日立と西鉄「混雑を避けた移動と地域経済の活性化を促すMaaS実証実験」を拡大 ナッジ技術活用、鉄道も加え店舗数は3千超へ

日立製作所と西日本鉄道(西鉄)は、日立独自の「ナッジ応用技術」を活用して、公共交通機関利用者の行動変容を促す「安心快適なおでかけサポート実証実験」を実施することを発表した。福岡市および近郊エリアを対象としたもので、実験の期間は2月1日から3月7日まで。1,000人以上の参加者を一般募集する。

交通機関の混雑情報とともに、日立独自のナッジ技術を用いて、別ルートの提案、周辺の商業施設での寄り道を提案する

専用のアプリを使い、交通機関の混雑を避けて目的地まで誘導するとともに、周辺地域の店舗の情報などを提供することでユーザーの行動変容と街の活性化を促すサービス。実証実験は昨年に続き2回目となり、今回はバスだけでなく鉄道も追加し、商業施設は前回の49店舗から3,000店舗以上へと大幅に増やした。また、ユーザーの声を反映して多くの改良点を加えたものになる。

前回はバスルートのみだったが、今回の実証実験では、西鉄電車が追加され、大幅に利便性があがる(天神大牟田線・太宰府線・甘木線を追加)

交通機関の混雑状況は実際の混雑情報ではなく、AIなどの技術を駆使して曜日や時間帯、天候等から推定したもの。バスト電車ではそれぞれ異なる推定方法やシミュレーションを導入して精度を上げている。店舗情報には一部(約30店舗)にリアルタイムの混雑情報が反映されていて、VACAN(バカン)社と協力している。
日立と西鉄の両社は実証実験の実施にあたり、報道関係者向けの発表会を開催し、今回のサービスやシステムの概要と昨年の実証実験からの変更点、昨年の調査結果等を公表した。

発表会には日立の廣井氏、西鉄の阿部氏らが登壇した。日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ プロジェクトマネージャー 廣井 和重氏(左)と、西日本鉄道 まちづくり・交通・観光推進部(デジタル戦略推進委員会モビリティチーム)課長 阿部 政貴氏

昨年の実証実験との比較。大幅に拡張されていることがわかる


混雑を避けて移動したいというニーズが急上昇

「安心快適なおでかけサポート実証実験」は、西鉄と日立が共同で開発しているサービスの実証実験。「安心・安全で快適な移動」と「経済の活性化」の両立をめざしている。
西鉄は、人口の減少と高齢化、更にはコロナ禍による影響で、交通利用の減少が将来にわたって深刻化すると見ており、かつ、街の活性化を促す施策が重要と考えている。




日立、独自の「ナッジ」技術をプラットフォーム化、APIで活用

前回は、2021年3月17日から4月3日の17日間で実証実験が実施されたが、今回は2022年2月1日~3月7日の35日間と大幅に期間を延長する。更に交通機関として、「西鉄バス」路線の対象エリアを拡張するとともに、新たに「西鉄電車」の天神大牟田線・太宰府線・甘木線を追加して、より利用エリアが拡大される。また、混雑回避や寄り道に提案される商業施設は前回の49店舗から3,000店舗以上と大幅に増やした。


本実証実験では、西鉄電車・バスの利用者から参加者を募集し、このプラットフォームを活用したWebアプリを用いて、ピークシフト、移動総量の増加、商業施設への誘客に対する効果と実用性を検証する。

移動時間と交通機関の集中を緩和し、平準化をめざすことで、快適な移動へと促す。その際に周辺地域の店舗やサービス利用を促し、経済の活性化へと繋げる

なお、日立は今回の実験ではプラットフォームを分立し、APIでナッジ技術を活用できるように改良した。これによって、将来的には他の地域の交通機関や一般企業などにもナッジ技術をプラットフォームで提供するビジネス展開も視野に入れる(日立は「ナッジの連結技術」と「ナッジのパーソナライズ技術」の特許を出願中)。当面は西鉄との連携して移動分野での開発を行なった上で、将来はナッジ技術を幅広く提供するビジネスに拡張したい考えだ。


ナッジの語源は「ひじで軽く突く」と言う意。人々が強制ではなく自発的に望ましい行動を選択するよう促す仕掛けや手法を示す用語として用いられている。



アプリの概要と機能

このサービスでは、アプリで現在位置(出発地)と目的地を指定することで交通案内を表示するが、同時に混雑状況を提供することでユーザーが時差乗車や別ルートを検討したり、時差乗車や寄り道の際に周辺の店舗情報をユーザーの特性に合わせて提供することで、行動変容を促すことが期待できる技術として用いられる。

