
高速で低遅延通信を実現する「SRv6 MUP」とは何か?
5Gだけでなく4Gエリアにも対応した理由は何か?
ロボット、自動運転、ライブ、ゲーム、VRなどに、この技術はどんな驚異的な変化をもたらすのか?
ソフトバンク株式会社は、5Gの特長を生かしたMEC(Multi-access Edge Computing)やネットワークスライシングなどを、低コストで容易に実現する技術「SRv6 MUP」を、4Gの商用ネットワークにも対応させ、5Gだけでなく、4G通信でも「SRv6 MUP」のフィールドトライアルを開始したことを発表した。これにより、企業や団体がモバイル通信を活用したシステムの開発において、超低遅延の実証実験が4G環境でも手軽にできるようになる。
「SRv6 MUP」はロボットや自動運転、ライブやゲームなど、実は社会に「驚異的な変化」(革新)をもたらす可能性がある。実は何気なくスルーすべき内容ではないのだ。
前評判が高かった「5G」通信なのに満足できる低遅延性が発揮されていない理由はなんだろうか。
そもそも「4G」では低遅延性は実現できないのか。課題は通信規格以外の部分にも存在し、その影響は大きい。ソフトバンクのIT統括 IT&アーキテクト本部 担当部長 松嶋聡氏に話を聞いた。
新東名高速道路で「SRv6 MUP」を適用して実証実験
ソフトバンクは「SRv6 MUP」の高速性を検証する一環として、新東名高速道路で4G/5Gネットワークに「SRv6 MUP」を適用した通信の実証実験を行なった。長距離を高速で走行中の車両内においても、MECサーバーとの低遅延かつ安定した通信を継続的に行う実験を行い、低遅延で安定した通信に成功したことも同時に発表している。
コネクテッドカーや自動運転が次世代自動車技術として注目されている。しかし、通信の高速性やレスポンスは十分なのだろうか。通信については現時点では懐疑的な声も多い。
そこで、ソフトバンクは東京大学および高知工科大学と共同で、新東名高速道路の静岡・沼津市~浜松市の約130㎞の区間において「SRv6 MUP」を適用した4G/5Gネットワークの実証実験を実施した。高速で走行する車両にAIドライブレコーダーを搭載、MECサーバーへ走行する映像データを伝送し、4Gと5Gのハンドオーバー時を含めたデータ通信の「低遅延効果」と「安定性」を重点的に検証した。すなわち「映像が途切れずに安定してサクサクと送れるか」の実験だ。
その結果、「SRv6 MUP」を適用した場合と適用していない場合を比較して、レイテンシー(通信の遅延時間)の差が10ms以上となり、「SRv6 MUP」を適用した場合は、通常の通信と比較して低遅延で、かつ安定した通信を継続的に行うことに成功した。
なお、車両に搭載したAIドライブレコーダーで使用したアプリは、東京大学および高知工科大学が開発した広域分散実行基盤技術を基に、ソフトバンクと両大学の共同研究により開発されたものを使用した。
さて、この結果を見ると「自動運転において通信する映像やデータのやりとりには、クラウドで接続するよりも、MECサーバを使用した方が低遅延で安定している」と解釈しがちだ。たしかにMECサーバで処理することが低遅延を実現する最適解のひとつだ。しかし、今回の発表では実は要点はそこではなく、MECサーバに「SRv6 MUP」を採用していることにある。
「SRv6 MUP」とは何?
まずは「SRv6 MUP」とは何かを振り返ってみよう。「Segment Routing IPv6 Mobile User Plane」の略称で「モバイル通信で使われているモバイル専用交換機を使わずに、代わりにルーター同士のネットワークを使用することで、ユーザーのエッジ端末(スマホやロボット、自動運転車両など)とサーバ(アプリ)の通信を繋ぐ技術だ。
「モバイル専用交換機」は昔あった電話交換機のような役割をしている。通信元と通信先を繋ぐための役割だ。モバイル専用交換機は非常に高額で設置やメンテナンス費用がかかる。だから比較的広範囲を担当して通信を集約して交換作業を処理している。そうなると通信を集約して分配するのに物理的にデータは広範囲に送受信されることになり、効率的ではない。
アクセスが特定の「モバイル専用交換機」に集中すれば予期せぬ遅延が起こるし、結果として送受信速度やレスポンスが損なわれ、解くには「パケ詰まり」が発生するかもしれない。
「SRv6 MUP」ではその非効率で高額な「モバイル専用交換機」と通信の集約をやめて、安価な多数のルーター同士で繋ぐことで通信を確立するシステムだ。「モバイル専用交換機」のデメリットの解消が期待できる。
モバイル通信で「離れた場所にいるメンバーで合奏する」
「離れた場所にいるメンバーで合奏する」、現代の通信技術を持ってしてもモバイル通信でそれをやるのは非現実的だと感じる人も多いだろう。ところが、2024年10月26日、「第32回ハママツ・ジャズ・ウィーク」(静岡県浜松市)で、ソフトバンクの低遅延技術「SRv6 MUP」を適用した5Gネットワーク上で、ヤマハ「SYNCROOM」を使って場所に縛られないオンライン合奏が開催された。モバイル環境なのに「離れていても、全ミュージシャンがまるで一緒にいるような滑らかなリモート合奏」への挑戦だ。
