ロドニー・ブルックス博士「協働ロボットは将来、家庭で介護や調理を支援する」インタビュー

ロボットの行動におけるモジュール分散型知能化の概念「サブサンプション・アーキテクチュア」は、掃除機「ルンバ」の知的ともとれる自律的な行動の基盤になっている。ロドニー・ブルックス博士が1980年代に提唱した。そのブルックス博士が来日し、渋谷モディのH.I.S.(株式会社エイチ・アイ・エス)内にある「変なカフェ」を訪問した。
「変なカフェ」には「いろいろなコーヒーを入れるロボット」システムが稼働している。2008年にブルックス氏らが設立した米Rethink Robotics(リシンク・ロボティクス)社の産業用ロボット「Sawyer」(ソイヤー)を使って、QBIT Robotics(キュービット・ロボティクス)社が携わり、H.I.S.が開発した。「変なカフェ」で導入され、稼働していることがSNSで世界的に拡散され、それがブルックス氏の目にとまった。ブルックス氏は「実際に見てみたい」と希望し、講演のために来日した今回、「変なカフェ」を訪れたのだ(関連記事「ロドニー・ブルックス博士が「変なカフェ」でコーヒーを入れるロボットを視察 〜ルンバの開発で知られるロボット研究の権威」)。

「変なカフェ」。中央付近の目のある赤いロボットがコーヒーを入れてくれるロボットとして、業界で驚きの声が上がった「Sawyer」。


ブルックス博士はロボット視察後、プレスのインタビューに応えた。


Rethink Roboticsの協働ロボット

リシンク・ロボティクスのロボット「Sawyer」や「Baxter」(バクスター:双腕型)は人とロボットの協働を意識してデザインされている。ディスプレイに顔が表示されている理由もそのひとつ。複数名の人間が働く現場ではお互い、意識しているいないに関わらず、他の人がどこを見て作業しているかで次の動作を予想して連携している。例えば、隣の人の視線が自分の近くに向いていれば、自分の近くに手を伸ばすかもしれないと予想して、自分から避けてあげることも人間は日常的にやっている。ロボットが人と同じ場所で働く場合にもこれが重要と考えた。ロボットに目があれば、周囲の人はロボットが次にどの方向に腕を伸ばそうとしているのか予測することができる。ほんの少しのアイディア、気づきが人とロボットの共同作業では重要になる。

次にロボットが手を伸ばす位置を目の動きから、周囲の人が予想することができる(YouTube公式動画より)


「Sawyerが複雑な作業をこなしていて驚いた」

ブルックス博士のインタビューではまず、「変なカフェ」の「Sawyer」についての感想と、今後の期待やステップアップの可能性について聞いた。

聞き手

「変なカフェ」で働く「Sawyer」を見た感想を聞かせてください

ブルックス博士

サービス業で「Sawyer」が使われているのは初めて見ました。サービス業でも人手不足などの問題があったり自動化のニーズは大きいと思うので、このような活用方法でロボットが普及していくといいと思います。
私たちが開発したロボットが表舞台に出ていることはとても嬉しいです。産業用ロボットが活躍する現場の多くは工場で、撮影禁止のところばかりですが、ここではみんなが写真を撮ってくれます。
また、ロボットにとって複雑な作業をしていることに驚きました。工場でロボットは案外、単純な繰り返し作業を行っています。ここではコーヒーマシンやアイスマシン、グラインダーなど様々な機器をロボットが操作したり、連携して、複雑な作業を実現しています。「Sawyer」は産業用ロボットですが、工場よりいろいろな作業ができていると思いました。

聞き手

「変なカフェ」ではSawyerは女の子にも人気があると言います

ブルックス博士

今は、多くのユーザーが自分のルンバにドレスアップをして写真を撮ったりしています。地雷除去ロボットも兵士達にはとても気に入られて可愛がられました。工場のSawyerもネームバッジや作業用ヘルメット、ユニフォームを着せてもらっているケースもあります。人々はロボットに特別な「愛着」を抱くということが今では解っていますが、25年前は想像もできなかったですね。
Sawyerには画面ディスプレイがあって目に表情がありますが、人が親しみを感じるようにあえてコミカルなものにしています。ただし性別はつけていません。マッチョなイメージのロボットや、女性的なスタイルのロボットもあって、性別が重要だと言う人もいますが、私はロボットはあくまでロボットであってモノであり、人間とは区別する方が良いと考えています。もちろんみんなが私の意見に賛成してくれるわけではありませんが(笑)。
また、もうひとつ重要なことは、何をするためにここにいるロボットなのか、どんな機能があるのか、人々はロボットの「容姿」で理解したり予想する、ということです。例えば、アインシュタインに似たロボットがそこにいるとしたら、賢くてアインシュタインのような振る舞いをしないと、周囲の人々は失望してしまうでしょう。

聞き手

カフェで働く「Sawyer」が更に進化するにはどのような技術を使うと良いと感じましたか?

