陸上自衛隊の陸将がウクライナ戦争での実例を具体的に紹介、サイバー戦の重要性を語る

陸上自衛隊の廣惠陸将は、ウクライナ紛争(ロシア・ウクライナ戦争)を例に、戦時下におけるサイバー戦の事例を具体的に紹介。火力だけでなく、電磁波領域やサイバー領域、宇宙領域の戦いがどれほど重要かが解る、とても興味深い内容だった。



GMOインターネットグループは、2025年3月6日、日本最大級のサイバーセキュリティカンファレンス「GMOサイバーセキュリティ大会議&表彰式2025」を開催した。石破総理大臣や平サイバー安全保障担当大臣など、政府からサイバーセキュリティの重要性を語るメッセージが届いた。

石破首相と平大臣に続いて登壇した廣惠氏は、「これから安全保障分野における、特に軍事分野におけるサイバー戦はどういうものなのかを紹介します。今、ウクライナは戦時中で、「サイバー戦闘作戦」と極めて深い関係にあります。サイバー戦が作戦遂行にとって極めて重要だということをお話させていただきます」と語り始め、「ウクライナ戦における最新の情報はお話しするわけにはいきませんが、2014年に起きた事案については、専門家の分析などに基づいてお話をさせていただきたいと思います」と続けた。

陸上自衛隊 教育訓練研究本部長 陸将 廣惠次郎氏


ウクライナ戦争とサイバー戦の実態:2014年の事例

ウクライナ戦争において、サイバー戦の役割は極めて大きい。特に、サイバー戦が作戦遂行に直接影響を与え、戦況を左右する要因となっていることは、近年の戦例からも明らかである。その事例として紹介したのが、2014年7月に発生した「ゼレノピリヤの戦い」におけるサイバー戦の実態を廣惠氏は紹介した。

当時、ウクライナ軍は無線通信が電子戦によって妨害され、兵士たちは携帯電話を使用して連絡を取るしかなかった。しかし、ロシア側の電子戦装備「ロランジト」により、この携帯電話の通信が傍受され、個々の兵士の特定が行われた。さらに、ロシア側はウクライナ兵の家族の情報まで把握していて、「あなたの息子は戦死した」といった偽のメッセージを送信した。

家族がこれを信じ、安否を確認するために兵士へ一斉に電話をかけると、部隊の周囲で通信トラフィックが急増する。この通信の集中をロシア側は検知し、部隊の正確な位置を把握。その場所に対して集中的に砲撃をしかけて打撃を与え、その後に戦闘部隊が進行、わずか数十分でウクライナ軍の二個小隊が壊滅したという。この作戦は、電磁波を利用した通信傍受、サイバー領域を活用した情報戦、そして心理戦を組み合わせた高度な「領域横断作戦」であった。


この戦術の先進性に世界の軍事専門家は驚愕した。従来の戦争は陸・海・空の物理的領域が中心であったが、ここでは電磁波・サイバー領域も戦場となり、こうした領域を横断した作戦を「領域横断作戦」と呼称しているという。このような戦術は現在のウクライナ戦争においても重要な役割を果たしており、今後の戦争のあり方を大きく変えるものといえる。


今後の戦争は「領域横断作戦」が主流に

ウクライナ軍は、ロシアの電子戦UAV「オルラン10」(人が搭乗していない無人航空機)に通信を傍受され、電子戦装備の「レール3」によって位置を特定され、攻撃を受けるケースがあった。


さらに、ウクライナの携帯通信も「ロランジト」により傍受され、マルウェア攻撃や、「部隊が囲まれているから退却せよ」といった心理戦のメッセージを受信した。その結果、実際に部隊が撤退した事例も報告されている。これらは、地上・電磁波・宇宙・サイバー・認知領域を横断する高度な作戦である。


ウクライナは2014年の経験を踏まえ、政府のサイバー対策組織を整備し、軍の指揮系統にも「J6(通信・サイバー・電子戦)」を導入した。


「J」は「ジョイント」の略。統合軍を示す。これは概ね世界共通で、日本も米軍も呼称している。「J1」が人事、「J2」が情報、「J3」が作戦、「J4」が補給や整備、「J5」が政策、そして「J6」が通信、サイバー、電磁波など。

ウクライナ軍のサイバー部隊は全国に展開し、地方レベルでも活動している。日本の陸上自衛隊も同様に5方面隊それぞれにサイバー部隊を持ち、地方のサイバー能力も強化に取り組んでいる、とした。


今後の戦争は陸・海・空だけでなく、電磁波・宇宙・サイバーを含めた「領域横断作戦」が主流となる。特に「ウサデン(宇宙・サイバー・電磁波)」の領域が重要であり、サイバー戦での敗北は作戦全体の崩壊につながる。加えて、認知戦の重要性も増しており、将来的に考慮すべき課題である。これらの経験を踏まえ、日本も領域横断型の国土防衛作戦を強化する必要がある。

廣惠陸将は、「過去の国土防衛は、陸海空の領域でずっと戦ってきたわけですが、それに加えて宇宙領域、サイバー領域、電磁波領域(「ウサデン」領域と呼称)も使いながら戦っていくということが重要であり、そこで負けてしまうと陸海空の領域も含めて、全てに影響を及ぼしてしまいます。そのため、防衛省、や自衛隊全体でサイバー能力の向上をはかっています。また、官民連携も極めて重要です。そういった意味で、今この場に来場されている皆様方のご協力を、ぜひよろしくお願いします」と語った。

つづく
AIと仮想空間で群ロボットが自律進化!サイバーセキュリティの新課題 fuRo古田所長がスワームロボティクスをデモ

ABOUT THE AUTHOR / 

神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

PR

連載・コラム