【日本初】自治体が自動運転バスを実用化、境町で一般公道を毎日走る!出発式/体験乗車/インフラ事情を写真と動画でレポート

2020年11月25日、市街地を含めた一般の公道をハンドルのない自動運転バスの定時(定常)運行がはじまった。場所は茨城県境町。茨城県境町が予算をとって、運賃は無料で運行する。国への補助金の申請も行っている。

天候はあいにくの雨模様だったが、出発式のテープカットが無事に行われた。自動運転バスの出発地点の「境シンパシーホールNA・KA・MA」にて

車輌は仏ナビヤ社の「NAVYA ARMA」(ナビヤアルマ)を3台使用し、車両や遠隔管理システムの開発はソフトバンク子会社のBOLDLY(ボードリー)が、車両の販売やメンテナンス等はマクニカが連携協力している。

境町はナビヤアルマ3台を導入。このうち1台のカラーリング(外装ラッピング)は、近隣を流れる利根川をテーマに一般の方から募集したデザインを採用した(中央)

ハンドルのない自動運転バスが定常運行する事例としては東京羽田(HICity)に継ぐ2例目だが、自治体による事例や、市街地を含む例としては日本初となる。既に速報記事で伝えているが、この記事では、自治体が自動運転バスを導入する理由、その背景、法律上の課題、出発式の様子、体験会の乗車レポートなど、盛りだくさんでお届けする。

「河岸の駅さかい」の広場がもう一方のバス停

この記事の後半では、実際に自動運転バスに乗った体験レポートも、ロングバージョンの動画でお届けする


自治体がなぜ自動運転バスを走らせるのか

「茨城県境町には鉄道の駅がない。高齢者が運転する交通事故が社会的な課題になっているが、免許返納をしたくても生活には自動車が不可欠だという高齢者の声は多い。免許返納を進めれば交通弱者が生まれてしまう。自動運転バスは未来だったが、予算さえ確保すれば現実になると考えた。まだ初めの一歩だが、住民の皆さんの声を聞いて、便利で生活に役立つものにしたい」そう語ったのは境町の町長、橋本正裕氏だ。この事業のために5年間で5.2億円の予算を確保した。

出発式に登壇した境町の町長、橋本正裕氏。「自治体は学校教育の分野にはそれなりの予算をかけているのに高齢者の交通に予算がかけられないはずはない」町長の熱意と即断が自動運転バスの実用化を加速、ついに実現に至った

記者会見ではこんな質問が飛んだ。「自動運転バスといってもスタッフが2人も搭乗するし、導入と運営はコスト的に安くないのではないか? 地元のバス運行会社を使おうとは思わなかったのか」。それに対して橋本町長は簡潔に答えた。「検討しなかった。バス会社は人員不足でコストも切り詰めて運営している。増便をお願いすることも難しい。自動運転バスは今はコスト高かもしれないが、将来、法律も改正されて無人バスになったり、コストも安くなっていくことを期待している」と語った。地方都市ではバスやタクシーが減っていってやがてなくなるのではないかという危機感を抱えていること、その課題を解決するには自動運転バスの導入が最適解ではないか、という胸の内がダイレクトに伝わってきた。


多くの自治体が交通インフラに危機感

境町が自動運転バスを定常運行で走らせる、という発表は2020年1月に都内で発表された。ロボスタでも記事にしたが、その発表の後「地方の自治体などから100件以上の問合わせを頂いた。導入を検討したい、自動運転バスを見てみたい、境町に行けば見られるのか、と言ったものが多く、自治体が地域の交通として自動運転バスに期待していることを改めて感じた」と、BOLDLYの佐治社長も語った。(関連記事「ついに自動運転バスの公道での定常運行が日本で初めて実現へ 境町、SBドライブ、マクニカが連携して実用化 運賃は無料」)

出発式に登壇して挨拶を述べるBOLDLY株式会社 代表取締役社長 兼CEO 佐治友基氏



自動運転バスの社会実装に向けて

筆者は今回の件に発表当初から注目してきた。理由は自動運転バスの社会実装という観点だけでなく、できることから実践していくという姿勢だ。例えば、現在の法律で言えば自動運転バスの無人運転は例え技術的に可能であるとしても許可はされない。法律が追いついていないと言えばそれまでだが、いくらAIが発達しているとはいえ、プロの運転士がバス運行で行なっている判断や運転作業はシステムが簡単に代用できるものではない。ならば、(この車両にはハンドルがないので)コントローラを持った運転士と周囲の安全を確認する保安要員のふたりを搭乗させた上で、安全を確保して技術的には極力、自動運転で運行するという方法で許可をとった。

自動運転バスにはスタッフ2人が搭乗する。写真は運転士の女性。手にコントローラを持ち、バスを操縦することができる


「レベル2」であり「レベル4相当」

この方法の場合、法律面から見ると今回のケースは自動運転の「レベル2」に該当する。「レベル2ならうちのクルマの安全運転支援システムと同じじゃないか」と感じる読者もいるかもしれない。この点について東京大学の須田教授は独自取材でこう語った。「制度面(法律面)と技術面の両面で見るべきで、今回は技術的には実質「レベル4相当」だが、制度面で見るとレベル2となる。制度上(法律上)は公道ではまだ運転者が必ず必要で、先日車両として認可されたホンダの技術もレベル3で、運転者が必要。現在、国も「レベル4」を制度化しようと動いている。具体的には内閣官房が発表したロードマップでは2022年に遠隔監視を備えた無人運転のレベル4を実現したいとして検討を重ねている」。

