累計導入6,000社以上「アイリスオーヤマらしい」ロボット事業への挑戦とは? DX清掃ロボット「BROIT」発売と未来

■累計導入社数6,000社以上、出荷台数16,000台を突破したアイリスオーヤマのロボット事業

清掃ロボット「BROIT(ブロイト)」。(ビルメンヒューマンフェア2024のアイリスオーヤマブースにて)

アイリスオーヤマ株式会社は、中国・遼寧省 大連にある自社工場でハードウェアを製造した清掃ロボット「BROIT(ブロイト)」を2024年12月26日に発売し、商業施設やオフィスビル、医療施設などに順次導入すると発表した。アイリスオーヤマがハードウェアを初めて内製化して市場に投入するロボットである。

日用品や家電で知られるアイリスオーヤマは2021年にBtoB事業の一つとしてサービスロボット市場に本格参入。営業部門の分社化も進めて事業拡大を加速している。既に除塵型の「Whiz i アイリスエディション」を市場に投入しており、2025年1月9日の決算発表では、2020年1月以降の同社のサービスロボット累計導入社数は6,000社以上に達したと発表された。国内における業務用清掃ロボットのベンダーシェアも1位で、累計出荷台数は16,000台を超えている。順調に成長していると言っていいだろう。

「ブロイト」は2023年11月に発表された水拭き清掃ができる自律走行型ロボットだ。セラミックタイルやビニル床などの床材や汚れに合わせて3つの清掃モードで切り替えができ、モップ清掃や自動床洗浄機による作業員の負担を軽減できる。既に商業施設、飲食店、オフィスビル、医療施設などへの試験導入が進められているが、これから本格投入される。

2025年にはハードウェアとソフトウェア双方を完全内製化した新たな清掃ロボットの発売も予定しているアイリスオーヤマ。さらにフレキシブルな仕様改修や品質改善も可能となるという。同社の現状と今後について、アイリスオーヤマ株式会社 執行役員 ロボティクス事業部長 吉田豊氏と、2023年にグループ会社になったロボット開発を手がける株式会社シンクロボ(旧社名 スマイルロボティクス株式会社)代表取締役社長の小倉崇氏に話を伺った。


■ハードウェアを内製化した清掃ロボット「ブロイト」

使いやすさを重視した「BROIT(ブロイト)」。(ビルメンヒューマンフェア2024のアイリスオーヤマブースにて)

新たに本格投入される清掃ロボット「ブロイト」は除塵と水拭きの機能を兼ね備えた製品だ。清掃能力は700平方メートル/時間。連続稼働時間は「弱」なら2.5時間、「強」なら約1時間。ビル管理市場をターゲットにしており、既存の市場ニーズを満たすとともに、価格と利便性を重視して設計されている。

特に小型化や使いやすさを追求しており、ルート作成・再生も容易で、スキージーやブラシの交換もボタン1つで簡単に行える。内蔵バッテリーは脱着式で、交換することで充電デッドタイムをなくせる。水タンクも着脱式だ。これらの特徴によって、従来の清掃慣習をあまり変更せずに多様な環境に柔軟に適応でき、ロボットを活用した省人化が可能になるという。

月額費用は6万円。目標販売台数は2027年までに最低1万台。ビルメンの主戦場であるスクラバーでのシェア拡大を狙う。自社工場での内製化により、仕様や品質、コスト、リードタイムなどのコントロールが可能になり、ニーズへの対応も容易になる。「ブロイト」の発売に際し、吉田氏は「いよいよメーカーとしての第一歩を踏み出す」と語った。アイリスオーヤマは顧客満足度向上に向けた体制を整えつつある。営業の人数も2025年4月には100人規模へと増員し、サービス提供の質向上を本格的に始める。地域に根ざした個別訪問も積極的に行なっていく。

医療施設、介護施設などのほか官公庁や道の駅などにも導入を進めている(ビルメンヒューマンフェア2024のアイリスオーヤマブースにて)

アイリスオーヤマでは「ブロイト」は駅や空港といった大型施設にも展開できると考えている。大型施設に導入するには小さすぎるようにも見えるが、現場では人手不足と高齢化の結果、大型機はむしろ出し入れにも時間がかかるしてメンテナンスも必要だとみなしており、むしろ複数台を適切に活用するほうがユーザビリティの面でも適切だと考えているという。特に清掃スタッフが高齢化しているなか、公共施設での清掃業務効率化が期待されていると考えている。また、病院や学校などの活用も見込む。

ハードウェアはアイリスオーヤマの大連工場で製造しているが、ソフトウェアはシリウステクノロジー製だ。発売が当初発表の2024年半ばからズレ込んだ理由は、特にOSの品質を追求したことが理由とのことだった。「かなり慎重に基準を厳しくしました。顧客先での実証実験も行って、たとえば曲がり方や避け方も我々の基準であれば問題だと判断しました。顧客ニーズを聞きながら作っている最中なので、厳し目に判断したわけです」(吉田氏)。

シンクロボの小倉氏から見ると「言語や文化など、開発者間のコミュニケーションの難しさもあったのではないか」とのことだった。ロボット開発においても考え方の違いはある。なおクラウドに関しては国内にサーバーを立てる。顧客情報なども国内のサーバーで管理される。