アプリで現在位置(出発地)と目的地を指定して交通案内を表示(デモでの表示:アプリ画面は開発中のため実際の画面とは異なる可能性がある)

ルートの混雑情報(推定)とリアルタイムの遅延情報が表示される。画面では電車は混雑していないもののバスで混雑が見られる

経路上の混雑情報は細かく確認できるので、検討の参考にできる

混雑を避けるためにシステムからの提案を確認できる。例では寄り道の情報、迂回ルート、移動時刻の変更から選択できる

今回は、パーソナライズされた提案情報の実験が行われる。パーソナライズとは個人の特性や傾向を反映したもので、例では「地域への貢献意識が高い」「健康意識が高い」などによって、異なる提案がされることを紹介された。


実証実験では、ナッジ応用技術によるピークシフト、移動総量の増加、商業施設への誘客を検証。具体的には、参加者はスマホから簡単なアンケート形式で個人のパーソナル属性を登録。Webアプリで移動経路を検索すると、混雑情報を表示するとともに回避するルートや寄り道先などの移動パターンを、個人の特性に応じて提供される。
移動パターンは、西鉄電車とバス路線の各区間における天候を加味した統計的な混雑推定、商業施設の混雑情報、目的地への経路、個人の嗜好や特性などに基づいて提案される。例えば、検索したルートの一部区間が混雑していた場合、混雑を回避できる代替経路や代替出発時刻に加え、寄り道先が提案される。

この際、前述のように健康志向の高い人や地元への貢献意識が高い人など、利用者の特性にあわせて提案方法が変更される点が新たに導入されている(パーソナル属性の反映)。実証実験では、参加者の特性ごとに提案内容を変更した場合に、移動パターンの受容率がどのように変化するかも検証するとしている。

昨年度の実証実験との比較(再掲)




前回の実証実験の調査結果

では、前回の実証実験からはどのようなことが明らかになったのだろうか。前回は、2021年3月17日から4月3日の17日間で実証実験を実施し、561人と49店舗が参加した。参加したユーザーの67.2%が「混雑を参考にしていた」と回答し、混雑情報の情報提供は概ね利用されていたことがわかった。


経路検索の結果を見て出発時間や経路を変更した人のうち、混雑を嫌って変更した割合は15.6%だった。両社はこのサービス提供の目標のひとつ「移動需要の平準化」に繋がる可能性を見いだせる結果、と分析した。


混雑を避ける傾向は比較的顕著に見られるものの、朝(行き)と夕方(帰宅)では、夕方の方が混雑を我慢して乗車している傾向が見られた。著者としては意外に感じたが、時差通勤による効果が出ているようで、朝は時差通勤で一本ずらして、帰りは早く帰宅したいので混雑は我慢して時刻通りに利用する、という意見が見られたという。


Webアプリの店舗情報を利用した人は比較的多く、そのうち「Webアプリで薦められた店舗に実際に行った」は12.5%、行きたいと感じたのは約38.7%、合わせて約半数が店舗利用の可能性を示したこと、更にはおすすめの店舗に行くために外出したという回答もあったことから、一定の移動需要の喚起は達成できたと分析した。




日立と西鉄の両社は本実証実験の結果を踏まえ、「ナッジ応用技術の実用化」に向けて検討を更に加速していく考えだ。また、今後も「快適なまちづくり」に配慮した利便性の高い「サステナブルな公共交通モデルのあり方」を検討し、次世代の公共交通モデルの構築と地域経済の活性化に貢献していくとしている。また、鉄道・バスの運行をピークシフトと連動させることで最適化し、環境負荷を低減するなど、社会課題の解決に繋げていきたいと語っている。




今回の実証実験の概要

実施期間
2022 年 2 月 1 日~3 月 7 日
対象交通機関
西鉄電車:天神大牟田線、太宰府線、甘木線
西鉄バス:天神・博多エリア、大橋駅・西鉄久留米駅を通る路線
対象店舗数
3,000 店舗以上
参加者数
1,000 人以上(目標)
参加者募集方法
西鉄電車・バス LINE 公式アカウントおよび「にしてつバスナビ」アプリから募集
参加者特典
本実証実験へ参加登録し Web アプリを利用した参加者の中から、抽選で1,500人に500円分のデジタルギフトを贈呈予定。さらに、実験後のアンケートに回答した参加者の中から、先着順で1,000人に1,000円分のデジタルギフトを贈呈予定。
検証項目
ナッジ応用技術によるピークシフト、移動総量の増加、商業施設への誘客

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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