ものづくりの考え方を大規模農業に展開 デンソーの「食」への取り組み

デンソーは2022年7月6日、同社の「食」分野への取り組みに関するプレス向け勉強会を開催した。デンソーは6月21日に開催した第99回定時株主総会で定款を一部変更し、新事業の柱として農業分野向けビジネスを事業目的に追加した。これは「食」の安心・安定供給を目指す今後の展開に備えるものだという。モビリティ領域で培った技術を生かし、農業など、非自動車業界の困りごとを解決するソリューション開発に取り組む。


クルマの生産技術をフードバリューチェーンに展開

株式会社デンソー フードバリューチェーン事業推進部 フードバリューチェーン事業戦略室長 清水 修氏

デンソー フードバリューチェーン事業推進部 フードバリューチェーン事業戦略室長 清水 修氏は、なぜデンソーが食分野に取り組むのかから説明した。デンソーは今後、クルマで培った技術を環境・安心分野に広く展開して貢献していくとしている。そのなかでデンソーが目指す「安心」は「交通事故死亡者ゼロ」、「快適空間」、そして「働く人の支援」を3本柱として掲げている。

デンソーの目指す「安心」3本柱

今後、総労働人口は大きく減少し、高齢化、後継者不足が進む。農業分野の平均寿命は68歳となっており、数年後にはさらに深刻な事態が到来することが予想されている。3Kであることから担い手も不足している。また作物を作るだけではなく、流通の課題もある。作るだけでなく届ける人も不足しているのが現状だ。

デンソーの目指す「安心」3本柱

デンソーは次の事業として2017年ごろから農業に軸足を置き始めている。「食」において目指すのは、自動車で培った改善、環境制御、自動化、ICT、ジャストインタイム生産システム、コールドチェーンを、フードバリューチェーンに展開すること。農業、食の流通、加工する工場現場から消費者に届けるところに安心技術をソリューションとして提供する。

自動車業界で培った技術を横展開。農業はその一つ。

まず、「生産」においては、就農人口減少・食料供給不安定の課題に取り組む。国内外の課題を解決しつつ、農業を発展させるターンキー・ソリューション(納品後すぐに稼働できるサービス)を作る。「流通」においてはドライバー不足・物流の多様化など社会変化に対応した柔軟な配送体制の構築に取り組む。「消費」では、フードロス・食の安全性などにトレーサビリティ技術で応える。

農業の生産、流通、消費の課題を解決することを目指す


生産現場の技術で「施設園芸」を効率化する

施設園芸と工場には共通点がある

具体的にはどうするのか。生産においては、農業分野においては田んぼの稲、畑の果樹などがあるが、全てに取り組むことはできないので、デンソーでは「施設園芸」に着目する。「施設園芸は工場と変わりないから」だという。ものづくりとして施設園芸を効率化していく。

だが工業と農業には違いもある。工場ではシームレス生産で面積最小化に取り組んでいる。いっぽう農業は栽培面積を最大化することが基本だ。また、工業では品質安定化のために見える化・標準化を進めている。農業は経験とノウハウの世界だ。機械は、適切なところに適切な機械を入れている。農業は違う。必要だから入れる、大変だから入れるという考え方だ。このように考え方は異なる。だが「作るものは同じ、『モノ』だ」と清水氏は語った。単純に現状に技術を足すのではなく相乗効果を出すことを目指すという。

工場と農業現場の違い

デンソーでは施設園芸大手のオランダ・セルトングループと組んで、2020年5月に合弁会社を作り、デンソーアグリテックソリューションズ社を設立し、新しい施設園芸の世界に取り組もうとしている。2018年に合弁会社 株式会社AgriD(アグリッド)を設立している三重県の株式会社 浅井農園と組んで、ロボットや生産管理システムを農場に導入。「標準ハウス」を作り、環境変動に左右されない安定したものづくりに挑む。

オランダ・セルトングループとデンソーアグリテックソリューションズ社を設立

アグリッドでは三重県いなべ市に4.2haの大規模ハウスを建設してトマトを生産している。「生産統合システム」を使って販売から逆算して、どれだけ収穫しないといけないのか、そのためのパッキング、在庫はどれだけ必要かといったことを計算。そして従業員のシフト調整、作業内容、勤務管理をクラウドで管理し、トマトの収穫から出荷までの 作業を可視化することで、ムリ・ムダ・ムラを削減。収穫量・出荷量の変動による生産性のバラツキを、工業化技術によるライン最適化・カイゼ ンにより作業人員の省人化を目指している。何か異常を発見した場合はクルーがカメラで撮影。できるだけ早期に管理者が異常の芽を摘めるようにする。

デンソーが開発中の自動収穫ロボット「FARO」。2021年の「第8回スマート農業EXPO」での展示

現在この農場では4種類のトマトを生産している。収穫物は一回あたり80kg程度の荷物を約250m運ぶ必要があったが、それを自動搬送する。そのほか、自動収穫ロボット「FARO(ファーロ)」を検証していることがリリースされている(参考:AIの「眼」を持つロボットが、農業の新たな地平を開く https://thecores.denso.com/ja/robot01/)。

