。
Community Tech Hackathonは二回目の開催なのだが前回受賞した作品はco-baのテックスタッフのバックアップのもとで開発を継続、co-ba Shibuyaに実装されているという。
毎年行われる社内イノベーションアワードから生まれた事業を数百億円規模のビジネスに育て上げていることで有名なネスレだけに、今回のハッカソンの成果物についても、事業性を検討できるレベルまで育て上げていく可能性もある。
昨今さまざまなハッカソンが数多く開催されている。その目的も様々なので、必ずしも完成、運用を目指すことが必要ではないかもしれない。
しかし、今回のように、プロダクトの完成、実証、事業化まで視野に入れた動きをするイベントがあることも、多様化する開発イベント、オープンイノベーション業界にとっていい刺激になるのではないかと思った。
今後もネスレ日本のオープンイノベーション活動に注目していきたい。