【速報】NTT/東京大/理研/JST 革新的な量子コンピュータ新技術で驚きの成果 世界最速43GHzを計測!量子と光通信を融合、量子マルチコアの実現へ「IBM Qを置き換えたい」

日本電信電話株式会社(NTT)、東京大学、理化学研究所は共同で、最先端の商用光通信テクノロジーを光量子分野に適用させる新技術を開発し、論文を米国科学誌で発表した。現存の定在波式の量子コンピュータを超える、進行波式を実現することで世界最速の43GHzリアルタイム量子信号測定に成功した。


現在、国内では量子コンピュータの代表として川崎市に設置されている「IBM Quantum System One」が知られているが、今回発表の技術はこの性能を大きく上回る可能性を持っている。プロジェクトマネージャーをつとめる東京大学の古澤明教授は筆者の質問に対して「将来的にはこの技術でIBM Qを置き換えたいと思っている」と答え、この技術が世界的にインパクトの大きいことを語った。

東京大学 大学院工学系研究科 教授/理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 副センター長 プロジェクトマネージャーの古澤 明氏

なお、量子コンピュータだけでなく、レガシーコンピュータと呼ばれる従来方式のコンピュータの性能向上にも応用できる可能性のある技術となる。
この技術は2023年3月6日(米国時間)に米国科学誌「Applied Physics Letters」において掲載。これに伴い、報道関係者向けの発表会を行った。発表は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)も連名としている。この研究の一部は、JSTムーンショット型研究開発事業の助成を受けて行われている。


量子コンピュータ技術を革新するパラダイムシフト

従来の量子コンピュータ開発手法を、「空間的な並列化と微細加工によるチップ化を基軸とした古典コンピュータ開発の系譜」から「時間と波長による並列化と高速化が可能な光通信システム開発の系譜」へと一新するパラダイムシフトをもたらすものになる。


光量子コンピュータのプロセッサをマルチコア化

この技術は、10GHz超クロック周波数で動作する高速量子計算の実現に大きく寄与すると期待できる。近年、NTTをはじめとする通信キャリアのバックボーンネットワークで用いられる、デジタルコヒーレント技術や大規模波長多重などを用いた光通信技術「超高速光通信技術」の一つ「波長分割多重化技術(WDM 技術)」と組み合わせることで光量子コンピュータのプロセッサをマルチコア化できる。
現状のシングルコア技術ではハード性能では限界があるが、マルチコア化が実現すれば、性能を拡張するスーパー量子コンピュータに発展させることができる。「将来的には100 GHz帯域の高速性と、100コアの並列性を兼ね備えたスーパー量子コンピュータの実現を めざす」と力強く語った。


「光パラメトリック増幅器」を開発

この研究では開発に成功した「光パラメトリック増幅器」を使い、数十GHzクロック周波数で動作可能な量子プロセッサをマルチコア化したスーパー量子コンピュータを提案する。5G通信時代の超高速光通信テクノロジーと光量子コンピュータテクノロジーを融合することで実現する。



【ポイント】

・莫大な投資と技術蓄積されてきた超高速光通信テクノロジー(5Gテクノロジー)と、 光量子プロセッサを融合、光量子コンピュータを高速化する新技術を開発。
・開発した「光パラメトリック増幅器」を用いることで、超高速光通信用ディテクタが量子測定に適用可能となり、世界最速の43GHz帯域でリアルタイムな量子測定に成功した。
・これを5Gテクノロジーのひとつ「波長分割多重化技術」(WDM)と組み合わせ、「マルチコア光量子コンピュータ」を構成でき、「スーパー量子コンピュータ実現」への道を拓く。



「定在波」量子ビットではなく、「進行波」量子ビットを実現

量子コンピュータは従来のコンピュータでは実現できない超並列計算ができることから、世界各国で盛んに研究開発が行われている。量子コンピュータ実現に向け様々な方式が提案されているが、なかでも大規模化と高速化を実現できる「時間領域多重化技術」を用いた測定誘起型の光量子コンピュータが注目されている。今回の発表では、超伝導量子ビットに代表される「定在波」量子ビットではなく、光子が高速で飛来する「進行波」量子ビット、いわゆる「フライングキュービット」を用いる点が大きな特長。この進行波量子ビットを時間軸上に並べることにより、装置の大型化や素子の集積化をすることなく、演算性能の大規模化を行うことができる。


