北海道電力株式会社と株式会社グリッドは、AI最適化技術を活用した火力・水力需給計画最適化システムの開発が完了したことを2024年6月3日に発表した。
開発したシステムはソフトウェアコンポーネントのAIエンジン「ReNom Power」(リノームパワー)で、与えられた160の制約条件を考慮して、AIエンジンが火力や水力の最適で安定した発電計画を提案し、燃料消費量を削減(コスト削減)する発電計画立案が短時間で算出可能となった。
現時点ではまず、同AIエンジンで火力発電所の効率化に着手し、月間の費用削減効果は約6億円に達した。更に水力発電を加えたAIエンジンの開発も完了。水力発電も加えると約4%の削減(約8億円)を見込む。2025年春頃に水力も加えた本格導入を予定し、更にクリーンで効率の高い発電計画に挑んでいく考えだ。
今回の北海道電力との連携は四国電力につづく2例目
グリッドは2022年6月に四国電力との連携を発表していて、四国電力では年間約10億円の効率化がはかれている(関連記事「四国電力とグリッドが連携を発表 電力会社向け「デジタルツイン」と「電力需給計画の最適化/自動化AI」の特徴としくみ」)。四国電力と今回の北海道電力(北電)とのシステムの違いは、大規模な水力発電所の計算を組み込んでいるところ。
グリッドは量子関連技術も持っているが、電力会社と連携したシステムでは量子技術は活用していない。
グリッドと北電は今回の発表に伴い、記者発表会を開催した。
電力会社は膨大な組み合わせ問題の中で最適解を求む
計画停電などを経験して、我々消費者もある程度、理解してきた部分だが、大手の電力会社といえども、電気を大規模に貯めることはできない。そのため電気の需要量に見合った電気を発電、需要と供給を常に一致させることが求められる。
その上で、脱炭素社会の実現や発電コストの低減、電気の売買等も考慮して、効率的で、できるだけクリーンな方法で、発電の仕方と量を算定していく必要に迫られている。これらの要素を考えただけで、膨大な「組み合わせ問題」がそこには存在していることが想像できるだろう。
北海道電力(北電)のケースでも組み合わせは10の1184乗に達するという。
北海道電力は、14水系53箇所の水力発電所を保有
北電は現時点で火力発電と水力発電を主に利用しているが、脱炭素社会やクリーンエネルギーの点から水力発電の有効活用が求められる。すなわち、化石燃料の消費量が最小となるような需給計画だ。
需給計画の策定にあたって、膨大な数に及ぶ発電所の起動・停止や運用上の制約を考慮して、複雑かつ緻密な検討が求められる。特に、水力発電に関しては、エネルギー源である河川の水が、観光や農業など多様な用途で利用される(利水)ことから、水系全体の水の流れを計算し、発電以外の治水や利水の制約を考慮した策定も必要で、高度な知識とスキルが必要とされている。
北海道電力は、14水系53箇所と、日本国内でも多くの水力発電所を保有している。日々の需給計画の策定は従来、ベテランのスタッフ達が前日に4~6時間をかけて、効率的で最適な運用方法を計算していた。これを今回のAIシステムを導入することで、計算時間は概ね10分程度に短縮できる見込み。
火力発電所の費用削減効果は約6億円(月間)を達成
北電は、組み合わせ最適化問題を解くAIで知見と実績のあるグリッドとの連携を選択した。両社は共同で、2022年9月より、火力と水力の需給計画最適化システム「ReNom Power」のAIエンジン開発に着手。このうち、火力発電の需給計画最適化システムを、2024年3月に運用開始。前述のように、燃料消費量の削減により1ヶ月あたり約6億円の費用削減効果が得られることを確認した。
火力発電・水力発電を合わせた需給計画の最適化
更にAIエンジンの開発を進め、火力発電・水力発電を合わせた需給計画の最適化が可能となった。
火力発電と水力発電機の出力による発電単価の違い、火力発電の起動時にかかる大きなコストなどを考慮し、火力発電コストの高いタイミングで水力発電機を動かすことにより、火力発電のコストを効果的に下げることができるという。更に、一層の燃料消費量削減とともに、業務効率化の効果も期待できるとした。
機械学習と最適化AIを組み合わせて演算を効率化
制約条件は、火力、発電機、水力発電機を合わせて160。このうち、火力発電機が28。これに対して、出力発生の制約条件は131ある。火力発電機は10基、水力発電所72か所の発電機のオンオフ等、組み合わせは前述の通り、10の1184乗といった膨大な組み合わせになるという。
この問題を解くには、AIであっても負荷が大きく、時間がかかる。そこでグリッドはこのアルゴリズムに独特の工夫を加えた。160の制約条件をAIが計算しやすいように数式化。例えば1から100まで足す時に、ヒトは頭の数字から順番に足し合わせる方法をとるケースが多いが、グリッドではAIに、合計が100になる数字の組み合わせを作って足し合わせる手法をとった。これにより計算が簡略化し、問題が早く解けるとともに、AIが計算しやすいような式を作り問題を解きやすくした。
火力と水力発電機を組み合わせた受給計画というのは膨大な規模の問題となるが、これを解くために機械学習と最適化AIを組み合わせた。問題の規模が大きいと、計算時間が指数関数的に増えていくことが一般的に知られているが、問題はそのまま解くのではなく、機械学習を使って問題のサイズを小さくした上で、最適化AIを利用することによって、大きな問題でも効率的に解けるようにした。
また、新たに、需給調整市場をはじめとした電力市場における制約条件を踏まえた需給計画を策定できる設計となっているという。
両社は、「今後、ReNom PowerのAIエンジンのさらなる精度向上を図り、2025年春頃の本格導入を目指し、電力エネルギー生産の最適化により、脱炭素社会に貢献してまいります」と語っている。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。