イベントの当日、プロのミュージシャンが2名ずつ、浜松市内の2つ拠点「新川モール」と「ヤマハ浜松店」で楽器を演奏。スマホの商用5G通信サービス上で、リモート合奏を楽しめるサービス、ヤマハの「SYNCROOM」を使ってセッション(合奏)を実施した。
通常、スマホ同士が通信するときには、近くにスマホがあっても、いったん遠くにあるモバイル通信用の交換機などの設備を介して接続が行われるため、離れた場所同士の演奏を合わせてみると演奏が困難なズレが生じることがよく起こります。この遅延を低減するため、SRv6 MUPという5Gの低遅延化技術と光回線を使うことで、遠くにある交換機などの設備を通さず、直接かつ最短距離で、演奏者のスマホ間で通信できるようになり、演奏を合わせたときのズレを格段に抑えることができます。(ソフトバンクニュースより引用)
(この項の画像/映像提供 ソフトバンクニュース「離れた場所のミュージシャンをつなぐリモート合奏。ヤマハと取り組む未来の演奏の形」)
通常のモバイルネットワークの場合には、かなりズレが発生しているが、モバイル通信「SRv6 MUP」と光回線でつないだ場合は、スマホに繋がってる基地局からルーター通じて直接、パケット通信をおこなうことができるため、まるで同じステージにミュージシャン全員がいるかのような、低遅延の新しいリズム感覚を体感することができる。
MECサーバの通信経路にも「モバイル専用交換機」
基地局のすぐ側に設置されることで「エッジサーバ」とも呼ばれるMECサーバは「モバイル専用交換機」の影響を受けないと筆者も思っていた。ところが、エッジ端末と基地局、MECサーバの通信経路にも実は「モバイル専用交換機」を含めて多くの変換器等を経由して通信がおこなわられているという。そのため、「SRv6 MUP」を導入することで、ユーザーとMECサーバとの通信のレスポンスも向上する。
NVIDIAと連携「AI-RAN」との関連
ソフトバンクは各基地局にGPUを搭載したMECサーバを設置するAIオーケストレーション「AI-RAN」構想をNVIDIAと連携して発表している。この構想では相当数のMECサーバの設置が必要となるが、「モバイル専用交換機」から「SRv6 MUP」ルーターに代替することで、大きなコスト削減に繋がるのではないかと想像できる(AI-RAN 関連記事)。
もちろん、前述したとおり、コネクテッドカーや自動運転に有効なMECサーバの普及についても「SRv6 MUP」が大きく貢献できることが期待できそうだ。
4Gでも極低遅延通信の実証実験が可能に
今回の発表では、ソフトバンクの5Gサービスだけでなく4Gエリアも対応できることになり、ソフトバンクの通信エリア全体で「SRv6 MUP」を適用したMECの低遅延通信を検証できるようになった。「SRv6 MUP」を一般ユーザーが利用できるようになったわけではないが、「SRv6 MUPの低遅延性を実証実験に使ってみたい」という企業や組織は、案件ベースでソフトバンクに相談できる環境が整ったことになる。
この記事を読んだ人におすすめ
-
AI基地局の機能はどれくらい向上するのか ソフトバンクが「AI-RAN」効果を発表 NVIDIA、富士通、armらと研究・開発
-
ソフトバンクと東京科学大 5G通信の干渉を抑える新技術、屋外実証実験に成功 地球局との共存めざす革新的な干渉キャンセラー
-
【国内初】ソフトバンクが5Gに高出力化する技術「HPUE」を導入開始 順次スマホなどにも導入を検討へ
-
【国内初】ソフトバンク、送信を高出力化する「HPUE」をスマホにも導入 ソニー「Xperia」が対応 最大送信2~4倍の高出力技術
-
京セラが通信インフラ基地局事業に参入 AIを活用した5G仮想化基地局を開発・商用化 「O-RU Alliance」の設立も発表
-
【世界初】遅延時間を50分の1に短縮「ポスト5G半導体チップ」を開発 超低遅延通信を実現 NEDOの委託事業
-
月面基地ロボット、海底ロボット、空飛ぶ基地局HAPS、触覚グローブの操作体験など見どころ紹介 総務省「Beyond 5G ready ショーケース」大阪・関西万博
-
ローカル5G「共同実証レポート」発行 NTT東ら 26社が参加、接続や互換性・セキュリティ・速度・遅延等「ローカル5G共創プロジェクト」
-
NTT東日本「スマート工場のローカル5Gデモを公開」メーカー異なる複数ロボットやAMR、IoT機器等が連携
-
ドコモ 空飛ぶ基地局「HAPS」とスマホでLTE通信に成功 上空高度20kmの成層圏では世界初の快挙
ABOUT THE AUTHOR /
神崎 洋治
神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。