「進行波」量子ビットの研究は海外でも行われているものの、今回の発表で日本のプロジェクトチームがトップリーダーであることを示した。



光通信テクノロジーとの親和性が高い

さらに、この方式は光通信テクノロジーとの親和性が高く、これまで莫大な投資がなされ発展してきた光通信の高信頼かつ高性能なテクノロジーを量子に活用できるという利点がある。特に5Gやビヨンド5G通信のバックボーンネットワークに用いられる「高速通信テクノロジー」を活用することで、高速なクロック周波数での量子計算が期待できる。
しかしながら、古典力学の範疇で発展してきた高速光通信デバイスのすべてを、そのまま光量子コンピュータに使うことはできないという。例えば 光量子状態の測定に光通信用の100GHz超の高速なディテクタを用いることはできなかった。高速な光通信用ディテクタは光損失が大きく、この損失で光量子状態が崩壊してしまっていたからだ。そのため従来は、光損失が少ない特別に設計された低速なディテクタを用いて測定を行う必要があった。
これは 測定誘起型量子操作においてはクロック周波数を制限する要因となっていた。2021年にテラヘルツ帯域の量子光生成に成功したが、測定器の制限によって、その帯域を十分に生かすことができなかった。


光量子情報を保持したまま光を増幅

その課題を解決するのが「光パラメトリック増幅器」だ。光量子情報を保持したまま光を増幅し、これまで適用できなかった超高速光通信テクノロジーを光量子分野に適用する新手法を開発した。この技術により、光通信テクノロジーの高速・広帯域性を十分に活用したスーパー量子コンピュータ実現への可能性が見えてきた。


今回はその一例として、光パラメトリック増幅後に市販の高速通信用ディテクタを用いて、高速に信号を測定する手法を提案した。

(a)従来の光通信用高速ディテクタを用いた低効率・高速な検出系、(b)従来の光量子用に設計された高効率・低速なディテクタを用いた検出系、(c)この技術で提案し実証した光パラメトリック増幅と光通信用高速ディテクタを用いる高効率・高速な検出系。

この技術では、光量子状態を光損失の影響を受けない「古典的な」レベルまで増幅することで、光通信テクノロジを光量子分野に適用可能としている。この実験では、NTTで長年研究開発を進めてきた高い増幅率(約3,000倍)と小さい信号対雑音指数(約20%)を有する、直接接合型周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)導波路による光パラメトリック増幅器を用いた。

直接接合型周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)導波路を用いた、ファイバ 結合型光パラメトリック増幅器。本研究において「量子」光増幅器として用いた。

光通信用43GHzディテクタとリアルタイムオシロスコープを用いて、スクイーズド光の振幅測定をした結果、電圧振幅値のヒストグラムより、量子ノイズ圧縮率は約65%であることが分かった。この結果は光量子コンピューティングの動作に必要最低限な量子ノイズ圧縮(60%)を超えており、 従来技術と比べて1000倍以上のクロック周波数で動作可能な高速な量子演算が実現できることを意味している。

(a)43GHz帯域の光通信用高速ディテクタとリアルタイムオシロスコープを用いた測定結果、(b)電圧値のヒストグラム


「100GHz帯域 100マルチコアのスーパー量子コンピュータを目指す」

今回の結果は、100GHz超の帯域での高速な光量子演算が可能になることを示している。また、莫大な投資と技術蓄積がなされてきた超高速光通信技術と、光量子プロセッサを融合させることが可能になり、光量子コンピュータ開発を大きく加速させる期待ができる。例えば、将来的には 、光通信テクノロジーのひとつである波長分割多重化技術(WDM)を用いて、量子プロセッサのマルチコア化が可能という。
「今後。これらの技術により、従来のノイマン型コンピュータを動作速度においても凌駕する、テラヘルツオーダーの帯域を最大限に活用した100GHz帯域 100マルチコアのスーパー量子コンピュータを実現します」と語った。

将来展望として掲げる100GHz検出技術と、波長分割多重化技術による100マルチコア化による、スクイーズド光の10 THz帯域を利用可能なスーパー量子コンピュータの提案構成図


誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現へ(ムーンショット目標6)

今回の研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」(プログラムディレクター:北川 勝浩氏 大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授) 研究開発プロジェクト「誤り耐性型大規模汎用光量子コンピュータの研究開発」(プロジェクトマネージャー(PM)):古澤 明氏 東京大学 大学院工学系研究科 教授)による支援を受けて行われた。
古澤 明氏は次のようにコメントしている。
「本方式の光量子コンピュータでは、高効率で高速な振幅測定が必要である。従来の方法では、高効率にするため高速性を犠牲にしていた。今回の方法では、光パラメトリックアンプを用いることにより、光信号として増幅しているため、高速性を犠牲にすることなく高効率を達成することができるようになった。これにより、43GHzクロック光量子コンピュータ実現のための基礎技術を確立することができた。さらに、光通信の波長多重と組み合わせれば100コアも実現可能である。したがって、100GHzクロック/100コアのスーパー量子コンピュータ実現も視野に入ってきた。このように、極めて画期的な成果である」

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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