■動画

そして、農業を通じて人が集い・活躍する場を作り、地域と共に食の安心に貢献することを目指す。温度環境、栽培の仕方などを見える化。スマート大規模圃場では食料供給の不安定さの解消を目指す。そこではシルバー人材やパート労働、障害者など多様な働き手が働ける大規模農場に変革させることで農業の働き手不足を支える。くわえて、環境に優しい農業を目指す。

儲かる・働きやすい農業の実現を目指す




流通は、大量輸送から小型・個別の輸送へシフト

暮らし、食生活、人の価値観など、食を取り巻く環境が変化

流通の取り組みについては、現在、居住地がじわじわ変化し購買活動そのものが変化していると見ており、人の価値観も変化していると考えているという。人は好きなところに住み、食生活も変化し始めている。ネットでの購入やテイクアウトも盛んになった。好きなときに好きなものを食べたいとう気持ちもある。今までは集まって生活していたものが個人個人の価値観に変化していると見ているという。

これまでデンソーは、各地域から幹線輸送をベースに消費者へと運ばれるところに冷凍機を開発して貢献してきた。だが新しい社会、個のニーズに応えるためにはラストワンマイルの配送ニーズが激増する。従来のトラックドライバー以外の運び手が必要となり始めている。

これまでは幹線輸送がベース。今後のラストワンマイルニーズにも対応

そこで、今までの概念を逆転。大量に運ぶのではなく、少ないものを運ぶための小型モバイル冷凍機 「D-mobico(ディー・モビコ)」をヤマト運輸と共同で開発した。荷物を小分けで入れられる。トラックではなく軽のバンでも運べる。電源があればどこででも使えるので一時的な冷凍機としても使える。さらにフレキシブル配送ができるようになれば配送スタイルが大きく変わる可能性がある。このようなソリューションを取り揃えることで、消費者の目の前まで届けることを目指す。

小型モバイル冷凍機 「D-mobico」を開発。フレキシブル配送へ対応




食の情報の一元化でフードバリューチェーンを構築

食品ロス問題や産地偽装問題への対応

消費(フードバリューチェーン)については「食の様々な問題が急激に表面化している」と述べた。食品ロス対応、産地偽装の問題などのことだ。これらの課題は、流通形態が複雑で非効率な需給調整や、情報の共有不足により全体の最適化が図れていないから起きていると清水氏は語った。目標の個数を生産する工業と異なり、農業は作れたものを卸に持ってくる。消費者は食べたいものを選ぶし、待たない。それに応えるために中間卸や小売は必要以上の量を仕入れる必要があり、これがロスにつながる。そして消費者はスーパーでは見た目で選んでしまっている。

現在の課題は非効率な需給調整や情報の共有不足によるという

これらの課題に対して食の情報の一元化に取り組む。コストが上がらないように在庫の調整、需給調整して効率化を進め、全体コストを下げる。くわえて「産地証明支援システム」を導入し、適正な流通体制の構築を目指す。産地証明については現在、熊本県でアサリを対象に実証実験を行っている。QRコードを使って信用のチェーンを小売店まで繋いでいく。既存のサービスプラットフォームにアドオンするかたちで導入できるようにしているという。

QRコードを使って産地証明

なお、熊本での事業は令和4年度までの実証実験だが、実証実験終了後の次年度以降も続けて行うための話を既に進めているとのこと。産地偽装防止ではなく、あくまで産地証明を行うためのシステムとして展開する。

熊本県ではアサリの産地証明の実証実験を実施中




「正の循環」を作ることを目指す

バリューチェーン全体で「正の循環」を作る

このようなソリューションを全体で繋げるというのがデンソーの戦略だ。清水氏は「デンソーはキチンと食を作り、しっかり届け、消費者に理解頂けるようにする。そして消費者には行動を変化することでしっかりと価値を支払っていただく。それによって生産者・流通業者が潤う。正の循環を作り上げる」と述べた。

農業分野の人員は2017は数名から20数名だったが、現在は100名強。加えて合弁会社の人員や、クルー(パート)は百名以上いるとのこと。デンソーは2000平米程度の中規模農園では主に環境制御用の強制換気システムを展開している。これまでなかなか実績を積むことができなかったが、昨今パートナーを獲得し、実際の成果も上がっていることから、手応えを感じているという。

いっぽう、大規模農園(1万平米以上)では、三重県にあるアグリッドの施設には連日多くの見学者が来訪、非常に新しい取り組みだと評価されているとのこと。また離職率がとても低いという。売上面でも、既に大手農業法人に施設園芸システムを提供しており、冷凍庫なども販売しているため、農業事業での売上もかなり出ているという。ただし、大規模農園は日本では市場規模が少ないのが現状だ。デンソーが展開中のシステムも海外ソリューションを上回るものはないが、日本向けアレンジとなっている。地域適合にはカーエアコンの技術が使われているという。今後、大規模農園ソリューションは中国など、中規模農園ソリューションについては日本と状況の似ている東南アジア圏での展開を視野に入れているという。

関連サイト
株式会社デンソー

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森山 和道

フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!

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