出発式に登壇した東京大学生産技術研究所教授 須田義大氏

また、やはり自動運転で大きな課題となるのは路上駐車を正確に認識して安全に運転することだ。ロボスタの記事でも何度か解説してきたが、自動運転の実現のためには路駐がネックで、街ぐるみで路駐をなくすなどの協力が実現の早道になるのが現実だ。

出発式で記者達の写真撮影に応じる。前列左から株式会社マクニカ 代表取締役社長 原 一将氏、橋本町長、BOLDLYの佐治氏、後列左から東京大学の須田氏、日本自動車研究所 代表理事・研究所長 鎌田 実氏

■動画 式典で出発する様子




まずは往復のみの1路線から、将来は5路線へ

今回のコースは1路線で、途中に停留所のないシンプルなコースとなる。具体的には「境シンパシーホールNA・KA・MA」(境町勤労青少年ホーム)と、境町の地域活性化の活動拠点である「河岸の駅さかい」をつなぐ往復約5kmのルート。

当初は1路線で、一日4往復(8便)。途中にバス停はない

畑の中の一本道というわけではなく、市街地を含めて信号もあり、交通量もそれなりにある一般公道だ。


運行ダイヤも独特だ。一般のバスでは通勤通学時間となる朝と夜(夕)がバス利用のメインとなるが、今回のダイヤを見る限りは利用者を高齢者にフォーカスしている。平日の午前10時から午後3時30分までの8便(片道2.5kmずつ)の運行だからだ。これも「できるところからまず始める」というコンセプトに沿ったものだろう。コースの途中には郵便局やスーパー、店舗、小学校などがあるので、これから利用者の声を聞いて停留所を設置していくという。また、将来は5路線まで増やす計画でいる。




信号協調はなし

「できるところからまず始める」という点では、今回は技術的に信号協調なども使用していない。信号機があるところは予め停車するのが前提で設計されていて、コントローラを持った運転士が青信号を確認して通過の操作をするという安全優先のしくみをとっている。画像判別技術等を使って信号を自動認識しているわけでもないため、運転士が介入する割合は比較的多いと感じるだろう。ちなみに、BOLDLYは小田急と連携した江ノ島での自動運転バスの実験では信号協調の経験と実績があり、技術は既に持っている。
また、「境シンパシーホール」に入る右折はLiDARや3Dマップによる自動運転で行われているので、技術面では自律運行が右左折で確立されている面も垣間見えた。


もうひとつの課題は走行する速度だ。自動運転バスは安全のため最高でも時速18kmで走行する。そのため、法定制限速度よりも遅く、渋滞に繋がる恐れがある。渋滞をできるだけ避ける方策として、コース内に後続車を前に行かせてゆずるポイントを数カ所用意して対策した。

■ 実際に乗車体験した動画 Long Version




遠隔監視システム「Dispatcher」を使用

今回ももちろん遠隔監視システム「Dispatcher」(自動運転車両運行プラットフォーム:ディスパッチャー)は活用される。開発と運営を担当しているBOLDLYは境町にサテライトオフィスを設置して、バスの中と周囲を監視して安全運行を支援する。
展示されていたのはノートパソコン1台の簡素な端末構成だが、主はクラウドサービスのため、信号協調システムと連携したり、気象や地震情報、他のMaaSなどとの接続もできる。現地では社内外の様子が確認できるとともに、社内のスタッフと直接連絡をとるデモなども紹介された。

今回の出発式に合わせて、展示された自動運転車両運行プラットフォーム「ディスパッチャー」




1台のアルマは公募したデザイン

自動運転バスの運行は、当初は2020年4月からの開始を予定していた。しかし、国内における新型コロナウイルスの感染拡大状況を踏まえ、境町は「コロナ感染拡大防止施策の早期実施」を最優先とし、BOLDLYと協議のうえでアルマの運行開始予定時期を半年後に延期することを決定した経緯がある。
こうした予定延期に際して「ARMA」車両のラッピングデザインを一般公募するコンテストを発表。今回、公表された3台のうち1台に公募から選定されたデザインが採用されていた。


また、他の2台の外装および座席のカバーには、境町出身の美術家である内海聖史氏が制作したキービジュアルを採用。境町のコンセプトである「自然と近未来が体験できる境町」をイメージしてデザインされた。(関連記事「茨城県境町を走る自動運転バス「ARMA」のラッピングデザインのコンテスト開催 BOLDLY (旧SBドライブ)」)



今後も地方自治体等と連携した横展開を

BOLDLYはこのプロジェクトの実現のため、ルートの選定・設定や、3Dマップデータの収集、障害物検知センサーや自動運転車両の設定など、走行までに必要な作業を実践してきた。同社は、今回の境町と同様に、現在の交通インフラに不安を抱えている地方自治体などに対して、自動運転バスのサービスを横展開で拡大していく考えだ。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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