ブルックス博士

「Sawyer」の手と頭に装備されているカメラを活用すると良いと思います。カメラを活用すれば周囲のコーヒーマシンなどの他の器材やコーヒーカップの位置などを認識したり把握することができます。そうすれば、できることのステップアップが一層はかれるのではないでしょうか。
工場の場合、ロボットが作業する現場を立ち入り禁止にしているケースが多く見られます。それは人がラインに入ると、器材などいろいろなものを動かしてしまう可能性があるからです。工場ラインではラインの器材の位置が変わってしまうとロボットが正確に働くことができなくなります。しかし、「Sawyer」の場合は、例えそれらが動いてしまっていても、センサーやカメラを使って作業したり、周囲に人がいても協働できるように開発しました。そういう意味でもビジョン(カメラ)とセンシングの機能を使って一層のステップアップがはかれるだろう、と感じました。
「Sawyer」は産業用として開発されましたが、研究機関や学校でも利用されています。研究用の場合はサービス業の課題解決にも利用され、高齢者施設での介護ケアに利用されるケースもあります。
変なカフェのようなユースケースでは、開発が短期間でおこなわれた点も素晴らしいと思います。また、ここでの仕事は現在の「Sawyer」のポテンシャルをすべて引き出してくれていると感じています。例えば、次は「ラーメン屋さんの厨房やキッチンなどで調理ができるようにならないか?」と言われるかもしれませんが、現在の「Sawyer」には防水に対応したシーリングなどが施されていません。
将来は介護施設のケアでも、キッチンでの調理でも、防水シーリングを施したロボットの登場が必要になるでしょう。



聞き手

防水カバーに人間の肌(スキン)のようなものはどうでしょうか?

ブルックス博士

ある研究機関ではSawyerでスキンについての研究が行われています。まだ先の将来の展望ですが、家庭で介護や調理などを行ってくれるロボットが活躍する日が来るでしょう。例えば、高齢の方が入浴したり身の回りのことをひとりでできるようにロボットが支援することなどです。


ディープラーニングかモーションプランニングか

続いて、AI関連の技術的な考察と見解についての質問となった。

聞き手

Sawyerなどの産業用ロボットではダイレクト・ティーチングが注目されています。ダイレクト・ティーチングにもAIの技術であるディープラーニングを活用することが現実的でしょうか? またAIの技術としては、ティーチングのアプローチとしてディープラーニングとモーションプランニングが知られていますが、どちらが適していると考えますか? (モーションプランニング関連記事「世界初の「モーションプランニングAI」を使ったロボットコントローラ!ティーチング不要、MUJINがロボデックスで展示」)

ブルックス博士

Sawyerではディープラーニングを使っていませんが、ディープラーニングの可能性には注目しています。製品にはまだ反映していないものの、機能拡張や知能化の研究の中でディープラーニングの活用をしています。「ディープラーニング」はデモンストレーションやトレーニング学習で研究しています。
Sawyerには「モーションプランニング」のアルゴリズムを活用しています。ロボットのスムーズな動きにはモーションプランニングが有効です。特に、何かを取りに行ったり、ボタンを押すなどで、今までしたことがなかった動きに対して、モーションプランニングの高度なアルゴリズムによってスムーズな動きが実現できるのです。また、特に重要なのは「ロボットが周囲の状況を正確に把握して正確に作業を実行すること」を重視するケースの場合に「モーションプランニング」が適していると考えています。