■積極的な顧客訪問による運用定着への取り組み

アイリスオーヤマ株式会社 執行役員 ロボティクス事業部長 吉田豊氏

清掃業界での課題は、ある程度出揃っている。その結果、各メーカーが作るロボットの機能自体も似通ってきている。今後、クラウドでの管理なども含めて、さらにどのメーカーも似てくるだろうというのが大方の見方だ。

いっぽう、慢性的な人手不足とロボット技術の進化を背景としつつも、ビルオーナー、清掃請負事業者、実際に作業する現場それぞれに課題があり、ロボット運用の定着と適切な利活用が難しいという点も、以前から課題として挙げられている。どう差別化していくのか。

アイリスオーヤマでは「現場での適応」を最優先事項とし、顧客訪問とフィードバックの収集に力を注いでいる。稼働率の低い現場があったらすぐに訪問し、問題点を吸い上げて、顧客とデータを共有しながらフィードバックを行う。具体的には実際の使用状況に応じた運用ルートの変更などを行なっているという。ロボットは運用ルートを少し変えるだけでもエラーが大幅に減ることもある。

「たとえばスロープを超えるために月額2万円コストが上がるくらいなら、ルート設定を変えたほうがいい。そういう工夫ができるのであれば、そのほうが『アイリスらしい』と考えています」(吉田氏)。アイリスらしいとはどういうことだろうか。 「たとえば家電においても最初から多くの機能を含めて高く売るのではなく、『そこを外して人が工夫すればこう使えるし安い』ということがあるのであれば、そちらを選んだほうがいいという意味です」(吉田氏)

また遠隔管理やデータ分析の活用による運用効率の向上も行なっている。中には単純な問題、たとえば「紙パックがいっぱいになった」まま動かされているケースなどもあることから、まだまだ顧客対応が必要ということのようだ。「差別化はサービスのなかにある。ベストじゃなくてもベターでもいい」(吉田氏)という。

一方で、いまカバーできていない、いわゆるビルのテナント占有部、つまりオフィス内部など限られたスペースでの清掃を行うための小型清掃ロボットなどの品揃えも必要だと考えている。縦移動の自動化、要するにエレベーター連携による効率的な階層移動によるロボット稼働率の向上なども今後は手がけていく。「まだ手探り」という状況だそうだが、これらの試みを加えることで、ロボット活用定着と顧客満足度を上げることを狙っている。


■2025年には完全内製化した新型ロボットも登場予定

株式会社シンクロボ 代表取締役社長 小倉崇氏

顧客対応力を武器とする同社は、現在は清掃に主力を置いている。だが「A地点からB地点への自律移動」を基本としつつ、さらに機能を加えることで、将来は他のアプリケーションへの進出も視野に入れている。2023年にスマイルロボティクスを買収してシンクロボとして子会社に加えたのも開発速度を上げるためだ。2025年からは他業態でのロボット活用の課題の調査も進めていく。

2025年に発表されると期待される新型については、「信頼性とのバランスを見ながら価格を下げていく点が難しい」(小倉氏)とのことだった。まずは「Whiz i アイリスエディション」の後継機種から発表される予定だ。ソフトウェアやクラウドも全て内製化されるので、様々な機器や外部サービスとの連携も自由になる。「発売後もどんどん機能を追加できればいいかなと思います」(小倉氏)

なおシンクロボでは「移動ロボットのソフトウェア開発ができる人」を募集しているとのことだった。「若手の人を育てることはできそう」な一方で、現場である程度指揮を取れる「中堅の一線級」の人材が欲しいとのことだった。基本的には「ロボットが好きでソフトウェアが書ける人」、「SLAMやプランニングに強い人」がほしいという。


■顧客志向でサービスロボット市場を開拓

シンクロボ 小倉崇氏(左)とアイリスオーヤマ 吉田豊氏(右)

これから「ブロイト」が開拓を期待されるスクラバーロボット市場を除塵型同様の勢いで広げられるかは「チャレンジの一年になる」と考えているという。

「我々はこれまで、リスクを持ちながら市場にサービスを投入して普及させてきました。今は3年、5年の契約が9割。解約率も下がってきた。2025年以降も戦略的に普及させていきたい。『ブロイト』は自社製品ですので投資回収がすめば、利益は改善します。そこまでの間は、まずは一定の市場を取りに行く。2025年度以降は積極的に普及率のキャズムを超えていきたいと考えています」(吉田氏)

そして将来は「清掃ロボットを入れて終わり」ではなく、そこを足がかかりとして他の種類のロボットを展開していくことを目指す。「そこが他社との大きな違いでしょうし、我々の強み」と吉田氏も語った。

ロボットを使ってA地点からB地点に何かを搬送するとか、カメラをつけて警備、あるいは案内といった用途のほか、ビル全体の管理システム、いわゆる「ビルOS」との連携によって、それらのサービスを最初からビル自体が提供する新たな付加価値とすることも考えられる。当然、そのあたりのビジネス展開も同社の視野に入っている。

何より、今後も人件費上昇の流れは止まらないし、人手不足の状況はずっと続く。「収益性改善にはロボットしかない」と吉田氏も語る。アイリスオーヤマは、家電メーカーとしての経験を活かしつつ、サービスロボット市場で独自の価値を提供しようとしている。アイリスオーヤマは顧客志向のアプローチを重視している。これはサービスロボット市場においても今後の成長を支える原動力となるのか。期待したい。

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森山 和道

フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!

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