サブサンプション・アーキテクチュアとビヘイビア・ツリー

「サブサンプション・アーキテクチュア」(SA)とは1980年代にロドニー・ブルックス氏が提唱したもので、ロボティクス分野では「行動における人工知能」とも呼ばれている。複雑な行動(振る舞い:ビヘイビア)を、複数の単純なモジュール型の行動に分割し、ツリー構造として構成する。いわば、すべての行動をひとつの脳が集中して制御するのではなく、本能的な行動についてはそれぞれの行動モジュールが分散して脳(判断)を持って、優先順位の高い行動を並列に実行する。
ツリー構造は下層から上層に「回避(危険回避)」「彷徨う(行動)」「探索(目的)」の3つのレイヤーで構成される。私達の行動を当てはめて上の層から考えると解りやすい。私たちは「目的」のために手や足などを動かして「行動」するが、手や足が危険を察知した場合は優先して対応すべき反射的な「回避」行動を無意識にしている。例えば、転倒しないようにバランスをとったり、怪我をしないように反射的に手を引っ込めるなど、行動の基盤を「危険回避」行動が支えていて、脳はそのレイヤーを意識する必要はない。すなわち、最下層レイヤーの知覚に関しては意識せずともそれらのモジュールが並列、かつ瞬時に対応している。
当時のロボットの行動を構成する図では、「知覚」と「行動」の間には「認識」という項目が必ず存在することが通説だったが、ブルックス博士はそれをひっくり返した。カメや昆虫など、多くの動物の行動から「認識」が必要のないものがたくさんあることに注目した。複雑な行動群も簡単な制御系の寄せ集め・積み重ねの上に構成される。簡単な制御は中央の脳の判断に従うのではなく、それぞれが自律的に動作する。その「行動」は予め与えた外部環境モデルに頼らず、センサーから得た実際の環境から起こすことも重要だ。
これらの考え方が自律ロボットの行動のベースとして、iRobot社の掃除機「ルンバ」や米軍の地雷除去ロボット、そして「Sawyer」にも活用されている。(筆者は現在のコミュニケーションロボットやコミュニケーション機能において、この概念は改めて尊重されるべきであり、多くの課題解決の糸口になると考えている)

聞き手

日本でもルンバはとても人気がある自律型掃除機です。ルンバやSawyerにはブルックス博士が研究した知能化ロボットの「SA」が活用されていますが、その理論がどのように活用されているのかを聞かせください。

ブルックス博士

「SA」による「ビヘイビア・ツリー」が世の中にある約2/3のビデオゲームで使われています。当時「ビヘイビアツリー」の研究を行ってきた私を含めた3名の研究者が「リシンク・ロボティクス」に在籍しています。「ビヘイビア・ツリー」はSawyerがデモンストレーションのトレーニングを行う場合、Sawyer自身のAIが自律的にビヘイビア・ツリーを組み立てて実行します。AIが作ったビヘイビア・ツリーはパソコンの画面に表示できるので、開発者はそれを見てモディファイしたり、最適化を行うことができます。すなわち、ティーチングやトレーニングがやりやすかったり開発がしやすいことに繋がります。


ロボット業界の展望

聞き手

日本の企業や研究において強みと課題はなんだと感じますか

ブルックス博士

その答えには細心の注意が必要ですね(笑)。私達が開発してきたロボットは、iRobot社のルンバのように家庭で掃除を手伝うロボットもあれば、戦争で地雷の除去をするロボットもあります。日本でも福島(原発事故現場)の災害対応にiRobot社のロボットが支援のために使われています。このように「災害現場でもロボットを活用することでできることが拡がるという認識を持つことができた」という意味で、日本のロボット活用においてステップアップに繋がったと思います。日本ではロボットのエンタテインメント活用に注目が集まっていますが、災害対応でも掃除であっても、どんな場面でもロボットはしっかりとよい仕事をして、課題を100%クリアすることを目指さないといけないと思っています。25年後、私が自宅で介護ロボットに抱えられてお風呂に入れてもらっているときに、ロボットが壊れて私をバスタブに落としてしまったシーンを想像してみてください(笑)、そんなことはあってはいけませんよね。だから私達は失敗しないロボットを目指して頑張らないといけません。

聞き手

ロボット開発のステップにおいて、次のゴールをどのように考えていますか

ブルックス博士

ロボットが必要となる分野と、そのゴールはいろいろあります。例えば、日本や中国だけでなく、欧州や北米でも高齢化社会や介護を支えるためのロボット技術の必要性はどんどん増していきます。また、高齢化がすすめば労働者不足も課題となり、そこでもロボットは必要とされるでしょう。米国等では「ロボットが人の仕事を奪うのではないか」という議論になりがちですが、ロボットは労働者不足を補うものです。また、災害対応にもロボットの活用が重要になっていくでしょう。



エイチ・アイ・エスおよびQBIT Roboticsのメンバーとロドニー・ブルックス博士。関連記事「「変なカフェ」手がけたメンバーが創業のQBIT Robotics社、ロドニー・ブルックスのRethink Robotics・住重と提携へ


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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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